
- 6年間のスタートアップへの投資で見えてきた手応えと課題
- この20年間で富裕層に起きた変化、なぜ著名人のサポートなのか?
- 米国ユニコーン創業者のためのプライベートバンクを作る
- ファンド規模は100億円以上の想定、日本展開も視野
話題に事欠かない──そう表現するのにぴったりの人物かもしれない。プロサッカー選手の本田圭佑氏が先日、新たなファンド「XPV Circle Fund」の立ち上げを発表した。
XPV Circle Fundは、本田氏らが「ファウンダー」と定義するセレブリティやユニコーン企業の創業経験者など海外の著名人が自身の投資ファンドを立ち上げる際のLP出資に特化したファンドだ。ファンド規模は100億円以上を想定する。
現段階では米国の俳優・コメディアンとして有名なケヴィン・ハート氏を最初のパートナーとし、彼がGP(General Partner:無限責任のパートナー)を務めるファンド「Hartbeat Ventures」を共同で立ち上げている。他にも数人とファンド組成の話が進んでいるという。
これまで自身が投資家としてファンドを立ち上げてきた本田氏が、なぜLP出資に特化したファンドを立ち上げたのか。また投資対象を海外著名人にする狙いとは。本田氏の口から語られたのは、「海外著名人の新しい資産形成・管理のかたち」だった。
6年間のスタートアップへの投資で見えてきた手応えと課題
プロサッカー選手の本田氏が、投資家としての活動を始めたのは2016年のこと。米国を拠点に投資運用の領域でキャリアを積んできた中西武士氏と共に、自身の名前である「圭佑」を“KSK”と略し、その名を冠した投資ファンド「KSK Angel Fund」を立ち上げた。
同ファンドは、2019年12月に東証グロース市場(当時は東証マザーズ)に上場したMakuakeのほか、電動キックボードのLuup、SPACを通じてNASDAQ市場へ上場することを発表した“空飛ぶバイク”のA.L.I. Technologies、そして先日東証グロース市場に上場した英語コーチングサービスのプログリットなどに投資を実行してきた。
KSK Angel Fundの投資先は日本や東南アジア、米国に拠点を置くスタートアップだ。さらに本田氏は2018年、今度は“海外の有望スタートアップへの投資”を目的に、俳優のウィル・スミス氏と共同で投資ファンド「Dreamers Fund(ドリーマーズ・ファンド)」を立ち上げた。
Dreamers Fundは、イーロン・マスク氏が設立したブレイン・マシン・インターフェースを開発するNeuralink、音声SNSアプリのClubhouseやオンライン決済サービスのBolt、ブロックチェーン・NFTサービスのDapper Labsなど合計97社に投資を実行。立ち上げからの4年間で、すでに投資先の中から9社のユニコーン、2社のデカコーンが生まれている。
スタートアップへの投資を始めてから約6年間でKSK Angel Fundの投資先から2社が上場し、Dreamers Fundでは1件の上場、2件のM&Aが生まれている──。ここまでの実績を見ると、本田氏はスタートアップへの投資で大きな成果をあげていると言ってもいいだろう。本田氏自身も「KSK Angel FundやDreamers Fundを通じて、自分やウィルが持つ影響力を使ってスタートアップに投資することの成果はそれなりに出せた、という自負はあります」と語る。一方で、課題も見えたという。
「今までの投資活動ではどうやって(スタートアップ業界の)インナーサークルに入り込むかにフォーカスしてきたんです。例えばDreamers Fundがそうですが、投資案件のほとんどは米国トップティアのVCから共有してもらっていました。それこそ、ウィルのおかげでいろんな投資案件に入らせてもらって、彼にはとても感謝しています」
「その一方で、投資の“入り口”の部分にフォーカスしていた分、投資後のサポートという“出口”の部分にはタッチできていなかった。もともとの戦略自体に組み込まれていなかったこともあるのですが、6年間の活動を踏まえて、今後の僕らの挑戦としては投資した後も会社がスケールしていくためのサポートをしていく、ということになると思っていました」(本田氏)
本田氏の“右腕”として、KSK Angel FundとDreamers Fundでパートナーとして投資の実務面などを担当してきた中西武士氏は、こう続ける。
「セレブリティなど海外の著名人と共同で投資ファンドを運用することで、トップティアだけしか知らない良い投資案件が入ってきますし、機関投資家から資金も調達できる。それはDreamers Fundの運用を通して証明できました」
「ただ、アメリカでは自分たちと同じような動きをしているところはあり、今後もDreamers Fundと同じようなことをやっているだけでは競争に負けてしまう。では、どんなことをしていけばいいのか。今後、世の中が向かっていく方向性から逆算して生まれたアイデアがXPV Circle Fundでした」(中西氏)

この20年間で富裕層に起きた変化、なぜ著名人のサポートなのか?
XPV Circle Fundは海外の著名人を対象に、彼らが自身の投資ファンドを立ち上げる際のLP出資に特化したファンドだ。XPV Circleという名称ではなく、それぞれのファウンダーの名称でファンドを組成するのも特徴となっており、ファンド組成のための資金提供以外にも、トップティアの投資案件を獲得するためのネットワークや日々の投資オペレーション、投資後のバリューアップなどの支援にも取り組んでいくという。
海外では、セレブリティやアスリートなどの著名人が自身の投資ファンドを立ち上げる動きは、自然なものとなってきている。
例えば、俳優のアシュトン・カッチャー氏は2011年に投資ファンド「A-Grade Investments」を立ち上げたほか、プロテニス選手のセリーナ・ウィリアムズ氏は2014年「Serena Ventures」を立ち上げている。また、投資ファンドは立ち上げていないものの、レオナルド・ディカプリオ氏やジャスティン・ビーバー氏など、エンジェル投資家としてスタートアップに投資する著名人は数多くいる。
「企業との広告契約によって目先のキャッシュを得るのではなく、スタートアップに投資して10年後のキャピタルゲインを狙いにいく。アメリカを中心に、そういう考え方をする著名人が増えてきたなと思います。時代が変わってきたな、と」
「一方で、一定の資産があったとしてもVC業界が特殊すぎる環境のため、自身の資産や影響力を活用したD2Cブランドを立ち上げていても、資産を使ってエクイティ投資をするためのファンドを立ち上げられていない著名人は多くいます。その課題を解決するために、著名人が自身の投資ファンドを立ち上げる際に必要となる資金や機能を提供できるプラットフォームを立ち上げるべきではないかと思いました」(本田氏)
日本の著名人で投資ファンドを立ち上げている人は少ない(編集部注:2020年にYouTuberのJJコンビが投資ファンド・iFundを立ち上げた事例はある)。中西氏によれば「海外ではエンドースメント(企業が著名人と肖像権利用や商品化権などに関する独占契約を結ぶこと)を経験し、D2Cブランドの会社を立ち上げた後、投資ファンドをつくる著名人は増えてきている」とのこと。XPV Circle Fundのジェネラル・パートナーを務めるSohail Prasad(ソハイル・プラサド)氏も、XPV Circle Fundが定義する「ファウンダー」のひとりだ。
ソハイル氏はプライベートマーケットの取引所・Forgeの創業者・CEOとして、同社を2022年3月にニューヨーク証券取引所に上場させている。また、エンジェル投資家として200社以上のスタートアップに投資を実行しており、そのうち15社がすでにユニコーン企業になっているという。
「僕も話を聞いて、びっくりしましたよ。彼の投資先だけで、すでに日本のユニコーン企業の数を上回っているわけですから」と、本田氏は語る。本田氏はソハイル氏の会社に投資をし、実際に会って話をする中で、今回の取り組みのアイデアを聞いた。
「本田氏や中西氏からDreamers Fundの話を聞く中で、一定の資産を持つ著名人が投資ファンドを立ち上げる際のサポートをするプラットフォームは必要だと思いました。それは自分自身がこれまでに投資を経験してきた中で感じた課題でもあったんです」
「この20年で個人がエンタープライズ(企業)になる時代に変わってきている。彼らがスタートアップへの投資を始めやすくなるようなプロダクトやサービスを提供し、テクノロジーを通じて、著名人が持っているポテンシャルを最大化したいと思いました。実は世の中に、著名人の投資をサポートするプラットフォームはないんです」(ソハイル氏)

また、中西氏は「今までの20年間は不動産会社や石油会社の二世などが富裕層とされてきた」と前置きした上で、「今はテクノロジー企業の創業者やアスリート、俳優などが富裕層になっている。彼らは自分たちで資産を形成してきた人たちだからこそ、資産に対する根本的な考え方が異なる」と言う。だからこそ、自身の資産を元手に投資ファンドの立ち上げを考えている人は多く、すでにXPV Circle Fundにも話がいくつか来ているという。
「今はそれぞれのネットワークをもとに著名人に話をしているのですが、手応えはすごくあります。僕はK-POPのスターやインドネシアのインフルエンサーなどに話をしているのですが、とても反応が良い。そりゃそうだと思いますよ。自分が培ってきた影響力を使って、自分の投資ファンドがつくれるわけですから。彼らは“自分がスターでありたい”と思っているからこそ、名前貸しやどこかのファンドに参画するのを嫌う。僕たちが自分の投資ファンドを立ち上げるサポートをするということで、すごく反応が良いですね」(本田氏)
米国ユニコーン創業者のためのプライベートバンクを作る
現時点では、米国の俳優・コメディアンのケヴィン・ハート氏がGPを務めるファンド「Hartbeat Ventures」を共同で立ち上げているが、XPV Circle Fundがパートナーを選定する際には、どのような条件を求めるのだろうか。
本田氏は「情熱が何より大事になる」という。「この6年間、ファンドを組成してスタートアップへの投資をしてきた中で学びとなったのは、『パートナーに情熱があるかどうかが大事である』ということです。パートナーのコミットメント力が高いことがファンドの成功を左右すると思っているので、情熱があるかどうかが大きなポイントになります」(本田氏)
今回立ち上がる予定のXPV Circle Fundは、あくまで著名人への投資を担うためのものであり、ファンドを運営するXPV Groupとしては、創業者個人の未上場株式を担保にした低金利ローンの提供、創業者が株式を売却したい際の取引所の立ち上げなどにも取り組んでいく予定とのこと。本田氏によれば「米国ユニコーン創業者のためのプライベートバンクを作ること」がXPV Groupの大きなミッションになっているという。
「この十数年の間で個人が多様にビジネスをできるようになったと思います。著名人だけでなく、例えばスタートアップの創業者も事業をやりながら、投資をすることもできる。僕自身もさまざまなことに取り組む中で、資産が分散しすぎているのが課題だなと思ったんです。ひとりのサッカー選手がいろんなものに投資することは今までなかったので」
「今までは資産を銀行に預けておき、銀行からオファーされた投資信託や不動産投資をやって資産を管理しておけば良かった。ただ、今は資産が世界中に散らばっている。僕自身の経験も踏まえて、資産の多様性が増えてきたからこそ、著名人に特化して彼らの資産をマネジメントできるようなファイナンスカンパニーをつくっていきたいと思いました」(本田氏)
資産形成・管理という側面において、例えば本田氏はスタートアップのテレビCMに出演する際にストックオプション(SO)を発行してもらっていたほか、暗号資産などにも投資をするなど、さまざまなかたちで資産を保有していた。それらを一元管理する仕組みを提供したい、というのがXPV Groupの狙いだ。
ファンド規模は100億円以上の想定、日本展開も視野
複数のプロダクトやサービスを通じて、著名人の資産管理の役割を担っていこうとしているXPV Group。現在、ファンド組成に向けて動いているXPV Circle Fundは投資家からの反応も良く、当初の想定を超えて「100億円以上の規模になるかもしれない」と本田氏。現段階では4〜5ファンドを立ち上げる構想だが、「10ファンドを立ち上げるくらいの勢いでプロジェクトを進めていきたい」と本田氏は気を吐く。
「また、XPV Circle Fundの日本版の立ち上げも視野に入れています。戦略は同じになる予定ではいますが、細かいやり方に関しては工夫する必要がある。アメリカとは違って日本は著名人を取り巻く環境が異なる部分もあるので」(本田氏)
日本に関しては、具体的な戦略など細かいことは不明だが、本田氏は「タレントよりもYouTuberの方が感度は高いかもしれない。500万〜1000万人のチャンネル登録者がいるYouTuberと話してみたら、パートナーになり得るかもしれない」と語った。
KSK Angel Fundの立ち上げから、約6年。プロサッカー選手でありながら、投資家としてスタートアップへの投資を実行してきた本田氏。
エンジェル投資家として投資してきた数は160社以上、Dreamers Fundでの投資を含めると実に250社以上のスタートアップに投資をしてきた。「この6年間でこれだけの投資をしているエンジェル投資家はいないと思うんですよ」と本田氏は笑いながら語る。
その一方で、本田氏は「この6年間は失敗だらけでした」と前置きをした上で、「投資をするにあたって、僕はビジネスモデルは二の次にして、ファウンダーの素質に向き合ってきました。実験的な投資も含めて、さまざまな失敗をしてきましたが、その経験があったからこそ、ファウンダーがどういう素質を持っていたら成功するかが見えてきた」と語る。
この6年間で培ってきた経験をもとに“情熱を持つ人”を見極め、まずは彼らがファンドを立ち上げる際のサポートをしていくというXPV Group。成功も失敗も含め、さまざまなことに取り組んできた本田氏の新しい挑戦が再び始まる。