DCM ゼネラルパートナーの本多央輔氏(右)とDCM 
 プリンシパルの原健一郎氏(左)
DCM ゼネラルパートナーの本多央輔氏(右)とDCM プリンシパルの原健一郎氏(左)
  • 4000万円出資の新プログラム「DCM Atlas」
  • スタートアップの成功は、創立1年で決まる
  • 投資家は「伴走者」ではない、「ピットクルー」であるべきだ

企業やベンチャーキャピタル(VC)が数カ月の期間を設定し、スタートアップに資金提供や成長支援をする「アクセラレータープログラム」が急増している。VCのXTech Venturesが調査したところによると、PR TIMESに配信されたプレスリリースだけでも少なくとも2021年8月からの1年間で86ものプログラムが立ち上がったことが確認できたという。

8月にはそのXTech Venturesによる「X-Gate(第2期)」や、国内大手VCの1社であるグローバル・ブレインの「XLIMIT」といった新たなプログラムも発表されている。これまで資金の出し手として“選ぶ側”であることが多かったVCや企業なども、価値あるスタートアップと出会うための競争が激化しているということを示す数字といっても過言ではない。

そんな中で米国発のVC・DCMも創業間もないスタートアップ向けの新たなプログラムを発表した。だがこれはアクセラレータープログラムのようなスタートアップ「支援」のためのものではなく、あくまで「投資」のためのプログラムだという。DCM ゼネラルパートナーの本多央輔氏と同プリンシパルの原健一郎氏に狙いを聞いた。

4000万円出資の新プログラム「DCM Atlas」

DCMの手がけるプログラムの名称は「DCM Atlas(Atlas)」。Atlasでは、3〜5社程度の創業直後のスタートアップに対して、4000万円の出資をするほか、5カ月間に渡ってDCMのメンバーおよび投資先起業家などから講義やコーチング、プロダクトマネジメントに関する指導などを行う。オフィススペースの貸し出しや米・シリコンバレーへの滞在なども予定する。応募は10月31日までとなっており、Atlasのサイトから申し込める。プログラムの実施は2023年1月からの予定だ。

期間を限定したスタートアップの成長支援プログラムとしては、アクセラレータープログラムと呼ばれるものが一般的だ。スタートアップはそのプログラムの中で資金提供を受け、プロダクトを磨き、その多くは「デモデイ」と呼ばれる発表の場で投資家たちにプレゼンテーションをする。日本では2010年にデジタルガレージ傘下で立ち上がったOpen Network Labが草分け的存在となっており、その後VCだけでなく、事業会社や公共機関などもさまざまなプログラムを立ち上げていった。だがAtlasは「シードプログラム」と銘打っており、アクセラレータープログラムとは性質の異なるものだとDCMは主張する。

「『教室』を用意しても、誰でも同じものを提供できるわけではありません。いわゆるアクセラレータープログラムは外部のメンターから指導を受けて、3カ月程度でデモデイでの発表を目指すというものです。ですがDCM Atlasは基本的には『投資』です」(原氏)

AtlasはこれまでDCMで実施してきた投資先への支援を、プログラムというかたちにまとめたものだという。そのためデモデイのような「お披露目の場」は設定しない。またプログラムに関わる指導・支援はすべてDCMメンバーおよび、DCMの投資先起業家に限定しているという。米国の有力アクセラレーター(アクセラレータープログラムに特化したVC)として名をはせるY Combinatorも、プログラムにおける指導者には投資先起業家を採用しているが、それと同様にカルチャーや哲学をもとに一貫した支援を行うのが狙いだという。なお4000万円の資金提供は受け入れ必須で、形式はJ-KISS(J-KISS型新株予約権。バリュエーションキャップを5億円(ポストバリュエーション)で設定し、20%のディスカウント)の一律となる。

米国でも老舗VCのセコイアキャピタルが「Arc」と呼ぶシード期のスタートアップを対象にした出資プログラムを2022年6月から開始している。原氏はAtlasがこれと同様のプログラムだと説明する。

スタートアップの成功は、創立1年で決まる

DCMは1996年に米国でスタートしたVCだ。早くから米国に加えて日本や中国でもスタートアップ投資を行ってきた。日本の投資先としては、古くはアドウェイズやオールアバウトから、Sansan、freee、ビザスクなどの上場イグジット実績を持つほか、10Xやキャディ、atama+など成長中のスタートアップも少なくない。だがその実績に対して、投資件数は決して多いとは言えない。原氏は「現状1年で2、3社程度」と説明する。

日本を担当するキャピタリストの人数が限られていることもその理由の1つかも知れないが(コーポレートサイト上では日本担当は共同創業者でゼネラルパートナーのDAVID CHAO氏、本多氏、原氏を含め4人となっているが、CHAO氏や本多氏は海外スタートアップもカバーしている)、投資までに長い時間をかけて起業家と「バリュープロポジション(顧客に提供する価値)」をどう作るかを議論することを重要視しているため、結果として極めて限定した投資を実行しているという。

実際、freeeやキャディとは、バリュープロポジションやPMF(プロダクト・マーケット・フィット。プロダクトが市場にもとめられているかどうかの検証)について創業前も含めて1年以上話し合った後に投資に至ったのだそうだ。

この期間の長さというのは、早期の資金調達をねらう起業家にとっては相性の是非はあるだろう。だがDCMは創業期の指針こそが重要だと語る。本多氏は、「もちろんすべてのケースで投資までに1年、1年半といった時間がかかるわけでもない」とした上で、「資本政策は、どんな選択肢をとるかによってはあとで苦労する。それはプロダクトも同じ。家を建てるときには基礎工事が必要です。拙速に家を建て始めても10階までなら建てられるかもしれない。でも50階建てになると難しい。そういう事例を散見してきました」と説明する。

原氏も「スタートアップの成功は、創立1年くらいで決まります。もちろん戦略は変わりうるものですが。プロダクトができて走り始めてからそういうの(バリュープロポジションの変更)は難しい」と続ける。

投資家は「伴走者」ではない、「ピットクルー」であるべきだ

今回のプログラムにとどまらず、DCMはスタートアップとの関係性をどう考えているのか。本多氏はVCがよく語る「(スタートアップの)伴走者」という言葉に疑問を投げかけるかたちでこう語った。

「僕らは起業家の『伴走者』になろうと考えていません。『F1レーサー』と『ピットクルー』の関係であるべきだと考えています。レーサーは天候やタイヤのすり減りを感覚でこそ分かりますが、時速200kmで走っているので、詳しくは知ることはできません。それを支援し、優勝を請負うのがピットクルーです」(本多氏)

ものすごいスピードで走る起業家と一緒に走るのではなく、別の専門知識を持って支援に当たる。そのために起業家との価値作りに時間をかけるというのが同社の哲学だということだろう。今回のプログラムも、採択企業数を3〜5社としているが、互いの条件に合うスタートアップと出会えなければ、採択を見送る可能性もあるという。

昨年末からの市況の悪化を引き金に「スタートアップ冬の時代」ともやゆされる状況が続いている。だが市場からの距離が遠いことから、シード期のスタートアップにおいてその影響は極めて限定的だ(逆に上場直前のレイター期などは苦しい局面を迎えている)。競合VCや事業会社までもが殺到するシード期スタートアップのマーケットで、DCMはこれまで培ってきた知見を武器に「ピットクルー」としての真価をどのように発揮するのか。