アルが手がける初心者向けのNFT「marimo」
アルが手がける初心者向けのNFT「marimo」
  • 1年前は「脳がWeb2.0の状態」だった
  • 時間の経過とともに“マリモ”の成長を楽しむNFT
  • NFT1.0からNFT2.0へ。キーワードは「IP創出」「ユーティリティ」「ゲーム」
  • NFTを活用してクリエイターの活動支援へ

NFTに興味はあるものの、具体的に何から始めたらいいのかわからない──。そんな“NFT初心者”でもエントリーしやすい、敷居の低いNFTを目指した「marimo」が注目を集めている。

9月7日より開始したプレセール(事前販売 : 今回marimoでは希望者が同じ値段で1日だけ早く購入できるようにしていた)で3700点以上を販売。9月8日の12時に開始したパブリックセールから7分でトータル1万点が完売した。marimoを開発するアル代表取締役の古川健介氏によると、購入者のうちの約4割は「初めてNFTを購入した人」だという。

なぜmarimoはNFT初心者の関心を引くことができたのか。marimoを立ち上げた背景や設計思想、NFTを販売して見えてきたことなどについて古川氏に聞いた。

1年前は「脳がWeb2.0の状態」だった

アルでは「クリエイティブ活動が加速する世界を実現すること」をミッションに、作業中のライブ配信サービス「00:00 Studio」やデジタルデータの販売サービス「elu」など複数のプロダクトを展開してきた。その同社が事業としてNFTを含むweb3領域に進出した背景にはどのような考えがあったのか。

「グローバルで勝つにはどうしたらいいのかを考えたときに、過去10年間の日本のスタートアップでうまくいった事例を振り返るとUUUMやANYCOLOR、カバーなど『コンテンツ側』に勝機があると思ったんです。韓国もグローバル化に成功していますが、特にK-POPやNetflix(上のコンテンツ)などコンテンツ側でうまくいっていることを踏まえると、その方向で勝負をした方が勝ち筋があるという考えが前提にありました」

「たとえば韓国のコンテンツの場合は、スマートフォンの普及とSNSやNetflixといったグローバルプラットフォームがあったからこそ成り立ったものだと思っています。そのような観点で模索した時に、次の流れとしてはNFTのようなもの、要は『デジタルと所有感』みたいなところがこれからのキーワードになると考え、(NFT関連サービスに)取り組むことを決めました」(古川氏)

もっとも、古川氏も1年前まではNFTに対して今とは全く異なる見方をしていた。この数カ月の間にドリコムの内藤裕紀氏などweb3領域で事業を展開する起業家の話も聞く中で、次第に考え方が変わっていったという。

「(eluをリリースした2021年の段階では)まだ脳がWeb2.0の状態で、web3分野でも、Web2.0時代のFacebookやTwitterのように、また、web3ではOpenSeaなどのように、プラットフォームとして成功するのが一番良いと思っていたんです。ただこの数カ月で、そもそもプラットフォームを狙うこと自体が違うのかもしれないと考えるようになりました」

「Web2.0時代のプラットフォームの圧倒的な強さに比べると、(web3時代のプラットフォームは)そこまで影響力がないのかもしれない。たとえばOpenSeaでなければできないことはそれほど多くないですし、OpenSeaにデータが溜まっているから移動できないといったこともないです。プラットフォームが圧倒的に強いというこの10年間の流れとは違う方向に行くのだとすると、プラットフォームを作らなくてもいいのではないかと思いました。また、プラットフォームはネットワークエフェクトやブランド、スケーラビリティが競争優位になるので、人材や資金面の上でシリコンバレー勢と比べて日本勢は戦いづらいというのもあります」(古川氏)

時間の経過とともに“マリモ”の成長を楽しむNFT

冒頭でも触れた通り、アルが手がけるmarimoは初心者向けのNFTだ。

コンセプトは「売り買いを目的にするのではなく、自分だけのマリモをゆっくり育てながら、成長の様子を楽しめる」こと。“マリモ”は時間の経過とともに少しずつ成長していくため、NFTを保持しながらマリモが育っていく様子を観察するのが基本的な楽しみ方だ。

marimo NFTの仕様
marimo NFTの仕様

開発にあたっては初心者が「敷居が高い」と感じる要因を極力排除し、NFTへの入り口を作ることを意識したという。

「NFTのプロジェクトは“AMA”や“ホワイトリスト”、“Airdrop”など専門用語や技術的な話が多く、混乱する原因にもなっています。またどのNFTを買えばいいのかがわからないという人も多い。みんながいいと思っているものを勧めて値段が上がることがゴールになっている場合、上がるものを見極めて買うには知識が必要になるからです」

「さらにコミュニティでの貢献を求められるものの、(コミュニケーションのための)Discord上でのやりとりのスピードが速くてついていけない場合もある。marimoではこうした要素を全部なくしてみようという考えで作っています」(古川氏)

  • ホワイトリスト : 優先的に良い条件でNFTを購入できる権利のようなもの
  • AMA(Ask Me Anything): 「何でも聞いて」から転じて、質問を受け付けるミーティングのこと
  • Airdrop : 条件を満たすことでトークンを無料で入手できるイベントのこと

NFTの価格は0.01ETH(正式販売を始めた時点のレートで約2300円)と安めに設定し、結果的に売り切れはしたものの1万個用意することで「値段が急騰して手に入らないということがあまりない」状態を目指した。

マリモに関しては“レア度が高いアイテム”をなくし「じっくり育てれば大きくなり、大きいものが偉い」ように設計。水の透明度という概念を入れ、定期的に水を替えることでマリモが少しずつ育っていく仕組みにした。

NFTプロジェクトでも定番となっているホワイトリストやロードマップも、初心者にとっては難しい要素になりうるためあえて作っていない。コミュニティはDiscordではなくTwitterを選んだ。コミュニティ内でも特段何かをする必要はなく、自分のmarimoの大きさを自慢したり、人のmarimoの水を替えてあげたりといったように、ゆるいコミュニケーションができる場所にしている。

「シンプルな『育てゲー』のようなイメージです。(marimoは)5年とか10年経たないと大きく育たない設計になっていて、まったり楽しんでもらうことを想定しています。コミュニティもゆったりしていて、参加している人がカレンダーを作ってくれたり、(コミュニティ向けの朝のあいさつとして)『マリモーニング』と発信しあって楽しんだり。自分自身のWeb2.0的なコミュニティの知見も使いながら、少しでも楽しくなるように作っています」(古川氏)

NFT1.0からNFT2.0へ。キーワードは「IP創出」「ユーティリティ」「ゲーム」

古川氏によると、当初は「日本円で200円くらいの価格帯で、1000個ほど販売する」予定だった。最終的には10倍程度の価格で1万個を用意する方針に決まったが「社内では『こんなの売れない』という反対の声も多く、全部で1000個売れれば大成功と考えていた」そうだ。

わずか数分で1万個が完売したことには驚いたというが、購入者の約4割は初めてNFTを買った人たち。「いろいろな人から『初めてNFTを買いました』という声をもらって、やっぱり敷居の高さのようなものがあったのだと感じました」(古川氏)。

現在もOpenSea上で二次販売がされている
現在もOpenSea上で二次販売がされている

現在はNFTが「投機的な一点モノのアート」のようなイメージで捉えられることも多く、業界の中ではこのようなNFTを「NFT1.0」と呼ぶ人もいる。古川氏自身はmarimoを販売してみることで、NFT1.0の先に今後広がっていく可能性のある「NFT2.0」の姿がぼんやりと見えてきたという。

古川氏が具体例として挙げたのが「IP創出」「ユーティリティ」「ゲーム」の3つの領域だ。

1つ目はIP創出の手段としてのNFT。NFTを活用しながら資金や応援者を集め、本気で巨大なIPを作ろうとするプロジェクトがいくつも生まれ始めている。魅力的なIPになればなるほどNFT自体の価値もあがるため、IPがアニメ化やゲーム化などにつながれば、そのNFTを欲しい人も増える構図だ。

2つ目はユーティリティ重視のNFT。たとえばスタートアップのNOT A HOTELでは、同社が展開する別荘を1日単位で利用できるメンバーシップをNFTで提供している。ユーザーはその権利を“運営者が間に入ることなく”売り買いできるのがポイントだ。

「デジタルの権利が統一化された規格で誰でも売買できるため、ものすごく使い勝手が良い。既存の技術のほうが実装がシンプル、と言われることもありますが、一社ではインパクトが低く、複数企業でやる場合は、各企業間での統一の規格を合意するほうがコストが高いため、実現が困難なことが多い」と古川氏は話す。

3つ目はゲームの1要素としてのNFT。投機的なものではなく、ゲームが軸として存在する上で、そこにNFTを組み込むことで「(スキンの)着せ替えができて楽しいとか、値上がり目的でとかではなく本当にこの服が欲しいから500円支払う」といった方向性は可能性があるという。

NFTを活用してクリエイターの活動支援へ

今後の方向性としてはmarimoに名前をつけられるようにしたり、お互いにmarimo同士で友達になれるようにしたり、対戦ゲームのようなことができるようにしたりといったかたちでサービスの内容を充実させていく方針だ。

古川氏によると、marimoの設計としてはmarimo自体の性能や大きさといったデータはブロックチェーン上(オンチェーン)に書き込み、その他のデータはオフチェーンに書き込むようにしていた。こうすることでマリモの大きさや性質は変わらないものの、人からもらったマリモの名前は変えることができる。

「オフチェーン上にいろいろなデータが溜まって楽しいことができるようになると、NFTとしての価値も上がって売りたくなくなるのではないかと思っています。自分が頑張って育てたものは簡単には売らないですよね。(marimoでも)そんなことができたら面白いと思うんです」

「NFTの画期的なところは『所有という虚構』を信じられるようになったことだと思っていて。デジタルデータを所有する感覚って、インターネットができてからほぼゼロだったけど、みんながそれを信じられるような土台ができたことが革新的なことだと思います。だから、意識しているのはその虚構をどれだけ信じられるようにできるかどうか。自分が1から育てたマリモは絶対に売れないと思ってもらえれば面白いので、そういうのを見たくてやっています」(古川氏)

アルにとっては今回のmarimoがショーケースのような意味合いも持つ。今後はmarimoを通して培った技術や知見などを活用して、クリエイターの活動を支援していきたいという。

「(marimoの知見を基に)テンプレートのようなものを作って、イラストレーターやプロデューサー、IPを持っている人たちの活動を裏側で手伝うパターンが1つ。また着せ替えNFTのようなものを土台として提供し、さまざまなクリエイターの方に自由に使ってもらうというパターンもありえると思っています。日本のクリエイターの仮説として個人がすごいというのがあるので、草の根的なコンテンツがどんどん出るような仕組みを作っていきたいです」(古川氏)