Mantra代表取締役の石渡祥之佑氏
Mantra代表取締役の石渡祥之佑氏
  • 人と機械のハイブリッドで翻訳を効率化、ウェブトゥーンなどにも対応
  • 「マンガで英語を勉強する」体験拡大へ

言語の壁を乗り越えて世界中のファンにマンガを届けるべく、マンガに特化したクラウド翻訳ツールを手がけるMantra(マントラ)が事業を拡大中だ。

同社が手がける「Mantra Engine」は出版社や翻訳会社、マンガ配信事業者などを中心に10社以上のパートナー企業が導入。月間で2万ページ(単行本換算では約100冊分)以上の多言語化をサポートしている。

この1年間で事業の幅も広がってきた。2021年には小学館とタッグを組み、Mantra Engineと熱狂的なファンによる“ファン翻訳”を組み合わせた日英版の同時配信をスタート。2022年6月からは集英社の協力のもと、人気マンガで英語を学べる学習サービス「Langaku(ランガク)」の運営も始めた。

「2020年に起業した当初は、AIの技術はわかるけれど、業界のことはよくわかっていない状態でした。さまざまな事業者の方と話をしたり、集英社や小学館のアクセラレーターに参加したりすることを通じて、顧客の課題や業界に対する解像度が上がったのが大きな変化です」

Mantra代表取締役の石渡祥之佑氏は会社を立ち上げてからの約2年半についてそのように振り返る。ファン翻訳の仕組みやLangakuなどは、まさに出版社と議論を重ねていった結果として実現したものだ。

今後MantraではマンガAI技術の研究開発とLangakuの開発を加速させていく計画。そのための資金として集英社、東京大学協創プラットフォーム開発、ディープコア、コンコードエグゼクティブグループ、ツクリエを引受先とする第三者割当増資により約1.5億円を調達した。

人と機械のハイブリッドで翻訳を効率化、ウェブトゥーンなどにも対応

Mantraは東京大学の情報理工学系研究科で博士号を取得した2人の研究者が立ち上げたスタートアップだ。代表の石渡氏は自然言語処理領域、共同創業者でCTOの日並遼太氏は画像認識領域が専門で、お互いの知見をかけあわせてMantra Engineを開発した。

マンガに関しては特殊なフォントや独特の話し言葉、絵とテキストの不規則な配置、ストーリーの背景にある複雑な文脈など翻訳の難易度を上げる要素がいくつも含まれている。

そこでMantraでは画像認識技術や機械翻訳技術をもとにマンガに特化した翻訳システムを構築。その技術を軸として、クラウド上で効率的に翻訳業務を進められる仕組みを作った。

「Mantra Engine」による翻訳作業のイメージ
「Mantra Engine」の画面イメージ ©︎朽鷹みつき

Mantra Engineではシステム上にマンガの原稿データをアップロードして、タイトルや翻訳したい言語を選択すると自動翻訳が始まる。翻訳者はこの内容をベースに修正や校閲を進めていく。従来のワークフローと比較して約半分の時間で翻訳版が制作できたような事例もあるそうだ。

Mantra Engineはコラボレーションツールとしての側面も持ち合わせており、複数の作業者がクラウド上で並行して作業ができる。従来は細かい確認作業やフィードバックをするために、WordやPDFなどを何往復もしていたこともあったが、Mantra Engineであればそれが1カ所で済むため無駄が少ない。

お互いの進捗状況もリアルタイムでわかるため「翻訳の管理が楽になる点にも価値を感じてもらえている」(石渡氏)という。

冒頭で触れたファン翻訳の取り組みは、複数人のファンが自動翻訳の内容を基に翻訳作業を重ねていくことで良い作品を作るというもの。ウェブ上で複数人が翻訳者として参加できる仕組みがうまく活用できた事例だ。

「開発した当初は『簡単に編集ができるのでウェブで動く方が良い』くらいのイメージだったのですが、ファン翻訳のように今までのマンガ翻訳とは違う方法を実現できるようになってきました」(石渡氏)

2022年にはウェブトゥーンの翻訳ニーズが増えていることを受け、縦スクロール作品などに対応した新バージョンもリリース。日韓翻訳や中日翻訳など、対応言語の幅も広げている。

縦スクロールコミックの翻訳作業のイメージ
縦スクロールコミックの翻訳作業のイメージ ©︎table桌子

「マンガで英語を勉強する」体験拡大へ

直近ではこれまで培ってきたマンガAI技術を翻訳以外の領域に応用するチャレンジとして、マンガで英語を学べる多読アプリ・Langakuをローンチした。

Langaku
マンガを教材とした英語学習サービス「Langaku」。英語率を変えることで英語と日本語のコマの割合を調整できる

集英社とタッグを組むことにより『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』を始めとした約30作品を収録。英語のコマの割合を調整できる“英語率”という概念を取り入れ、ユーザーが自身の英語レベルに合わせて無理なく多読に取り組める仕組みを作った。

6月にiOS版をローンチしたばかりのため、これからユーザーのニーズも踏まえて機能の拡充を進めていく計画だが「Langakuだけで(読んだ分量が)20万語を超えるなど、英語学習の道具として使ってくれる人が出てきている」(石渡氏)という。

「マンガで英語を勉強するという体験はまだ根付いていないので、その体験をいろいろな人に届けていきたいと考えています。簡単な領域ではありませんが、『外国語学習と言えばLangakuだよね』と思ってもらえるようなプロダクトを目指していきたいです」(石渡氏)

Mantraとしては今回調達した資金で組織体制を拡充し、基盤技術の研究開発や2つのサービスの機能拡張を進めていく方針だ。