ABEMA編成本部スポーツエンタメ局局長の塚本泰隆氏
ABEMA編成本部スポーツエンタメ局局長の塚本泰隆氏
  • 史上最大の投資額、ABEMAがW杯の無料中継をする狙い
  • 開局からの6年間で培った技術やノウハウを活用
  • リアルタイム、追っかけ再生、見逃し、さまざまな視聴スタイルを楽しんでもらう

開幕まで残り1カ月となった「FIFA ワールドカップ カタール 2022(W杯)」。同大会の放映権を獲得し、インターネット放送局として初めて全64試合を無料生中継するのがサイバーエージェントが手がけるABEMAだ。“ABEMA史上最大のビッグプロジェクト”とも言われているW杯の全試合放送にどう取り組んでいるのか。

なぜ有料でなく無料にこだわったのか。そしてW杯の放送を通してのABEMAの狙いとは。中継責任者を務める塚本泰隆編成本部スポーツエンタメ局局長に聞いた。

史上最大の投資額、ABEMAがW杯の無料中継をする狙い

──4月25日にABEMAでカタールW杯を無料中継するとのニュースは大きな話題を呼びました。サイバーエージェントが放映権を獲得したのはいつだったんでしょうか。

2022年の年始にはすでに放映権に関する話は決まっていたそうなのですが、自分が最初に話を聞いたときには衝撃を受けました。まじか、と(笑)。放映権の獲得の経緯については守秘義務もあり、お答えできないんです。ただゲーム事業や広告事業など、サイバーエージェントグループ全体の業績の後押しもあり、会社として放映権を獲得する機会をいただいたと聞きました。

また当初から無料中継を前提とした話でした。ABEMAというサービスが、さまざまな楽しいコンテンツを提供している、というイメージをより多くの視聴者に持ってもらいたい。サービスとして、一段上のフェーズを目指していくというのが会社の狙いでした。

ABEMA内でのW杯特設タブのイメージ 画像提供:サイバーエージェント
ABEMA内でのW杯特設タブのイメージ 画像提供:サイバーエージェント

──業績といえば、やはり「ウマ娘 プリティーダービー」の好調も大きかったですか?

具体的には言えないですけれど、察していただければ(笑)。

──実際に中継権の獲得にどのくらいの金額がかかってるのでしょうか。

少なくともABEMAとしては最大の投資額になっています。

──日本代表のカタールW杯の最終予選のアウェー戦はDAZNの独占配信で、有料のみでした。サッカーファンも今大会は有料かと覚悟していた中の無料配信で驚きました。なぜ有料ではなく、無料での配信となったのでしょうか。

当初からABEMAは無料生中継を前提として考えています。ABEMAはまず、無料でたくさんの方に使ってもらい、取り扱う競技やジャンルの多さを通じて、ABEMA自体を好きになってもらう。そして利用者を増やすことで、広告収入などでマネタイズしていくというビジネスモデルです。先ほどお伝えしたようにW杯中継も当初から無料が前提でしたし、“無料”はABEMAのサービスの根幹なんです。

開局からの6年間で培った技術やノウハウを活用

──W杯のような関心の高いイベントをネットで無料中継するときに大事なのはサーバーです。ABEMAは2017年に放送した「亀田興毅に勝ったら1000万円」で視聴者の急増による負荷でサーバーダウンした苦い経験があります。

ABEMAが開局してから6年間で配信に関する技術やノウハウなど、さまざまなアセットが蓄積されています。過去にはサーバーダウンなどを経験しながらも、そこに耐えられるような技術の増強があり、今回のW杯はいけると判断しました。

──そもそもABEMAではこれまでサッカーの中継の経験はあったのでしょうか。

2021年の「コパ・アメリカ(南米選手権)」をPPV(ペイ・パー・ビュー、有料コンテンツに料金を支払って視聴するシステム)で販売したことはありましたが、サッカー中継をゼロからつくりあげて取り組むのは初めてとなります。

──ABEMAはテレビ朝日との関係が深いですが、中継ノウハウの共有もあるのでしょうか。

もちろんです。ABEMAがサッカー中継をイチから組み立てること自体、初めてのことなので、どういうかたちで配信していくのがベストなのか、カタール現地での展開などさまざまな部分において、テレビ朝日の皆さんにご協力いただいています。ABEMAの中継プロデューサーとして、テレビ朝日から来ていただいて、一緒に中継を組み立てています。

──日本代表戦などは地上波と同時中継になるのでしょうか。

そうです。試合の国際映像は(いずれも)HBSという会社が制作しますので、(ABEMAと地上波で)映像自体は基本的には変わりません。ただ、実況や解説、また映像に載せるテロップ、ハーフタイムでのスタジオ部分はABEMA独自のものとなります。

──ABEMAで独自に実況アナウンサーを立てるのですね。サッカー中継において実況アナは非常に大切で、現在放送するプレミアリーグの中継ではフリーのアナウンサーを起用しています。

ABEMAで放送する全64試合、我々で実況・解説をつけて配信していきます。人選については、今まだ調整中ではありますが、テレビ朝日のアナウンサーが実況をお届けする予定です。

リアルタイム、追っかけ再生、見逃し、さまざまな視聴スタイルを楽しんでもらう

──ABEMAでは相撲中継で格闘ゲームのような演出を入れたり、将棋中継では形勢判断をAIによって数値化しリアルタイムで見せるなど、これまでと違う切り口が評判でした。W杯でもユニークな見せ方は考えていますか。

そこは考えていません。競技自体を真摯(しんし)に伝えたいと思っています。将棋や相撲での取り組みは、競技自体をまだあまり見たことがない“ライトな層”にもっと見てもらい、放送を通じて新たなファンを増やしていくことで業界自体が大きくなり、将来的な視聴者自体も増えていくという大きい循環を考えていました。しかしサッカーはすでに国民的スポーツですし、W杯は誰しもが興味を持つ大会です。その魅力をストレートにしっかり届けたいと考えています。

試合中に数台のカメラ映像から好きなアングルを選べる「マルチアングル映像」でW杯が楽しめる 画像提供:サイバーエージェント
試合中に数台のカメラ映像から好きなアングルを選べる「マルチアングル映像」でW杯が楽しめる 画像提供:サイバーエージェント

──2022-2023シーズンからABEMAではプレミアリーグ中継もスタートしました。同じ年に2つのサッカーコンテンツが始まったのは偶然でしょうか。

直接的な関係はありません。W杯中継は今年の1月には決まっていて、その後プレミアリーグの放映権を獲得しました。

とはいえ、全く関連性がなかったわけではありません。W杯中継が終わった後にもABEMAでサッカーの楽しさを届けたいという思いがあり、その中で世界最高峰のプレミアリーグを放送するチャンスがあったことは、中継決定への後押しになった面はあります。

──W杯開幕を控え、「推しサカ!」などの番組も始まりました。「FIFAワールドカップ64」のABEMAでのアディショナルトークは、テレビ朝日の地上波ではできない、かなりマニアックに突っ込んだ番組になっています。日向坂46の影山優佳さんの“サッカー通”ぶりも存分に発揮されている印象です。

ありがとうございます。地上波と違い、番組の時間、尺を気にしなくていいことはインターネットテレビならではの特徴だと思います。W杯本番でのスタジオゲストなどはまだ調整中ですが、現在放送中の「ワールドカップ64」の出演者のみなさまにはぜひお願いしたいと思っています。

──ABEMAにとって最大の挑戦といえる今回のW杯中継ですが、この挑戦を通し実現したいことはなんでしょうか?

ABEMAは「新しい未来のテレビを作る」というコンセプトを持っています。また、運営元のサイバーエージェントは「新しい力とインターネットで日本の閉塞感を打破する」というパーパスを掲げています。

「新しい未来のテレビ」にはさまざまな解釈がありますが、私自身は今、本当に見たいものが、時間や場所から解放されることを「新しい未来のテレビ」だと思っています。

スマホで見る人もいれば、テレビやPCで見る人もいる。リアルタイムでの視聴だけでなく、追っかけ再生でも楽しめる。たとえばテレビで放送される日本代表戦を見ている時に、ちょっと外に出かけなければいけなくなった場合、ABEMAを使ってスマホで見てもらったり、翌日に見逃し配信で見ていただいたり、いろんなケースで楽しんでもらいたい。年齢の若い視聴者の方はすでにそういう使い方をしていますが、幅広い年代でそうしたABEMAの使い方が当たり前になっていけばと思っています。