先行き不透明な時代だからこそ、過去にとらわれてはいけない。時代を切り開くのは、挑戦に他ならない。

いかにして、挑戦心を育んでいくのか。そこには、子どもの頃の発達過程が大きく関わってくる。東京大学大学院教授の教育心理学者・遠藤利彦氏が提唱するのが、「幼少期のアタッチメント(発達心理学の用語で「愛着」)形成」だ。

遠藤氏は「アタッチメントこそが、子どもの精神的発達におけるキーワードであり、人生にも大きな影響を及ぼすことがわかってきた」と語る。

このアタッチメント形成の考え方を製品開発に活用しているのが、子ども向けのりものの老舗メーカー「アイデス」だ。遠藤氏とアイデスの中井範光社長の対談を通じて、アタッチメントとは何か、そしてアタッチメント形成において大人が果たす役割について考えていきたい。

大人は子どもにとって“安心の基地”である

中井:子どもの心身の健やかな成長を見守る上で、「アタッチメント」が一つの重要なキーワードであるといわれています。まず、「アタッチメント」とは何か、ご説明いただけますか。

遠藤:アタッチとは「くっつくこと」を指し、日本語でいうと「愛着」にあたります。アタッチメントは私たち人間の心の土台中の土台を形作るものなのです。アタッチメントを通じて「自分は愛してもらえている。それだけの価値がある」「人を信じていいんだ」という感情を獲得できます。

ただし、ところ構わず、だれかれ構わずベタベタくっつくのではありません。子どもが恐怖や不安を感じたり、感情が崩れたりしたときに特定の信頼できる大人から得る、「もう大丈夫」という安心感に浸るための行為全般や考え方をアタッチメントといいます。

中井:スキンシップに近いものだと思っていたんですが、まったく違う概念なんですね。

遠藤:その通りです。勘違いされやすいのですが、ポイントは「子どもが安心感に浸れるかどうか」です。

乳児であれば怖がったり、不安がったりしているときには、抱っこするのが安心感を得る一番効果的な方法だと言われています。しかし、子どもが大きくなったら、離れたところから声をかける、あるいは言葉をかけずに見守っているだけでも、子どもは安心感を得られるかもしれない。それに至る方法はどうであれ、安心感を得られることの大切さを強調する考え方そのものがアタッチメントといえるかもしれません。

アタッチメントは子どもの発達に大切なだけではなく、人間の一生涯にわたって重要なものです。私たち大人もストレスにさいなまれて心が折れそうになると、「誰かに愚痴を聞いてもらいたい」「誰かと一緒にいたい」という気持ちになりますよね。そうした感情も、実はアタッチメントなのです。

中井:言われてみれば、確かに私にも心当たりがあります。社長就任以降、自分なりに事業の意義、いわゆるパーパスを見いだすために、発達教育の勉強にも取り組みました。

その中で、「今、自分が辛抱強くいろいろなことに取り組める理由は幼少期にあるのではないか」と考え、母親にインタビューをしたことがありました。その時、私の心の支えは父親ではなく、今も母親だったと気づいたんです。

遠藤:“安心の基地”ですね。何かあったときに、子どもはお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんといった支えになる人の元へ戻ることができますし、何かやってみようと思い立ったときには背中を押してくれるはずなので。“安心の基地”の存在は、子どもの心と身体の健康的な発達の鍵になるといえます。

子どもに必要なのは「手伝い」ではなく「見守り」

中井:最近は仕事とプライベートの境目が曖昧になって、大人に余裕がなくなったことで、子どもたちへのアタッチメントに不安を感じている人も多いのではないでしょうか。

遠藤:基本的には、全く心配いりません。もちろん、子どもが「一緒に遊ぼう」と誘っても、大人から「忙しいからあとで」と断られ続けていたら、子どものフラストレーションはたまります。フラストレーションがたまると「遊んでよー!!」と言い方が強くなる。それでも聞いてもらえないと「じゃあ伝え方を工夫しよう」という思考にシフトするのが子どもなんです。アタッチメント形成のプロセスそのものが子どもにとっての成長の機会なのです。

最終的に大人が「ごめんね。時間ができたからこれから遊ぼう」とちゃんと言ってくれたら、子どもはこれまでのフラストレーションを帳消しにしてくれます。「一連のプロセスの最後にちゃんと接することで、子どもが親を信頼するようになった」という研究結果もあるほどですから。

中井:アタッチメントを形成していくにあたって、大人は子どもに対してどのような接し方を心がければいいでしょうか。

遠藤: 親御さんの接し方には大きく分けて2つのパターンがあります。子どもが何かしようとするときに「うちの子には難しくて1人じゃできないだろうから、手伝おう」と考えるか、「頑張ってやろうとしているから、今は見守ってあげよう」と考えるか。子どもの自立性を豊かに発達させられるのは、どちらのパターンだと思いますか。

中井:やはり後者でしょうか。

遠藤:その通りです。見守られているだけで、子どもは応援されている気持ちになります。子どもはよく「これをやるから見ていて」と口にしますよね。子どもが求めているのは「手伝い」ではなく「見守り」なんです。

大人は子どもたちの楽しい遊びや安全な生活を下支えしてくれる、いわば“黒子”。“応援団兼黒子”が、アタッチメント形成における大人の役割だと言えるかもしれませんね。

中井:アイデスも親御さんから「子どもとどうやって遊べばいいかわからない」という問い合わせを受けることがあるのですが、「親御さんは『黒子であり、応援団である』という意識でアプローチしてください」と伝えるだけでだいぶ変わるような気がします。

遠藤:中には「自分がちゃんと教えてあげないといけない」という気持ちが強い親御さんもいますよね。でも、現実は大人が一方的にしゃかりきになって教えようとしても、そんなにうまくいかない。むしろ、応援団兼黒子ぐらいのスタンスの方がよい。また、それくらいの関わり方の方が、親御さんの気持ちも楽になるのではないでしょうか。

子どもの挑戦心を形成する4つのステップ

中井: アイデスののりものは、室内で遊べるものと屋外で遊べるものの両方があるのですが、いずれにしても使いこなすには少し難しい仕掛けにしています。子どもには努力した末に「できた」という成功体験を持ってもらいたいからです。すぐにできてしまっては意味がないんですよね。「真剣にやらないと危ないかも」と思わないと、子どもは本気にならないので。

ところが、親御さんからは「子どもがなかなか自転車に乗れない」と言われることもあります。私たちは「最初から乗りこなすことはできないので、乗れるようにサポートしてあげてください。乗れたら、思い切り褒めてあげてください」と伝えています。大人たちがアタッチメントの概念を知ることはすごく大切ですね。

遠藤:おっしゃる通りです。こうした何かにチャレンジする心、すなわち挑戦心を形成するためには、4つのステップがあります。

前提として、子どもにとってアタッチメントの対象になっている大人は、子どもにとって理想のモデルになりやすい。自分が恐怖や不安を感じたときに応援してくれる人は子どもにとって憧れになる。モデルの振る舞いを見ながら子どもたちは「こうなりたい」とまねをし始めるわけです。

でも、最初はうまくいきません。フラストレーションもたまります。そんなときに大人がコーチとして、さりげなく、ことばを使ったり自ら動作したり示したりしながら、優しく乗り方を説明します。そうして、子どもがそれを聞きながら試行錯誤を重ねていくと、「昨日より今日はちょっとだけここができるようになった」と少しずつ前進していくことでしょう。

そして、子どもが飛躍的成長を見せるのが、その次の「もう少しで1人でできるであろう」という、心理学用語でいうところの「発達の最近接領域」という状態です。ここで、大人は子どもが最後の難関を乗り越えるための足場のようなものを築いてあげる。例えば、自転車に乗ろうとして最後、どうしてもぐらついてしまうポイントで、子どもの身体にそっと手を添えてあげたり、子どもがギリギリまた諦めそうになってしまうようなポイントで、最小限のヒントを与えたり、「今度は絶対、大丈夫、できる」などと応援の声を発してあげたりする。そうすると、子どもは曲がりなりにもそこで、自転車に乗ることに成功するかも知れません。その後、子どもが時々は失敗しながらも徐々に自力でできるようになる。そうなってきたら、大人は手を引いていく──つまりはフェードアウトしていく。それが大人の役目です。

「モデルになる」「コーチする」「足場を築く」「できるようになったらフェードアウトする」の4つのステップができれば、子どもは挑戦心、そして達成感や「自分はやればできるんだ」という「自己効力感」を味わえるでしょう。長い人生を考えたときに、これらを経験していることは非常に重要な意味を持つと言えます。

中井:今の話で大事なのが、「コーチ」という表現ですよね。「先生」ではなく。私たちもショッピングモールなどで自転車に乗れるようにするためのイベントを開催しているのですが、「先生」ではなく「コーチ」として接するように心がけています。

子どもたちと同じように小さい自転車に乗ったり、できるようになったらハイタッチしたりといったささいなことなのですが、なるべく近い目線で向き合っています。実際、イベントの時間内で自転車に乗れるようになる子どももいるので、先生が提唱された4つのステップは当社でも体現していると言えるかもしれませんね。

「子どもの『できた』」にフォーカスしよう

遠藤:心理学の世界では、「子どもにとっての最高のおもちゃはただの棒切れだ」と言われることがあります。棒切れほど、可能性のあるおもちゃはないんですね。いろんなものに見立てられるし、突くこともできるし、振り回すこともできる。しかし、大人は「棒切れなんてつまんない」と感じて、結局、子どもに、大人目線からしてよくできた、より作り込まれたおもちゃを与えすぎてしまう。「いいものをたくさん与えれば与えるほどいいはず」という「More is more(多い方が豊かである)」の考え方ですね。

しかし発達の本質を考えると、むしろ「Less is more(少ない方が豊かである)」の考え方の方が功を奏することも多いような気がします。最小限のものを与えられたときに、子どもは自分の頭をフルに使って、いろいろと工夫し、創造する。それこそが心の発達においては、重要だと考えられています。おもちゃづくりもつい、大人がよかれと思って「More is more」になりがちなところがあるのも知れませんが、現実には「Less is more」の考え方に従った方が、子どもの可能性を豊かに広げていけることも少なくはないと思います。

中井:「親の喜び」にフォーカスするか、「子どもの『できた』」にフォーカスするかの違いですよね。

遠藤:子どもの遊びにおける喜びの理想形は「達成感」なんです。「自分でやって、できた」という感覚こそが重要で、「気持ちのいいものを与えてもらって嬉しい」という感覚は子どもの発達においてそれほどプラスに働かない。「大変だけど面白いからやっていたらできちゃった」が最高なんです。その喜びを知っている子どもは別のことにもチャレンジできる。

中井:私たちも「がんばったら、できる」は大切にしていますね。少なくとも簡単に喜びを得られるようにはしていません。

遠藤:心理学でも褒めすぎは子どもにプラスにならないと言われています。もちろん褒めることは一定の効果はありますが、「なんでもできるね」と根拠なく褒め続けて慣れてしまうと、褒められないこと、つまり失敗する可能性があることに挑戦しなくなってしまう。結局、チャレンジを怖がってしまうんです。

一時期、アメリカでも子どもをとにかく褒めて自己肯定感を上げる運動が盛んになりました。10〜20年遅れて日本にもこの考え方が入ってきて、「とにかく褒めよう」というムーブメントが起きたことがあります。

ところが、アメリカでは自己肯定感は確かに上がったけれど、根拠のない自信が芽生えただけで、子どもの発達にあまりプラスにならなかったことがわかったんです。結局、褒める根拠が伴っていないと、言ってみれば「カラ自己肯定感」ばかりがいたずらに高まって、現実的な進歩があまりないんですよね。具体的に「ここをがんばったからできた」という根拠とそれに対する褒めをセットにしないと意味がない。日本で「ただひたすら褒める」という実践があまり定着しなかったという事実が、その証拠だと言えるのではないでしょうか。

中井:改めて、私たちの運動遊具が、子どもたちができなかったことをできるようになるときの親子のコミュニケーションツールになって、「できた」という達成感を得るときの足場のような存在になることが私たちの役目だと実感しました。コロナ禍で外遊びしにくい時代だからこそ、果たすべき役割は大きい。当社の製品を通じて、将来的に子どもたちが未来を乗りこなすような力を身につけられれば、日本の未来はきっと明るくなると信じています。

遠藤利彦(えんどう・としひこ)◎東京大学大学院教育学研究科教授、同附属発達保育実践政策学センター(Cedep) センター長、博士(心理学)。山形県生まれ。東京大学教育学部卒。同大学院教育学研究科博士課程単位取得後退学、2013年『「情の理」論: 情動の機能性と法則性をめぐる心理学的考究』で九州大学より博士(心理学)の学位を取得。 聖心女子大学文学部専任講師、九州大学大学院人間環境学研究院助教授、京都大学大学院教育学研究科准教授、東京大学大学院教育学研究科准教授などを経て、2013年より現職。専門は発達心理学、感情心理学、進化心理学。養育者と子どもの関係性と子どもの社会情緒的発達/感情の進化論・文化論などをテーマとした研究を行っている。

中井範光(なかい・のりみつ)◎アイデス株式会社 代表取締役社長。幼児用乗り物トップメーカー四代目。近江日野商人の末裔。「創業90年のベンチャー企業」と自社を位置づけ、「毎日の運動遊びを提供し、幼少期の成長と発達に貢献します」というミッションの下、幼少期の運動習慣が人生の糧になるということを自らの経験を通し確信。自身の事業を通して、様々なチャレンジをし、その啓蒙に努めている。

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