
- 韓国のコンテンツ産業が世界を席巻できた理由
- 日本のコンテンツ産業、グローバルで躍進のカギは「ウェブトゥーン」
BTS(防弾少年団)やBLACKPINKなどを筆頭としたK-POPアーティストに加え、『愛の不時着』や『梨泰院クラス』『イカゲーム』などに代表される韓国ドラマ──さらにはウェブトゥーン(縦型スクロール漫画)も台頭し、2028年までに約3兆5330億円の市場規模に成長すると予測されるなど、韓国発のエンタメコンテンツが世界を席巻している。
こうした韓国の動きに倣うかのように、日本でもサバイバルオーディション番組などが立ち上がり、JO1やINI、BE:FIRSTなどのアーティストが生まれている。次世代のエンタメ産業を担うスタートアップ向けのベンチャーキャピタル「WONDERTAINER FUND」を運営する代表パートナーの宮崎聡氏は「日本と韓国ではエンタメ業界を取り巻く環境があまりにも違う。悲観する必要はなく、日本勢にもグローバルでの勝機がある」と語る。では、日本のコンテンツ産業にとってチャンスはどこにあるのか。宮崎氏が解説する。
韓国のコンテンツ産業が世界を席巻できた理由
今や韓国発のエンタメコンテンツに触れない日はない。そう言えるほど、韓国エンタメが私たちの日常生活に浸透してきています。好きなK-POPアーティストのカムバック(新曲発売)や新作の韓国ドラマの配信を楽しみにしている人は多いのではないでしょうか。かくいう私もここ数年で韓国ドラマにハマり、毎月の新作配信を楽しみにしています。
K-POPアーティストや韓国ドラマなど、韓国発のエンタメコンテンツを語る際、よく日本との違いが指摘されます。「なぜ、日本のエンタメはダメなのか?」と。世界を席巻している韓国エンタメと国内に閉じこもっている日本のエンタメ──両国の差として挙げられるのは、最初からグローバルを想定してコンテンツをつくっているかどうかです。
これはよく言われている話ですが、韓国はそもそも国内のマーケット規模が小さかったこともあり、最初から“グローバル展開”を前提にコンテンツをつくっています。一方、日本は人口が1.2億人ほどいて、GDPで見れば世界3位の経済規模がある。そこそこ国内のマーケットだけで“食えてしまう”環境だったこともあり、グローバル展開を考えるのはコンテンツがヒットしてからです。
「ヒットしたらグローバル展開しよう」という考えが根付いてしまっているのですが、グローバルでヒットするコンテンツは最初からグローバル展開を想定しています。そうした考え方の違いが、今の韓国と日本のコンテンツ産業の差になっていると思います。
また、韓国は国策としてコンテンツ産業の輸出振興にも力を入れてきました。きっかけとなったのが、1997年のアジア通貨危機に端を発した経済危機です。その翌年に大統領に就任した金大中(キム・デジュン)氏が「文化大統領宣言」をしました。韓国経済を復興させるべく、コンテンツ産業を21世紀における国家の基幹産業の一つとして育成し、同産業を国家戦略として発展させていくための法制度や支援体制作りを進めていったのです。
具体的には1999年に「文化産業振興基本法」を制定し、2003年までに5000億ウォン(1ウォン約99円換算で約498億円)をコンテンツ産業に集中投資する「文化産業振興基金」を設立。2001年に同法は改正され、デジタルコンテンツを政策対象の中心として変更し、コンテンツ産業を専門的に支援するための中心的な政府機関「文化コンテンツ振興院」が設立されました。
また、同年に「コンテンツ・コリアビジョン21」が制定され、デジタルコンテンツ産業の発展を目的に、2003年までにさらに8546億ウォン(同、約819億円)の追加資金の投入を決定するなど、4年間で合計1兆3546億ウォン(約1298億円)の資金が投下されたのです。
こうした大規模な投資のほか、政府がテレビ番組の輸出に向けた再制作(吹き替えや字幕付与など)を支援することで、韓国のコンテンツ産業は大きく成長していきました。
韓国の国内で「コンテンツ産業は稼げる」という認識が定着するようになると、「コンテンツ産業で一旗あげよう」と考える人が増え、コンテンツのつくり手が増える。その結果、良質なエンタメコンテンツの数が増えていく、という良いサイクルが出来上がっていったのです。他にも、韓国は放送法第72条に「外注制作番組の義務」を定めており、放送事業者以外が制作した「外注制作番組」を一定の比率以上で編成しなければいけない、というルールがあったのもコンテンツの制作者を増やし、競争を促す意味では大きかったと思います。
K-POPアーティストが所属する芸能事務所(SMエンターテインメント、YGエンターテインメント、JYPエンターテインメントなど)に所属するアーティストも韓国だけでなく、他国からもスカウトするなど、メンバーの構成もデビュー前からグローバルを意識したものになっており、それも昨今のK-POPブームにつながっていると思います。

日本のコンテンツ産業、グローバルで躍進のカギは「ウェブトゥーン」
韓国政府がコンテンツ産業の振興に力を注ぎ、産業自体も大きく成長しているところに、YouTubeやNetflix、Spotifyなどのプラットフォームが台頭してきました。こうしたプラットフォームの登場も海外に韓国コンテンツを輸出する、という側面においては大きな役割を担ったと思います。
例えば韓国ドラマであればNetflixが保有するデータをもとに勝ちパターンを見いだし、キャストやストーリーなど一定の再現性をもたせることでヒットを量産しています。2021年に配信され、世界90カ国で視聴ランキング1位を獲得した『イカゲーム』が良い例でしょう。日本でも人気を博している “デスゲーム(登場人物が死を伴う危険なゲームに巻き込まれる様相を描く作品のジャンル)”のフォーマットをもとに、そこにうまく社会問題も絡めた点も大きかったと思います。その前年には(Netflix発の作品ではないですが)、韓国の格差社会をテーマにした『パラサイト 半地下の家族』が米アカデミー賞を受賞しています。
コンテンツ産業に憧れを持つ人が増え、コンテンツのつくり手も増えた──それに加えて、IT企業も「エンタメ領域は稼げる」ということで、コンテンツ産業に参入してきました。カカオエンターテインメントやネイバーなどがそうです。そんなIT企業を中心に、近年大きな盛り上がりを見せている分野のひとつが「ウェブトゥーン」です。
従来型のコミックが展開する国や地域によって右開き、左開きなど一定のローカライズが必要だったのに対して、ウェブトゥーンは縦スクロール型でフルカラー、スマートフォンでの閲覧に適した新しいスタイルのデジタルコミックの総称です。
2003年ごろから、カカオエンターテインメントやネイバーがサービスを開始していますが、スマートフォンの普及などに伴い、翻訳さえすれば、国や地域の壁を超えて統一された縦スクロール型という同一フォーマットで世界中に配信しやすくなったことも追い風となり、ここ数年で注目を集めるようになりました。2028年までに約3兆5330億円の巨大市場に成長すると言われています。
私はこのウェブトゥーンに、日本のエンタメ業界の躍進の可能性があると思っています。日本のエンタメ業界はアニメ、漫画、コンソールゲーム、ソーシャルゲームなどの分野では世界のなかで競争力を持っていることもあり、オリジナルIPを育ててクロスメディア、国や地域を超えてクロスボーダーでビジネスを展開していくことに長けています。今後、コンテンツ産業ではクリエイターやアーティストもそうですが、IP(知的財産)を押さえに行く動きがますます強くなっていくはずです。NetflixやDisney+などの動画配信サービスでヒットしている韓国ドラマの原作はウェブトゥーンのものが増えてきている。例えば、日本ではリメイクが作られるほどの人気を集めた『梨泰院クラス』のほかにも『Sweet Home ー俺と世界の絶望ー』などはウェブトゥーンが原作です。
こうしたIPを生み出す、もしくは押さえるために韓国ではウェブトゥーンスタジオの設立や米国のラディッシュやタパス・メディアを買収するなどの動きが盛んになってきています。IPの権利を獲得できたら、ドラマやグッズなど長い視点でさまざまな展開ができるようになります。また、良いIPは国ごとに違い、それらは世界中に散らばっているので、世界各国の良いIPを獲りに行く動きが加速しているのだと思います。
ようやく日本もウェブトゥーンが盛り上がりを見せていますが、もともと日本は“漫画大国”とも言われており、その領域は昔から強い。ここからグローバルの競争のなかで日本勢が巻き返していく可能性は大いにあると思っています。個人的な肌感覚としては、今のウェブトゥーンの盛り上がりは昔のソーシャルゲームの盛り上がりに近いものがあると思います。ソーシャルゲームに限らず、日本のゲーム産業は国内に止まらず、クロスボーダーで国や地域の垣根を超えてグローバルで躍進した数少ない日本の有力産業の1つです。
今年から来年にかけていくつかの大手IT企業がウェブトゥーンプラットフォームやウェブトゥーンスタジオを立ち上げるという流れが出てくるでしょう。ソーシャルゲームのプラットフォームやアプリを提供する会社の多くは、既存事業との親和性から次なる収益の柱としてウェブトゥーン市場に注目しているところは多いと思います。現に、ソーシャルゲーム大手のアカツキは今年6月に縦読みフルカラーコミックアプリ「HykeComic」をローンチし、人気コミックアプリの一角に食い込みつつあります。
今後、国内勢のプラットフォーム新規参入はしばらく続くと予想しますが、プラットフォームはコンテンツを取り揃えて続々と新規投入し続けていかないと勝負できない構造になっているので、そういう戦い方ができるのはアカツキなどをはじめとする大手IT企業など、多額の資金を投下できる企業に限定されるでしょう。
一方で、LOCKER ROOM、Minto Studio、Plott、TOON CRACKERなど新興のウェブトゥーンスタジオが日本でも続々と立ち上がっています。ウェブトゥーンは現在のところ1作品あたり数千万円のコストが相場です。1作品30話と想定すると、1話あたり50〜80万円の制作費がかかる想定です。
こちらもソーシャルゲーム黎明期〜成長期のように今後プラットフォーム間の競争が激しくなってくるとプラットフォームが有力なスタジオを囲い込んで協業したり、今後5年ほどで新興のスタジオで人気のウェブトゥーン作品を保有するところは大手企業が買収したり資本参加するなどの動きも活発になると思います。
ウェブトゥーン自体、立ち上がってから歴史も浅く、まだまだ大きな可能性があります。日本のコンテンツ産業がグローバルにおいて大きく成長していくには、ウェブトゥーンの制作者を増やすとともに、「LINEマンガ」や「comico」、「ピッコマ」だけではなく日本発のプラットフォームが立ち上がって競争力をつけ、グローバルでの競争に参入していく──ウェブトゥーンから強いIPが生まれ、グローバルでヒットし、そしてその権利を日本の会社が保有できている状態をつくる。それができればコンテンツで外貨を獲得でき、日本のエンタメ企業やクリエイターなど日本のエンタメ産業を担う人たちにしっかりと還元されていくようになるでしょう。
そこで潤ったお金が原資となってクリエイターや企業がまた新しいチャレンジをするようになる。その好循環のサイクルをつくり出すことに、日本のエンタメ業界のグローバルでの躍進のカギがあると思います。