成功が約束されておらず、安定とは程遠いと言われてきた環境のスタートアップに飛び込む醍醐味として、よく挙げられるのがストックオプション(SO)の付与だろう。

SOとは、会社があらかじめ定めた価格(権利行使価格)で自社の株式を購入できる権利を社員などに付与する仕組みのこと。SOの種類により課税条件が異なるため、あくまで税金を抜いた単純計算で説明すると、権利行使価格を1000円と設定しておけば、上場時に株価が3倍の3000円となったとしても、1000円で株式を購入できる。1株につき2000円の利益が出るので、10万株保有していたら2億円の利益となる。

通常の給与では得られなかったような収入のアップサイドを狙うことができることから、“スタートアップ・ドリーム“とも呼ばれる、SO。とはいえ、スタートアップに参画することで本当に収入のアップサイドを狙えるのだろうか。特集「スタートアップ転職のリアル」の第3回では、直近約3年の間に上場したスタートアップの目論見書をもとに、数千万円の資産を形成した、いわば“SO長者“がどれだけ生まれたかを、ランキング形式で発表する。

SO長者を多く生み出した企業はどこか

ここ数年で上場したベンチャー・スタートアップの中で5000万円以上の資産を形成したSO長者を多く生み出した企業はどこか。今回は株式の発行と引き換えに事業資金を調達する、いわゆるエクイティファイナンスで成長を遂げてきたIT企業、その中でも2020年以降に上場した企業に限定し、編集部が注目する20社をピックアップ。SO長者の人数順にランキングにした。なお、SOは行使、売却時期により価格が異なるため、あくまで公開価格で行使、売却した場合の金額を算出した参考値であることをご了承いただきたい。

今回、SO長者のランキングを作成するにあたり、IT業界を中心にM&Aの仲介やアドバイザリーを展開しているM&A BASE代表取締役の廣川航氏の協力を得た。廣川氏が調査したリストをもとに、編集部でランキングを作成している。

ピックアップした中で最も多くのSO長者を輩出した企業が、即戦力人材と企業をつなぐ転職サイト「ビズリーチ」や採用管理システム「HRMOS採用」などを展開するビジョナルだった。同社は2021年4月22日に上場した。

5000円の公開価格をベースに計算すると、実に34人以上(編集部注:目論見書では詳細の人数が省略されている)が、それぞれ5000万円以上の資産を形成したことになる。

ビジョナルに次いで多かったのが、AI技術を活用して企業のオープンイノベーションを支援するエクサウィザーズだ。同社の上場日は2021年12月23日。1150円の公開価格をベースに計算すると、エクサウィザーズからは33人のSO長者が生まれた。

その後は防犯カメラ・クラウド動画サービスを展開するセーフィーが28人、CXプラットフォーム「KARTE」などを展開するプレイドが27人、そしてVTuber事務所「にじさんじ」を運営するANYCOLORが18人と続く。

ANYCOLORの時価総額は11月8日時点で3338億円となっており、この数字はフジテレビやTBS、日テレの時価総額を大きく上回っているとして注目を集めた。2022年に上場したベンチャー・スタートアップの中ではマーケットに大きなインパクトを残した企業となった。

また、2020年に上場した銘柄である、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するKaizen Platformは12人、1時間からプロに相談できるスポットコンサルティングサービスを展開するビザスクは11人。2021年に上場したクラウド型の次世代金融インフラサービスを提供するFinatextホールディングスが15人、ファンコミュニティプラットフォームなどを展開するTHECOOが12人となっており、十数人のSO長者を輩出している。

その一方で、2022年に上場した家事代行サービスのCasyは3人、複数のSaaSを展開するヌーラボが2人、英語コーチングサービスのプログリットが5人、ファッションレンタルサービスのエアクローゼットが4人と一桁前半になっている。

また、公開価格ベースでの時価総額はCasyが25.5億円、ヌーラボが64.5億円、プログリットが28億円、エアクローゼットが64.8億円となっており、ビジョナルの公開価格ベースでの時価総額が1779億円であったことを踏まえると、この2年で上場の規模も小さくなってきていることがわかる。

上場によって、一定数のSO長者が生まれることは間違いない、ただし、マクロ環境の変化などによって小型の上場が増えていることから、過去には35人が6億円以上の資産を形成したと言われているメルカリのような“スタートアップ・ドリーム”というのは、やや現時点での実態とは合っていないと言える。