
- ユーザーの無意識の選択や無自覚な使い方を探り当てる「聴く力」
- プロダクトの作り手は“フラット”に聴くことが苦手
- 聴く態度・スキルを知れば発見やチャンスに近づける
- わかってくれない、買ってくれない人の話にこそ“聴く耳”を持つ
- 聴くことは「コントロールを手放す」ことではない
- 「聴いてもらえた」顧客は自分ごととしてプロダクトに関わってくれる
今、組織力の向上やイノベーションを生み出す源泉として注目される「聴く力」。聴く力はプロダクトやサービスを磨き込む際にも、役立つといわれる。書籍『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』の監訳者で、社外人材によるオンライン1on1サービスを展開するエール取締役の篠田真貴子氏が、プロダクトやサービスの開発・機能強化に当たり、「聴く力」がもたらす役割について解説する。
ユーザーの無意識の選択や無自覚な使い方を探り当てる「聴く力」
ユーザーや消費者は、無意識のうちにプロダクトやサービスを選び、使い方も一つひとつ考えるのではなく無自覚に使っていきます。良いプロダクトをつくったり、広げたりしていくには、その「無意識」「無自覚」の部分を理解することが大切なのですが、ともすれば作り手側にいる私たちは、プロダクトやサービスに対する思い入れや、自分のバイアスによる思い込みにとらわれがちです。
そこで消費者の無意識の意見を探り当てる方法として、少人数のグループに対して具体的で深い質問を投げかける定性調査、「フォーカスグループインタビュー」と呼ばれる手法が取られることがあります。
私が監訳を担当した書籍『LISTEN』の中には、このグループインタビューが大変上手なモデレーターが「話を聴くプロ」として登場します。フォーカスグループのモデレーターとして米国では第一人者というこの人物は、商品のことを聞くというよりは、フラットに、生活のある場面について参加者にしゃべってもらう能力に秀でています。
この方がモデレーターとなって実施した、使い捨てシートを付けるタイプのフロアモップ製品(日本でいう「クイックルワイパー」のようなもの)の誕生のきっかけとなったインタビューの例が面白いので、少しご紹介しましょう。
プロダクトの作り手は“フラット”に聴くことが苦手
お掃除好きの主婦を集めて実施された、そのユーザーインタビューでは「ちょっと野菜を拭いたり、皿の水気だけ取ったペーパータオルはもったいないから取っておいて、それを夜、台所の床を拭くのに使っている」という、家事をやる人にとっては大変リアリティあふれる意見が聴けたといいます。この何気ない主婦たちの会話が新製品開発のヒントとなったのです。
しかし、同じ主婦たちにもし、「床の掃除には何を使っていますか?」などという直球の質問を投げかけたら、「掃除機」「モップ」といった一般的な答えが返ってくるだけだったことでしょう。
実は、製品開発を担当している人は──たとえば素材に詳しければ、そこにこだわりがある分──その観点でしか質問ができないという傾向があります。それを他人であるモデレーターが、オープンに、普段の台所での立ち居振る舞いのようなところから話を広げていったことで、新しい製品開発のヒントをつかむことができたというのが、この話のポイントです。
開発者・作り手は、プロダクトへの思い入れや思い込みがあるので、得てしてユーザーにはフラットに質問することができません。では、気兼ねなく話ができる身近な家族に質問を投げかければどうでしょうか。今度は聞き手の話し手に対する思い込みによって、やはりフラットには聴くことができない可能性が生じます。
このように、主題(テーマ)や話し手との関係性による思い込みがあるときに、話をフラットに聴くということは大変骨の折れることです。一方で、フラットに聴くことができれば、しゃべっている本人であるユーザーもそれが大事だとは思わなかったようなことが、価値の源となり、新しい製品や機能のアイデアの源となるのです。
聴く態度・スキルを知れば発見やチャンスに近づける
スタートアップなどで、人が足りない、お金もないタイミングではなかなか、プロフェッショナルを雇ってグループインタビューを依頼する余裕はないかもしれません。しかし「フラットに聴くとはどういうことか」、“聴く”ということの態度やスキルを多少なりとも知っていれば、プロダクト開発に役立てることができます。
場合によっては、社内でもプロダクト開発に関わらない人がユーザーインタビューを行った方がいいこともあります。もちろん、開発担当者がインタビューすべきテーマもあります。ただ、「開発者や会社の意図とは違った使われ方が実はあった」ということに気づくなど、自分たちが推している強みと全く違うところに実は価値が存在する可能性があるときもあるでしょう。それを発見するにはより幅広く、それほどプロダクトへの思い入れが強くない社内のメンバーに話を聞いてきてもらうこともよい方法です。
プロダクトに関わる社内のミーティングに、普段開発に携わっていない人にときどき入ってもらうことも、違う視点での気づきにたどり着くのによい方法でしょう。社内であってもほとんどプロダクト開発にタッチしていない人に、プロダクトの話をじっくり聴いてもらうためには、開発チームの中では暗黙の前提として当たり前だったことでも、もう一度ゼロから説明する必要があります。それを説明しているうちに、本来進むべき方向から違う方へズレていたということに、説明している側があらためて気づくようなこともあります。
そういう意味で、事前の思い込みや関係性がない相手に聴いてもらうことや、利害関係があったとしても聴くスキルを持つこと、聴く態度に気を付けるようになることは、大変重要です。何も知らずに対話をしていたときと比べると、はるかに有用な情報や、思い込みを超えたところにあるチャンスに気づくことができるようになるからです。

わかってくれない、買ってくれない人の話にこそ“聴く耳”を持つ
私自身にも心当たりがあるのですが、自分が思いついた戦略があるときには、それに集中しているがゆえに視野がすごく狭くなっていて、それ以外の意見が受け付けられなくなっていることがあります。こうなると、たとえば外部の方とディスカッションして「こういう可能性もあるのではないか」と指摘されても、「この人はうちのプロダクトのことなど全然わかっていない」と“聴く耳”を持てません。
ところが、そのまま連絡を絶って数カ月が経過したときに、「ああ、あの時、あの人が言っていた通りだ」というタイミングが訪れることは、結構あるのです。
「この人はわかっていない」と思ったときは、たいてい相手の話を聴くことができていないときだと肝に銘じましょう。相手に対して「わかっていない!」と思いながら、自分の思考を切り替えるのは心理的なハードルが大変高く、難しいことではあります。ただ、このことを知っていれば、少しは落ち着いて話を聴けますし、多少客観的になれるかと思います。
少なくとも、「わかってないなあ」と思ったことをしばらくの間ちゃんと覚えておくことで、「あの人が言おうとしてくれたことは、本当はなんだったのか」と後ほど振り返ることができます。もう一度、意図を聴きに行くこともできます。それだけでも、プロダクトに対する大きなヒントをつかむ機会につながるでしょう。
もう少し一般化して、話を進めましょう。プロダクトをわかってくれない人、評価してくれない、買ってくれない相手というのは、自分とは価値観が全く違います。ですから、そういう人の話をじっくり聴くことは、非常に難しいと思います。
しかし、会社やプロダクトづくりのチームという観点から見たときには、そういう価値観が違う人の話こそ、なぜそう言うのか、意図や背景を知った方が参考になります。
開発者本人がそういう意見を直接耳に入れるのは、やはり“耳が痛い”もの。もしそういった意見を聴くのであれば、時間があって自分が落ち着いていて、広い心を持てるような時の方がよいでしょう。あるいは、そこまで強い思い入れをプロダクトに対して持っていないメンバーが聴く、といったことが結構大事なのではと思います。
聴くことは「コントロールを手放す」ことではない
この記事の読者の中には、SaaS製品を開発・提供している企業の方もいらっしゃると思います。顧客の声をどう聴くかということについては、日々、頭を悩まされている方も多いのではないでしょうか。プロダクトがなかなか普及しないというシチュエーションで、顧客の声を聴くことは本当に難しいと思います。なぜなら、会社としては会社の都合があり、顧客の声は大切だとわかっていても、「今月の目標はあと何件で、ここでアップグレードして欲しい」といった自分たちの側の都合がちらつくわけです。
しかし一方で、だからこそ聴くということはとても大事なのです。
私が取締役を務めるエールでも、SaaSではありませんがBtoBでサービスを提供していますので、営業チームが顧客対応を行います。手前みそになってしまいますが、その「顧客の話を聴く」という部分では、どのメンバーも相当「聴いて」いると思います。
一般には、顧客からひと通り話を聞いた後は、「つまりこういう課題があるということですね」などと、自社のプロダクトの機能になぞらえて、まとめにかかりたくなるものです。ところが、エールのチームではそこからさらに「ここまで話をうかがってきましたが、あらためて御社の課題は何ですか?」と深掘りしていきます。
また商談の初めに「今日は1時間お時間をいただいていますが、今日はどこまで話が進めばよいと思われますか?」「今日の1時間を、○○さんはどういうふうに使いたいですか?」といったことを先に質問するなど、一見コントロールを手放しているかのようなやり取りをすることも多々あります。ところが、実際にはそれによって顧客の本当の声を聴くことができ、顧客へのより深いアプローチが可能になる部分が生まれているのです。
私たちは、「聴く」ということは「話す」ことと違って「コントロールを手放す」ことだと思い込んでしまいがちです。ですから、営業に行くと「この1時間の中で、このクロージングまで持っていくぞ」と考え、話を進めようとします。大きな会社などでは商談のひな形を使って、最初の10分はクライアントの話を聞き、次の5分でこちらのプロダクトの説明をして、その後の5分で質問を受けて……といった具合に時間割まで決めて行くところもあるのではないでしょうか。
しかし、それをやればやるほど、顧客の本当の声を「聴く」ことからは遠ざかります。逆説的ですが、実は「聴くことによってコミュニケーションの質はいかようにもコントロールできる」のに、それを手放してしまっているのです。
「聴いてもらえた」顧客は自分ごととしてプロダクトに関わってくれる
もちろん、ただ話を「聴けばいい」というものではありません。そこまでの対話の文脈に依存する部分も大きく、単純にやり方だけをマネしても、うまくいかないでしょう。ですが、顧客の話を聴くことで何が起きるのかを知ることで、聴くことの本質が見えてくると思います。
顧客の話をじっくり聴くと、顧客が自分でもまだ意識していなかった、言葉にしきれていなかった課題が、顧客の側から出てきます。実はそれこそが、プロダクトやサービスの提供者にとっては「宝」です。
通り一遍の対話で出てくるような言葉なら、アンケートを書いてもらっても同じ結果を得られるでしょう。でも、それでは相対して話をしている意味がありません。対面でも、オンラインでもよいのですが、生身の人間同士が対話することの意味とは、話し手が「自分でも気が付いていなかったような課題を発見できた」「課題を解決する糸口を自分で見つけられた」と思ってくれること。営業シーンにたとえるなら、話を聴いたことによって顧客の方から進んで稟議書を書いて、導入してくれるようなシチュエーションかもしれません。
話を聴いてもらうことによって、自分で答えを発見すると、顧客としてはサービスやプロダクトを使いたいというモチベーションが上がります。それを成功イメージととらえれば、営業やカスタマーサクセスのあり方、考え方も変わってくると思います。つまり、カスタマーサクセスとはプロダクト提供者側が顧客にサクセスの仕方を「教えてあげる」ことではないのです。顧客に課題を発見してもらって伴走すること、「顧客がサクセスを見つけること」が、プロダクトの成功イメージと重なっていけば、そのプロダクトはきっと多くの人に愛され、使われるものとなっていくはずです。
顧客は話を聴いてもらいたがっています。「聴くカスタマーサクセス」がこれからのプロダクトづくりではスタンダードになっていくのではないでしょうか。顧客の方から「うちの会社ではこうやって使ってるんだよ」と教えてもらい、自分ごととしてどんどん使ってもらう。たとえそれが開発者にとっては意図していなかった使い方だったとしても、長期的にはその使い方こそが、次の機能開発のネタになるかもしれません。