
- 純粋なインターネット産業は成熟期を迎えた
- DXの正体は「計測化」や「サービス化」
- 三井物産とアセマネ会社を作るワケ
- 30億円調達はジョイントベンチャー設立も視野に
- 今は「特需」、今後分かれる「いるDX」と「いらないDX」
コロナ禍を契機に、これまで以上に注目の集まるDX(デジタルトランスフォーメーション)。そのDX関連の開発を手がけるLayerXが30億円の資金調達を実施した。同社はニュースアプリ「グノシー」で有名なGunosyからMBOしたスタートアップだ。LayerX代表取締役でGunosy共同創業者である福島良典氏に、資金調達の意図、そしてニューノーマルな時代に求められる日本企業のDXについて聞いた。
Gunosy共同創業者の1人である福島良典氏。彼は東京大学大学院に在学中、同級生2人とともに起業し、創業から2年半で東証マザーズ市場に上場。その3年後には東証一部への市場変更を果たした。
そんな福島氏が今注目しているのが、ブロックチェーン技術を中心にした、業務プロセスのデジタル化(DX・デジタルトランスフォーメーション)だ。2019年7月、Gunosy子会社として立ち上げたDX事業子会社のLayerXをMBO(Management Buyout、経営陣による買収)して独立。今年5月には、ベンチャーキャピタルのジャフコ、ANRI、YJキャピタルを引き受け先とした総額約30億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
LayerXは企業のDXに向けたシステム開発を手がけるが、その姿勢は単なる“受託開発”ではなく、合弁会社の設立や、共同事業の展開など、自らが事業者としてのリスクとリターンを取る姿勢を特徴としている。2019年には三菱UFJフィナンシャル・グループとの協業、2020年4月には三井物産、SMBC日興証券、三井住友信託銀行とアセットマネジメント事業のジョイントベンチャーを設立。ニトリとも新たな物流システムの開発を準備中だとあきらかにしている。30億円の資金調達も、今後あたらな産業領域でのジョイントベンチャー設立も視野に入れたものだという。
純粋なインターネット産業は成熟期を迎えた
――第二の起業として、ブロックチェーンやデジタルトランスフォーメーション(DX)という領域を選んだ理由について教えてください。
その前にまず、今のインターネット産業がどうなっているかという話をさせてください。インターネットというものが生まれて、もう25、30年というところに来ました。その間に純粋なインターネット産業は、成長産業から成熟産業に向かっています。その流れは2018年頃から感じていましたが、それが顕在化してきたのが昨年あたりからだったと思います。
ヤフーがLINEと経営を統合し、ZOZOを買収するというニュースに代表されるように、新しいものが生まれてくるよりも、今あるものが統合していくほうが(インパクトが)大きくなってきました。統合の方が大きいというのはもう、完全な成熟産業です。そこはスタートアップが戦う領域ではなくて、リソースのある大きな会社が戦う領域になりつつあると感じています。
僕たちはGunosyという会社で「メディア」をやっていたように見えたかもしれません。ですが、実際にやっていたのは「メディアのDX」だったと思っています。メディアの裏側の仕組み――例えばユーザーの行動をトラッキングし、好みを学習することで、どうすれば記事を読んでもらえるのか、満足度が上げられるのかをアルゴリズムで実現するといったことは、メディアのDXそのものです。これらの技術が今後は金融や物流、自動車といったより大きな産業にも波及する考え、事業領域を決めました。
金融や物流をはじめとしたリアルで重厚長大な産業とインターネット産業で大きく違うのは、バリューチェーンの長さです。例えば金融業であれば、オフィスだけでも膨大な紙の処理をしていたり、コンプライアンスを守ったうえで、複数の会社をまたぐような作業をしていたりします。扱うデータをどう一元化し、データの信頼性を保証するかも考えないとデジタル化できません。
そこでブロックチェーンが重要になります。まだまだ仮想通貨の印象が強いかもしれませんが、そういった業界、産業を横断するバリューチェーンのデジタル化を促進するための技術だと考えています。
――今はあらゆる領域でDXという言葉が飛び交っています。この流れのきっかけというのは何かあったのでしょうか。
もちろん直近ではコロナウィルスの影響は大きいです。しかし、「振り返ればこれが潮目となって、状況が大きく変わった」ということはないと思っています。
私たちは最初に金融領域にフォーカスし、そこから他の領域にDXを広げていきたいと思っていました。そもそも金融というのは、データ、数字を扱うビジネスです。データを保持しなければいけないという意味でも、デジタルになっていないのはおかしいと考えていました。
ですがやはり、産業をまたぐデジタル化には大きな変化が必要になります。大きな流れとして見れば、世の中のデジタル化率は5%ほどではないでしょうか。産業でいえば、ECとメディアくらいです。まだ95%は何もデジタルになっていない状態です。それがこれからどんどん変わってきて、デジタル化された産業がマジョリティーになっていく。そんな変化の中にいると感じています。
DXの正体は「計測化」や「サービス化」
――DXについてはさまざまな定義で語られているところがあります。LayerXが考えるDXの定義について教えてください。
DXやデジタル化といわれるものの正体は、「計測化」や「サービス化」だと思っています。
例えばメディアなら……これまで新聞やテレビはさまざまなコンテンツを作ってきましたが、「どうやって読者や視聴者を集めたか」や「何を変えればその結果は改善するのか」ということを調べるのは、アンケートのような(一部のユーザーのヒアリングしかできないような)雑な方法しかありませんでした。ですが、デジタル化によって、すべてのユーザーが何をクリックしたか、どこにどれだけ滞在したか、リピートしたのかどうかまでの全てを知ることができるようになりました。そうなると、「ユーザーに対してコンテンツをどう出して(KPIを)どう改善するか」というサービスを考えられるようになります。
また契約や請求という業務を例に考えてみます。ハンコを押すという作業は、これ以上改善しようがありません。ですがこれを電子契約にすると、電子契約を引き金にして、そのままオンラインで請求書を発行し、相手企業からの支払いを待つという一連の流れを、各種のSaaSと銀行APIを繋げて自動化するような世界がやってきます。そうなればすべての業務を計測し、改善できますよね。もちろん請求のような作業は、自社だけでなく相手の会社にまたがる業務です。相手が承認した証拠を残すことが求められ、改ざんできないデータベースも必要になってきます。
計測化、サービス化の究極のかたちが、よくDXでいわれる「自動化」なのだと考えています。例えば銀行の支店業務であれば、契約のバックチェックが必要なくなるとか。物流であれば、欠品があった時にサプライチェーンのどこで問題が起こるのかが見えるようになるということです。
――そういったデータベースのためにブロックチェーン技術が必要になるということでしょうか。
ブロックチェーンは、いってみればトンカチ。AIやクラウドと同じで、それを使って何を作るかという“道具”でしかありません。もちろん僕たちはブロックチェーンへの技術投資も進めますが、僕らがDXといっているのは、「ブロックチェーンを使った結果」の話です。紙やハンコ、FAXでやっていた業務をペーパーレスにするといったことこそ、企業が欲しているのです。
今はブロックチェーン自体を物珍しく感じて導入してくれる企業がありますが、今後は「便利だから使う」に変わっていくと思っています。ただし、動かそうとしている山は巨大です。会社として掲げるミッションの実現という意味では、まだ山は1ミリも動いていないと思っています。
また同時に、LayerXはブロックチェーンファーストではなく、課題ファーストの会社です。「契約をフックにして送金をする」という処理が必要なのであれば、その際にプロとしてソリューションを選定します。システムの入り口は契約や会計に特化したSaaSを使う、裏側で改ざん不能なトランザクションの処理が必要ならブロックチェーンを使うという具合です。大企業の皆さんほど既存のシステムを触っているので、「システムすべてをブロックチェーンに移行するイメージが湧かない」と言われるのですが、ブロックチェーンはあくまで裏のデータを繋ぐ技術です。これは先行する中国のサービスなどでは常識になっています。
一方で、業務システムに組み込むには汎用的なSaaSは使えないことが多いです。なので、電子契約SaaSを提供する弁護士ドットコムや会計SaaSのマネーフォワードなどとパートナーシップを組んでおり、(クライアントの)ワークフローにあわせて利用できるようシステムを設計しています。
三井物産とアセマネ会社を作るワケ
――三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)との実証実験など、大企業との連携についても発表しています。
今公開しているのは、MUFGと取り組む次世代金融取引サービスに関する実証実験。そして三井物産、SMBC日興証券、三井住友信託銀行と合同でアセットマネジメント事業の新会社。そしてニトリとは物流システムの開発の準備を進めています。
例えばアセットマネジメントでも、不動産の証券化というのにはものすごいフローがあって、それを今、全部紙でやっています。それをデジタル化していこうとしています。
Amazon Web Service(AWS)というのがあります。AWSはもともと、アマゾンがECサイトの大量のトラフィックをさばくために生まれたインフラです。それを自分たちで使ってもいいし、他者に売ってもいいということで、結果的に彼らの売り上げの小さくない部分を占めるに至りました。
アマゾンはこれをフルフィルメントサービスにも広げて、SaaSならぬ「物流 as a Service」を提供しています。これらと同じように、「アセットマネジメント as a Service」を作ろうとしています。アセットマネジメント会社を作りたいとなると、投資家のeKYC(本人確認)から契約のフロー、登記や配当、売却といったパーツが必要になります。これらは今、すべて紙で処理していて、計測も改善もできません。これをデジタル化し、広く使えるようにしてきます。
ですが、業務の重い業界なので、業界の汎用的な課題を解くためにも、膨大なアセットの運用が必要になります。知られていないかもしれませんが、三井物産だけでもトータル1~2兆円のアセットマネジメントをしています。彼らはアセットを持っていますが、デジタル化については分からない。一方で僕らはアセットマネジメントについては分からないが、デジタル化はやってきていました。それならば、組んで新しいものを作っていこうという話です。
――これらのプロジェクトにおける開発は、自社のみで行っているのでしょうか。
今、社員数は合計で30人ほどです。今は基幹システムの開発をまるっと任せられるということではないので、切り出した一部のプロジェクトを担当しているというところです。なので、プロジェクトごとに5~6人くらいが関わっているので、スタートアップのプロダクトを開発するようなスピード感です。
――SIer的に動く企業であれば、いわゆるスタートアップのエンジニアと採用方針にも違いがありますか。
僕はGunosyでメディアのDXを手がけました。でも、「メディアの知識」というのはないんです。これは、DXについて理解するために大事なことだと思っています。
もちろん僕たちは業界知識については学ぶ必要があるし、パートナーとワンチームになって学んでいます。とはいえ大事なのは、「ソフトウェア技術の常識を、それがないところに輸出する」ということだと思っています。ですので、求める人材はスタートアップにいるエンジニアと変わりありません。
スタートアップの考え方の1つに「リーンスタートアップ(必要最低限の機能を持った試作品を短期間で作り、ユーザーの反応を元に作り上げていく手法)」というものがあります。これって、トヨタのカンバン方式をソフトウェアの業界に落としこんだものなんです。ミニマムなプロダクトを作って検証して、見える化し、スクラップ&ビルドでどんどん改善していくものなのですが、これはカンバン方式そのものです。
これからはその逆で、リーンスタートアップで鍛えたソフトウェア産業の知見や考え方を、あらためてリアルな産業に落とし込むタイミングです。機械学習のプログラムをどう取り入れるのか、データをどう計測するのかを考える。また、IoTの広がりによって、システムもソフトウェアで管理できるようになってきましたよね。それをどう使うかを考えていく必要があります。
30億円調達はジョイントベンチャー設立も視野に
――30億円という大型調達を行いました。資金の使途や今後の展開について教えてください。
業態的にも赤字を掘るビジネスではないため、いわゆるシード、シリーズAといった段階的なファイナンスを行うことは考えていません。これが初の資金調達ですが、ラストファイナンスになるくらいで考えています。
まず、官報にも数字が出ています(2019年3月期の決算は純利益71万9000円、総資産1億2194万2000円)が、すでにある程度のプロダクトマーケットフィットは見えていて、会社としては「回っている状態」になっています。社員の人数が増えるとともに成長するのは見えている状態です。そして30億円で数百人、千人と採用をするのか思われるかもしれませんが、そうではありません。
僕らは「DXというのは、ものを作っているときにできてくるもの」だと考えています。コンサルを受けるだけで、「デジタル化とはこうだ」と言えるものではないと思っています。
例えば三井物産とのジョイントベンチャーでも、普通のベンチャーのシリーズAくらいの調達額くらいの資金を突っ込んでいるんです(編集注:ジョイントベンチャーである三井物産デジタル・アセットマネジメントの資本金は5億円、LayerXの出資比率は36%のため、1.8億円の出資を行っている)。そこで僕らはアセットマネジメント会社としての利益も取りつつ、DXをやっていきます。調達した資金も、ジョイントベンチャーを作るような、「実行の場」に使っていくつもりです。
幸い僕たちを信頼してサポートをしてくれるVCもいるので、単なる受託ではなく、アセットマネジメントのような事業をやりつつ、汎用的なDXのパッケージも作っているという立ち位置を狙います。
――Gunosyは創業から3年で上場を果たしました。LayerXの目標について教えてください。
ビジョンで言えば、ここまで話してきたような世界観を作っていきたいと思っています。
ですがそのためには、裏付けとなる業績やキャッシュフローエンジンがないと、ただの空想になってしまいます。ですから、短期的には今やっているビジネスを伸ばしていく。先ほど話したように、基本的には案件が増えて、人が増えれば事業を伸ばしていける状況は作れているので、それをきっちりやリ抜く。デジタル化に貢献してしっかりお金をもらっていくということです。
長期的な目線での目標を言うと……この20年ほどで伸びている企業って、BtoBのバーティカルキラー(領域特化型の事業)だと思っています。MonotaROやエムスリー、GMOペイメントゲートウェイといった会社がヤフーの時価総額を超える勢いです。そのほかにはfreeeやマネーフォワードなどもバーティカルキラーです。そういった存在にならないといけない。10年、20年経っても必要とされるのは社会のインフラになる会社です。そこを取りにいくためには、単なる開発会社ではなく、(デジタル化されていない産業の事業者と)ジョイントベンチャー、合弁会社を作ってレベニューシェアのモデルで事業をしていきます。
短期的には売り上げとしては小さいと思いますが、中長期としてはそれが大きなモノになってくると思っています。(開発だけでなく)アセットマネジメント事業でいくら、物流事業でいくらと売り上げ作っている企業になっていくと思います。
今は「特需」、今後分かれる「いるDX」と「いらないDX」
――コロナ禍で急激に注目を集めたDXですが、アフターコロナ、ニューノーマルな世界ではどう変化すると読んでいますか。
当然ですが「いるDX」と「いらないDX」が出てくると思います。
コロナがあってもなくても、デジタル化は求められていたと思います。ですがそれがコロナで一気に顕在化しました。いろんな問題が洗い出されて、「なんでこんな非効率なことが残っているのか」となりました。それが過剰に捉えられていたので、正直特需が来ているとは思っています。
ですが、電子契約を利用し始めたけれども、「コロナが落ち着いたので印鑑に戻したい」という人はいるのでしょうか。いないんじゃないでしょうか。これまでは不便だけれども、優先度順で考えて手を付けなかったものの順序が、コロナで入れ替わったんだと思っています。もう変わらざるを得ないですし、変わった人たちは元の作業に戻したいとは思いませんよね。みんなやるきっかけが欲しかったんだと思っています。そういう不合理にはもう戻らないでしょう。
でも、いらないDXもあります。それは企業のP/LやB/Sに効果のないデジタル化です。もちろんセキュリティや人の命のように、企業の利益を超えた価値はあります。ですが大事なのは企業の経営リスクを消してくれるのかということではないでしょうか。またそれと同時にデジタルかアナログかということだけが重要だとも限りません。本当に大事なのは、その変化が企業の成長に寄与するかどうかということです。