
- 「意味のないEC」を「意味のあるもの」に変える挑戦
- インターネットだけでは完結できない
- 自分なりの場所を探した結果、ディノス・セシールへ
デジタル領域を出自としながら、DMなどリアルな手法をデジタルと組み合わせ、昨年は全日本DM大賞のグランプリを受賞するなど成果を出しているディノス・セシールのCECO・石川森生氏。前編に続き、EC業界から、あえてカタログを強みにする通販会社に飛び込んだ背景に迫りました。(編集注:本記事は2020年4月13日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります)
「意味のないEC」を「意味のあるもの」に変える挑戦
徳力 失礼な言い方かもしれませんが、石川さんが経営者まで経験された後、ディノス・セシールに加わったことを不思議に思う人は少なくないんじゃないかと思います。
当時のディノス・セシールは、まだそこまでデジタル化が進んでいなかったでしょうし、私からすると、せっかくECでの経験を積んだのに、すごく大変なところに踏み込んだように見えたんですよね。
石川 当社の通販ブランドである「ディノス」も「セシール」も1990年代からECサイトを運営していたので、インターネットの歴史は長いのですが、あくまで受注ツールでしかなかったので、本当にECビジネスをしていたかと問われたら、おそらくそうではなかったですね。
徳力 それの、どこにおもしろさを感じたんですか。
石川 逆に言うと、Eコマース単体にそれほど価値がないからですよね。
徳力 それは前職までの経験で、ECしかない事業はつまらないと感じていたということですか。
石川 いえ、面白いんですけど、価値がないんです。日本のEC化率を見れば分かりますよね。小売全体の10%にもいっていません。「ECのスペシャリスト」と言われてチヤホヤされていても、それがこの先も続かないことは、少なくとも2013年の後半頃から分かっていました。
インターネットだけでは完結できない
徳力 ECビジネスに限界を感じたのは、マガシークでファッション通販サイトのマーケティング部長をされていた頃ですか。

石川 いえ、SBIで社会人になった当初から感じていたかもしれないですね。これから、すべてがECに置き換わるんだと思って業界に入ったわけですが、深く潜ってみると、ECはたしかに便利だし、一部を代替する可能性はあるけれど、だからと言って店舗が消えるとは思えなかったんです。
結局ECは、どこか別の場所で興味をもって購入を決めた後にしかアプローチできてないんです。しばらくは、その意思決定の場がWEBになる時が来るんだろうと思いながら見ていましたが、それが大多数になることは「一生ないな」と確信しました。
徳力 欲しいと思ったものを買うツールとしては便利だけど、欲しいと思わせるきっかけにならないということですよね。
石川 そうです。だから、EC至上主義のような考えはズレていると思いました。それを確かめるために、EC専業の事業会社に行こうとマガシークに行きました。色々経験させていただいて、ECだけで100億円の売上を作るすごさを実感しましたね。良い意味で、再現性が低いビジネスになっていました。
徳力 どちらかといえば、ECをツールとして広く活用できる形にしたいと。
石川 はい。だから、一度TUKURUで社長を引き受けたんです。その業界のECとしてはトップの規模にできました。結果、EC単体で価値を生み出そうとすることに意味はないなと確信しました。ECが強くなくても、顧客に素晴らしい価値提供ができている会社は他にもありましたので。
とはいえ、そこで少しは新しいことができたと思っています。徳力さんに言うのもなんですが、発信力のあるブロガーさんたちに協力していただいて、一緒にコンテンツや商品をつくっていたんです。
徳力 単純に商品をWebサイトに並べて売るのではなくて、インターネットだけでは完結できないことをやろうとした結果としての取り組みですね。わざわざブロガーに、実際に会いに行くという手間をかけられていたと記憶しています。
石川 そうですね、個人のトップブロガーさんに会いに九州にまで足を運ぶこともありました。アパレルと違って、菓子やパンの基本的な作り方は普遍性があるので、一度つくったコンテンツが半永久的に使えるんです。だから手間暇をかけて作ったコンテンツが資産として溜まっていくんですよ。
徳力 その一方で、ECそのものの限界が見えてしまった。おもしろいですね。今の世の中的には、D2C(Direct to Consumer)の文脈もあってECの専門家は引く手あまたなイメージですが。
石川 まあ、そうですね。ただ、それもTUKURUの時のようなコンテンツの文脈ではあっても、ECそのものではないかもしれません。
だから当時、TUKURUのメンバーには、もっと購買ファネルの上流を押さえるプレイヤーにならないと、確実にやっていけなくなるという話をしていました。
自分なりの場所を探した結果、ディノス・セシールへ
徳力 そこで言う「ECの専門家」という存在は、すでにニーズが顕在化している状態のものを、いかにコンバージョンまで連れていけるかという設計する人ということですよね。
石川 そうですね。いくらコンバージョンの直前にあるKPIを磨けても、別のところに流れている大きな波は見えていない、という話をずっとしていましたね。
徳力 それを確認するために、ディノス・セシールが一番魅力的な場所だったということですか。
石川 ディノス・セシールはECがリーチできていなかった、上流を押さえるカタログやテレビというチャネルを持っていたんです。
もちろん購買に一番インパクトがあるのは店舗ですが、すでに業界には髭をはやした「オムニチャネルマスターのおじさん」がたくさんいらっしゃいましたから(笑)。

徳力 ECと従来のリアルとの組み合わせを考えたとき、自分のキャリアのポジションとして、確立できそうなところを選択したわけですね。
石川 じゃないと、楽できないじゃないですか(笑)。私がどんなにオムニチャネルと叫んでも、5番手か10番手にしかなれないなら、そんなところに向かっても意味がないですよね。
徳力 はたから見ると、あまのじゃくにしか見えないけれど(笑)。
でも実は、すごく論理的に考えた結果なんですね。紙側や通販側にいる人たちがデジタルに目覚めれば、その道を確立できそうな気もしますけど。
石川 業界としての歴史が長いから難しいですね。私は大企業の「慣性の法則」と呼んでいるのですが、これまでの組織や仕組みの影響が強いので、従来の動きをどうしても続けてしまうんですよ。自社だけでなく、外部の大手企業も巻き込んだエコシステムが完成されているので、あれを変えるのは簡単ではない。
徳力 でも、それを外部から人が入って変えるのも、めちゃくちゃ大変なことですよね。
石川 はい、めちゃくちゃ大変です。私も今の社長がいなければ、ディノス・セシールには来なかったかもしれません。入社前に話をして、社長が社長でいる間はいろいろできるなと思ったんです。
徳力 社長とは、どのようにお会いしたんですか。
石川 いまも私の隣の席に座っていますが、WEBの部長からの紹介でした。TUKURU時代に私たちのビジネスに興味をもって会いにきてくれて、当時の従業員を含めて高く評価してくれて、メンバーごと誘ってもらいました。
>>5月21日(木)公開予定の後編に続きます。