
- コミュニケーションの質は「話し方」だけでは決まらない
- 話を聴いてもらうことで自分の考えに気づく
- 人の話を聴くことでも自分を知ることができる
- 聴くこと・聴かれることで自分自身をより深く理解する
- イノベーションを起こすには多様なメンバーの違いを聴き合う必要がある
- 違いを聴き合うための場としての「1on1」ミーティング
- 「聴いてもらってよかった」経験をぜひ思い出してほしい
組織力の向上やイノベーションを生み出す源泉として今、「聴く力」の効用に注目が集まっている。組織に属する人にとって、聴くことの効用とは何か。組織で聴き合うことにはどんな意味があるのか。書籍『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』の監訳者で、社外人材によるオンライン1on1サービスを展開するエール取締役の篠田真貴子氏が、聴くこと・聴かれることが組織に及ぼす力について解説する。
コミュニケーションの質は「話し方」だけでは決まらない
今、私は企業の社員の方々に向けた、社外人材によるオンライン1on1サービスを通して組織変革のお手伝いをしています。話を「聴いてもらう」体験をする人が増えていくと、その人も組織も変わっていくのです。今回は「聴く」こと、「聴き合う」ことによって、組織に何が起こるのかということを、少しお伝えしてみたいと思います。
コミュニケーションというのは「聴くこと」、つまりじっくりと相手の話を受け止めることと「話すこと」とで成立します。しかし私たちは「コミュニケーションをもっとうまく取りたい」「コミュニケーションをもっと良くしたい」というときに、しばしば話す方のことばかり考えていないでしょうか。
一歩引いて見ると、聴く方も含めてのコミュニケーションです。つまりコミュニケーションが良くなるポテンシャルは、聴く方にもあるのです。
読者の方々も、何かを話そうと思ったときに、相手の態度があまりにも冷たくて、言おうと思っていたことが分からなくなって頭が真っ白になったり、混乱してしまってしどろもどろになったりした経験を、きっとお持ちのはずです。
逆にじっくり、本当に関心を持って話を聞いてくれる相手には、進んで話してみようと思うようになります。すると、どんどん話が弾んでいき、話しているうちに自分の中でも新しい発見が生まれることもあります。
このように、実は「聴き方」でコミュニケーションの質はとても左右されます。しかし私も含めて、聴き方について教わることはあまりなく、知らずにずっと来ている人は多いでしょう。これは実にもったいないことです。聴き合うことが大切だと私が主張する理由のひとつは、「聴くこと」と「話すこと」のセットでコミュニケーションが成立するのに、話し方ばかり磨くのはチャンスロスがあると考えるからです。
話を聴いてもらうことで自分の考えに気づく
じっくり話を聴いてもらいながら話すことで、話し手は、「それまでどこか自分の中にあったけれども、言葉になっていなかったこと」をあらためて言葉にすることができます。
仕事のことやキャリアのこと、あるいはプライベートなことでも、私たちには「自分は何を大切にしたいんだろう」「なぜこんなにモヤモヤするんだろう」と悩む場面が日常的にあります。ただ、それを独りで考えていても、何かに気づけることはほとんどありません。
ところが、じっくり話を聴いてくれる相手がいれば、話は別です。たとえば「なんかモヤモヤするんだよね」としゃべっているうちに、「自分でやりたいと言って手を挙げたプロジェクトなのに、やり始めたらすごく面倒くさいと気づいてしまった。自分のためにも、このプロジェクトはやり遂げた方がいいことは分かるけれども……」という葛藤がそのモヤモヤを生んでいたことに気づく、などといったことが起こります。
仕事上だけでなく、恋愛などのプライベートでも同じようなことはあります。気が置けない友人とおしゃべりしているうちに、日頃、言動が何となく気になる人のうわさ話になり、話が進んでいく中で自分がその人のことを好きだったと気づく、といったケースも、話を聴いてくれる相手がいるから起こることです。
私たちは、独りで考えたり、日記のようなものに書いたりしても、なかなか自分の考えや感じていることには気づけないものです。話す機会があることでやっと言葉になり、自己理解ができるのです。
ところが話を始めた瞬間に「バカじゃないの」と相手から言われたり、目上の人や上司から高圧的に対応されたりすると、そうした葛藤は口にすることはできません。変に励ますのでもなく、否定するのでもなく、ただただ聴いてもらうことで、思いは言葉になり、だんだん自分の考えが分かるようになります。
人の話を聴くことでも自分を知ることができる
じっくり聴くことは、話し手だけでなく、実は聴いている側にもとても良い効果をもたらします。
人の話をじっくり聴くことが少しでもできるようになると、たとえば「同じプロジェクトをやっていても、こんなに感じ方が違うんだ」など、人によって見えている景色がいかに違うか、発見することができるようになります。すると、相手が言っていることが正しいか間違っているか以前に、その違いがどこから来るのかを考えるようになり、その差異を通して、聴いている側も自分のことが少し分かるようになっていくのです。
聴くこと・聴かれることは、自分とは違う考え方や感じ方をしている人のことを、今までよりもう一歩ずつ、よく分かるようになるということです。そしてこの“自分とは違う人”の中には、実は“自分の知らない自分”も含まれます。自分が普段知っていると思っている自分と、本当に感じている自分との間には、常にかなりのズレがあります。そこを理解するために欠かせないコミュニケーションの方法の1つが、聴くこと・聴かれることなのです。
これを「対話」という言葉で表現することもあります。対話という言葉はいろいろな文脈で使われます。しかし、どの文脈で使われていたとしても、その本質は「自分と相手の考えや価値観が少し違う」というときに、言葉を交わし、聴き合うことにあります。
そうすることで、まず互いに「自分がどういう考えだったのか」を理解し、それを通して相手のことも、共感とはいかないまでも「なるほど、そういうことを考えているのか」ということが分かるようになります。対話とは、そのためのコミュニケーションのスタイルであり、技術であると思っています。
聴くこと・聴かれることで自分自身をより深く理解する
聴いたり、聴かれたりする「対話」の方が、内省より自分の状態や相手のことを言語化しやすいのは、そこに反応があるからです。もちろん、書くことも「書いている自分」と「読んでいる自分」との対話にはなります。書き付けたものを見て、それが新しいインプットとなって考えが深まったり進んだりすることもあるでしょう。
ただ、私たちはみんな、いろいろな面を持っていますから、話をする相手との関係によって違う面が出てきます。独りでいるときの自分、家族でも相手によって違う自分の面が出ますし、職場では相手によって異なる自分が現れているはずです。そういう自分の多面性を知ることは、「自己理解」の1つでもあります。
特に仕事ではいろいろと追い込まれたり、逆に喜びがあったりして、違う自分が現れる場面が多くなるでしょう。プライベートな生活だけではなかなか出会わない、自分が選んだわけではないメンバーや上司とも力を合わせなければなりません。そんなとき、自分のさまざまな面を認識できていた方が、やりやすいはずです。
誰と組んでいても、どんな状況にあっても「絶対に大事にしたい自分」というのがあることも分かってくるでしょう。あるいは、すごく大事な自分の一面と思っていたことが、別のプロジェクトに入ったときに、それほど自分の本質と関係なかったと分かることもあるでしょう。「嫌だ嫌だ」と言いながら、結構仕事をやり切っている自分に気づくこともあるかもしれません。
多様な関係性の中で自分のいろいろな面に気づき、少しずつ理解を深めていくことは、仕事をやりやすくしたり、力を合わせて仕事をするいろいろなタイプの人との幅広い相性の作り方にもつながるでしょう。自分が譲れないポイントや大切にしていることを、より深く納得する機会もあるはずです。そのためにも、人との対話、聴くこと・聴かれることというのは欠かせないものだと思っています。

イノベーションを起こすには多様なメンバーの違いを聴き合う必要がある
ここまでは1対1のコミュニケーションの話でしたが、こうした聴き合うコミュニケーションを組織のみんなができるようになると、何が起こるのでしょうか。
今、多様性を大切にしようという考えが重視されるようになっています。今まで通りに過去の人たちがやってきたことをなぞるのではなく、新しいことをやってイノベーションを起こしていくことを求められる時代に、多様性を価値に変えること、力に変えることは必須となっていくと思います。
話が抽象的なので、従来型のルーティンで同じことをやることが求められる業務と比較してみましょう。工場の業務でも伝票を打ち込むデスクワークでもよいですが、作業者が5人いたとして、1人1人の理解や受け取り方が違って、違うものが出来上がるのはまずいわけです。ですから、従来のマネジメント層や経営者は、1人1人に個性があり、違う理解をする可能性があることは分かった上で、同じ理解になるようにそろえるべく、研修や指導に時間を使ってきました。
これと対比すると、イノベーションを起こすというのは全く逆のことになるでしょう。何もないところから新しいものを生もうとしているのですから、そこに集まる人は、同じプロジェクトに参加していながら違う見方をすることが大切になってきます。
同じプロジェクトに関わる5人が、同じ1時間のミーティングに参加したとしましょう。ミーティングの後、1人ずつに「今のミーティングはどうだったか」と尋ねたら、きっとみんなが違うことを言うはずです。みんなそれぞれ違う人なわけですし、役割も違うのですから、とらえ方が違うのは、それは当たり前でしょう。
そこでは「このミーティングはすごくよかった」という人もあれば「超・時間の無駄だった」という人もいるということの方が、実は大事かもしれないのです。そのどちらからも「良かったという人はなぜ良かったと言っているのか」「無駄だという人はなぜそう感じていて、その人にとっては何が理想なのか」ということを聴く。ここの差分に発見があり、新しい進化のタネがあるはずなのです。
違いを聴き合うための場としての「1on1」ミーティング
こうした新しい仕事のあり方では、マネジメントが「このミーティングはいいミーティングだったということにしよう」と一方向にチームの意見をそろえることに力を入れても、意味がありません。むしろ違いが表に出るようにし、その違いがどこから来るのかをみんなで出し合い、その差分からまた新しい発見をするというサイクルを回したいのです。
それぞれの違いが表に出てくるようにするためには、メンバーが「話を聴いてもらえる」と思えなければなりません。特に個人的な関係性が良ければ良いほど「せっかくリーダーの彼・彼女は一生懸命やっているのに『クソつまらなかった』なんて言いづらい」となりがちです。しかし、それを言ってもらうことが、チームには必ずプラスになります。そのためには「聴いてもらえる」と思ってもらう必要があります。
組織で聴き合うとき、みんなが同じ場で一斉に感想を言い合い、聴き合おうとするのは難しいことです。同じ場を共にした後、10分でも15分でも1対1の時間を取って、「さっきのミーティングはどうだった?」と質問を投げかけ、「こう感じた」という感想に対して「どのあたりがそう思ったか」を深く教えてもらうことで、差分を発見し、ヒントがつかめるようになると思います。
1on1というのは、本来、そういう役割を担うミーティングだと思います。1人1人の違いを力に、価値に変えていきたいときに、一斉の場では表出しにくいものを、場面を変えて1人ずつ聴いていく。それもリーダーとメンバーという「ハブアンドスポーク型」に限らず、「ネットワーク型」で相互に行うのが理想です。そうすることでお互いに発見があるからです。
1on1をマネジメントの一手法、あるいは人事の言う新しい面談のやり方として、育成や人事評価の部類にとらえている人も多いかと思いますが、私はそれはすごくもったいないことだと思います。
1on1は、私たちがビジネスを進めるときの基本態度であり、テクニックというよりはマインドセット、さらに言えば“身体の使い方”のようなものとセットとなる、コミュニケーションそのもののあり方だと考えます。
「聴いてもらってよかった」経験をぜひ思い出してほしい
冒頭でも述べたように「話すこと」については、いろいろなかたちでトレーニングが行われています。プレゼンテーションの研修などで、立ち方や声の出し方、手ぶりなどを教わった人も多いでしょう。しかも多くの人が、話すことについては「学んだことを実践してみよう」と思うはずです。なぜなら、それが「かっこいい」と感じるからです。
多くの人がどこかで聞き手として、かっこいいプレゼンを見て感動した覚えがあるのではないでしょうか。スティーブ・ジョブズの動画もそうですし、もしかしたら職場の先輩ですごくプレゼンが上手な人がいて憧れたということもあるかもしれない。いずれにしても「話すこと」には、ポジティブなイメージがあります。そこで研修を受けたときに、「これを学べば自分も、ちょっとスティーブ・ジョブズに近づけるかな」などと思ったりするわけです。
ところが「聴くこと」については、そうしたポジティブなイメージが皆さんの中にあまりありません。コーチングを受けたことがある方なら多少はイメージがわくかもしれませんが、自分が「聴かれてよかった」という経験を明確に意識したことがある人はそれほど多くないからです。一生懸命に思い出せばそうした経験もゼロではないはずですが、「あれはじっくり聴いてもらえたから良かったんだな」と誰もが認識できているわけではありません。
ですから、急に「今年度から我が社も1on1を導入します。マネジャーの皆さんは研修を受けてください」などと言われると、言われた側は「取りあえず口を挟まないのがいいんですね」といった表層的な理解になってしまうのです。なぜなら、聴くということに関心が向いておらず、よく聴けるようになろうという努力をするための動機付けもないからです。
聴くことに関するポジティブなイメージを持ってもらうためには、前述したような、聴くことの効用を認識するとともに、一度「じっくり話を聴いてもらえて良かったな」というこれまでの経験を思い起こしていただくことや、私が監訳を担当した書籍『LISTEN』を読んでいただくことをお勧めしたいです。
実際に講演などで会った方とお話しすると、「自分が若い頃、大変お世話になったと思う上司はよく話を聴いてくれる人でした」「高校時代、大学時代の恩師がとても話を聴いてくれる人でした」という方が少なくありません。そうした経験を思い出すことで、きっと聴くことの効用が分かっていただけると思います。1on1をやるぞ、とかしこまる前に、出発点として一度、そういう体験に立ち返るとよいのではないでしょうか。