前田裕二氏 SHOWROOMの代表取締役社長 1987年東京生まれ。2010年に早稲田大学政治経済学部を卒業後、外資系投資銀行に入社。11年からニューヨークに移り、北米の機関投資家を対象とするエクイティセールス業務に従事。株式市場において数千億~兆円規模の資金を運用するファンドに対してアドバイザリーを行う。その後、0→1の価値創出を志向して起業を検討。事業立ち上げについて、就職活動時に縁があったDeNAのファウンダー南場に相談したことをきっかけに、13年5月、DeNAに入社。同年11月に仮想ライブ空間「SHOWROOM」を立ち上げる。15年8月に会社分割によりSHOWROOM設立、同月末にソニー・ミュージックエンタテインメントからの出資を受ける。現在は、SHOWROOM 代表取締役社長として、SHOWROOM事業を率いる。2017年6月には初の著書『人生の勝算』を出版し23刷9万部超のベストセラー。近著の『メモの魔力』は、発売2日で17万部突破、現在50万部に。 提供:Agenda note
  • 「幅」ではなく「深さ」の広告とは
  • 「深さの指標」が必要
  • 深さの広告で菓子がコンビニからなくなった

夢を叶えるライブ配信プラットフォーム「SHOWROOM(ショールーム)」の代表取締役社長・前田裕二氏。SHOWROOMではライブ配信をする演者に対して、視聴者が有料アイテムで直接応援する「支援モデル」をとり、当初はうまくいくはずがないという声があった中でビジネスを伸ばしています。前編に続き、後編では前田氏が考える新しい広告のカタチについて聞きました。(編集注:本記事は2020年3月10日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります)

>>前編はこちら

「幅」ではなく「深さ」の広告とは

徳力 日本でも一般のファンが交通広告を買って、タレントを支援する「応援広告」が展開されています。韓国ではすでに行われていたようですが、前田さんはその文化を先駆けて日本でつくってきたと言えるのではないかと思っています。

前田 そうですね。まさにSHOWROOMが電通と資本業務提携したひとつの協業の狙いとして、応援広告の文脈から“深さの広告”をつくろうというものがあります。

徳力 深さの広告とはなんでしょう?

前田 今の広告市場は基本的に幅でその価値を判断していますよね。テレビで言えば視聴率、ネットでいえばPVやUUなどですが、それらはすべて「どれくらいの人が見たのか」という幅の観点であって、「その人の人生にどれだけ深く影響を与えられたのか」という数値ではない。僕自身、テレビ番組に出ていて、視聴率と実際の反響の間で乖離を感じることがあります。

徳力 なるほど単純な視聴率の量とは違う質の深さがある感じですよね。ただ、一般的には、その深さは心の動きだからデジタル系の効果測定ツールで測るのは難しいし、従来の企業は量の測定に慣れてしまっているため、結局は数が多くなければダメだとなりがちですよね。

前田裕二氏 提供:Agenda note

前田 まさに、そうです。

徳力 その深さの大切さは、どう説明すれば分かってもらえるのでしょう。

「深さの指標」が必要

前田 ものさしとなる「尺度」が絶対的に必要だと思います。深さのエンゲージメントを測る指標、深さの物差しのようなものがこれまではなかった。尺度ができ、深さが重要だとみんながいっせいに言い始めたら、広告やクリエイティブのつくり方も変わると思います。だからと言って幅の指標がなくなるわけではありません。コンテンツに愛着を持つ濃いファンをつくりながら、幅も取りたいというニーズは必ずあります。

徳力 私も一度、深さの指標をつくろうとしたことがあるのですが、うまくいかなかった経験があります。

前田 指標をつくるためには必要なことが2つあって、ひとつは本当に深さを持っているプラットフォームが旗を振るということ。もうひとつはプラットフォームだけでなく、みんなで旗を振る、ということ。

 SHOWROOMが深さの指標を使って、こんな成功事例を生みましたと言えば、たぶんほかの深さを持っているメディアも同じことを始めると思うんですよね。それが組み合わさり拡大していけば、だんだんと広告主の価値観や行動も変わっていくのかなと思います。現在の広告市場ではエンゲージメントが重要視されていますが、そのために何をすべきかが分からずに悩んでいる状況はあるかと思います。

徳力 広告会社にとっても必要ですよね。

前田 そうです。広告会社はクライアントの幸せを考え、ひいては生活者の幸せにもコミットしているわけですから。今、流れている広告のすべてが本当に生活者の幸せにつながるのか。深さが測定できるようになれば、そういった発想がもっとクリエイター側に植え込まれるようになり、広告のつくり方自体変わるかもしれません。

徳力 本来はリーチとエンゲージメントの両軸で考えるべきなんですよね。たとえば、今のダイレクト広告は、どれだけ大量に広告をぶつければ人は動くのかというリーチばかりを考えがちな印象がありますが、そこにエンゲージメントという指標が入れば変わってくるはずです。

前田 まさに、そうなんですよね。すごく難しいことですが、それをどうしても、やりきりたいんです。

深さの広告で菓子がコンビニからなくなった

徳力 エンゲージメントを重視した広告をつくるときに、クラアイントにスタンスをひとつだけ変えてもらうとしたら、それは何でしょうか。

前田 おそらく、本当のエンゲージメントとは何かを一度、体感してもらうことだと思います。たとえば先日、ニッポン放送とのコラボ企画で24時間生配信をしたときの例です。

 僕はニッポン放送の番組にゲスト出演しながら、裏側でSHOWROOMの生配信も24時間行い、両方の放送を行ったり来たりしました。ラジオは深さがあるメディア。その深さが番組終了後にどこに現れるかと言うと、TwitterなどSNSで楽しかったというコメントが寄せられて発散されるんです。

 もしこの深さを受け止める場所がSHOWROOMにあれば、リスナーのエネルギーがそこに凝縮され、媒体価値が生まれる。スポンサーがついても価値提供できるのでは、と思ったんです。

徳力 たしかにラジオと連携してSHOWROOMにスポンサーが付くと新しい価値が生まれそうです

徳力基彦氏 アジャイルメディア・ネットワーク アンバサダー・ブロガー /ピースオブケイク noteプロデューサー NTTやIT系コンサルティングファームなどを経て、 2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの1人として運営に参画。「アンバサダーを重視する アプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より取締役。2019年6月末で退任、7月から現職。同月、ピースオブケイク noteプロデューサー/ブロガーにも就任。 提供:Agenda note

前田 そうなんです。コルク佐渡島さんも「コンテンツの流行には、”語る場所”が必要不可欠だ」と言っていましたが、ラジオ番組も同様だと思います。同じラジオを聞いている人が放送の前後に話せる場所があれば、そこに新たな濃いコミュニケーションや横のつながりが生まれ、それが価値になる。その場所をSHOWROOMにしたんです。

 スポンサーには菓子メーカーさんのほか数社についていただきました。僕は放送中24時間を耐えるために糖質を摂るという意味でも(笑)、本当に好きでずっとそのお菓子を食べていたのですが、それによってその商品が一部コンビニからなくなるくらいに売れたんです。ファンやリスナーの方との繋がりが深いからこそ起きた現象だと思います。

徳力 そうか、見る側も前田さんと同じペースで放送についていくために同じお菓子を食べたという、いい文脈ですね

前田 そうです。そこに嘘がないので。この、嘘がない、つまり「本当に好きである」ということも、全てが伝わってしまうインターネット時代における「深さ×広告」の大事な要素かなと思います。

徳力 おもしろい。「深さの広告」というテーマだけで1本記事が書けそうです。今日は、ありがとうございました。