
- 大きな変化は技術ではなく文化から
- SNSにはそれぞれの住人属性がある
- “自分らしさ”が大事に
- 求められるのはアテンションより“信頼性”
- スタートアップの資金調達としてのサブスク
- インフォメーションからオピニオン、ダイアリーへ
誰もがコンテンツの作り手として経済価値を生み出すことができる、「クリエイターエコノミー」の時代。日本におけるクリエイターエコノミーの現状、そして未来とは──。本稿はnoteによる寄稿だ。今回はnoteが開催したイベント「クリエイターフェスティバル2022」の中から、パネルディスカッション「クリエイターエコノミーの現在地」の様子をレポートする。
個人のクリエイターがウェブなどを通じて情報を発信したり、作品を販売したりすることで、ファンから直接収益を得られる時代。こうしたクリエイターエコノミー市場は、世界的にみるとすでに15兆円を超える規模になっているという推計もある。
noteでは、日本におけるクリエイターエコノミーの現在地と未来について、アル代表取締役の古川健介(けんすう)氏と、フリーランスの経済ジャーナリストとして活躍している後藤達也氏を招いてトークセッションを開催。モデレーターは、noteプロデューサー・徳力基彦氏が務めた。
大きな変化は技術ではなく文化から
──以前はInstagramやTikTokのユーザーのことをインスタグラマー、ティックトッカーと呼んでいました。でも最近では、「クリエイター」と称することが多くなってきています。
これは、プラットフォームよりもクリエイターのほうが立場が強くなったことの表れとも言えるのではないでしょうか。
古川 僕は2000年代の前半ぐらいからホームページで情報発信を始めました。ですが約20年間は、こうした活動でお金を稼ぐことができなかったんです。
それがこの数年、ウェブでの情報発信でちゃんとお金をいただけるようになりました。ここに至るまでには、3つの段階があったと考えています。
最初のころは、インターネット上の発信では収入をまったく得られないのが主流でした。次の段階では、たとえばYouTubeに広告をつけて稼ぐやり方が成立するように。
そして今、クリエイターが顧客から直接課金してもらい、収入が得られるという3つ目の段階になってきています。
このようになってきたのは、システムや技術の進歩よりも、文化の変化による影響のほうが大きい気がしますね。
──インターネットを取り巻く文化は、どのように変化したのでしょうか。
古川 昔はSNSに広告を貼るだけでめちゃくちゃ叩かれたんですよ。
広告はたとえ1万PV稼いでも、収入はせいぜい2000〜3000円。200万円の収入を得ようと思ったら、1000万PVをコンスタントに出せるメディアをつくる必要があります。
となると、どうしても刺激の強い内容や情報の出し方でPVを稼ぎ、コストはギリギリまで下げる......というやり方にならざるを得ません。
専門的な話やニッチな情報は、PVが稼げないしコストもかかるため、敬遠されるようになります。海外のブログに書かれた文章をきちんと検証することなく翻訳しただけの記事などが、あふれかえるようになりました。
でも今は、同じ200万円を稼ぐ方法として、ニッチな情報を2000人に1000円で買ってもらうというやり方が成立するようになってきています。
これは、“慣れ”の影響が大きいと思うんですね。
40代以上の人から見ると「クリエイター」とは、画家やミュージシャンのようなイメージがあります。ところが、10代にとって「クリエイター」といえば、ネットで何か発信している人全般を指します。
生まれたときからインターネットに触れ、ウェブ広告や課金などに慣れている世代にとっては、ウェブ上の情報や作品などに対してお金を払うことは、全然苦にならないんです。
SNSにはそれぞれの住人属性がある
──後藤さんは日本経済新聞社(以下、日経)に勤めていた2020年4月にTwitterを始め、37万人のフォロワーを得ていました。でも、2022年3月に退職されたときにこのアカウントは閉じられて。同年4月に個人のアカウントを始め、現在(2022年10月25日)44.7万人のフォロワーがいます。
アカウントのIDを変えると、フォロワーが10分の1ぐらいになるのが普通だと思うのですが、退職後6カ月でむしろ増えている。すごいです。
後藤 旧アカウントのフォロワー37万人のうち、30万人ぐらいはこの1年間にフォローしてくれた方たちでした。アクティブでコアな方が多かったから、4月時点でもフォロワーがそれほど減らなかったのかもしれないですね。
私は退職後すぐにYouTubeを始め、今はTwitter、noteと3本柱で発信しています。ほかにも、TikTokやInstagramをサテライトのように位置づけて使っています。

──複数のSNSやメディアを組み合わせて発信しているわけですね。
後藤 各SNSで住人の属性が異なりますし、比較的世代が高めの方が対象となるテレビなども含め、できるだけいろいろなところに軸足を置いて、リーチを広げたいと思っています。
──後藤さんがはじめて配信したYouTubeはこれです。
後藤 実はこれ、PowerPointでつくっています。15分の動画であれば、だいたい1時間でできますね。マーケットの話は半日で鮮度が落ちてしまうことがあるので、多少映像が粗くてもスピード重視でやっています。
“自分らしさ”が大事に
古川 YouTubeを始めるときに人気のYouTuberのまねをしようとする人が多いのですが、後藤さんはまったく違っていて。バリバリに自分の専門分野について話して、しかも映像にはこだわらない。
当時、YouTubeでこういう専門的な話をする人はまだあまり多くはありませんでした。ひとつの成功例としてヒントが多いなと思います。
──PowerPointのアニメーションと声だけで、人の役に立つ情報を配信する。僕らが従来思っていたYouTubeの世界とは違うアプローチをした結果、後藤さんが新しい視聴者をYouTubeに連れてきた可能性はありますよね。
古川 そうですね。確かに配信のノウハウを学ぶのは大事なんだけれど、自分に合わないものをやるとデッドコピー(ただの模倣品)になってしまいます。
──自分らしさのほうが大事だということですね。
古川 ここ2、3年で、そういう傾向がより強くなっているような気がしますね。

求められるのはアテンションより“信頼性”
後藤 私は今、noteのサブスクリプション「メンバーシップ」を運営しています。通常の記事とは別に、月500円または980円をお支払いいただいたメンバーだけが見られる、限定記事をお届けしています(980円のコアメンバープランは現在募集を停止中)。
課金していただくメンバーの方々とは、基本的には長期のおつきあいになります。課金し続ける価値があるかどうか長い目で判断していただけるので、記事のつくり方に対する私の意識もだいぶ変わりました。
半年後、1年後を振り返ってみても「この人の書いた記事はちゃんとしている」、「信頼できる」と思ってもらえることを念頭において、1つひとつの記事を書くようにしています。
このやり方なら、ビューをとるために無理に発信を続ける必要がありません。背伸びをしない発信は、顧客にとっても自分にとってもすごく誠実だと思っています。
スタートアップの資金調達としてのサブスク
──けんすうさんもnoteで課金制の定期購読マガジン(月額制で記事を販売できる機能)をやっていますが、けんすうさん個人ではなくアル開発室として企業で運営しているのが特徴的ですね。
古川 スタートアップである当社の裏話、主に失敗談を記事にしています。
記事をずっと読んでくれているお客さんは、商品開発の途中で起こったさまざまな出来事を知っているので、当社が新しいサービスを出したときにすごく応援してくれるんですよ。
定期購読マガジンは事業としてやっているので、その収入は会社の運営費用の足しになっています。スタートアップはお金が潤沢じゃないところが多いので、月500円×100人で月5万円の売上だとしても、毎月入れば結構大きいですよね。
アル開発室では、月20本の記事を配信しています。毎記事約3000字ですので、月の合算で6万字。軽いビジネス書ぐらいのボリュームになります。ですから、お客さんも半分はコンテンツ代、もう半分は応援代という感じで、納得感や満足感が得やすいのかなと思います。スタートアップの資金調達方法としては、おもしろいやり方じゃないかなと。
後藤 受け手が人格を感じ取ることができない大企業が同じような発信をしても、ここまで人をひきつけることはできなかったでしょうね。
アル開発室では、アウトプットもけんすうさん自身がやってらっしゃる点が大きいと思います。

古川 そうですね。会社の顔となる人が、インフルエンサーのように発信するのがすごく重要ですね。
昔から、企業としてやるからには仕組み化しないといけない、従業員の誰でもできるようにしないといけないなどと言われてきたと思うんです。でも今は、逆のことが起きているというのが僕の感覚です。
──企業としての発信でも、“人らしさ”を感じられることがとても大切ということですね。結局、人間は人間を応援したいものなんですよね。組織ではなく。
インフォメーションからオピニオン、ダイアリーへ
──最後に、これからクリエイターエコノミーに参入したいと考えている個人の方に対して、何から始めればいいかアドバイスをお願いします。
古川 以前noteにもまとめたのですが、まずはインフォメーションを書くことをおすすめします。インフォメーションとは、自分しかもっていないとか、みんなが知りたいと思っている情報のこと。
ある程度フォロワーが集まったら、次にオピニオンを書く。さらに人気が出たらダイアリーを書くとよいでしょう。
後藤 けんすうさんの今の話は、前々から参考にさせていただいていたんですよ。日経時代から、Twitterはインフォメーションを意識して「なるべく中立でさらっとした情報提供」に徹底するようにしていました。
私は、Twitterから始めるのがいいと思います。拡散力が高く、始めやすいので。あとはInstagramと、今ならTikTokでしょうか。TikTokはYouTubeより動画づくりの障壁が低いですし、一気に爆発する可能性もありますので。
──メディアや企業ではなく、個人でできる発信の強みとはなんだと思いますか。
後藤 組織内調整がまったく必要なく、どんなプラットフォームでも自由に使えることですね。
たとえばTikTokをやってみて、失敗したなと思ったらすぐにやめたっていい。試行錯誤がすごく高速回転でできるのが強みだと思います。
──アルでは、けんすうさんの個人としての発言をアル開発室で発信していくことによって、そのスピード感に乗れているわけですね。
でも実は企業もメディアも、組織は個人の集合体。ですから、とくに今、独立を考えていない方でも、クリエイターエコノミーの考え方を皆さんの中に取りいれて、今後の社内外の活動に役立てていただければうれしく思います。

古川健介(けんすう)氏(アル代表取締役)
浪人時代に受験情報掲示板「ミルクカフェ」を開設。その後、学生時代に掲示板システム「したらばJBBS」を運用するメディアクリップの社長に就任。同システムはのちにライブドア社に売却。新卒でリクルートに入社。同社在職中の2007年にロケットスタート社(2012年にnanapiに社名変更)を起業し、2009年にはnanapiをローンチ。2014年にnanapiをKDDIへM&Aし、翌2015年にKDDI傘下に設立されたSupership社の取締役に就任する。2018年より現職。クリエイター向けサービスを手掛ける。
note / Twitter

後藤達也氏(経済ジャーナリスト)
2022年からフリージャーナリストとして、SNSやテレビなどで経済情報を発信。Twitterのフォロワーは約47万人、YouTubeの登録者数は約23万人。2004年から18年間、日本経済新聞の記者として、金融市場、金融政策、財務省、企業財務などの取材を担当。2016~17年にコロンビア大学ビジネススクール客員研究員。2019~21年にニューヨーク特派員。2022年3月に同社を退職。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、国際公認投資アナリスト(CIIA)
note / Twitter / YouTube