DNX Venturesマネージングパートナーの倉林陽氏
DNX Venturesマネージングパートナーの倉林陽氏

BtoBのSaaSを中心に、日本や米国など160社以上のスタートアップへ投資をしてきたDNX Ventures。同社が新たなファンドを立ち上げ、日本国内での投資活動を加速させる。

DNX Venturesでは10月12日にアーリーステージのスタートアップを主な対象とした4号日本ファンドと、フォローオン投資(追加投資)を目的とした3号日本アネックスファンドの一次組成を発表した。

前者は国内外の機関投資家や金融機関から160億円、後者は70億円を集めており、すでに目標額の30億円で組成が完了しているシードファンドと合わせた規模は260億円。最終的には累計で400億円規模を目指す。

DNX Venturesマネージングパートナーの倉林陽氏によると従来のメインファンドでは日米のスタートアップに出資をしていたが、今回の新ファンドは一部アジア地域を含むものの、基本的に日本のスタートアップへ注力するものになるという。

メインファンドの主な対象はシリーズAを中心としたアーリーステージの企業で、1社あたりの投資額は最大で約10億円。追加投資用のファンドも含めると最大で約30億円まで出資できる体制を整えているほか、シードファンドを通じて創業期のスタートアップの支援にも力を入れる。

投資領域はこれまで通りBtoBのSaaSやクラウドサービスが中心だ。DNX VenturesはSaaS関連のスタートアップへの出資や支援に定評があり、3号ファンドの日本の投資先も約9割がSaaS企業。新ファンドでもこの領域の日本企業へ積極的に出資をするほか、SaaS同様のビジネスモデルを採る企業や知見が活かせる分野を中心にディープテックやフィンテック、サステナビリティ関連のスタートアップも対象にしていく方針だ。

すでに新ファンドからは複数社へ投資を実行済み。シードファンドを通じて16社へ出資をしているほか、4号ファンドからはシンプルフォームやROMS、アネックスファンドからはアンドパッドやUPSIDERなどに投資をしている。

“スタートアップ冬の時代”とも言われるように、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻、上場テック系企業の株価下落などによってこの数カ月ほどでスタートアップの資金調達環境が一変した。

SaaSはその影響を大きく受けた領域の1つ。倉林氏も「(特に​​コロナ禍の初期など)SaaSというだけで高いバリエーションがつく時期もあったが、現在は長期にわたって成長を維持できるような会社でないと上場してからも評価されないことが明確になってきている」と説明する。

たとえば近年日本では、米国のスタートアップほどのARR(年間経常収益)や成長率がないのにも関わらず「(米国スタートアップと)同じようなコンプス(競合、類似企業)との比較で評価されるような状態も起きていた」(倉林氏)が、そのような状況は変わってきた。実際に「1年前であれば調達できただろうという会社が、なかなかアップラウンドで調達できないような例も出てきている」と倉林氏が話すように、投資家の評価基準は明確に高くなってきている。

良質なSaaS企業を判断するための指標についても成長率に加えて“成長の効率性”がより厳しく見られ、「単にお金をかけたから伸びるというのではなく、バーンしたキャッシュに対してどれくらいのARRを積むことができるのか、その効率性が高い会社の方が上場企業でも評価される」(倉林氏)傾向にある。それを示すものとして「Burn Multiple(バーンマルチプル)」など新たな指標が使われるようにもなってきた。

もっとも、SaaSビジネスへのプレッシャーが厳しくなりつつあるものの「ビジネスモデルの美しさなど根本的な部分が揺らいでいるわけではない」というのが倉林氏の見解だ。直近で大型調達をしたアンドパッドなどは海外投資家などからの評価も高く、DNXとしてはそのような力を秘めたスタートアップへの投資や、そのようなスタートアップを増やすための支援に力を入れていきたいという。

「一部ではSaaSはもうダメなのではないかという方もいらっしゃるかもしれませんが、(SaaSのビジネスモデル自体がゆらいだわけではないため)こういう時だからこそ、本質的に素晴らしいことをやり続けているBtoB SaaSの起業家の方をさらに応援していきます。我々自身は以前からこの領域に投資をしていますし、(コロナ前の)本来のかたちに戻っていく移行期だと捉えているので、SaaSをやめて他の領域に注力するといったことも考えていません」(倉林氏)

大手企業を中心としたDXの推進などのトレンドも踏まえると、引き続きSaaS領域には大きなビジネスチャンスがあるといえそうだ。倉林氏は注目領域の1つに「セールスエンゲージメント」や「セールスイネーブルメント」を挙げるが、DNXの投資先に限らず営業人材の働き方や顧客との関係性構築、営業組織の育成をサポートするSaaSは日本でも増えてきている。

またSaaSが広がるほど、SaaS事業者のビジネスを支援するサービスやユーザー企業の課題を解決するサービスへの需要も高まる。「SaaSが増えてくることで新たに生まれる課題を解決するSaaS」を指す「SaaS for SaaS」は国内外で関連するスタートアップが増えてきている領域であり、倉林氏も「これから日本で1番盛り上がっていくのではないか」と期待を示す。