
- 大企業と個人のキャリアの価値観がずれている
- 収入減よりも得られるものと働きがいを選ぶ
- ビジネスモデルが多様化し、求める人材も多種多様に
- 失敗しないスタートアップ選び。見るべき4つのフィットとは
- 転職先候補はデータと一次情報で探すべき
大企業からスタートアップへ──ひと昔前であれば、ハイリスクとも思われていたようなキャリアを選択する人が増えている。そこにはスタートアップへの転職が「堅実なキャリア戦略の選択肢のひとつになっている」という考えがあるという。
なぜ、スタートアップに転職する大企業出身者が増えているのか。その背景にあったのは、会社と個人のキャリアに関する認識のズレだ。特集「スタートアップ転職のリアル」の第2回では、「大企業からスタートアップへの転職が増えているワケ」について見ていく。
大企業と個人のキャリアの価値観がずれている
個人がキャリアを通して身につけたいスキルは“いつでも高い価値で雇用される“という「市場での汎用性」。一方で大企業が社員に身につけてほしいと思うスキルは「自社での汎用性」であることも多い──転職サイト「ONE CAREER PLUS」を運営するワンキャリア事業開発/キャリアアナリストの長谷川嵩明氏とEvangelistの寺口浩大氏はこう話す。「個人の求めるキャリアと企業側が用意するキャリアで得られるスキル、またチャレンジできる領域といったものがここ数年でズレてきた」(長谷川氏)。若い世代は特にこのズレを実感してしまうと、「この会社で長く働き続けるのは良くない」と考えるのだ。
さらに、コロナ禍でリモートワークが増え、マネジメントが放任気味になっていることも、若手社員を不安にさせ、転職を後押ししていると考えられる。
大手有名企業が倒産したり、海外資本に取り込まれたり、先行きが見通しにくい時代。勤める企業が大きいことは必ずしも将来の安心につながらない。仮に会社が倒産してしまっても、他社から必要とされるスキルを持ち、市場価値を高めておくこと、そのスキルセットを磨くことが安心につながると考える個人が増えているのだ。
「今の若い人の価値観では、転職する選択肢を失って会社にしがみついている人を見ると働くモチベーションが下がってしまう。会社に居続けるとしても、いつでも転職できる状態で残っておきたいという思いが強い」(寺口氏)
収入減よりも得られるものと働きがいを選ぶ
大企業からスタートアップへ転職する人たちの出身業界はメーカー、IT、商社、金融、コンサルティングファームなど多種多様だ。

ONE CAREER PLUSには、トヨタ自動車から製造業のマッチングプラットフォームを提供するキャディへ、日本放送協会(NHK)から名刺の電子データ化サービスなどを提供するSansanへ、ベネッセコーポレーションからAI教材を提供するatama plusへ、ファーストリテイリングからSaaS事業を展開するFLUXへ──ONE CAREER PLUSに投稿される体験談には、このような「大企業からスタートアップ(上場企業含む)への転職」の事例が多数投稿されている。

魅力的な転職ができるならば、収入減になることもいとわない人が多いというのも特徴だ。ONE CAREER PLUSが大企業からスタートアップに転職した89人に対して21年12月に実施したアンケート調査では、転職後に年収アップした人の比率は38%で、62%はダウンまたはキープとなっている。「年収アップした人も入社数年後に報酬が増えて前職を超えたケースが多く、いわゆる大企業からの転職時のオファー年収は年次次第ではダウン提示も覚悟が必要なのは変わらないが、目先のみで判断されない方が増えていると言える」(長谷川氏)だという。
平均では、およそ40万円の年収ダウン。それでも大企業よりもスタートアップで得られる経験やスキルの方が良いと判断しているのだ。
入社後、どの部署に配属されるかわからず、その業務が自分のスキルに繋がるのかわからない大企業に対して、スタートアップは求められるスキルセット、与えられるポジションと業務内容、期待する成果、得られる個人の成長とやりがい、事業の成長により解決する社会課題なども明確だ。また会社のビジョンと自分のキャリアのビジョンがリンクしている場合が多く、スピードも早い。「自分のキャリアのストーリーを描きやすいところが魅力」(寺口氏)なのだという。
ビジネスモデルが多様化し、求める人材も多種多様に
また、スタートアップが求める人材のスキルセットも多様化している。「これまでのスタートアップは、SNS、EC、ソーシャルゲーム、メディアなど、BtoCのIT企業が多かったが、昨今は製造、DX、教育、医療などこれまでスタートアップが多くはなかった領域を中心に、BtoBのスタートアップも非常に増えている。そうしたスタートアップでは、事業ドメインの知識や業界特有のオペレーションに関する理解を持った人も求めている。そのため、大企業でBtoB事業を行っていた人でも、自分のキャリアと地続きでスタートアップの求人が見つかるようになった」と寺口氏は語る。
ただしその一方で、自分の持っているスキルセットと転職した先で求められるスキルセットにミスマッチがあり、再び離職することになるケースは少なからずあるのが紛れもない現実だ。「この企業のカルチャーが自分に合っている」というだけで転職してしまう人は多いが、それは最も失敗しやすいパターンだそうだ。大企業からスタートアップへの転職に失敗しないために、見るべきポイントは何があるだろうか。
失敗しないスタートアップ選び。見るべき4つのフィットとは
長谷川氏は「1.フェーズフィット、2.テーマフィット、3.リターンフィット、4.カルチャーフィットの4つのフィットを確認して欲しい」と話す。

1のフェーズフィットとは何か。スタートアップの成長段階には大きく分けて、シード、アーリー、ミドル、レイター、という4つのステージがある。このうちのどのステージなら自分が活躍できるのか、あるいはどのくらいの苦労ならば許容できるのか、を考えるのがステージのフィットだ。
シードステージは商品やサービスの開発段階で、完成品がなく売上も上がっていない状態。給料は低めで、福利厚生もあまり整っていない。一人ひとりの裁量が大きく、自ら考えて動き、アイデアを出し、できることはなんでもこなさないといけないだろう。

アーリーステージは商品化ができ、市場投入して売り上げを上げていく段階。誰も知らない会社の新しい商品を、どうやって顧客を掴み、市場に浸透させていくか。新市場開拓が重要なフェーズとなる。業務量が膨大であることは間違いない。
ミドルステージは売り上げが安定的に立ち始め、会社が成長していく段階。資金調達を繰り返し、新しい人材をどんどん採用し、会社が日に日に大きくなっていく中で、会社の仕組みづくりにも関わることになる。

レイターステージは、最初の事業が成長し、新たな事業を始めるなど、中小企業から中堅・大企業へと成長していく段階。株式上場を目指して(あるいは上場して)社内ルールが整備され、社員数も数百人規模となり、組織づくりとマネジメントが重要になってくる。
2のテーマフィットとは、事業のテーマやビジネスモデルとのフィットだ。狭義には事業領域に関心があるか、その業界で使われる言語が理解できるか、業務を遂行できるスキルがあるかなどが挙げられ、広義にはその事業が取り組む課題やビジョンに共感できるかといったことが挙げられるだろう。
注意しなければならないのは、ざっくりと営業、マーケティングの経験があっても、クロージングまでのプロセスや規模感が大きく違う場合がある点だ。BtoBなのかBtoCなのか、価格は数十万円なのか数千万円なのか、毎月何件契約を取ってくるスタイルなのか半年から1年かけるプロジェクトベースなのか、個人で動くのかチームで動くのかなど、同じ職種で転職しても自分の経験とかけ離れた場合だと入社後苦戦するケースも往々にしてある。逆に、異業種への転職でもフィットするケースは多々あるので、同業他社の中だけで探さなくてもいい。
3のリターンフィットは得られるもの全体で考える。お金はもちろん大切である。給料はアップすればベストだが、当初はダウンしても結果を出せばどれくらいの期間でどこまで上げることができそうなのか、またストックオプションはあるのかどうかは確認したい。ただ、ここでいうリターンとは報酬だけで考えるべきではない。その仕事を通じて得られる経験やスキル、人的ネットワークといった無形資産も含めて考えるべきである。

4がカルチャーフィット。社長のリーダーシップや理念、会社の雰囲気や、人材の育て方、一緒に働くメンバーの魅力などは、非常に重要であろう。ただし、この部分だけで判断するのは危険だ。1、2、3の要素がフィットしていなければ活躍することも満足することもできないためである。そのため、カルチャーフィットは4つ目の要素として考えた方がいい。
4つの要素すべてがフィットすればベストだが、そうでなくても、「複数の要素はフィットしていて、その要素が自分にとって、『苦しい時でも信じられる要素、拠り所』になるのであれば合う可能性はある」と長谷川氏はいう。スタートアップはもちろん転職者には即戦力としてパフォーマンスを発揮することを求めているので、大企業に入社した時のように「入ってから教わって身につければいい」くらいの感覚では通用しないと思った方がいいだろう。
転職先候補はデータと一次情報で探すべき
では、自分にフィットするスタートアップをどうやって探せばいいのだろうか。寺口氏は、「転職は転職サイトやエージェントを利用してマーケットインで探すというのも有効だが、自分の現在地からの可能性と選択肢をデータや一次情報で確認して探していくことも大事。そのために、まずはスタートアップに自身と似たようなキャリアの人が転職していないか確認したり、スタートアップにいる人と会って実情を聞いたりして、肌感覚をつけることがおすすめ」と話す。
今の時代、大企業でもスタートアップとジョイントしているケースや、スタートアップのサービスを導入しているケースは多く、学生時代の友人や先輩後輩などでもスタートアップにいる人を探せば大抵見つかるだろう。もし見つからなくても、スタートアップの中の人はSNSをオープンにしている人も多いので、簡単に接触することができる時代だ。
スタートアップにいる人は他のスタートアップをよく知っている人が多く、またスタートアップの中でのネットワークもある。「あなたのキャリアと考え方ならあの会社が合っているんじゃないか」といった具体的なアドバイスを得られる可能性もある。自分の今の市場価値を知るためにも、人脈を広げるためにも、自らSNSやネットを駆使して情報収集するべきだ。