
- ハードだったMBA取得を通じて得たもの
- チャレンジしない選択肢もあった
- 封印中のバーチャルアナウンサー・相内ユウカ
- 「耳から」活用し、多くの情報を効率的に収集
専門性の高さからテレビ業界で「日本一難しいニュース番組」とも呼ばれる、テレビ東京の経済ニュース番組『Newsモーニングサテライト』(以下、モーサテ)。

金融や投資など経済トレンドに敏感なビジネスパーソンが視聴する同番組において、2021年3月から月曜〜水曜のメインキャスターを務めているのが、テレビ東京アナウンサーとして、多くの報道番組を担当してきた相内優香さんだ。
相内さんは生放送のニュースキャスターをしながら早稲田大学大学院に通い、今年3月にMBA(経営学修士)を取得。アナウンサーとしては、異例のキャリアを歩んでいる。
朝の報道番組と夜の大学院を両立するため、週に一度は24時間起きている生活が続いた。相内さんに当時の様子を聞くと、「本当に過酷すぎて、思い出したくない……(笑)。どうやって両立できたのか、思い出せないこともあります」と笑う。
なぜ、従来のアナウンサーの枠組みを超え、新しいことに挑戦し続けるのか。相内さんの口から語られた言葉から見えてきたのは、現状維持に対する強い危機感だった。
ハードだったMBA取得を通じて得たもの
経済ニュースを伝えるために経済の知識をしっかり持ちたい──そんな考えのもと、早稲田大学大学院に通い、MBAの取得を決断したという相内さん。生放送のニュースキャスターという仕事がありながら、どのようにして大学院に通っていたのか。

相内さんによれば、生放送と授業の時間、自分では調整する余地のないスケジュールの中、集中する時間を意識し、タイムマネジメントを綿密にやっていたという。「平日は仕事が終わってから1時間仮眠し、そこから課題に取り組んでいました。この課題を何時までに終わらせて、次の課題をこの時間まで。それが終わったら、この文献読んで……と。細かく自分の中でタイムマネジメントして、仕事も課題もこぼさないように必死でした」と語る相内さん。その状況を続けられたのは、大学院で出会った仲間の存在があった。
「私より大変な環境でも、変化や成長するために来た人と、たくさん出会いました。さまざまな経歴の人がいて、『育休中に来ました』という人、若くして上場企業の役員を務めながら『どうしても経営の勉強がしたい』とか……。体力的に厳しくても、“みんなも頑張っているから、私も”と思える仲間がいて、乗り越えられた部分が大きいです」
「さまざまな業界の人と繋がりができ、昨今の景況感について、化粧品メーカーの友だちが『資源高と円安で、原材料費が上がっている』、IT企業の人が『広告費が下がっていて、景気の減速を実感する』などの話になります。仕事上、膨大な情報と接しますが、その業界にいる人の“生の声”が聞けるのは、すごく刺激になりますね」(相内さん)

新たな出会いだけでなく、仕事の中にもモチベーションを上げる要素があった。モーサテのメインキャスターとして、「学んだら学んだだけ、専門家の方の話の理解度が上がりますし、質問の仕方や番組の回し方が変わります。仕事に還元できている手応えや成長を感じやすく、アウトプットに直結する場がちゃんとあり、勉強に前向きになれる環境です」と話す。過酷な両立生活を乗り越え、今は燃え尽き症候群のような感覚もあるそうだが、充実感に加え、気づきや自信もできたという。
「自分でも思ってもみなかったのですが、風邪一つひかず、意外と根性があったんだとわかりました(笑)。先行きが不透明な時代と言われますが、やり切った経験ができたから『どうにかなるでしょう』と思えるようになりました」
チャレンジしない選択肢もあった
本来であれば目の前の仕事を懸命にこなし、その中で学んでいくだけでも十分だと感じる面も、相内さんの中にはあった。

「あの時、チャレンジしない選択肢も当然ありました。アナウンサーという職業に、なりたくてなって、とても充実しているし、楽しい仕事です。でも、アナウンサーは外資系企業並みに人材の流動性が高く、自局も他局も、そもそも採用数が少ないのに半分以上の同期が会社に残っていません。職業柄、仕事ぶりや実力が誰からも見える、厳しい競争環境の職種で危機感があります」
「好きな仕事を長く続けるためにも、専門性や強みを身につけたい。テレビ東京では、報道の主軸は経済です。やはり自分のベースとして、経済ニュースを伝えるために経済の知識をしっかり持ちたいと考えて、MBAへの挑戦を決断しました」
競争の激しい仕事では、簡単にポジションを奪われることもある。しかし、積み重ねてきた経験や学びによって得た知識が、誰かに奪われることはない。人生を中長期的に考える面でも、「経済を学ぶことで、この先、強くしなやかに生きられる感覚があって、その点でも『やって良かった』と思っています」と話す相内さん。次に学びたいのは、財務だという。
「大学院でも財務諸表を見るなど、簿記2級レベルくらいの知識は勉強してきました。経営の基礎となるのは財務ですし、株価を見て決算分析をする上でも、今度は財務管理を勉強したいと考えています」
MBAを取得し、経営・経済の学びを深めていく。経営の勉強をしたり、さまざまな業界の人たちと触れ合ったりする中で起業に興味を持つことはあるのだろうか。
自身が起業する可能性について聞くと、相内さんは「父が50歳で起業し、70歳を過ぎた今も現役です。私は実家を離れているので、従業員のみなさんに見守られている様子に安心しますし、定年退職でキャリアを終えるのではなく『起業して働き続けるのは、いいな』と感じました。成功するかどうかは別の話ですが、起業は誰でも、いつからでも始めることはできる。とても先のことだと思いますが、いつかは……と、憧れはありますね」と語った。
封印中のバーチャルアナウンサー・相内ユウカ

長年、新聞を毎日5~6のキャラクターでナレーションするなど、アナウンス技術も磨き続けている。「ナレーションが好きなので、もう趣味みたいなものです(笑)」と相内さんは言うが、その鍛錬があったから生まれたのが、バーチャルアナウンサーの相内ユウカだ。
「WBS(ワールドビジネスサテライト)」担当時代のある日、バーチャルYouTuberの技術を紹介する企画があった。「誰かが体験取材する方が、視聴者に伝わりやすい」と、相内さんがモーションキャプチャをつけることになる。指示したスタッフも想定外だったのは相内さんが突如、アバターのビジュアルイメージに合わせて即興で声色を変え、突き抜けたキャラクターを演じたこと。
スタッフは驚くと共に、「これは面白いことができる!」と確信。実際、バーチャルアナウンサー相内ユウカは大きな話題を呼び、放送直後に「WBS」がTwitterトレンドで1位を獲得。その後、「WBS」の関連コンテンツとして、YouTubeの生配信や書籍の出版、イベント出演にも広がっていった。
「モーサテのメインキャスターに集中するため、ユウカは封印中……じゃなくて、彼女は旅に出ています(笑)。でも、個人的には『マーケットとユウカの相性は、いいんじゃないか』と思っていて。幅広い人たちに経済に興味を持っていただくためにも、遠くない先、ユウカには復活してもらいたいですね」と“中の人”ではなく、“先輩アナウンサー”の相内さんはユウカへの期待を語る。ユウカの存在が、普段は経済ニュースに関心を持たない人たちに、興味のきっかけを作っていた実感があるからだ。
「モーサテは、マーケットの一歩先を読める番組として、明日のビジネスに役立つ情報をお届けしています。専門性の高い経済ニュース番組で、伝えている私たちも『難しい』と感じることはあります。でも、例えば「モーサテ塾」のコーナーでは、著名な経営者が講師となり、学生視点で解説が聞けるなど、経済が苦手な人でも楽しめます。
マーケット情報、金融政策、世界経済の動向、さまざまな株の銘柄解説など、幅広いトピックがあり、理解できない部分があっても『なんとなく、景気がこうなりそう』とか、『物価高は、どんな条件があれば、落ち着いてくるのかな』とか、感覚的にわかるようになるはずです。経済を知ることで、自分の資産を守れる面もありますから、経済ニュースが苦手な方にもモーサテを観てもらえればと思っています。
経済への感度が高い人はきっと、既にモーサテを見ているのではないかと思います。金融機関の人からはよく、『会社の寮で、モーサテが流れている』や『朝礼で、モーサテの話題が多い』と言われます。マクロ経済から個別の株銘柄と、多岐にわたる情報をお届けしているので、モーサテを観れば世界経済とマーケットの動きについて、『その日の会話に困らない』と自信を持って言えます」
「耳から」活用し、多くの情報を効率的に収集
朝5時45分〜7時5分の1時間20分で、驚くほど大量のトピックを報じるモーサテ。番組内で伝える情報だけでも膨大だが、メインキャスターとして、伝えるニュース以外にも、日々の情報チェックが欠かせないという。効率的に情報収集するため、相内さんが実践しているのは、耳からのインプット。
「本当にあらゆるところから、情報を取るようにしています。テレビ、新聞、雑誌、書籍、経済情報サイト、SNS、YouTube──国内だけでなく、海外も含めてです。週末はお休みですが、日本時間の土曜はアメリカのマーケットが動いていますから、平日と変わらずチェックします。マーケット関係者はTwitterで発信している人も多く、指標に対しての反応をいち早く確認するため、Twitterを見ることも多いです。

報道機関や証券会社などに加え、個人投資家も、YouTubeや動画で情報発信しています。動画は、オンエア前のメイク中でも観ていたり、音声だけでも移動しながらインプットしたりしています。聴くことは、他の作業をしながらでもできるので、耳からの情報収集を積極的に活用しています」
経済ニュース番組のメインキャスターである相内さんに、今注目の業界を尋ねると、脱炭素にテクノロジーなどを組み合わせた領域という回答に加え、「個人的には、やはり声──ボイステックが気になります」と語った。MBA取得で、経済の専門知識を深めていることに注目が集まっているが、アナウンサーという仕事に対する、こだわりの強さを感じる答えだった。