Magic Moment代表取締役CEOの村尾祐弥氏
Magic Moment代表取締役CEOの村尾祐弥氏
  • 「どの企業に、どんなアクションをすべきか」を自動でレコメンド
  • SMBからの引き合いが増えるも「ほとんどが解約」
  • エンプラに振り切り飛躍、自動化機能を軸にプロダクトを強化

顧客データに基づき、営業担当者に“今やるべき最適な行動”を提案する「Magic Moment Playbook」。同サービス開発元のMagic MomentはGoogleやfreeeで営業面から組織を牽引してきた村尾祐弥氏(代表取締役CEO)が2017年に立ち上げたスタートアップだ。

大手企業を中心に導入が進み、2021年4月にはシリーズAラウンドで約6.6億円を調達。さらなる事業の拡大に向けて舵を切ったものの、一時は新たに契約したSMBのほとんどが解約に至るなど、対象顧客を広げていく上で苦戦を強いられた。

そんなMagic Momentにとって1つの転機となったのが「注力する領域(顧客)を絞った」こと。約半年間にわたって試行錯誤する中でターゲットを見直し、エンタープライズの顧客に注力することで事業を成長軌道に乗せ、2022年9月には約12億円を調達した。今回は村尾氏にその裏側や事業の現状について話を聞いた。

「どの企業に、どんなアクションをすべきか」を自動でレコメンド

どの企業に対して、どういったアクションをするべきか──。Magic Moment Playbookは、その問いの答えとなる“今やるべき案件と必要な行動”を自動で提案してくれる営業サポートシステムだ。

サービスにログインすると、最も優先すべき案件(エンゲージメント)がトップページに表示される。営業担当者は「どこにアプローチをすべきか」を悩む必要はなく、提案された案件に集中すればいい。

同サービスには営業の流れと項目を標準化し、チェックリスト形式で表示する機能も搭載されている。この項目に社内のトップセールスの知見を“型”として盛り込むことで、チーム全体の営業の質の向上も見込める。担当者がチェックリストを上から順に埋めながら営業を進めていけば、データドリブンな営業に不可欠な情報が自然と記録されていく仕組みだ。

チェックリストに沿って上から順に項目を埋めていけば、自然とデータが蓄積されていく
チェックリストに沿って上から順に項目を埋めていけば、自然とデータが蓄積されていく仕組みだ

村尾氏がこのプロダクトを立ち上げた背景には、過去に在籍していた企業での経験が大きく影響している。起業前にはGoogleで営業統括部長を、freeeでも執行役員営業統括兼パートナー事業本部長を担うなど営業の面から企業の成長に貢献してきた。

Google時代に「グリーンティー」と呼ばれていた自社開発の営業ツールを試した経験は、村尾氏が後にMagic Momentを創業するきっかけの1つにもなった。このツールでは画面の上から順に顧客の名前が表示され、どのプロダクトをいくらで提案すればいいかまで提示された。転職先のfreeeでも顧客データを分析し、同じようなことを手動で実践していたという。

このような営業手法をさまざまな企業が活用できれば便利ではないか。そう考えて開発したのがMagic Moment Playbookだ。2021年1月のローンチ後、LINEや旭化成、USENグループなどの大企業を筆頭に数社がサービスを導入。同年4月には6.6億円の資金調達も実施し、事業を一気に加速していく計画だった。

SMBからの引き合いが増えるも「ほとんどが解約」

ただ、そこからの数カ月は思い描いた通りにはいかなかった。調達直後からスタートアップやSMBからの引き合いが増え、導入が進んでいったものの「そのほとんどが最終的にはチャーン(解約)していった」(村尾氏)という。

「振り返ると大きく2つの理由があったと考えています。1つはそもそも製品として(機能面など完成度が)足りてない部分が大きかったこと。もう1つはサービスのコンセプトがSMBの方々に全く受け入れられなかったことです。Googleやfreeeでの経験から『営業はこれからこういう世界になっていくはず』と未来を志向し、そこから開発したものだったので、(現段階では)サジェストや自動化といった考え方が押し付けがましかったのだと思います」(村尾氏)

村尾氏によると、実はSMBこそ営業が属人化していた。特にアーリーステージのスタートアップなどは少ない人員で大きな成果を生み出さなければならない。“スーパースター”のような人材が、独自のやり方でSFAツール(営業管理ツール)などをカスタマイズしながら仕事をこなしているようなケースも珍しくなかった。

だからこそMagic Moment Playbookのコンセプトがフィットせず「機能が足りない」「(複雑な設定なども含めて自由にカスタマイズできないことが)気持ち悪い」などと率直なフィードバックをもらうこともあったという。

一方で、初期から使ってくれていたエンタープライズ企業においては定量的な成果につながるケースも複数出ていた。同社の営業メンバーが顧客企業に常駐し、プロダクトを活用しながら営業変革を推進する「カスタマーサクセスBPO」に関しても評判が良かったという。

「今の段階で自分たちが本当にインパクトを出せる領域や対象ユーザーを全くわかっていなかったのだと気づいたんです。それを教えてくれたのは既存の顧客でした。たとえば3人の営業組織と100人の営業組織に導入される場合では、自分たちにとってのビジネスインパクトだけでなく、先方においてのインパクトも違います。実際に『もともと8人くらい採用しないといけないと思っていたけど2人で(想定していた業務に)対応できた』といった事例も生まれてきて。方向性が見えたので、昨年の10月にドラスティックに戦略を変えたんです」(村尾氏)

エンプラに振り切り飛躍、自動化機能を軸にプロダクトを強化

まずは自分たちのプロダクトの価値をより感じてもらえる可能性の高い、エンタープライズに注力する。

方針を固めてからは事業が急ピッチで成長し、現在は数十社へサービスを提供。2022年6月時点の年間収益額は2021年6月と比べて3.3倍に拡大した。三井物産や凸版印刷を始め伝統的な大企業でも導入が進み始め、顧客の層も広がってきた。

プロダクトの機能面についても、従来のコンセプトは残しつつも自動化(シーケンス)に関する機能などを拡充。たとえば「会議後にその日説明に使った資料を自動で共有する」「リマインドメールを自動で送る」といったように、シナリオを組みながら定常的に発生するコミュニケーションを自動で実行できる仕組みを作っている。

この機能によって営業担当者はタスクの抜け漏れをなくしながら、架電やメール、資料送付などの活動量を増やせる。実際にMagic Moment Playbookをアクティブに活用している企業では、活動量が平均で約1.8倍に増えた。

また同サービスでは確度の高い案件から順にレコメンドされるため“営業の無駄打ち”が減り、商談数や受注率などに関しても改善が見込めるという。

今後Magic Momentでは自然言語解析や機械学習領域への投資にも力を入れていく方針で、音声による自動入力機能の開発などを検討する。さらなる事業拡大に向けてDNX Ventures、DCMベンチャーズ、三井物産を引受先とした第三者割当増資も実施した。

今回のシリーズBラウンドでの調達額は約12億円。累計の調達額は約20億円となった。

Googleやfreeeで事業の経験を積んできたが、自身でプロダクトを立ち上げたり、起業家として会社を経営したりするのは村尾氏にとっても初めてのこと。「前回調達からの半年間はすごく苦しんだ」と振り返るが、その期間を経て大きな成長を目指せる状態が整いつつある。

現在は導入事例を広げる横への展開と、1つの企業内で深く使ってもらう縦への展開を並行して進めているところだ。まずは「エンタープライズにおいて1社の全社導入、5社のロイヤルカスタマーの創出、100社のシェアの獲得」を目指しながら、より幅広い企業へサービスを届けていくためのチームを立ち上げ、日本企業の生産性向上を支えていきたいという。