イーロン・マスク氏
イーロン・マスク氏。インタビューが実施された2016年当時の写真 画像提供:Y Combinator
  • 今22歳だとしたら解決したい課題
  • “次のイーロン・マスク”になるには
  • 世の中の役に立つ方法
  • 「クレイジーなアイデア」に挑戦する理由

PayPalの共同創業者として名声を博し、今では電気自動車大手のTeslaや宇宙開発ベンチャーのSpaceXのCEO、そして脳に埋め込むデバイスを開発するNeuralinkなどの共同創業者としても知られるイーロン・マスク氏。そんなマスク氏にとって起業の原動力とは何か。

米名門アクセラレーター・Y Combinatorの元プレジデント、サム・アルトマン氏は2016年にマスク氏をインタビューし、同氏の原点に迫った。その内容は6年近くたった今でも大きな学びとなるものだ。そこでY Combinatorの許可を得て翻訳し、前後編でお届けする。前編ではマスク氏が、多種多様な事業領域に挑戦する理由や、注力する領域を選ぶ方法について語る。なお、多忙を極めるマスク氏が自身の時間の過ごし方について話す後編は、7月27日に掲載予定だ。

今22歳だとしたら解決したい課題

サム・アルトマン氏(以下、サム):今回は、あなたの未来観と、これから人々が取り組むべきことについてお話ししたいと思います。あなたが若い頃、取り組むべき最も重要な課題は5つあると言ったのは有名な話です(インターネット、持続可能なエネルギー、宇宙開発、人工知能、人類遺伝子の書き換え)。もしあなたが今、22歳だとして、取り組みたいと思う5つの課題は何でしょうか。

イーロン・マスク氏(以下、イーロン):まず、誰かがやっていることが社会の役に立っていたら、それは素晴らしいことだと思います。世界を変える必要はありません。たとえそれがちょっとしたゲームや、写真共有のシステム改善などであっても、誰かにとってわずかでも有益であれば、それでいいと思います。

ただし、AIは人類の未来に最も影響を与えそうな唯一最大のアイテムだと思うんです。もし水晶玉を覗いて未来を見ることができたなら、良い意味でのAIの出現は非常に重要です。なぜなら、何度も話しているように、それはうまくいかない可能性があるものだからです。私たちはAIが正しく機能するようにする必要があります。

私は、AIに取り組んでその未来を素晴らしいものにすることが、今最も重要な課題だと考えています。次に、遺伝学に関係することに取り組むことも重要です。遺伝子組み換えで認知症やアルツハイマーを予防することができれば、素晴らしいことです。

また、脳への広帯域インターフェイスを持つことも重要です。現在、私たちは帯域幅を制限されています。私たちは、Eメールやコンピュータ、スマートフォンによって、デジタルな自己を持っています。それによって私たちは超人的になりましたが、大脳皮質とデジタルな自分との間のインターフェースにおいては帯域幅に非常に制約があります。帯域幅の制約を解決することも未来にとって重要だと言えるでしょう。

“次のイーロン・マスク”になるには

サム:若い人たち、野心的な人たちがよくする質問のひとつに、「次のイーロン・マスクになりたいんですが、どうすればいいですか」というものがあります。もちろん、次のイーロン・マスクは、あなたとはまったく異なることに取り組むでしょうが、あなたが若いころにやったことで、今のように大きな影響力を持つきっかけになったことはなんですか。

イーロン:まず、私はこんなにたくさんのことに関わることになるとは思っていなかったと言うべきでしょう。大学時代、25年前のかなり昔のことですが、当時考えていたのは、複数の惑星で生命が暮らせるようにすること、持続可能なエネルギーへの移行を加速すること、広義のインターネット、それから遺伝学とAIの5つでしたね。まさかそれらすべてに関わることになるとは思ってもいませんでした。

実は大学時代、自動車の電化に携わることからキャリアを始めようと思っていて、インターンとして先進的なコンデンサー開発に取り組みました。自動車用のエネルギーを蓄えるバッテリーに代わる画期的な技術を考えていたのです。

スタンフォード大学では、大学院で電気自動車用のエネルギー貯蔵技術の研究をする予定でした。でも、1995年にインターネット企業を立ち上げるためにそれを保留にしました。特定のテクノロジーが急激な変曲のポイントにあると思えたからです。

スタンフォード大学で博士号を取りながら、その成り行きを見守るのは嫌でした。それに、自分が取り組んできた技術が本当に成功するかどうかも確信が持てませんでした。博士号を取っても、結局は世の中に何の役にも立たないことがたくさんあります。私はただ、本当に役に立ちたかったんです。自分に何ができれば実際に役に立つのか、という最適化を考えたのです。

世の中の役に立つ方法

サム:今、世の中の役に立ちたいと思っている人たちは、博士号を取得すべきだと思いますか。

イーロン:ほとんどの場合、そうではないでしょう。

サム:どうしたら、自分が世の中の役に立つ方法を考えられるのでしょうか。

イーロン:作ろうとしているものが何であれ、現在の技術水準と比較した場合にその有用性がどれだけ向上するか、それがどれだけの数の人々に影響を与えるかを考えます。少人数から中程度の人たちにでも、大きな影響を与えるのは素晴らしいことです。小さな変化であっても、膨大な数の人に影響を与えるものを持つことも素晴らしいことだと思います。

サム:SpaceXの例を挙げましょう。実際にそれをやろうと決断したとき、当時はとてもクレイジーなことでした。

イーロン:確かに、最高のリターンを達成することが目的なら、会社を設立すること自体がクレイジーです。しかし、それは私の目的ではありませんでした。私は、ロケット技術を向上させなければ、永遠に地球から出られないという結論に達したのです。しかし、航空宇宙産業の大企業は、根本的な技術革新には全く興味がありませんでした。彼らがやりたかったのは、自分たちの技術を毎年少しずつ良くしていくことで、実際には悪くなってしまうこともあったのです。

特にロケットはかなりひどい。1969年に月に行くことができたのに、その後のスペースシャトルは地球の低軌道にしか人を運べず、やがて引退しました。テクノロジーは毎年自動的に良くなると思っている人もいるかもしれませんが、実際はそうではありません。賢い人たちが、より良いものを作ろうと必死に努力することで、初めて良くなるのです。技術というものは、人々が取り組まなければ衰退していきます。

文明の歴史を見てみると、例えば古代エジプトでは、素晴らしいピラミッドを建てることができましたが、その後、建て方を忘れてしまいました。象形文字の読み方さえも忘れてしまったのです。ローマでも、信じられないような道路や水道橋、屋内配管を建設できたのに、それらを作る方法を忘れてしまいました。このような例は歴史上たくさんあります。ですから、エントロピーは自分の味方ではないということを常に念頭に置いておくべきだと思います。

「クレイジーなアイデア」に挑戦する理由

サム:私があなたのことを本当に好きな理由のひとつは、他の人からクレイジーだと言われることに対して、異常に恐れを知らず、進んで行動するところです。私はかなりクレイジーな人たちをたくさん知っていますが、中でもあなたは際立っています。それはどうしてなのでしょう。また、誰もが「これはクレイジーなアイデアだ」と言う中で、どうやって決断しようと考えるのでしょうか。その強さはどこから来るのでしょうか。

イーロン:第一に、私は恐怖を非常に強く感じています。だから、ただ恐怖心がないわけではありません。かなり強く感じているのです。でも、何か大切なことがあって、それを十分に信じているときには、恐怖心があるにもかかわらず、それをやってしまうことがあるのです。

サム:大切なこととは。

イーロン:誰もが「私は恐怖を感じるから、それをやってはいけない」と考えるべきではありません。恐怖を感じるのは普通のことです。恐怖を感じないということは、精神的に何か問題があるのは間違いないでしょう。

サム:恐怖を感じても、大切だと思うことを原動力にとにかくやってみるということですね。

イーロン:そうですね。実はある程度、運命論が役に立つと思います。確率を受け入れれば、恐怖心は薄れます。私がSpaceXを立ち上げるとき、成功する確率は10%以下だと思っていたので、おそらくすべてを失うだろうと受け入れました。でも、もし私たちが失敗したとしても、ボールを前進させることができれば、他の会社がバトンを受け取り、前進させ続けることができるかもしれない、そうすれば何か良いことがあるはずだと。Teslaもそうでした。自動車会社が成功する確率は極めて低いと思っていました。

(後編に続く)