
- サステナブルなブランドに魅了される米国のZ世代
- “水を使わなない”プリント技術でアパレル業界をサステナブルに
- 日本市場とメタバースに見る商機
その華やかなイメージとは裏腹に、過剰生産、大量廃棄、水質汚染など、多くの社会問題を抱えるアパレル業界。石油業界に次ぎ、世界2位の汚染産業とも言われる業界の変革に挑んでいるのが、イスラエル発の企業・Kornit Digitalだ。
Kornit Digitalの強みは、水を使わない独自のプリント技術だ。その技術を活用した衣類向けインクジェットプリンターを製造し、アパレル企業などに販売。プリントTシャツをはじめとして、衣類のオンデマンド生産などを実現することで、過剰生産や水質汚染といった課題の解決を目指す。
7月には写真専門店「パレットプラザ」などを展開するプラザクリエイトが、Kornit Digitalのプリンターを導入するなど、日本でも少しずつ導入が進んでいる。日本での戦略や今後の方針について、Kornit Digital CEOのロネン・サミュエル氏に話を聞いた。
サステナブルなブランドに魅了される米国のZ世代
Kornit Digitalは、世界では年間に21億枚もの衣類が過剰生産され、28兆リットルもの水がアパレル企業によって汚染されていると主張する。同社の主張に限らず、環境負荷の軽減を目的に、リセールやリペアといった取り組みに力を入れるアパレル企業は増えつつある。
例えば、スニーカーブランド「Allbirds」を展開するAllbirdsは2月、二次流通プラットフォーム「ReRun」を開始。アウトドアブランド「Patagonia」を展開するPatagoniaやジーンズブランド「Levi’s」を展開するLEVI STRAUSSはリペアサービスを提供し、「アイテムを長く愛用」することを顧客に推奨している。
米国のZ世代(一般的には1990年代半ばから2010年代生まれの世代)は、こうした環境配慮を“クール”な取り組みだと捉えている。米調査会社・First Insightが2019年に実査した調査では、Z世代の62%が「サステナブルなブランドから商品を購入したい」と回答。X世代(1960年代中盤から1970年代終盤生まれの世代)の54%、沈黙の世代(1925~1942年生まれの世代)の44%よりも多かった。
サミュエル氏はこれからの時代、「(アパレル企業は)サステナブルでなければ生き延びられない」と断言。その根拠として、Z世代の特徴を以下のように分析した。
「20年前のニューヨークは、(カジュアルファッションブランドの)『Abercrombie & Fitch』を着ていなければ『場違いだ』と鼻で笑われるような街でした。当時は誰もが同じ服装でした。でも、今の若者は違うのです」
「Z世代にとっては、自分が着ている服が個性的であること、そして環境に優しいことが重要です。そのため、リセールやリペアに取り組むブランドも増えてきました。その中で我々は、オンデマンドで個性的な服を注文できること。そして独自のプリント技術により、アパレル業界をサステナブルにしていくことを目指しています」(サミュエル氏)
“水を使わなない”プリント技術でアパレル業界をサステナブルに
Kornit Digitalは2003年にイスラエルで創業。2015年にナスダックに上場した。イスラエルに本社を置き、米国やヨーロッパに加え、日本を含むアジアの地域にも拠点を構える。同社のビジネスモデルは、企業向けにプリンターやインクなどの消耗品、ソフトウェアなどを提供するというものだ。
大小さまざまなサイズのプリンターを展開するKornit Digitalだが、ここではプラザクリエイトも導入した最新鋭プリンター「Atlas MAX」をもとに、同社の技術について解説する。プラザクリエイトは来月、東京・原宿に商業施設「CREATIVE PLAZA HATTO」をオープンする予定だ。そこにAtlas MAXも展示される。なお、プラザクリエイトはKornit Digitalとの提携のもとアパレル事業の展開を目指しているが、その詳細についてはまだ明確にしていない。

Atlas MAXの最大の特徴は水を使わずロゴやデザインを衣類にプリントできるところにある。通常、衣類を染色するには大量の排水が発生してしまうが、Kornit Digitalは独自のプリント技術とインクを開発することで、染色や洗浄といった行為などによる水を使うプロセスを省いた。
また独自開発のインクにより、立体的な3Dプリントにも対応。7月に実施した報道関係向けのデモでは、バスケットボールの表面の凹凸を再現したTシャツをプリント。筆者も触ってみたところ、その肌触りは小学校時代に遊んでいたバスケットボールそのものだった。

サミュエル氏によると、現在、世界で1300社以上が同社のプリンターを導入しているという。その代表例として、同氏はAmazonによるTシャツのオンデマンド生産について説明した。
「AmazonはWarner BrothersやDisneyといった企業とのライセンス契約のもと、プリントTシャツを販売しています。同社は我々のプリンターを世界各国に合計で数百台ほど導入しており、顧客からの注文後、Tシャツをプリントし、届けています」(サミュエル氏)
海外ではAmazonのほか、「Adidas」などのブランドもKornit Digitalのプリンターを導入している。日本ではプラザクリエイト以外にも、複数のアパレル企業が同社の顧客となっている。
日本市場とメタバースに見る商機
Kornit Digitalは8月10日、2022年第2四半期(4〜6月)の決算を発表した。同四半期の売上高は5810万ドル(約78億円)で、アナリスト予想の8850万ドル(約118億円)を大幅に下回った。決して好調な業績とは言い難いが、今後は日本を中心にアジア地域での事業展開にも注力し、売上規模を拡大していく方針だとサミュエル氏は語る。
日本では、2021年6月に東京証券取引所から公表された「コーポレートガバナンス・コード」の改訂版ではサステナビリティに関する取り組みについての内容が追加されるなど、ESG情報の開示が求められるようになっている。
そのためサミュエル氏は今後、日本のアパレル業界で、同社製品へのニーズが高まっていくのではないかと語る。またサミュエル氏は3次元の仮想空間「メタバース」での商機を見出そうとしている。
金融関連事業を展開する米Citygroupは3月、メタバースの世界市場は2030年までに8〜13兆ドル(約944兆円〜約1530兆円。当時のおおよその為替レート、1ドル=118円で換算)規模にまで成長するとのレポートを発表。メタバースの普及は、アパレル業界における新たなニーズも創出するのではないかとサミュエル氏は見ている。
「どうすればバーチャルな世界と現実世界をつなげるのか。そんな事を日々、考えています。なぜなら、私の子供を含む若者たちは、1日の90%をバーチャルな世界で過ごしているからです。彼ら彼女らは、『Facebook』は使わないかもしれませんが(笑)、『TikTok』や『WhatsApp』、『Zoom』、そしてオンラインゲームなどの世界で、多くの時間を過ごしています。メタバースにおいて、自分のアバターを着せ替えすることも一般的になってきました」
「例えばメタバース上のアバターに着せている服が現実世界でも手に入る。また、現実世界で着ている服をメタバース上のアバターに着せる。今後はこうした取り組みにも力を入れていきたい。我々は2002年に創業し、今年は20周年記念。ですが、まだまだスタート地点に立ったばかりだと思っています」(サミュエル氏)