
- 4号ファンドを通じて見えてきた3つの大きなムーブメント
- 「ディープテック」へのシード投資に手応え
- “冬の時代”でもファンド規模で投資加速へ
グローバルでテック銘柄の株価下落が進み、スタートアップを取り巻く環境が大きく変わりつつある一方で、主要なVCがファンドを組成して有力なスタートアップへの投資を強化するような動きも見られる。
DIAMOND SIGNALでも直近でグロービス・キャピタル・パートナーズやGMO VenturePartnersの新ファンドを紹介してきたが、今回新たにファンドを設立したのはANRIだ。
ANRIが7月20日に発表した5号ファンドには産業革新機構やみずほ銀行、グリー、その他国内大手機関投資などが出資。約140億円で一次募集を完了し、最終的には400億円規模を目指すという。
ANRIでは1月にも総額100億円規模を予定する“気候変動・環境問題特化型”の「グリーンファンド (ANRI GREEN 1号)」を立ち上げており、2つのファンドを合わせると総額では500億円規模になる。
ANRI代表パートナーの佐俣アンリ氏も「この景況感でも、ANRIとしては(2つのファンドを合わせて)500億円規模でスタートアップをシード期からそれ以降のラウンドまでしっかりと応援する準備をしている」と話す。
領域としてはインターネット領域全般に加え、2016年から取り組んできたディープテックを中心とした研究開発型スタートアップへの投資を強化する方針。ダイバーシティ&インクルージョンを推進する取り組みの一環として進めてきた女性起業家への投資の強化も継続していく。
また“スタートアップの集積地”として東京・渋谷と本郷で展開しているインキュベーション施設をひとつにまとめ、2023年上旬に新施設をオープンする。ANRIによると場所は六本木ヒルズ森タワーを予定しており、床面積は1200平方メートルを計画しているとのこと。VC主導で運営するインキュベーション施設としては国内でも最大級の規模になるという。
4号ファンドを通じて見えてきた3つの大きなムーブメント
ANRIでは2012年に立ち上げた1号ファンドから一貫して創業初期のスタートアップへの投資に注力し、4号ファンドやグリーンファンドまでを含めて累計で約387億円を運用してきた。2022年には投資先の数が200社を突破しており、現在は約220社まで広がっている。
約10年にわたってスタートアップ投資に取り組んできた中で、特に4号ファンドの運用を通じて「今後の大きなムーブメントになる」と佐俣氏が感じた変化が3つあるという。
キーワードは「シリアル(連続)起業家」「大企業からのカーブアウト」「エグゼクティブ層の起業家による大型調達」だ。
最初の連続起業家については2010年から2014年あたりにかけてインターネット領域で起業をした人たちが、M&Aや上場を経て新たなチャレンジを始めるケースが増えている。
実際にANRIでもグノシー創業者の福島良典氏が立ち上げたLayerX、Loco Partners創業者の篠塚孝哉氏が代表を務める令和トラベル、アラタナ創業者の濱渦伸次氏が立ち上げたNOT A HOTELなどに投資を実行。ANRIの投資先で先日20億円を調達したスマートバンクも、Fablic創業者の堀井翔太氏たちが新たに立ち上げたスタートアップだ。
「メルカリ創業者の山田進太郎さんなどの存在も大きいと考えています。山田さんの場合も(起業からM&Aまでのプロセスを)一度経験した次のチャレンジとして立ち上げたのがメルカリでした。そんな(シリアルアントレプレナーの)ストーリーもありえると多くの起業家が信じられるようになった1つの理由だと思いますし、日本から時価総額1000億〜2000億円規模の会社を狙っていく上では可能性のあるやり方だと感じています」(佐俣氏)
2つ目の大企業からのカーブアウトに関しては、ANRIに限らず今後の強化ポイントの1つとして打ち出すVCが複数出てきている。その背景として佐俣氏が挙げるのがVCファンドの大型化だ。
「ここ数年でVCの資金が増えてきていることが大きいです。以前であれば(VC調達よりも)大企業の中で事業に挑戦していた方が予算が確保できるという場合も多かったです。一方で大企業側も自社だけで強い事業を大量に作るのは難しい。VCファンドが大きくなったことで、特に看板案件以外については(社内でやるよりも)VCから調達した方が大きなチャレンジができるという事例が出てきています」(佐俣氏)
実際にANRIジェネラル・パートナーの鮫島昌弘氏によると、近年は一部上場企業をはじめとする大企業から月に1〜2件はカーブアウトに関連する相談がくるようになってきたという。ANRIとしては2020年に武田薬品からカーブアウトしたファイメクスに出資をしているが、今後同様のケースは増えていく可能性がある。
3つ目のエグゼクティブ層の起業家による大型調達は、ソフトバンクビジョンファンドの日本1号案件にもなったアキュリスファーマがその典型例だ。
同社は大手製薬企業・ノベルティスファーマの日本法人で社長を務めていた綱場一成氏が2021年1月に創業したスタートアップ。同年10月にビジョンファンドなどから68億円を集めたことで注目を集めた。
こうしたエグゼクティブ層の起業家が早い段階から大型の資金を集めて事業を加速させていく手法は「いわゆるベイエリアのわかりやすい起業スタイルの1つ」(佐俣氏)。この3つのトレンドは今後日本でも加速していくというのが佐俣氏の見解で、ANRIとしても5号ファンドを通じて投資を強化していく計画だ。
「自分たちはシードVCとして小さい金額のシード投資も初期からやり続けていますが、ファンドの規模が拡大する中で『シードから(それ以降のラウンドも含めて)多くの資金を出せる』ことが強みになってきました。結果的に上記のようなカテゴリを日本で創出することにも貢献できたと考えていますし、5号ファンドでさらに規模が広がればそのようなニーズにもっと応えられるようにもなります」(佐俣氏)
「ディープテック」へのシード投資に手応え
2016年から続けてきたシード期のディープテック企業への投資はANRIが力を入れてきた取り組みの1つであり、同社の特徴にもなっている。
鮫島氏の話では3号ファンドで投資をしたがん検査テックの「Craif」や量子コンピューター領域の「QunaSys」を始め、それ以降のステージで数億円から数十億円の資金に成功する起業も増えてきていることからも手応えを感じているという。
「量子コンピューターのように(その段階では)ビジネスの分野においてはカテゴリー自体がほとんど存在していなかったようなところから、ゼロから一緒に立ち上げてきた会社が成長してきています。2016年にはディープテックへのシード投資は時間もお金もかかることからリスクが大きいと言われることも多かったですが、これから大きな成長が見込めるような投資先も増えてきました。その一方でアキュリスファーマのような会社にもしっかりと投資ができていて、体制も強化されてきています」(鮫島氏)
2016年当時は、投資オファーを出しても「よくわからない」といった理由から投資を断られることもあったというが、直近ではディープテックの投資先も40社を超えるほどの数になっている。
5号ファンドでは、目安としてファンド規模の30%程度をディープテック領域に投資をしていく計画。並行して運用しているグリーンファンドではディープテックに絞り、不確実性の高い分野にも資金を提供していく方針だ。
「普通のVCではなかなか投資できないところに投資をしていくというのが自分たちの哲学です。反対にファイナンシャルに説明しやすくなってくるほど、その分だけ他の投資家も投資しやすくなる。社内では『不確実性を愛する』という表現をしていますが、そうじゃなければ量子コンピューターや核融合といった領域に(シード段階では)投資できません」(佐俣氏)
冒頭で触れたインキュベーション施設の強化は、ディープテック領域への投資を活性化するための手段にもなりえる。この施設では「今まで離れがちだったインターネット領域の人たちとディープテック領域の人たち」が1箇所に集約することで、分野をまたいだ繋がりや知見の共有などを促進していきたいという。
「研究者や起業家、投資家が同じ場所に集まってくることで、たとえばウェブ系のスタートアップで働いていた人材と研究者が出会って意気投合し、一緒に会社を立ち上げるといった事例が生まれていくといいなと考えています」(鮫島氏)
またANRIでは2020年11月末より、4号ファンド投資先のうち「女性が代表を務める企業の比率」を20%以上まで増やしていくことを目標として掲げてきた。実際に同ファンドの投資先ではその数値が20.4%を超えており、5号ファンドでも引き続き20%以上を目標に女性起業家への投資やサポートも継続していくという。
“冬の時代”でもファンド規模で投資加速へ
上述したようにこの数カ月でスタートアップを取り巻く環境が大きく変わり、現在は「冬の時代」と言われるようなこともある。実際にグローバルを中心にスタートアップのレイオフや資金調達に苦戦するニュースなどを見かけることも増えた。
一方で佐俣氏としては「そのような中で自分たちのファンドに機関投資家を始めとした方々が投資をしてくれるのは、日本のエコシステムを前進させていって欲しいというメッセージだと思っていますし、だからこそしっかりと投資をしていきたい」と話す。
5号ファンドからは1社への最大投資額も4号ファンドの2倍となる40億円に引き上がり、シード期から支援してそれ以降のラウンドでも手厚くサポートできる土壌が整いつつある。
「2009年は日本の景気がかなり落ち込んでいた状況でしたが、後に大きく成長したラクスルやユーザベースといった企業はその年に生まれています。景況感が変わっても起業する人はいるし、そのような人たちにしっかり投資をしていきたい。(不況で)VCが一気にいなくなるということもなく、2009年と比べても多様なVCが存在する状況です。ANRIとしてもこのマーケットから逃げずに、むしろ大きなファンドを作って創業期から会社を応援していきたいと考えています」(佐俣氏)