エアークローゼット代表取締役CEOの天沼聰氏
エアークローゼット代表取締役CEOの天沼聰氏
  • 100個以上のアイデアを検討した上で決めたファッションサブスク
  • ローンチまでに苦戦も、2.5万人の事前登録で手応え
  • 初期から物流専門チームを組成、独自のオペレーションが強みに
  • 悩みながらも今「上場」に踏み切った理由
  • 既存事業の拡大に加え、男性向けサービスや倉庫管理システムの外販も検討

自動車や家具から家電、洋服に至るまでさまざまな領域で広がる“モノのサブスクリプション型ビジネス”。本日7月29日に東証グロース市場に上場したエアークローゼットは、日本企業の中でもいち早くこの領域に挑戦した1社だ。

2015年2月、同社は当時まだ日本では珍しかった月額型の女性向けファッションレンタルサービス「airCloset」をローンチ。約7年に渡ってサービスの体験と裏側のオペレーションを磨き込み、2022年3月時点で約3.2万人の有料ユーザーを抱える。

ユーザーの中心は30〜40代の女性だ。特に働く女性の割合が9割以上、子供を持つ女性も半数以上を占める。

自分の時間が限られる中で、買い物に行きたくてもなかなか行けずに優先順位が下がってしまっている──。そんな課題を抱える女性に対して“スタイリストが洋服を提案する”形式のレンタルサービスを提供することで、ユーザーが時間の使い方を大きく変えずとも新しい洋服に出会える体験を作った。

代表取締役CEOの天沼聰氏によると「(この1〜2年は)コロナによって新規会員の増加数などで、ネガティブな影響を受けた側面はある」というが、会社全体の売上としては2019年6月期が約15.5億円、2020年6月期が約21.7億円、2021年6月期が約28.8億円と着実に規模を広げてきた。

会員数の増加とともにその成長を支えてきたのが、物流やクリーニングの仕組みなどを含めた独自のオペレーション基盤だ。継続的な改善の成果として、重要視してきた「1人当たり限界利益」や「1配送当たりオペレーションコスト」が思い描いていた水準に達したことも大きい。

天沼氏も「持続的な成長を目指せる強固な事業基盤を作りあげること」について一定の手応えを掴めたことが、この市況の中でも上場に踏み切った大きな理由だという。

100個以上のアイデアを検討した上で決めたファッションサブスク

天沼氏はロンドン大学を卒業後にアビームコンサルティングでコンサルタントとして働いたのち、楽天にてグローバルグループのマネージャーを経験。2014年に過去に同じチームで仕事をしてきたメンバーと共に3人でエアークローゼット(当時の社名はノイエジーク)を立ち上げている。

コンサル出身のメンバーが集まったチームということもあり、当初は100個以上のビジネス案を出して実現可能性や市場のポテンシャルなどを議論したりもした。ただ最終的には「自分たちが心から信じられるものでないと長くは続かない」と考え、“右脳的”に現在のビジネスプランに決めたという。

「せっかく自分たちで会社を創業して挑戦するのだから、人々のライフスタイルを豊かにするものや、普段の生活に根付くようなものを作りたいという考えが原点にありました。議論を重ねた上で行き着いたのが『時間』です。1秒でも良いのでワクワクする時間を増やすことができれば、それがライフスタイルの豊かさを増すことにもつながるはず。そこから具体的なサービスを考え始めました」(天沼氏)

自分たちが実現するのは、ユーザーの時間価値を高めていくサービス。その軸が決まった上で、「何で(どの領域で)」「誰の」時間の価値を高めていくかを議論した。

領域をファッションに定めたのは、常に自分の身に纏っているものであり、ワクワクする気持ちにも直結すると考えたから。女性を対象にしたのも、時間という観点で考えた際に課題が大きいと感じたことがきっかけだ。

そもそも百貨店やショッピングモールのフロアを見ても一目瞭然であるように、対象となる店舗や商品の選択肢が多い。加えてライフステージによっても時間の使い方が変わるため、「忙しい女性が日々の生活のリズムを変えなくても新しいファッションに出会えるサービス」から始めることを決めた。

事業モデル自体も最初から考えていたわけではなく、対象とするユーザーと届けたい価値が決まったことで自然と固まっていったという。

「(ファッションは)実際に着用してみて、周りの感想なども聞きながら楽しむものだと感じていたので、レンタル形式でたくさんの洋服に出会える仕組みにしました。ただ対象となる商品を『自分で選んでください』としてしまっては、時間が足りなくて自分に合った洋服を探せていない人の課題を解決できない。だからスタイリストが洋服を提案するかたちにしたんです」

「当時はサブスクという言葉も浸透していなかったので、ここに行き着いたのも結果論なんです。最初は1点1点貸し出すことも考えたのですが、忙しい女性に使ってもらうことを考えた時に、返却期限やクリーニングの手間なども気にせずに好きなタイミングで返すことができ、新しい洋服にどんどん出会えるような体験を作りたいと考え月額制のサービスにしました」(天沼氏)

airClosetのサービスイメージ

サービスを使う中で本当に好きな服が見つかった場合には、そのままスムーズに購入できる仕組みも作った。実際にエアークローゼットの開示資料によると月額会員の半数はairClosetを通じて商品を購入した経験があり、販売による売上は総売上全体の約13%に達している(2021年6月期の実績)。

このことからも“新しい服に出合う”ことへのニーズが存在していることがわかる。

ローンチまでに苦戦も、2.5万人の事前登録で手応え

airClosetのようなビジネスではリアルな洋服をレンタルするため、保管するための倉庫やクリーニングの仕組み、メンテナンス、在庫管理など考慮しなければならない要素が多いのも特徴だ。

エアークローゼットのオペレーション
エアークローゼットのオペレーション

天沼氏たちの場合も、そもそもサービスをローンチするまでに時間を要した。ファッション業界になじみのない男性3人が立ち上げた企業のため、仕入れ先となるアパレルメーカーとのコネクションが全くない状態からのスタートだった。

物流倉庫に関してもパートナーの開拓に苦しんだ。レンタルの形態に精通している会社は限られており、商品の返却や再貸し出しに関するオペレーションが整っていないことの方が多い。商品管理の業務フローなども異なるため「いろいろな企業に相談にいったもののほとんど断られてしまったので、最初は自分たちで手運用でやってみようかと考えたこともあった」(天沼氏)という。

一方でローンチ前に手応えをつかめた瞬間もあった。2014年10月にティザーサイトを開設し、事前登録を募ったところ約3カ月で2万5000人ほどが集まったのだ。

創業したばかりのスタートアップが手がけるサービスにも関わらず、自分たちが伝えたいメッセージや届けたい価値に対して興味・関心を抱いてくれるユーザーが2万5000人も存在する──。サービスへの手応えを掴めた瞬間という観点で、天沼氏はこの時をターニングポイントの1つに挙げる。

当時のサービスイメージ。2014年10月のプレスリリースより
当時のサービスイメージ。2014年10月のプレスリリースより

初期から物流専門チームを組成、独自のオペレーションが強みに

もっとも、2万人以上から事前登録があったからといって、必ずしもロケットスタートを切れないのがこのビジネスの難しいところかもしれない。

保有する洋服の数やスタイリングのキャパシティ、クリーニングや倉庫といった物流側の受け入れ体制。これらの範囲内でしかユーザーを迎入れることができないため、「最初は枠がものすごく限られており、長い方では1年お待ちいただくこともあった」(天沼氏)という。

強固な事業基盤を整えることこそがこの事業の根幹になるという考えはスタートした時点から頭にあったため、エアクローゼットでは創業期から社内に物流専門チームを開設。最適なオペレーションのかたちを模索し続けてきた。

「たとえばクリーニング1つとっても、洗い方や仕上げ方などをどんどん改良していっています。細かいところだと、パートナー企業の方々と組ませていただいて洗剤を開発するほどです。やっぱりモノが動くビジネスなので、現場が大事になる。振り返ってみてコンサル出者のメンバーで始めて良かったと思うのは、もともと(業務フローの改善など)現場での仕組みづくりを徹底的にやってきていたことです。結果的に勘所をつかみやすかったり、細かいオペレーションの効率化にこだわり抜けたことが事業の大きな強みにもなっています」(天沼氏)

エアークローゼットでは返却を受けたレンタル品をメンテナンスし、再出荷するまでのプロセスを循環型の物流基盤と捉え、ここにまつわる一連の機能を「AC-PORT」と定義して改善を繰り返している。

アイテムの個品管理が可能なWMS(倉庫管理システム)を自社で内製し、におい除去などの精度を高めたクリーニング手法や洋服の循環を効率化する庫内オペレーションなども作り上げた。

基盤となる「AC-PORT」のアップデートの過程
基盤となる「AC-PORT」のアップデートの過程。エアークローゼットの事業計画及び成長可能性に関する事項より

現在は返却を受け付けた洋服を、最短1日で再貸し出しできる準備が整った状態まで持っていけるような体制を整えている。これはサービス開始当初は「3〜4日、長いものであれば1週間かかっていた」(天沼氏)ところだ。

リードタイムを短縮できれば仕入れの量自体を減らすことができるため、コストを余分にかけずに済む。またこうした積み重ねの結果は、初期から天沼氏たちが重視してきたという「1人当たり限界利益」や、その指標に影響を与える「1配送当たりオペレーションコスト」にも明確に表れるようになった。

「1人当たり限界利益」と、その指標に影響を与える「1配送当たりオペレーションコスト」の推移
天沼氏が初期から重視してきたという「1人当たり限界利益」と、その指標に影響を与える「1配送当たりオペレーションコスト」の推移。エアークローゼットの事業計画及び成長可能性に関する事項より

※限界利益 : 売上高より、売上原価及び販売費及び一般管理費に含まれる変動費(オペレーションコスト、スタイリングコストなど)を控除(ただし、レンタル用資産償却費控除前)した金額。これを平均会員数で除すことで1人当たり限界利益を算出

「サービスを立ち上げた当初から、事業の成長に向けたもう1段階上のスタート地点として上場を意識していました。日本でも新しいビジネスモデルだったので、『この事業で上場するのであれば持続可能な会社であることをしっかりと証明しなければならない』ということは当時から話していたことなんです」

「事業の準備が整った状態で踏み切るのが良いと考えた時に、自分たちにとっての準備とは何なのか。1つは事業基盤となるオペレーションコストをしっかりとコントロールして、下げていくこと。裏を返すと、お客様お1人当たりの限界利益をしっかりと高めていくことです。(1人あたりの限界利益と会員数をかけ合わせた)トータルの限界利益が固定費をしっかり賄うかたちをとれれば、かなり安定した収益体質が作れると考えていました」(天沼氏)

悩みながらも今「上場」に踏み切った理由

2021年に、1人当たり限界利益や1配送当たりオペレーションコストが上場を目指す上で思い描いていた水準に達したことが大きな転換点になった。

「この事業を継続していく中で、月額会員のお客様がこのぐらいの規模感になれば、これぐらいの利益が生み出せるといったことが読みやすい状態になった」(天沼氏)ことで、さらなる成長に向けて上場への意識が一層高まったという。

一方で、今上場に踏み切るべきなのか。タイミングについては天沼氏もものすごく悩んだ。

「昨年の12月以降は市況が悪化しており、ロシアによるウクライナへの侵攻やコロナウイルスの蔓延などの影響もあって、ファッション業界には大きな逆風が吹いています。もちろん当社にもネガティブなインパクトがあり、それを踏まえた時にどうするべきなのか。正直なところ、ものすごく葛藤もありました」

「それでも上場に踏み切ったのは、創業期から『事業基盤がしっかりと整ったタイミング』が上場のタイミングだと決めていたことが大きな理由です。もちろん市況は当時の想定と違うのですが、(事業基盤などに関しては)想定していた姿に近い。それを踏まえた時に、あえてタイミングを変えるのではなく、上場に向けて進んでいこうと決めました」(天沼氏)

エアークローゼットの業績推移。先行投資により純損益は赤字の状態での上場となる
エアークローゼットの業績推移。先行投資により純損益は赤字の状態での上場となる。エアークローゼットの事業計画及び成長可能性に関する事項より

上場の主な目的は、これからさらに事業を広げていく上での「信用信頼の獲得」と「資金調達」だ。市況の影響で時価総額が想定よりも低くなると、当然ながら調達できる金額も変わってくる。ただ現在の事業の状況なども踏まえ、天沼氏は「(2つの目的が)十分に達成できると感じた」という。

「ファッション業界における新しい事業者の上場自体も、2007年にZOZOさんが上場されて以降は10数年見当たらないような状態です。コロナ禍で業界全体が大きな影響を受けていますが、私自身はファッションは人生に彩りを与えるものであり、必ずまた上向きになっていくと信じています。(エアークロゼットの上場が)1つのグッドニュースになれば良いという思いもありました」(天沼氏)

既存事業の拡大に加え、男性向けサービスや倉庫管理システムの外販も検討

今後に関しては、引き続き主力事業の女性向けサービスに力を入れていく。「認知度調査をしても自分たちのサービスはまだ一桁パーセントの認知度で、90%以上の人には知られていない。もっと多くの方に知っていただくことで、もっと成長させていける余地がある」(天沼氏)という。

事業の成長角度を上げるという観点では、男性向けやシニア・キッズ向けなど、これまで培ってきたノウハウを横展開していく予定。エアークローゼットが独自開発した倉庫管理システムを、インフラとして他社へ提供していく構想もある。

今後の展望
今後の展望。エアークローゼットの事業計画及び成長可能性に関する事項より

「そこが一番我々も苦労してきたところですし、逆の言い方をすればこの事業における大きな参入障壁になっているとも思います。ただ、参入障壁を作っていくだけでは文化は作れないとも思っているんです。(文化を作る上では)多くの企業が同じようにサービスを展開していくことも必要な要素なので、それをしやすくするための土台を整えていきたい。我々が培ってきた仕組みを提供することが近道になるのであれば、それは嬉しいことですし、業界全体の拡張性や成長性を作っていけることにもつながると考えています」(天沼氏)

モノのサブスクやシェアリングの市場に黎明期に参入し、事業を作り上げてきたエアークローゼット。今後この領域で大きな挑戦をしたいと考えるスタートアップが増えるように、同社自身もここから新たなチャレンジに向かっていくという。