高宮慎一氏と渡辺創太氏
  • Web3とWeb2はトレードオフではなく、補完するもの
  • ネットワークレイヤーだけでも、アプリケーションレイヤーだけでも、世界には勝てない
  • 思想としてのWeb3と大衆化するWeb3は別のもの

7月に500億円規模の新ファンドのファーストクローズを発表したばかりのベンチャーキャピタル(VC)であるグロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)と、パブリックブロックチェーン「Astar Network(アスターネットワーク)」を運営するStake Technologiesが、共同でWeb3スタートアップの支援に取り組む。

具体的にはGCPがAstarの発展に関わる事業者やコミュニティによる有志団体であるAstar Japan Labに参画。Astarのエコシステムでプロダクトを開発するスタートアップを対象に8月中にGCP協力のもとでイベントを開催するほか、メンタリングや資金面での支援を進める。将来的には投資も視野に入れる。

すでに先行するVCこそあれど、いよいよ大手VCもWeb3スタートアップへの投資に向けて動き出すかたちだ。GCPは日本発(編集注:法人登記上はシンガポール)パブリックブロックチェーンであるAstar Networkとタッグを組むことで、「プラットフォーム」と「アプリケーション」の両レイヤーが手を取り合ってグローバルの市場で戦える世界を目指す。

そこで今回は、GCP代表パートナーの高宮慎一氏とAstar Networkを手がけるStake Technologies代表取締役の渡辺創太氏の対談を実施。共同での取り組みの意図に始まり、SNS上でも度々議論されているWeb3とWeb2の思想面でのあり方、さらには日本国内での規制やWeb3スタートアップの可能性までを聞いた(前後編の前編。後編はこちら)。

Web3とWeb2はトレードオフではなく、補完するもの

──改めてAstarについての紹介と、今回の取り組みの意図を教えて下さい。

渡辺:Astarは、日本発のパブリックブロックチェーンである「Astar Network」を開発しています。Astar Networkは、ブロックチェーン同士の相互接続を想定したパブリックブロックチェーンです。

インターネットは「The Internet」というように世界中を繋げる1つのネットワークです。一方でブロックチェーンはレイヤーは違うものが数多く存在しているものの、まだ相互接続されていません。それゆえにできないことがたくさんあります。ですが、将来的にはブロックチェーン同士も繋がってくると考えて開発を進めています。

Web3はグローバルなムーブメントです。僕は日本人として、日本経済を代表する、そして歴史を振り返って、その時代を代表するようなプロダクトやネットワークを作っていきたいと考えています。

GCPは今の日本のインターネット産業を作ってきたベンチャーキャピタルと言っても過言ではありません。そのGCPとAstarがWeb3領域でコラボレーションをすることで、2つのことを実現したいと考えています。

1つめはWeb3領域に挑戦する起業家の数を増やし、僕たちAstarのネットワーク上で動くDApps(ブロックチェーン上で運用する分散型アプリケーション)の数も増やすということ。そして2つめは、Web3のモメンタムを次のステージに持っていくということです。日本では今、Web3が政府の「成長戦略」および「骨太の方針」にも入ったタイミングでもあります。

また、Web2のコミュニティの方々に対してWeb3の考え方を伝える。逆にWeb3のコミュニティの方々に対してWeb2の考え方をことを伝えるといった行動もしていきたいと思っています。今はWeb2とWeb3、それぞれのコミュニティにおいて、ある種の対立構造が語られることがあります。ですが、Web3とWeb2は「トレードオフ」ではありません。それぞれは「補完するもの」だと思っています。

──GCPとしての今回の取り組みの意図を教えてください。

高宮:渡辺さんがおっしゃったことにも極めて近いです。1つには、日本という国としても、日本のスタートアップエコシステムとしても、Web3という大きなチャンスに乗り遅れると、産業として危機的な状況になるのではないかと考えています。加えて、Web3とWeb2の思想は対立構造で語られがちですが、実際は対立するものではないと思っています。

テクノロジーのライフサイクルのステージの特性上そういうものだと思うのですが、今まではWeb3は、「ブロックチェーンを使ったらこれができる、Web3だったらこれができる」とテクノロジーセントリック(中心)で語られることが多くありました。それがいよいよステージが変わって「ユーザーにとって何が嬉しいのか」ということが議論される局面になっていると思っています。いわば「ユーザーセントリック」に変わる時期が来ていると思っています。

ハイプ・カーブ(ガートナーが提唱する技術の成熟度や社会適用度を示す「ハイプ・サイクル」における曲線のこと)の1つめのピーク(流行期:Peak of Inflated Expectations)が過ぎて、いよいよ普及の時期に差し掛かったということだと思っています。

そもそも普及の時期にならないと、何億人が使うようなサービス──それこそ私の母が、「Web3のアプリケーションかどうかすら意識せず、ただ良いサービスだから使う」というようなもの──が生まれないと思っています。今がまさに「その時」なのではないでしょうか。

渡辺さんは、Web3のコミュニティの“ど真ん中”にいるはずなのに、一方でWeb3的ではないものを否定することはしません。Web3で社会に価値を生み出す、イノベーションを起こすという意味での「リアリスト」だと思っています。その発想をうかがっていて、VCとして一緒にアクションをしやすいのではないかと思っています。

Web3を一歩引いてインターネットのコンシューマー(個人)向けサービスという視点で見たときに、「ブロックチェーンという新しい技術が出てきている。その技術は面白い機能を実現できる、その機能を色々なユースケースに当てはめていったら、今までなかったような面白いサービスが作れたり、今までのサービスが出していたようなユーザー価値を大きく増幅したりできる」と感じています。正真性の担保、トレーサビリティ(追跡性)やインターオペラビリティ(相互運用性)をはじめとして、ブロックチェーンだから実現できる機能が多くあります。

ただ最終的に最も大事なのは、ユーザーにとって何が嬉しいのかということです。Web2と比べてWeb3にどんな価値や利便性があるのか、そしてそれをフリクションレス、つまり摩擦や違和感がなく届けることができるのか。その話を置き去りにしてはいけません。テクノロジーアウトな視点とマーケットインの視点を合わせていくことがとても大事なのではないかと思っています。

ネットワークレイヤーだけでも、アプリケーションレイヤーだけでも、世界には勝てない

──お2人からもWeb3とWeb2のコミュニティの対立に関する話がありました。これについては、今もSNSなどでも取りざたされています。

高宮:ブロックチェーンというのは新しい技術なので、Web3ネイティブの人たちの方が技術や文化に対する理解はあります。一方で昔からスタートアップに関わってるWeb2の人たちの方が、スタートアップの経営に対する知見があったりします。今の状況は、お互いがお互いに不得意な部分の「車輪の再発明」を議論している状態だと感じることもあります。それならば、両者が一緒にチームを組んだ方がいいのではないでしょうか。そうしないと日本の産業としての競争力を失います。

実は米国を見るとWeb3とWeb2のコミュニティは分断されていません。Web2の中心だった人たちがWeb3に移行していて、結局はWeb3においても“ど真ん中”にいるとも言えます。「Web3とWeb2の人材の流動性」みたいな話を議論する前から、勝手に流動している状況です。日本でもそこはすぐにやっていかないといけないと思っています。

エコシステム的な考え方をすれば、(アプリケーションの)下のレイヤー、つまりネットワークレイヤーの人たちだけで世界の市場で勝てるわけでもないです。逆にアプリケーションレイヤーの人たちだけでも世界で勝てるわけはありません。

昔で言えば、グリーのソーシャルゲームのプラットフォームがあって、そこには(ゲームデベロッパーとしての)グリーというファーストパーティーがいて、(ゲーム開発会社の)セカンドパーティーやサードパーティーがいるという全体のエコシステムがあって、初めて「競争力がある」と言える状況でした。もちろんWeb3とソーシャルゲームではプラットフォームの持つ機能の違いはあるのですが、いずれにせよ「エコシステム全体としての競争力」が重要だと思っています。

プラットフォームレイヤー、プロトコルレイヤーが負けてしまうと、その上に乗るアプリレイヤーの人たちも不利になります。(Web2における)Appleの上に乗る小作人のようになってしまうわけです。ダイナミックなグローバルのプラットフォームとエコシステムの戦争が始まると言っても過言ではありません。

ですから、オールジャパンとまで言わずとも、少なくとも日本のスタートアップが世界に繋がるチャネルにアクセスできるようにプラットフォームを確保しないと、今後日本のスタートアップエコシステムとして苦しくなるのではないでしょうか。

渡辺:まさしくそれ(アプリレイヤーとプラットフォームレイヤーが組んだ世界展開)はAstarとしてもやりたいことです。

Astarはまだ日本の暗号資産取引所に上場していません。まだ日本の外でだけ戦っている状況です。今は(海外の大手取引所である)CoinbaseやBinanceや(ブロックチェーン特化の米VCである)Polychain Capital、Web3という言葉を提唱したギャビン・ウッド氏(EthereumおよびPolkadotの創設者)などにも出資者として入ってもらっていますが、やはり日本のモメンタム、日本のプロジェクトとグローバルの架け橋になりたいというのは僕たちも同じです。

いくら良いプロトコルを作っても、その上に乗ってくるアプリケーションの数が多くないと始まりませんし、そのアプリケーションを開発する人たちに出資するVCもいないといけません。もっと言えばネットワークを立ててくれるマイナー(採掘者)などもいないとエコシステムとして回りません。このエコシステムの確立こそが競争力になるので、日本の(DApps開発)事業者やVC、大企業まで、いろんな方々と連合を組んで、グローバルでチャレンジをしたい。こんなグローバルなチャレンジは、日本ではなかなかできてこなかったとも思います。Astarという社名も「A Star」、つまり世界の星になりたいという思いから命名しました。

高宮:今の発言でも垣間見られるんですけれども、渡辺さんは未来志向ですよね。今のWeb3のビジネスを見ると、クリプト古参勢(古くから暗号資産分野に興味を持っているユーザー)だったり、投機やお小遣い稼ぎがニーズのユーザー、つまり社会全体からするとある意味小さな母集団をターゲットとしてしまっているサービスも少なくありません。

ですが渡辺さんはエコシステムを作って、どう普通の人や社会全体を(Web3で)変えていくのかという、マスマーケットを見ていると思います。その視点こそがWeb3の本命になるのではないのではないでしょうか。アーリーアダプターのためだけではなく、世の中を捉え、何をするかを逆算して動いているように感じます。

渡辺:その点は高宮さんと似ているのかも知れません。僕は政治家の方々などに呼んでいただいて、Web3の話をしたりします。その際、コアなWeb3コミュニティの方々からは、「Web3って反国家的な思想から始まっているのに、なぜ政治家と会っているんだ」と言われたこともあります。

ですが、「完全な分散化された世界」というのは、ある意味ではディストピアではないかと思っています。みんながビットコインを買えるわけでもないですし、DeFi(分散型金融)を使ったりできるわけでもありません。

僕もブロックチェーンや暗号資産が好きですが、そういったことを語る前に「起業家」です。社会を変革したり、より良いユーザー体験を届けたりするところにこそ関心があります。高宮さんも、ブロックチェーンで次の時代をどう作るかに興味を持っていると思って、そこは共感していると思います。

思想としてのWeb3と大衆化するWeb3は別のもの

──思想の話で言うと、Web3と聞くとDecentralize、つまり非中央集権的という話が根幹にあると感じています。Web3のプロジェクトの関係者は、本名を出すことにすら否定的な方も少なくありません。

高宮:インターネットが出てきた80年代後半から90年代も、カウンターカルチャー的な思想とセットだったと思います。そういったカルチャーや思想はWeb3でも中心にあります。実際Web3は、Decentralizeで、小さなコミュニティでもエンパワーされて、その中で生活が成り立つようにすると思います。一方で、同時平行的にテクノロジーのマスアダプション(大衆に普及すること)とともに、どうしても集約化・集権化して、自分たちの利益の最大化を図ろうという動きもでてきてしまうと思います。どっちが正しいという話ではなく、テクノロジーがもたらす2つの結果だと思っています。

今は思想がドライブするかたちでWeb3が普及していっていますが、これからは思想とテクノロジーが分けて議論されていくこともあるかと思います。

──「NFTアートにいくらの価格がつく」というような、狭義でのWeb3とお2人が語るWeb3とは少し違うものに感じます。

渡辺:直接的な答えになっているかは分かりませんが、僕は今の世の中で語られているWeb3に関しては期待を感じていると同時に、危うさも感じています。今までのWeb1、Web2と違うのは、「相手にしている敵が強い」ということです。それはGAFAのようなテックジャイアントだったり、本質的な対立構造でいうと国家だったりするわけです。ビットコインも「反ウォール街」の思想から生まれたところもあります。

狭義でのWeb3のムーブメントが、GAFAや国家に勝てると思うほど僕たちはおごってはいません。今、Web3というものが知られはじめ、いろんなユースケースが生まれています。そうなるとこの1〜2年がWeb2の補完やWeb3に適した制度設計をする上で重要なのではないかと思っています。

ムーブメントを作っている人たちと、国家や大企業の歩み寄りが起こる──DecentralizeとCentralize、既得権益とイノベーター層、これらのバランスを模索することが一番大切です。この着地点を模索できないと、Web3がマスアダプションしません。

一例ですが、僕は「規制」はすごく大事だと思っています。適切な規制がないと、事業者が事業をしにくくなったりだとか、ユーザーが暗号資産を簡単に手に入れられなくなると思います。

とはいえ今は規制が厳格過ぎるところもあります。例えば期末評価税制(日本においては、企業がトークンを発行・保有する場合、期末時の時価が発行価格より高い場合、評価益となり、税金がかかる)をなくすとか、その税率を株式と同じ程度にするとか、そういったところの(規制との)歩み寄りは必要ですし、僕たちとしても(ロビイングを)がんばっていきたいなとは思っています。

高宮:その点は「Web3だから」という特殊な話ではありません。新しい技術が生まれ、その領域のスタートアップが出てきたときに、何でもかんでも“既存の巨人”と喧嘩することだけが「世の中を変える」という最終ゴールに一番近いわけではないのです。

場合によっては巨人たちと組みながら一緒に世の中を変えていくとか、彼らが世の中を変えることを手伝ってもいいわけです。ゴールはやはり「世の中をよくする」という話なので、二項対立にする必要はありません。

後編はこちら