
- 細かな採用プロセスの設計と業務の自動化を両立
- 大企業から中小企業まで累計で1000社以上が活用
- 採用コンサルと商社でのIT業務の経験を活かして起業
- 「採用管理SaaS+マーケットプレイス」の独自モデルでさらなる拡大目指す
工数のかかる事務作業の自動化やデータ活用などを通じて、企業の採用業務を支援しているHRTechスタートアップのThinkingsが好調だ。
主力サービスの採用管理システム「sonar ATS」がトヨタ自動車やソフトバンクを始めとした企業で導入が加速しており、累計導入社数は1000社を突破。SaaSプロダクトの収益性を示す重要指標の1つであるMRR(月間定期収益)は1億円を超えた。
2021年5月には新規事業としてsonar ATS内で30以上のHRサービスを購入できるマーケットプレイス「sonar store」もスタート。採用管理システムを軸にさらなる事業拡大を目指すべく、複数の投資家から新たに総額16.2億円を調達した。
- インキュベイトファンド
- XTech Ventures
- i-nest capital
- みずほキャピタル(以上4社は既存投資家)
- SMBC日興証券
- JA三井リース
2012年にサービスを立ち上げてから今年で10周年。日本においてHRTechやSaaSといった概念が浸透していなかった時代からサービスを展開してきたThinkingsがどのように事業を伸ばしてきたのか。代表取締役社長の吉田崇氏に聞いた。
細かな採用プロセスの設計と業務の自動化を両立
「採用が非常に難しい時代になってきています」
吉田氏はsonar ATSのニーズが高まっている背景についてそう話す。かつては企業の方が優位で「採用してあげる」というスタンスでも採用が成り立っていた時代もあったが、近年はそのやり方ではうまくいかなくなったという。
「応募者側も入社前から口コミサイトやSNSで企業の実態を把握できるようになってきていますし、優秀な人材ほど選択肢も多い。今は最初に応募者から選んでもらった上で、その次に企業が選ぶという順番です。その順番を間違えると採用できない時代になってきています」(吉田氏)
そこで重要になるのが、応募者1人ひとりに向き合った採用プロセスを設計することだ。たとえば社員の紹介(リファラル)で選考に興味を持ってくれたAさんと、一般の求人媒体から応募してくれたBさんでは、それぞれに合わせた別々のプロセスを用意した方がいい。
ただ、ここには採用担当者にとってのジレンマが存在していたという。「(細かな採用プロセスの設計を)やればやるほどリソースが足りなくなるので、やりたいけれど十分にはやれない」(吉田氏)のだ。
吉田氏によるとsonar ATSではこの課題の解決策を提供することによって、事業を成長させてきた。
sonar ATSはさまざまな求人媒体と連携し、応募者の選考状況や自社全体の採用プロセスを管理できるサービスだ。採用管理ツール自体はいくつも存在するが、同サービスが選ばれる理由となっている特徴が2つあるという。

1つが採用のプロセスをフローチャート形式で設計するための機能だ。応募チャネルや応募者の属性に沿ったかたちでプロセスを細かく設計し、全体の状況を一目で可視化できる仕組みを作った。
1つ1つの項目は右下の「+ボタン」から簡単に追加でき、自由に組み換えられる。次のステップに進むかどうかを迷っている応募者がいれば、OB面談や現場面談などを追加で挟むといったことも簡単だ。
とはいっても、この機能単体では管理するためのステップが増えて、担当者の負担は減らない。そこでsonar ATSでは1つ1つの項目に条件を設定しておくことで、事務業務を自動で実行するための機能を実装した。これが2つ目の特徴だ。

面接の前日にリマインドメールを送る、面接後に合否判定を行えば応募者への連絡が自動で送信される、選考の進捗が滞っている応募者を検知して自動でエントリー促進などの連絡をする──。
このような仕組みを実現した結果、sonar ATSを活用すれば担当者が複雑な採用プロセスを設計しても、自動化によってそれをしっかりと運用できる。これが採用担当者から評価されて導入につながっているという。
「大企業の場合は(採用人数が多いため)どうしてもプロセスが複雑になりやすい。採用プロセスをノーコードで細かく設計できる点に価値を感じていただけています。一方で中小企業は『ひとり人事』という言葉も存在するように、とにかく人手が足りなくて悩んでいるケースが多いです。そこで日程調整や社内外への連絡、エージェントとのやりとりを自動化できる点が喜んでもらえています」(吉田氏)
大企業から中小企業まで累計で1000社以上が活用
sonar ATSは管理する応募者の数によって月額の利用料金が変わるビジネスモデルだ。応募者数が1000人までであれば月額2万円程度で使えるため、大手上場企業から地方の中小企業まで幅広い顧客に活用されている。
特に中小企業の現場では、Excelやスプレッドシートなどを使いながら手作業で応募者の管理をしているところも多く、生産性が課題になってきた。
大企業の場合はなんらかの採用管理ツールを導入していることも多いが、採用フローの設計のしやすさや自動化を始めとした機能面がきっかけとなってsonar ATSに乗り換えることがほとんどだという。
ナショナルクライアントと言われるようなエンタープライズ企業では、年間で500人規模の新卒採用をするところもある。採用業務に携わる担当者の数もその分だけ多く、採用プロセス自体も多様で複雑化するため、応募者ごとの最適化と業務の効率化を両立できるツールへのニーズが高い。
またそのような状況から一部の業務を外部に委託する場合もあるが、近年は「採用のインハウス化」に向けた流れが加速しており、社内で細かい要件なども含めてコントロールしたい考えが強くなっているという。
sonar ATSの設計思想は営業支援ツールやマーケティングオートメーションツールにも近い。吉田氏は前職の双日時代にIT部門で勤務しており、シリコンバレーに駐在した経験を持つ。そこで当時注目を集めていたのが「Salesforce」だ。
「Salesforceがやっているのは、見込み客を獲得した後に受注までのプロセスを可視化した上で、(細かい業務を)自動化していくこと。この流れは採用にも共通していますが、当時は応募者が応募してから入社に至るまでのプロセスを科学するような仕組みがありませんでした。そこでこの概念を採用に持ち込んでみようと思ったことがきっかけです」(吉田氏)
採用コンサルと商社でのIT業務の経験を活かして起業

sonar ATSはもともとインフォデックスとイグナイトアイの2社が共同で運営してきたサービスだ。吉田氏は採用コンサルタントとしてキャリアをスタートした後、双日を経てイグナイトアイを創業した。過去に経験してきたHRとITの知見を掛け合わせて、新しい挑戦をしたいと考えたという。
当時から採用管理システム自体は存在していたが、まだSaaSという言葉も浸透しておらずASP(アプリケーションサービスプロバイダ)と言われていた時代だ。クラウド型のツールも珍しく、オンプレミス型が当たり前だった。
そのような背景もあって、サービス立ち上げ当初はなかなか理解を得られないこともあったが、そんな中で興味を持ってくれたのがマーケティングや広告業界の企業だ。上述したようにsonar ATSはマーケティングの考え方を採用に持ち込んだような思想のサービスだったため「やってみたかったけど実践するための手段がなかった」と初期の顧客になってくれた。

2010年代後半になると日本でも次第にHRTechやSaaSの波がきたことで、幅広い業界で導入が加速。2020年にはさらなる事業拡大を見越して2社が合併し、Thinkingsとして新たなスタートを切った。
それまでは黒字経営をもとにした自己資金で堅実に事業を展開してきたが、2021年にはVCから初めての外部調達も実施した。結果として現在は累計導入社数が1000社を突破し、MRRも1億円の大台を超えるサービスになっている。
「採用管理SaaS+マーケットプレイス」の独自モデルでさらなる拡大目指す
近年はシンプルな採用管理ツールを超えたサービスの実現に向けた挑戦も始めている。その1つがさまざまなHRツールを購入できるマーケットプレイスのsonar storeだ。
これは「HRサービスに特化したAmazonのマーケットプレイスのようなもの」で、連携する30以上のパートナーのサービスを購入できるというもの。この仕組みはsonar ATSに内包されており、採用活動を進める中で浮き彫りになった課題の解決策をそのまま購入し、すぐに使えるのが特徴だ。
SaaSにマーケットプレイスがひもづいた仕組みは「SaaS Enabled Marketplace」と呼ばれ、海外では増えてきているものの、日本の採用領域ではまだ珍しい。
「もちろんThinkingsとしても採用課題のソリューションを提供していきますが、自分たちだけで多様化するニーズに対応していくのは難しい状況です。さまざまなパートナーと連携し、各社の展開するサービスと組み合わせることで、あたかも1つのシステムのように便利に使える世界観を実現していきたいと考えています」(吉田氏)

近年はマイナビやリクルートといった老舗大手からビズリーチのようなメガベンチャー、HERPを始めとしたスタートアップなど採用管理ツールを手掛けるプレーヤーが多様化してきている。まさに吉田氏が「わかりやすいシグナルとして数年前に比べても競合が増えているように、市場が成長期に入った実感がある」と話すような状況だ。
Thinkingsとしては今回調達した資金を使いながらsonar ATSを拡大しつつ、パートナーと組みながらsonar storeも並行して広げていく計画。他のプレーヤーと連携した“エコシステム型”のサービスとして、2023年末には2000社への導入を目標として掲げる。
「これまでの実績を評価いただき、この市況の中で約16億円を調達できたことは自信にもなりました。(今回の調達で)さらなる成長に向けてアクセルを踏める準備が整った。顧客からもっと支持を得られるようなサービスを目指して、事業を広げていきます」(吉田氏)