
企業・自治体を対象にサプライチェーン全体のCO2排出量を見える化し、削減、報告する方法の最適解を導くクラウドサービスを提供する「アスエネ」。各種ウェブサービスやアプリにAPI連携してGHG(温室効果ガス)を算定・削減し、脱炭素化をサポートするクラウドサービス「Sustineri(ススティネリ)」。
両スタートアップは、東京都のファンド出資事業によって都とインキュベイトファンドがバックアップしており、国を挙げて推進するカーボンニュートラルへの寄与にも大きな期待がかかる。脱炭素社会に向けたスタートアップの可能性に迫る連載第2回では、国内クライメートテック(気候テック)で先端を走り、急進するアスエネ・Co-Founder・代表取締役CEOの西和田浩平氏と、創業間もないながらも業界の注目を集めるススティネリ・代表取締役の針生洋介氏に、対峙してきた課題、そして脱炭素化の領域においてスタートアップに求められることについて対話してもらった。
海外と日本のギャップに危機感を覚え起業
——まずはそれぞれ起業に至った背景と、当時ぶつかった壁を教えてください。
西和田浩平(以下、西和田):私は前職が商社で、2012年頃から海外を中心に再生可能エネルギー(再エネ)やCO2削減・省エネの領域で投資や新規事業開発などを担当していました。海外では当時、すでに再エネの価格が火力発電や原子力発電のコストよりも圧倒的に安かった。再エネへの転換がCO2削減となり、コスト削減にもつながるため、環境と経済の両立ができてきました。一方で、日本はまだまだ。そこに世界と日本の大きなギャップを感じたのがきっかけです。
針生洋介(以下、針生):私は気候変動のコンサルタントをしていた3~4年前に知った、テクノロジーを使って気候変動を解決していこうといった海外の動きが起業のきっかけです。当時の日本では、気候変動対策に対して関心は高まりつつあったものの、ウェブ関連のテクノロジーを使って気候変動対策を活性化させる動きはほとんどありませんでした。このままだと日本と海外の差がどんどん開いていくのではないか。そんな危機感がきっかけとなり2021年に起業へと至りました。
西和田:創業した2019年、アスエネは私ひとりで、チームもプロダクトも何もない状態でした。あるのは計画とやる気と前職での業界知見だけ。そのタイミングで、東京都の出資事業で実務を担うインキュベイトファンドのパートナーとお会いして計画をお話ししたらその場で出資の話になり、結果的に投資をしていただくことになりました。
同社から最初に得た資金を何に使ったかといえば、"人"ですね。超優秀な人材。インキュベイトファンドと共に共同出資者を探したのです。そうして共同創業者となる岩田がジョインすることになりました。一緒に事業を立ち上げ、彼が営業の仕組みを作ってくれて、それ以降、売上がどんどん伸びていきました。人が入ると、ここまで変わるのかと感じましたね。
最初のアポイントを取り、その後の営業の仕組みをつくる。これがスタートアップにとっては大きな障壁になります。その点で、岩田の存在はものすごく大きかったです。

針生:私も西和田さんと同じで、創業から数カ月はほとんどひとりでやっていました。やりたいことはたくさんあるのに、リソース的になかなかできないことが多かった。そこで助けてくれたのが、出資いただいているインキュベイトファンドさんでした。採用面などさまざまな支援を受けられたことで、かなり助かりましたね。最初に苦労したのは、できたばかり、かつ業務委託は数人いるものの、フルタイムのメンバーは私ひとりなので、とにかく“信用がない”ことでした。最近ではメンバーが増えてきたことに加えて、東京都のアクセラレータ―プログラムなどに採択されたこともあり、信用は大きく高まったと感じています。
脱炭素に向けて、スタートアップだからできること
——2050年カーボンニュートラル(注1)に向け、スタートアップだからこそできることとはなんだと思われますか。また、逆にスタートアップだけでは難しいと感じていることはありますか。
西和田:圧倒的に早いスピード感を持って実行できることですね。スタートアップは、本当にスピードこそが本質的な価値だと思っています。もちろん戦略を練るのは大事です。戦略を練った上で、例えば我々なら私とリード投資家(注2)のふたりがOKであれば進められる。このスピード感は商社時代にはできなかったことですし、それが今どんどん体現できて非常に面白いですね。
針生:あとは、スタートアップだと、尖ったことができますよね。当社の事業もそのひとつではないかと思っています。大企業ではなかなか実現できないことでも、信念や思いがあればやりやすい。そこは大企業と大きく違うところだと思います。
西和田:できないことでいえば、脱炭素化は1社で全て実行するのは不可能だと思っています。市場規模、産業規模がものすごく大きいため、全て自社だけでやろうという発想は変えていかないといけないでしょう。我々ではできない脱炭素ソリューションは、それが得意な大企業とのパートナーシップがとても大事だと考えています。
針生:スタートアップ1社だけだと、やはり影響力が小さいですよね。特に当社のような創業期ですと自社だけではできないことが多く、さまざまな企業と連携していくことが大事だと思っています。スタートアップ同士の連携、大企業との連携には、今後は特に力を入れていきたいです。

西和田:そうした意味でも、脱炭素を進めたいと考えられている企業を、東京都さんやインキュベイトファンドさんにつないでいただいたのは、大きな支援になりました。もちろん自ら問い合わせることもできますが、直接連絡するとそれなりの扱いをされることもあるわけです。でも、ご紹介となるとそうむげにはされないんですよね。そうしたご紹介は、特に創業期のスタートアップにとってものすごく貴重でした。
針生:本当に心強いですよね。やはり自分たちだけでアプローチしても、なかなかうまくつながっていきません。そこに行政やベンチャーキャピタルが間に入っていただけると、本当に事がスムーズに運んでいくのがわかります。
アジア制覇も見据える海外展開、多角展開へ
——スピード感ある成長を今後も続けていくと思います。次なる展望を教えていただけますでしょうか。
西和田:直近で動くものは、ふたつ。ひとつは、サプライチェーン絡みのもので、「サステナビリティ×データ」で新たなビジネスを仕掛けます。日本にはまだないので、我々のビジネスの第二の柱になると考えています。もうひとつは、既存事業であるCO2見える化・削減・報告クラウドサービス「アスゼロ」を海外展開させること。法人顧客数は500を超え、国内での勝ち筋が徐々に見えてきたタイミングだからこそ、ここからはアジア。我々は今、クライメートテックでアジアナンバーワンになりたいと掲げています。日本でリーディングプレーヤーを維持しながら、シンガポールなどアジア主要国でシェアを取り、さらにアジアの大きなマーケットに攻めていきたいですね。
針生:当社のサービスは、現時点ではeコマースや予約サービスなどに対象が限られているものの、その幅をどんどん広げていきたいと思っています。日常生活の中で何かを購入するとき、何かを予約するとき、そこでCO2が見え、削減することもできる。あらゆるシーンでCO2が可視化できるような世界を実現するためには、消費者の意識自体も変えていかなければなりません。今後は、消費者への意識啓発などにも、開発と合わせて注力していきたいと思っています。
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両社を行政主導のファンド出資事業でバックアップし、今回の対談にオブザーバーとして参加した東京都産業労働局金融部の磯田篤岐氏は、「日本のスタートアップのビジネスモデルは、国内で完結するものが多く、スケールしても日本のマーケットでとどまってしまいがちです。その点、脱炭素化やカーボンニュートラルというテーマは、世界中が必死で進めていること。図らずもグローバルマーケットが生まれている。そこにチャレンジしているお二人には、どんどん海外に出ていただき、スケールしていただきたい。これからも支援に努めていきたいと思います」と期待を込めた。
グローバルで巨大なニーズが生まれている脱炭素化。アスエネとススティネリが示す世界は、企業規模、事業規模を問わない。行政のバックアップも受け、大きく羽を広げた日本発のクライメートテックがアジアを、そして世界をリードする日も近い。
(注1) 政府が行った2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする宣言
(注2) その資金調達ラウンドにおける最大の出資者であり、そのラウンドの投資契約条件や必要な事務手続きをまとめるサポートを行う投資家
西和田浩平(にしわだ・こうへい)◎アスエネ株式会社Co-Founder・代表取締役CEO。慶應義塾大学卒業後、三井物産にて日本・欧州・中南米の再生可能エネルギーの新規事業開発・投資・M&Aや、ブラジルの事業会社出向後、ブラジルやメキシコで分散型太陽光小売ベンチャー出資、太陽光入札受注などを経験。2014年10月アスエネを設立。11月9日、シンガポールで新たに海外現地法人 Asuzero Singapore Pte. Ltd.を設立したことを発表した。
針生洋介(はりう・ようすけ)◎Sustineri株式会社代表取締役。環境系シンクタンクにて、気候変動に関する政策立案や実行支援、カーボン・オフセットに関する指針やガイドラインの作成などに携わる。コンサルティング会社にて、気候変動に関する戦略策定・実行支援などに関するコンサルティングに従事。2021年7月にSustineri株式会社を設立。
磯田篤岐(いそだ・あつき)◎東京都産業労働局金融部。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)、中小企業診断士。外資系投資銀行にて、20年以上、債券やファンドのストラクチャリング業務に従事。その後、政府系官民ファンドを経て、現在は、東京都庁にて国内のベンチャーファンド、プライベートエクイティファンド等を対象とした投資業務に従事。
特集:「脱炭素」を実現に導く日本発スタートアップhttps://signal.diamond.jp/list/series/pr-tokyo_m
問い合わせ先東京都産業労働局 金融部金融課
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/chushou/kinyu/
インキュベイトファンド
https://incubatefund.com/