
- ジャフコ株の買い集めに動いた投資家グループ
- 保有株比率を高める目的は何か?
- 割安な状態を放置する経営陣への警鐘
- 上場を目的化する起業家へ
連載「Z世代のための『経済ニュース解説』」では、経済アナリスト・森永康平氏が独自の視点から、日本の経済ニュースをZ世代向けにわかりやすく解説していきます。今回のテーマは、スタートアップが上場を目指す意味についての解説です。
「上場を目指します!」
このような目標を掲げるスタートアップは数多くある。ゼロの状態からスタートした企業が株式市場に上場することで、会社は社会の「公器」になり、今まで信じて付いてきてくれた人たちに報いるためにも起業家が上場を目指すのは理解ができる。
しかし、ただやみくもに上場を目指せばいい、というわけでもない。上場を目指すにあたって、意外と上場によるデメリットの部分は語られていない。「上場するとはどういうことか」を説明するにあたって、良い事例だと思ったのが旧村上ファンド系による、ベンチャーキャピタル(VC)大手・ジャフコ グループ株の大量買い付けだ。
2022年8月、VC大手で東京証券取引所にも上場しているジャフコ グループが自社株に対する大規模買付行為に対して、新株予約権の無償割当などの対応策(ポイズンピル)を導入することを発表した。その背景には、「物言う株主」として知られる村上世彰氏の影響下にある投資家グループが同社の株式を大量に買い集めていることがある。
8月5日時点ですでに15%弱を保有し、今後も51%まで買い集める可能性も示唆した。ただ、9月7日に提出された大量保有報告書(変更報告書)によれば、株式の保有比率は10.77%にまで下がっている。今回は物言う株主が上場VCに対する保有株比率を高めるという珍しい事案から、改めてスタートアップが上場を目指す意味を考えてみたい。
ジャフコ株の買い集めに動いた投資家グループ
8月15日にジャフコ グループが公開した適時開示情報に基づいて、冒頭に説明した一件の詳細を見ていこう。今年の5月ごろから村上氏の影響下にある投資家グループによって同社の普通株式が市場において急速かつ大量に買い集められていた。当該投資家グループの1つにあたるシティインデックスイレブンスが8月9日に提出した同社株式に係る大量保有報告書によれば、8月2日時点で同社の6.54%の株式を保有していることが確認された。
その後、同社幹部が村上氏をはじめとする投資家グループの幹部とそれぞれ面談をしたところ、8月5日時点では同社株式をすでに15%弱を保有しており、今後も株式を買い集めて保有株比率を51%まで引き上げる可能性も示唆した。そのため、冒頭の大規模買付行為に対する対応策を発表するに至った。
上記の内容を読んだうえで、ジャフコ グループの株価推移を見てみると、たしかに5月下旬頃から少しずつ株価が上昇し、8月に入ると上昇の勢いは加速している様子が確認できる。
物言う株主とは時に「アクティビスト」とも呼ばれ、株式を一定比率以上買い集め、そのうえで株主としての権利を行使して、企業価値が向上するよう経営の見直しを求める投資家のことを指す。物言う株主による活動はしばしば確認されるが、その対象が上場しているVCになるのは珍しいケースである。
保有株比率を高める目的は何か?
それでは、村上氏の影響下にある投資家グループがジャフコ グループの株式を買い集め、さらには51%まで保有株比率を高めようとする目的は何なのか。
同社によれば投資家グループから51%まで買い進める可能性について聞かされた際に、同社が保有している野村総合研究所の株式を流動化し、同社の時価総額の約3分の1、連結株主資本の40%にも相当する約500億円の自社株買いをするように要請されたという。
野村総研の株式売却と多額の自社株買いを要請されたことを受けてなのか、あくまで物言う株主が過去に行ってきた事例を列挙しただけなのか。その真意は分からないが、ジャフコ グループは8月15日に公開した適時開示情報において、大規模買付行為をする投資家の中には以下のように自己利益だけを追求し、企業価値や他の既存株主のことなどを考えない、“よこしまな”投資家がいることを挙げている。
①:真に経営に参加する意思がないにもかかわらず、ただ高値で当社株式を当社やその関係者に引き取らせることを目的としたもの(いわゆるグリーンメイラー)
②:当社の所有する高額資産等を売却処分させる等して、一時的な高配当を実現することを目的としたもの
適時開示情報は全部で51ページにもわたる長編となっているが、その3分の1は村上氏とその影響下にある投資家グループが過去に行った投資事例を紹介しており、いかに今回の大量買付行為が同社の企業価値を棄損するかを延々と説明している。
割安な状態を放置する経営陣への警鐘
現時点では村上氏とその影響下にある投資家グループが同社の株式を大量買付した理由は具体的には分からないが、同社の今年3月末の株価は終値で1875円。同じく今年3月末時点での連結ベースの1株当たり純資産は2769円ということを考えると、その時点での同社のPBR(株価純資産倍率)は1倍を下回っていたことになる。
理論的にはPBRが1倍を下回る状態の株式が市場で放置されることはあり得ない。なぜなら、仮にPBRが1倍を下回っている場合、全部の株式を買い上げて、会社を解散させれば、買い上げるのにかかった金額以上の資産を手に入れることができるからだ。
もちろん、手数料や税金、その他のコストを考慮したら、その限りではなくなるうえに、実際には財務諸表に表れないリスクなども存在している。そのため、日本の株式市場にはPBR1倍を下回っている企業があふれている。
しかし、市場で割安に放置されている理由が明確で、株主として権利を行使することでそのギャップを埋める自信があるのであれば、リスクをとって株式を買い集める意味は理解できる。実際にはジャフコ グループが列挙した“悪い物言う株主”のように、グリーンメイラーとして振る舞うだけなのかもしれないし、一時的な高配当を実現するだけなのかもしれない。
同社は同じ適時開示情報の中でレオパレス21のケースも紹介している。2019年12月、今回の件と同様に旧村上ファンド系の投資会社レノが市場で株式を買い集め、15%弱まで保有比率を高めた。しかし、レオパレス21側は自社の中長期的な企業価値の向上に取り組む意図がないことが明らかであり、むしろ、株主提案を通じて自社の「解体型買収」を企図していることを推認してレノに対して否定的な対応を取った。
日本ではいわゆる「物言う株主」の提案が可決されるケースは少ないが、誰もが知っている大企業の東芝は2021年3月に開かれた臨時株主総会のなかで、2020年7月に開催した定時株主総会の運営の適正性について、独立調査を求めるというエフィッシモ・キャピタル・マネジメントの株主提案を可決した。
だが、いずれにせよ株式市場において割安な状態で放置されていることを黙認していた経営陣への警鐘は鳴らされて然るべきだろう。同社はベンチャーキャピタルであり、時には自身の出資先の経営に株主として口を出すこともあるのだから、自分はよくて他人はダメなどという都合のいい話はあってはならない。
上場を目的化する起業家へ
同社の適時開示情報の中でも紹介されているが、過去にはIT事業のライブドアがニッポン放送の株式を買い集めたことがあり、その際も村上氏の影響下にある投資家は関係を持っていた。当時はライブドアの代表であったホリエモンこと堀江貴文氏に対して、さまざまなバッシングも行われていたが、合法的な形で株式を買い集めること自体は非難されることではない。
株式市場に上場する以上、さまざまな投資家に売買の機会が与えられており、「この投資家はいいけど、あの投資家はダメ」などという幼稚な思考を挟む余地はない。
筆者もこれから起業する、または起業して数年以内の若者と話をする機会があるが、ここ数年でスタートアップのブームが訪れ、起業した後のロードマップがある程度整備されているような印象がある。このこと自体は素晴らしいことだとは思うが、特に深い考えもなくVCから何度か資金調達をして、上場するというステップアップを既定路線のように考えていることに対する懸念もある。上場するということは当然、物言う株主が登場する可能性もあるし、外部株主が増えるほど経営の自由度は低下していく。
また、なんとなく上場を目的としてしまうことで、なんとか上場までたどり着いたとしても、その先のビジョンがないゆえに、上場してから経営がおかしくなるケースも散見される。実際、株価を見てみても上場以降ひたすら株価が下がり続けるいわゆる「上場ゴール」状態になっているベンチャー企業・スタートアップは多い。ジャフコ グループと村上氏の影響下にある投資家の今後の展開に注目しつつ、自分が所属している会社が上場についてどのようなスタンスにあるか、そこに興味を持って調べてみるのも面白いだろう。