
- 男性のフォロワー数は4割超、意外と男性のファンも多い「ちいかわ」
- 友情、努力、目的達成(勝利)で読者の心を掴む
- 「懐かしい」「それ分かる」、食べ物で読者の共感を生む
- ストーリーを通して、現実と同じ厳しさも味わう
- ちいかわで描かれる世界は、私たちの人生と同じ
飛ぶ鳥を落とす勢いで人気に火がついている、イラストレーターのナガノ氏による漫画作品・キャラクターの「ちいかわ」。なぜ、ちいかわは多くの人の心を掴むのか。エンタメ評論家の徳重龍徳氏がちいかわがヒットした理由を分析する。
イラストレーターのナガノ氏による漫画作品・キャラクターの「ちいかわ(なんか小さくてかわいいやつ)」が大ヒットしている。
4月からは「めざましテレビ」(フジテレビ)内でアニメ放送もスタートし、6月29日に発表された日本キャラクター大賞2022では、「エヴァンゲリオン」シリーズ、「PUI PUI モルカー」などの人気キャラクターを抑え、グランプリを獲得した。
2021年4月から「ちいかわカフェ」と銘打ったコラボカフェを全国各地で開催しているが、開催が決まるとチケットは即売り切れ。また、アパレル、食品、書店など企業コラボは後を絶たない。しまむらとのコラボでは開始10分で完売となる店舗が続出し、定価の3倍で商品が転売されたことがニュースにもなった。
「いま、もっとも注目されるキャラクター」と言っても過言ではないほどの人気を誇る、ちいかわ。SNS上にはさまざまなキャラクターが存在する中、なぜここまでの人気を誇るのか。結論を先にいえば「ちいかわは人生だから」になるだろう。
男性のフォロワー数は4割超、意外と男性のファンも多い「ちいかわ」
ちいかわは、ナガノ氏がTwitterで「こういう風になって暮らしたい」という言葉とともに不定期に描いてきたキャラクターだ。2018年7月には、Twitterで専用のアカウントが作られ、2020年1月からは漫画の連載が開始された。
Twitterアカウントのフォロワー数は現在118万人(2022年7月22日時点)。SNS分析ツール「Social Insight」でフォロワー数の内訳を調べてみると、男性が44.1%、女性が55.9%と愛らしいキャラクターながら男性ファンも多い。
また、ちいかわと同じような人気キャラのアカウントを調べると、「ぐでたま」は男性が24.5%、女性が75.5%、「ポムポムプリン」は男性が12.8%、女性87.2%、「すみっこぐらし」は男性24.5%、女性75.5%だった。
こうして比較すると、いかにちいかわが男女を問わず人気かがわかる。かくいう筆者も、昨年末からちいかわファンとなり、Twitterの漫画が更新されればすぐさま読み、新作ガチャが出れば回し、イベントに申し込んでは落選を繰り返している。

ちいかわはデザインの雰囲気からサンリオのキャラクターと同じようにとらえられがちだが、前述のようにTwitterで連載される漫画だ。
そのため、接する回数が増えれば増えるほど、その対象に対して好意を持つ「ザイオンス効果」が効きやすい面がある。とはいえ、まだ2年足らずで異例のヒットとも言える。その魅力を探るためには、漫画のストーリーについて見ていく必要がある。
友情、努力、目的達成(勝利)で読者の心を掴む
漫画の主人公・ちいかわは、「ワッ」「フッ」など最低限の言葉しか話せない臆病な性格のキャラだ。見た目はキュートなちいかわだが、2020年の連載開始当初は、友だちで破天荒なキャラクター「うさぎ」に振り回されたり、怪物に襲われたりと可哀想な目にあってばかりのキャラクターだった。
その状況を一変させたのが、Twitterでの連載開始から約4か月後に登場した猫のキャラクター「ハチワレ」だ。主要キャラクターのちいかわ、うさぎは言葉を話さないが、ハチワレは流暢に言葉を話し、言葉を発しないちいかわの気持ちを代弁してくれる。さらに引っ込み思案だったちいかわは、ハチワレの応援もあり、ほんの少しずつ成長していく。
ちいかわたちが住む世界はお菓子などの食料が自生する世界だが、決してネバーランドではない。草むしりやモンスターの討伐という危険と隣合わせの過酷な労働によって、収入を得ている。
— ちいかわ💫アニメ金曜 (@ngnchiikawa) June 6, 2020
ちいかわは親友のハチワレと同じさすまたを購入するために、勇気を振り絞りモンスター退治や辛い草むしりをこなし、お金を貯める。逆にハチワレが深い穴に落ちた際には、ちいかわが一生懸命助ける。互いに思い合う2人の姿に、ファンは「尊い」とひかれ、一旦ハマると、ただ2人が遊んでいる姿が登場するだけで幸せな気持ちになる。
週刊少年ジャンプ掲載作ではないが、漫画「ちいかわ」はハチワレの登場で「友情、努力、目的達成(勝利)」という三原則が入った成長物語になった。
「懐かしい」「それ分かる」、食べ物で読者の共感を生む
SNSで受けるための要素として「自分ごと化」という言葉が使われる。「私はこうだった」「これ懐かしい」など自分の体験と共感する部分があると、人は言及したくなり、SNSでシェアをする。ちいかわはこの共感を生むモノの選び方が非常に巧みだ。
もともと、作者のナガノ氏は『MOGUMOGU食べ歩きくま』というグルメ漫画をTwitterで連載していて、食べ物の絵を描くのが非常にうまいのだが、ちいかわではその画力は封印している。一方で漫画に登場する食べ物のチョイスが絶妙だ。
森永ラムネ、酢こんぶ、純露、チャルメラなど、ノスタルジーを感じるが、言われなければ思い出さないであろう食べ物を登場させている。食べ物以外でも「オキシ漬け」(オキシクリーンを使用した漬け置き洗い)など生活の知恵や、1990年代に発表され、30〜40代の世代には合唱曲として知られているTomorrow」「時の旅人」をさらっと漫画に使っている。
— ちいかわ💫アニメ金曜 (@ngnchiikawa) March 10, 2022
さらに、食べ物の共感部分で「くりまんじゅう」というサブキャラクターが重要な役割を果たしている。かわいい外見ながら、中身は完全にオヤジでいつも何かをつまみにお酒を飲んでいる。その組み合わせも「ストロングゼロとシャウエッセン」「コロナビールとタコス」「ビールと炙りしめ鯖」と酒飲みおじさんを唸らせるチョイスだ。特にワンカップをおでんの出汁で割る回は、ちいかわの公式アカウントで最初に2万リツイートを超えた。
— ちいかわ💫アニメ金曜 (@ngnchiikawa) November 4, 2020
ちいかわが男性に受けている理由には、ナガノ氏の選ぶセンス、さらにくりまんじゅうの存在がある。
ストーリーを通して、現実と同じ厳しさも味わう
そして、ちいかわのストーリーを語る上で重要なのが、厳しさ、苦味だ。
※以下、ネタバレに関する記載も含まれているため、まだ作品を観ていない人、ストーリーの内容を知りたくない人はご注意ください。
あるとき、ちいかわが草むしり検定を取るために勉強をしていることをハチワレは知り、自分も一緒に受験することにする。ところが先に勉強していたちいかわは受からず、ハチワレだけが受かってしまう。この絶妙な気まずさは人間、生きていれば一度はあるものだろう。
さらに、ナガノ氏が容赦ないのは、ちいかわは2度目の試験でもハチワレの願いも虚しく再び試験に落ちてしまうところだ。漫画のお約束になれた読者は2回目では受かるだろうとたかを括っていたため、「ここで落ちるのか」と悶絶した。突如、現実と同じ厳しさを読者に思い出させたのだ。
ハチワレにも影がある。前述の草むしり検定を取る際に買った参考書は古本であり、住む家も洞窟。家具には常にボロさを表す記号がついており、徹底して、貧しく描かれている。だからこそ友人のためにプレゼントする姿がより優しく見えるのだが、かわいいだけの話にしない厳しさがナガノ氏の作風といえる。
ちいかわの世界にはモンスターの討伐という仕事があるのだが、討伐される側であるモンスターにも秘密が隠されている。たとえば「キメラ」というモンスターは「あはっ、あはっ、こんなになっちゃった......」と話し、最初から怪物だったわけでないことが示唆される。
キメラ pic.twitter.com/jjbwzZUKV8
— ちいかわ💫アニメ金曜 (@ngnchiikawa) February 3, 2020
ある日、ちいかわがレモンにシールを貼る仕事をする場所で、友情を育んだ同僚がいた。しかし、その同僚はいつの間にか労働の場所から姿を消し、ちいかわは寂しさを感じる。ちょうど同じ頃に、ちいかわはハチワレとうさぎとともに大型キメラを討伐しようとし、失敗するのだが、後にこの大型キメラが同僚の変身した姿であることが示唆される。同僚はちいかわと同じく失敗ばかりを繰り返しており、自分の人生に嫌気が差し、力を望んで大きく強いキメラに変身したのだ。
一方、その同僚と同じようにちいかわも、失敗ばかりを繰り返す弱い自分から別の姿になることを一瞬考える場面がある。しかし、ちいかわはその力の誘惑を振り切り、ハチワレやうさぎと一緒に生きる現在の姿を選ぶ。
哲学者・ニーチェの言葉に「怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。 長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ」というものがあるが、ちいかわは自制により怪物にならずに済んだのだ。
ちいかわで描かれる世界は、私たちの人生と同じ
ちいかわは引っ込み思案で苦労や傷つくことも多い。それでも友だちであるハチワレやうさぎと過ごし、けっして高くはないが美味しいものを食べるなど、ささやかな暮らしの中で幸せを見つけ、ひたむきに健気に生きている。その姿は現実の社会に生きる私たちと変わらない。漫画・ちいかわで描かれるのは私たちの人生なのだ。
同時に、「こういう風に暮らしたい」という作者・ナガノ氏の思いから生まれたちいかわがひたむきに小さくとも前に踏み出す姿は、私たち自身の「こういう風に暮らしたい」という、ささやかな理想でもある。働く人ならば共感を感じずにはいられない物語であるため、男女問わず心を打ち、ここまで受け入れられているといえる。
コラボ商品にはまだまだ女性向けの商品が多いが、『僕のヒーローアカデミア』『東京卍リベンジャーズ』など人気少年漫画とのコラボも最近では増えている。男性にさらに受けるポテンシャルは十分であり、人気の広がりも期待できそうだ。