
- 10年で大きく成長した、日本のスタートアップ・エコシステム
- キャリアとしてスタートアップを選ぶ人も増加
「スタートアップへの転職はリスクが高そう」
かつてはそうしたイメージを持つ人が多かったが、環境の変化とともに、スタートアップへの転職先を選択する人が増えている。この十数年で日本のスタートアップ・エコシステムにどんな変化が起きたのか。特集「スタートアップ転職のリアル」の第1回では、「スタートアップを取り巻く環境の変化」について見ていく。
10年で大きく成長した、日本のスタートアップ・エコシステム
“ビットバレー”という言葉とともに、堀江貴文氏や藤田晋氏、南場智子氏など数多くの起業家が生まれ、スタートアップが立ち上がった1990年代後半から2000年代初頭。当時、スタートアップに対する世間のイメージは「変わり者」「リスクが高そう」というものが大半を占めていたが、20年弱が経ち、そのイメージも大きく変わった。
今や岸田文雄・内閣総理大臣は“スタートアップ支援”を目玉政策として掲げ、岸田内閣は2022年を「スタートアップ創出元年」としている。2022年末までに5か年計画をまとめ、イノベーションの鍵となるスタートアップを5年で10倍に増やすと宣言したのは記憶に新しい。
また、経団連も5年後の2027年までに起業数を10倍に増やすとともに、ユニコーン企業の数を100社に増やすといったスタートアップの育成に向けた提言を発表。成長戦略の一環として、国をあげてスタートアップの創出・育成に取り組んでいるというわけだ。

実際、日本のスタートアップ・エコシステムはここ10年ほどで大きく成長してきた。スタートアップ情報プラットフォーム「INITIAL」が調査したレポートによれば、2013年に876億円だった年間の資金調達額は、2021年には8228億円と約10倍に増えている。10年ほど前は“1億円の資金調達”のニュースがあれば大きな話題となっていたが、今は数億円の資金調達は当たり前。数百億円規模の資金調達をするスタートアップも出てきている。
また、スタートアップに対して投資するベンチャーキャピタル(VC)に関しても、JVCA(日本ベンチャーキャピタル協会)が発表している「ベンチャーキャピタル最新動向レポート」によれば、2021年は新たに103ファンドが設立され、ファンドレイズの金額も合計4185億円となっており、こちらも10年前と比較すると、10倍以上の規模感にまで成長。資金の出し手が増えたことにより、スタートアップ1社あたりの資金調達額も平均3億円に増えている。

その一方で、資金調達社数は2019年以降減少が続いていることから、有望なスタートアップには多額の資金が集まりやすく、そうでないスタートアップが資金が集まりにくい状態になっているとも言える。資金調達がうまくいっているスタートアップは採用もうまくいっているが、そうでないスタートアップは人も採用できない。ここ数年でスタートアップの二極化も進んでいるというわけだ。
キャリアとしてスタートアップを選ぶ人も増加
資金調達の金額が増えたことで、スタートアップも人材採用にきちんと投資できるようになり、平均給与も上昇傾向にある。日本経済新聞社が2021年に実施した「NEXTユニコーン調査」によれば、有力スタートアップの平均年収は630万円だったという。東京商工リサーチの調査では、2020年時点での上場企業の平均年収は603万円だったとのことで、スタートアップと上場企業の平均年収の差はほとんどなくなっている。
10年前であれば、「スタートアップは安月給が当たり前」というイメージが一般的だったかもしれない。だが、スタートアップを取り巻く資金調達環境が変化したことにより、そうしたイメージは間違ったものになってきている。
リスクをとってスタートアップに飛び込み、収入のアップサイドを狙う──今もそうした考え方の人はいると思うが、この10年ほどで自分自身のキャリアをより有意義なものにするためにスタートアップを選ぶ、という人も増えている。
エン・ジャパンが運営するミドル世代のための転職サイト「ミドルの転職」が実施した調査「スタートアップへの転職」によれば、回答者の76%が「スタートアップ企業へ転職したい」と言っており、転職意欲が最も高い年代が「50代」だったという。
スタートアップに興味を持ったきっかけを見てみると、「会社と共に成長する経験をすることで、自身の成長も実現したいと思った」「年功序列の環境でなく、自由に自分の才能を発揮し、評価してもらえそうだから」といった回答が並ぶ。
マクロ環境が変化しており、先行きが見通しづらい時代になっているからこそ、自分自身を成長させられそうな環境として、スタートアップを選ぶ。そういう考えを持っている人が増えてきていることが、上記のアンケート結果などからわかる。
かくいう筆者も8〜9年前にインターンを経て、スタートアップで働いていたことがある。当時のスタートアップは、1〜2万円という格安の価格で求人を掲載できた「Wantedly(ウォンテッドリー)」に求人情報を掲載し、熱意のある学生や若手などを採用するのが一般的だった。
今ではさまざまな求人媒体でスタートアップの求人情報を見ると思うが、10年ほど前はWantedlyくらいしかスタートアップの求人情報が載っていなかった(スタートアップ側は掲載料金を払える求人媒体がWantedlyしかなかった、という側面もあるが……)。
また、いきなり「正社員になる」というルートではなく、スタートアップに憧れを持った学生や若手がインターンとしてジョインし、一定のパフォーマンスが発揮できたら正社員として雇用されるパターンが多かったように思う。
資金調達額も数百万円〜数千万円が一般的で今ほど資金も潤沢ではなかったため、給与も低かった。会社の成長のために夜遅くまで、また休日も惜しまずに働く一方で給与が低いことから、“やりがい搾取”などと揶揄されることもあったが、今は全く異なる。平均給与も上がっているほか、ストックオプション(SO)を発行する制度や働く環境を整えるスタートアップも増えてきている。
この10年で大きく変わった日本のスタートアップ・エコシステム。次回以降は具体的なデータをもとに、“キラキラ”でも“やりがい搾取”でもない、スタートアップに関する「ヒトとカネの実態」をひも解いていく。