LayerX代表取締役CEOの福島良典氏
LayerX代表取締役CEOの福島良典氏
  • 「前半2年と後半2年では全く別の会社という印象」
  • 「なぜ」を5回繰り返し、必要な機能を落とし込む
  • データで購買をアシストする、LayerXが目指す世界

「ブロックチェーン事業からの撤退」──ともすると、このように表現されがちなのが、Gunosy共同創業者である福島良典氏が率いるスタートアップ・LayerXだ。

同社はもともとGunosy子会社として2018年に創業し、2019年にはMBOを実施してGunosyから独立した。創業当初はブロックチェーンを軸に事業展開していたが、現在は主にFinTech領域のSaaSを開発・提供。請求書受領ソフトの「バクラク請求書」を筆頭に、クラウド型のワークフローシステム「バクラク申請」 、電子帳簿保存法対応ソフト「バクラク電子帳簿保存」、経費精算システム「バクラク経費精算」など、法人の支出管理領域にまつわるプロダクト群を展開している。

「ブロックチェーンに携わっていたのは、前半の2年だけ」と語る代表取締役CEOの福島氏。だが、「いまだにLayerXのことを『ブロックチェーン事業を展開する会社』と思っている人も少なくない」(福島氏)という。

創業2年でブロックチェーン事業からSaaSに舵を切った理由、そして競合ひしめくFinTech SaaS領域での勝ち筋や、LayerXが目指す世界について福島氏に話を聞いた。

「前半2年と後半2年では全く別の会社という印象」

──創業当初はブロックチェーン技術を使ってDXを推進していく事業を展開していたと思いますが、そこからSaaSに振り切ったきっかけには何があったのでしょうか。

会社を立ち上げた理由は、「プロダクトを作って世の中にインパクトを与えたい」という想いがあったからです。とはいえ、創業当初は(ベンチャーキャピタルから)資金調達をしたわけではなかったので、まずは手堅くキャッシュを得られるブロックチェーンのコンサルビジネスをしていた、というのが最初の2年間でした。

しかし、コンサルビジネスはもともとやりたかったことではないし、会社としても“性に合わない”という違和感がありました。

ブロックチェーン関連ビジネスを展開しているので、企業間のデータ共有や複数企業を巻き込んだシステム作成などを行えるのではないかと考えたこともありました。ただ、それは想像以上に複雑だった。結局のところ、自分たちの実力不足だったのです。

とはいえ、LayerXが目指しているのはお金の流れや価値の流れをデジタル化するということ、経済活動をデジタル化するということ。ブロックチェーンに縛られる必要はありません。そこで、アプローチの仕方を変えて、1社1社のデジタル化のお手伝いとして経費精算や請求書処理サービスの提供をしていくことにしました。顧客やサービスを少しずつ広げていったところ、結果としてSaaSがメインの会社と見なされるようになった、というわけです。

──後半の2年間、SaaSビジネスを展開してきて、どのような手応えを感じていますか。

去年は種まき期でした。今はプロダクトマーケットフィット(PMF)に近い手応えを感じています。使いやすい、課題を解決できる、デジタル化に便利だと考える顧客が、プロダクトを継続的に、また複数導入してくださっているからです。創業から4年、振り返ってみれば前半と後半では全く別の会社だとわたしは捉えています。

「なぜ」を5回繰り返し、必要な機能を落とし込む

──事業を展開する上でのLayerXの強みは。

開発力の高さだと思っています。開発力というと、技術力の高さと考えられがちですが、それだけではありません。まず、商談やユーザーヒアリングを通して抱えている課題やプロダクトについてのフィードバックをいただいています。

またLayerXには、経理業務を何十年もやってきたその道のプロといえる人たちが転職してきています。業務に携わっていた人が開発側に回っているというわけです。

ユーザーからのフィードバック、そして業務経験者による開発という2つの強みにより、現場がどのような課題をペインを抱えているかを分析して、プロダクトに実装できる。ユーザーの利便性を高めたいという1つの方向に向かってエンジニアだけでなく、セールスやマーケティング、経理の現場に長くいた人たちがプロダクトに向き合うから、満足度の高い製品を生み出せているのだと考えています。

ただし誤解してほしくないのは、顧客の声を聞くといっても、一つ一つの要望に沿った機能を実装しているわけではない、ということです。わたしたちは受け取ったフィードバックの中から、潜在的で本質的な問題を見極めてプロダクトに落とし込んでいます。聞いたとおりの仕様にすれば、その要望を挙げた1社からは喜ばれるでしょうが、それではスケールしない。

受け取ったことに対して「なぜ」を5回繰り返し、反射的に実装するようなことをせず、本質的な課題を見極め、それをプロダクトに落とし込むプロダクトマネジメント力により、数万社が満足するサービスを提供できるのです。

──開発といえば、メルカリおよびソウゾウ元CTOの名村卓氏がジョインしています。

LayerXの武器は、開発の速さ。でもわたしたちのプロダクトの数とエンジニアの数が増えてきており、そのスピードを保つのがだんだん難しくなってきているんです。

というのも、この機能はなぜこうなっているのか、ユーザーの感じている課題は何か、といった知識、つまりドメイン知識がなければ、どんなに優れたエンジニアでもパフォーマンスを発揮することができない。技術力があれば良いというものでもないんです。

名村さんは、いちエンジニアとしても素晴らしいのですが、エンジニアに武器を渡せるエンジニアでもあります。そして彼はドメイン知識のキャッチアップ力が非常に高い。なので、LayerXのエンジニアたちの底上げ、つまりイネーブルメントを担当してもらいたいと思い、入社してもらいました。

今後、ソフトウェア社会になっていくと足りないのはそれを開発する人材です。学校でもソフトウェア教育を行っていますが、タイムラグが10年から20年はあるでしょう。足りない人材は企業が実践の中で育てるしかないとわたしは考えています。

名村さんも同じ危機感を持っていて、ここに共感してくれた。そして、エンジニアの育成にコミットできる企業や事業があればコミットしたいと考えていた。それで、LayerXへの入社を決めてくださったのです。

また、BtoCサービスであれば、使いやすいものがたくさんありますが、BtoBではなかなか存在しない。なぜ使われているのかというと「業務で使わなくちゃいけないから」だと思うんです。もっともそれはある意味仕方のないことでもあります。というのも、業務向けのサービスは、BtoCサービスに比べ、遥かに複雑度が高いので、複雑さと使いやすさを両立するのはとてもむずかしいことだからです。

でも、バクラクシリーズはBtoCサービスの使いやすさを再現するように、BtoBサービスを作っている。BtoBでもUXの高いサービスを提供しているというところが魅力的なポイントだったのではないかなと考えています。

データで購買をアシストする、LayerXが目指す世界

──経費精算や請求書処理といった経理系のサービスは、ここ1〜2年ほどでプレーヤーが増えてきたと感じています。競争の激しい市場を選んだのはなぜでしょうか。

市場競争の激しさは、主観でしかないと考えています。たしかに、SaaSの比較サイトで請求書発行や会計ソフトを検索すれば100製品ほどは出てくるでしょう。でも、受領した請求書を処理するサービスとなると3〜4つほどしかない。フォーマットがバラバラな請求書をAIで認識して、そこから裏の工程をすべて自動化するというのは、かなり大変なので、参入しづらいんです。

もっとも、「参入しづらい」というのもわたしの主観でしかないかもしれません。

しかし、バクラクはシリーズ累計で2000社以上の企業、事業者に導入されており、年間の決済取扱額(TPV)は約7000億円規模にまで成長しています。これは主観ではなくファクトとしてある。競争が激しいことによって出てくる問題は、企業が成長しないことですが、LayerXは実際に伸びている。たとえ競争が激しい市場だと言われたとしても、「ぼくらは競争に負けていません」という厳然たる事実があるのです。

画像提供:LayerX
画像提供:LayerX

このような事実を得られているのは、前述のとおり、LayerXがプロダクトに向き合っていること、その結果としてお客様満足度が非常に高いことによるものだと自負しています。

──支出管理の自動化から始まり、現在は法人カードも提供しています。その後の事業展開については、どのように考えていますか。

いま暇な時間に動画を見ようと考える場合、いちいち検索して探すということが少なくなっているのではないでしょうか。NetflixでもYouTubeでも、これまでの視聴データから推薦されるものを選んでいます。

一方でビジネスにおける購買活動ではなぜかゼロから情報を調べていますよね。例えば、出張が決まっている場合、移動のための交通手段や宿泊先を自分で調べて決めて買わないといけない。むしろ、出張日と移動に使える費用などの条件の中で、自動的にピックアップしてくれ、それを承認するだけ、というほうが、現代の購買行動として、本来あるべき姿ではないでしょうか。

画像提供:LayerX
画像提供:LayerX

自分はオフィス家具などを買う、引っ越しをするといった費用の承認をすることが多いのですが、別にわたしはオフィス家具のプロじゃないので、高いのか安いのかわからないんですよね。

でも、どのくらいのボリュームでディスカウントがどれくらいなら適切なのか、逆に今の採用ペースであればロットを下げるほうがいいということをソフトウェア的にアドバイスしてもらえたら助かると思いませんか。

海外には「購買担当者」という専門職があり、コスト削減に一役買っています。売上を伸ばすのは大変ですが、コストなら下げられる。それくらいコストを下げることは経営にとってインパクトのあることなんです。とはいえ、企業規模によってはそのようなコンサルタントを雇うのはコストがかかりすぎる。わたしたちくらいの規模の会社でも、データに基づいた適切なボリューム、コストでの購買ができるようになる。データで購買をアシストする。それが私たちが目指す世界なんです。

──つまり、購買活動のデジタル化を目指している。

そうですね。LayerXが単なるSaaSの会社ではないのはそういうところなんです。

もし、旧来のSaaSビジネスだけに縛られていたら、請求書処理や経費精算だけでなく、人事労務、契約にも広げようという方向に進んだかもしれません。でも、わたしたちがやりたいのはデータを使って業務をラクにすること。BtoCサービスのような便利さを体験してもらうこと。それで、ビジネスカードという決済に着手し、ついでデータを使った購買のサジェストへ進もう、という意思決定につながったというわけです。

シリーズで使ってもらえれば、便利度は上がりますが、それを決めるのは顧客です。わたしたちとしては、これからもお金の流れや価値の流れをデジタル化して、皆さんの業務をデジタルによって楽にできるバクラクの精度を高め、ビジネスカードも伸ばしつつ、購買活動をアシストできる、そのようなサービスを開発していきたいですね。