
- 前作は日本国内だけで500万本超えの大ヒットを記録
- 世界的に人気でも、日本では不振なゲームジャンル「FPS/TPS」
- 任天堂が考える「オンライン対戦」と「プレーヤーへの配慮」
- 勝てば「楽しい」、だが負けても「そんなに悔しくない」という敗者へのメンタルケア
- ストリート系デザインとサウンドでFPS/TPSの“血生臭さ”から脱却
- 斬新さはないが、完成度を高めた最新作『スプラトゥーン3』
Nintendo Switchの人気シリーズ最新作『スプラトゥーン3』が9月9日に発売された。読者の身の回りでも、Nintendo Switchユーザーの多くが購入したに違いない。最新作への期待と、これまでの人気ぶりを過去シリーズについて振り返りつつ説明しよう。
前作は日本国内だけで500万本超えの大ヒットを記録
初代『スプラトゥーン』(2015年5月28日発売)はハードウェアの販売が不振だったWii U専用ソフトだったこともあり、販売本数は日本国内で151万本。世界合計でも495万本という数字にとどまった。
しかし続編『スプラトゥーン2』(2017年7月21日発売)はNintendo Switchで発売されたため、発売からわずか3日で67万本を販売。1カ月後には100万本を達成した。現在では日本国内だけでも511万本。世界合計では1330万本という販売本数を記録した。任天堂の他ソフトに比べると、日本国内向け出荷率が高いのも特徴だ。『あつまれ どうぶつの森』や『マリオカート8デラックス』などと肩を並べる、任天堂を代表するシリーズの1つとなった。
スプラトゥーンシリーズはソフト代金に加えて、Nintendo Switch Online(月額306円)という通信対戦の利用料金を支払わなければ楽しめない。この欠点を含めて考えれば、追加料金なしで延々と楽しめる前述の2タイトル(マリオカートは通信対戦機能もある)と販売成績で肩を並べていることにも驚かされる。
世界的に人気でも、日本では不振なゲームジャンル「FPS/TPS」
スプラトゥーンは、ジャンル的にはTPS(Third-person shooter/操作するキャラクターを第三者視点で表示するシューティングゲーム)に分類される。世界的に見るとTPSおよびFPS(First-person shooter/操作するキャラクターの本人視点で表示するシューティングゲーム)は、カメラ位置の違いこそあれど、どちらも人気のジャンルだ。TPSの代表例は『Fortnite』や『PUBG: BATTLEGROUNDS』(その後、FPSモードも実装)、FPSの代表例は『Call of Duty』や『Apex Legends』などが挙げられる。
参考までに、2021年の米国ゲームソフト売上ランキングを見てほしい(北米のゲームソフト売上ランキング2021。Gamesindustry.biz調べ)
北米ソフト売上トップ10/2021
1 Call of Duty: Vanguard
2 Call of Duty: Black Ops: Cold War
3 Madden NFL 22
4 Pokemon: Brilliant Diamond/Shining Pearl
5 Battlefield 2042
6 Marvel's Spider-Man: Miles Morales
7 Mario Kart 8
8 Resident Evil: Village
9 MLB: The Show 21
10 Super Mario 3D World
年間売上トップ10のうち、1〜2位と5位がFPSだ。基本無料のPCゲームでもFPS/TPSの人気は変わらない。
一方、日本市場に目を向けてみると、2021年のゲームソフト売上ランキング(ファミ通調べ。パッケージ版の販売数のみ)では、FPS/TPSは16位のスプラトゥーン2を除くと、世界的大ヒットを記録している『Far Cry 6』が68位(5.7万本)。同じく『コール オブ デューティ ヴァンガード』が70位(5.5万本)と、日米間でのFPS/TPSに関する温度感の差を見せつけられる。『コールオブデューティ』シリーズのメーカーであるアクティビジョン・ブリザードをマイクロソフトが買収すると発表した際、北米では大騒ぎになっていたのに、日本国内ではあまり話題にあがらなかったのは、この温度感のせいだろう。
日米でこれほどまでに人気の差が出ている背景には、米国における銃器の身近さや戦争に介入してきた歴史なども影響しているかもしれない。一方で日本では銃器を持つのは警察官くらいで、ゲームとはいえ「人間を射殺する」行為に抵抗がある人も少なくない。こうした背景から、ゲームのシステムとしては魅力があっても、日本ではファンの絶対数が少なく、オリジナルのTPS/FPSがヒットすることはなかった。しかし、そんな状況を覆したのがスプラトゥーンだったのである。
任天堂が考える「オンライン対戦」と「プレーヤーへの配慮」
FPS/TPSのゲームとしての魅力は証明されていながら、現実(または近未来)の銃器を用いて相手を射殺する残虐表現のために敬遠する人が多いことに加えて、参加者同士の通信対戦なので、新規ユーザーが始めようとしても敗北が続くと嫌気が差してしまい、すぐに止めてしまうというリスクもある。この件については、任天堂の故・岩田取締役社長が『大乱闘スマッシュブラザーズX』の対談(社長が訊く『大乱闘スマッシュブラザーズX』Vol.3)で語った言葉を引用させていただく。
「世の中のオンラインゲームは、どうしても基本的には強者のための場所。一人の幸せな人が存在すると、百人千人の不幸な人が生まれているような面がある」
勝てば楽しいが、負けると悔しい。勝ったり負けたりなら続けられるが、負け続けると止めたくなる。対人対戦は魅力的だが、このリスクは必ずつきまとうものだと思われてきた。
もちろん、既存のFPS/TPSメーカーもこの問題に目を背けていたわけではない。勝敗数などからソフトがプレーヤーの腕前を評価し、同程度の腕前のプレーヤー同士がマッチングするような仕組みを採用したことで、大差で勝敗がつくようなことはかなり減ったことは事実だ。しかし任天堂がスプラトゥーンで提案してきた新システムは、これまでのFPS/TPSの常識を覆すようなものだった。

勝てば「楽しい」、だが負けても「そんなに悔しくない」という敗者へのメンタルケア
もっとも革新的だったのは、多くのFPS/TPSが敵プレーヤーを倒して生き残ることが目的だったのに対して、スプラトゥーンでは敵兵の撃破数ではなく「地面や壁を塗った面積」で勝敗が決まること。極論から言えば、対戦相手を一度も攻撃せずに自分と仲間が攻撃を受けまくっていても、塗った面積さえ多ければ勝てる。
この斬新なルールならば、チーム内に1人でも強いプレーヤーがいれば、残りの3人は塗る面積を増やすことに集中してもいいし、そんな味方を狙いに来る敵チームを狙撃する……なんていう作戦もあり得る。
FPS/TPSはその性質上、家庭用ゲーム機ではアナログスティック、PC版ではマウスを使って敵を狙うことを指す「AIM(エイム)」の熟練度が強さに直結している。しかし、スプラトゥーンではAIMが苦手な人でもそこそこ楽しめる上、敵に撃たれて再スタートしたとしても「今度は、敵のいないところを塗りつぶそう」と、対人戦闘を避けながら勝利に貢献することもできる。

これまでは熟練者に瞬殺されていたFPS/TPS初心者でも、スプラトゥーンであれば「自分なりの活躍の場」を見つけられるという魅力は大きかった。
また、4対4というチーム戦にしたのも素晴らしい判断だと思う。FPS/TPSに限らず、対人対戦のゲームは負けた時の精神的ストレスをどう軽減するかが大切だ。スプラトゥーンは4人でのチーム戦なので、負けたとしても自分1人の責任とは考えにくい。それどころか強い人と組めば、自分がぼんやりしていても勝利しているというケースもあるだろう。

基本的にはチームメイトも敵チームもランダムで選出されるため、勝とうが負けようが一期一会なので仲間に対しての後腐れがない。対戦ゲームである以上、敗者が存在するのは避けようのない事実だが、敗者のメンタルダメージを少しでも軽減したいと考え抜いた上でのシステムというのが私の感想だ。
「自分の腕前に自信がないから、仲間に迷惑をかけるのでは?」という不安を、できるだけ排除するために生まれたゲームデザイン。それがスプラトゥーンだと言える。
ストリート系デザインとサウンドでFPS/TPSの“血生臭さ”から脱却
任天堂の革新的なアレンジは、他にもある。それはデザイン面だ。多くのFPS/TPSは実在、または近未来の武器を使って敵兵士を狙い撃っていたのに対して、『スプラトゥーン』では水鉄砲や傘、文房具などを模した「ブキ」(ゲーム内での呼称)を使い、射出するのも絵の具のような、カラフルな液体。
撃ち合うキャラクターはイカの擬人化(インクリング)で、キャラクターの造形や服装もストリートファッションをベースとした、イマドキのデザイン。こうしたデザインのファンも多く、インクが吹き付けられたような形状や、ゲーム内に登場するアイコンなどは、公式グッズが発売されている。任天堂公認グッズのECサイト「EDITMODE」では、『スプラトゥーン』関連グッズだけで60種類もの商品が並ぶ。
スプラトゥーンは独特なBGMのファンも多く、公式ライブはいつも超満員。任天堂はそのほかにも対戦大会「スプラトゥーン甲子園」や、コスプレやダンスコンテスト「イカス文化祭」を開催するなど、ユーザー向けの無料イベントを次々と開催しているのも、お金に余裕がない低年齢層のファンでも熱気に触れる機会を作っているところも評価したい。最新イベントは、来る10月8~9日の土日に東京ビッグサイトで開催される無料イベント「Nintendo Live 2022」。新型コロナウイルス対策の観点から入場者は事前応募者の中から抽選となっているが、参加費は無料だ。
グラフィック面やデザイン、音楽など、それぞれ「尖った」ものばかりを採用しながらも、それらの温度感を整え、どれもがこのゲーム「らしい」と思わせるレベルにしたスタッフの才能は相当なものと言える。
こうして、任天堂が誇るデザイン力とサウンドセンスにより、FPS/TPSに染み付いていた血生臭さは、完全に払拭されたと言っても過言ではない。同じ「銃を撃つ」ルールのゲームであっても、ここまで別のゲームとして見せる任天堂の手法には脱帽する。
余談だが、2015年に発売されたスプラトゥーンは、2001年に発売された『ピクミン』以来、久々の任天堂オリジナルIPだった。『大乱闘スマッシュブラザーズ』の登場キャラを見ればわかるが、マリオやカービィなどの強いIPをたくさん擁している任天堂が、新しく、しかも強い(ファンの熱中度が高い)IPを手に入れたのだ。

斬新さはないが、完成度を高めた最新作『スプラトゥーン3』
ここまでスプラトゥーンがいかにFPS/TPSの弱点を克服してきたかということを説明してきた。しかし、それでも対人対戦がメインである以上、どうしても勝ち負けは生じてしまう。そんなスプラトゥーンは『2』から新モード「サーモンラン」を追加したのである。これは2~4人で遊ぶモードだが、対人対戦ではない。協力して共通の敵と戦う、いわゆるPvE(Player vs. Enemy。プレーヤーと敵コンピューターとの対戦)だ。これならば敗北しても悔しさは最小限に抑えられる。
さらに、有料DLC「オクト・エキスパンション」では1人専用モードも追加した。PvEモードですら負けて「仲間に申し訳ない」と悲しんでしまう人は、このモードを楽しみながら、技術を磨けばいい。
ただスプラトゥーンは初代の完成度があまりにも高かったため、『2』そして『3』は対戦バランスの調整などで完成度を高めているほかは、モードを増やすなどして「楽しめる客層を広げる」方向のバージョンアップとなっている。それでも新作が出ればファンは新作に飛びつくのは必然だ。新作は多くのユーザーをオンライン対戦へと誘うからだ。それこそ、超上級者から、『3』から入門するような初心者まで、多種多様な属性を持ったプレーヤーたちが集うとなれば、過去作をプレイし続ける意味はほとんどない。
ちなみに『3』でも「ヒーローモード」という、1人専用モードは健在だ。こちらのモードは丁寧なチュートリアルも兼ねているため、初めてスプラトゥーンに触れたユーザーや、対人対戦に抵抗がある人に勧めたい。ヒーローモードには幾つものミッションが用意されており、このモードだけでもクリアまで何時間かかるかわからないくらいのボリューム感。それに、このモードをクリアしたころには、すっかりスプラトゥーン初心者を卒業しているに違いない。
余談だが、スプラトゥーンというタイトルの語源は、「ピシャ」「パシャ」という効果音を意味するSplatと、「小隊」のPlatoonを合わせた造語だという。個人的には「トゥーン」という響きが「マンガ」を意味するcartoonも連想させると感じている。
ここまで記事を読まれた方の中で、まだスプラトゥーンをプレイしたことがないという方がいたら、ぜひ知人宅へ行ってでも触れてみてほしい。記事では「FPS/TPSの魅力が~」などと説明しているが、シンプルに「自分の手でインクをぶちまけ、汚す」というアクションは、言語化しづらい快感がある。こうした心理的な快感を取り入れることは、ソフトウェアのUIなどに導入されてもいいと思えるほどだ。
強い日差しが照らす真夏。散歩中の自分を友人が水鉄砲で撃ってきたと想像してみよう。その時、あなたの手にも大型の水鉄砲があったとしたら、管理職を任されている40~50代男性だって、「やりやがったなー!」と、口角を上げて撃ち返すのは必然だ。
着ている服が水を吸ってビショビショに濡れようが、革靴に包まれた靴下がちゃっぽんちゃっぽん鳴っていることも気にせず、息を切らして全力疾走。子供の頃ですら叶わなかった「本能が喜ぶ遊び」を体験してみたくはないだろうか。ゲームの中であなたの破壊衝動は満たされ、次の瞬間にはこのゲームを練習したいと、自然に考えていることだろう。
