(左から)東京大学FoundXディレクターの馬田隆明氏、認定NPO法人・フローレンス会長の駒崎弘樹氏
(左から)東京大学FoundXディレクターの馬田隆明氏、認定NPO法人・フローレンス会長の駒崎弘樹氏
  • 政策起業家には誰でもなれる、ルールは変えることができる
  • 大切なのは手法ではない。「誰が困っているのか」に目を向けること
  • 世界は、自分が思うよりも可能性に満ちている

20代は社会起業家、30代は政策起業家というキャリアを歩み、現在は社会起業家を育成する社会起業道場、政策起業家を育成する政策起業道場を始めている、認定NPO法人フローレンス会長の駒崎弘樹氏。彼は「情熱さえあれば、政策起業家には誰でもなれる」と語る。

政策起業家になるために大切なものとは。政策起業家には誰でもなれるとはどういうことか。スタートアップ支援とアントレプレナー教育に携わる東京大学FoundXディレクターの馬田隆明氏との対談の後編をお届けする。

政策起業家には誰でもなれる、ルールは変えることができる

馬田:今のお話(ソーシャルセクターの現場における事例、前編参照)がまさに、ミクロに解像度高く人を見るということだと理解しました。ビジネスとは大きく違いますね。ここまでは社会起業という文脈でお話をお聞きしてきましたが、次は、政策起業についておうかがいします。

「ミクロでは社会起業で目の前の1人を支えつつも、それを広めていくためにもマクロで政策を変えていく」という考えに至ったということは冒頭でうかがいましたが、何の能力を伸ばせば、政策起業家になれるのでしょうか。

駒崎:結論から言うと、情熱さえあれば、政策起業家には誰でもなれます。社会起業も結局のところビジネスではあるのでイメージしやすく、政策起業の方がハードルが高く感じる人が多いかもしれません。けれどもむしろ、社会起業家は事業を成り立たせるという点で難しいけれど、政策起業家には、誰でも挑戦できると考えています。

なぜかと言うと、やり方を知っていて「根気強さ」さえあれば、できるからです。例えば、住んでいる街に危ない交差点があるとします。ミラーをつければ安全を確保できると思った時にどうするか。多くの人は、どこに相談をしたらいいのかわからないので、結局何も言わずじまいになってしまう。

しかし、区議へ「あの交差点は危ない」と連絡をして「この件を区議会で質問してください」「然るべき部署に対して交渉してください」と言うことができれば、その区議が解決へ向けて動いていくわけです。

問題発見から解決に向けてのフローがわかっていれば、あとは実行するだけなので、簡単ですが、大半の人がフローを知らないから進まない。このフローを知ることができれば、さまざまな人が政策起業家になれると思います。

「制度や政策というのは、意外と変えることができるんだ」という認知転換をした上で、知識を身につけてもらえれば、政策起業家は必ず増やせます。

馬田:それはやはり、駒崎さんの30代での経験からそう実感されているのですか。

駒崎:そうですね。

馬田:「おうち保育園」(待機児童対象の保育園。詳細は前編参照)が小規模認可保育園になるなど、実際に制度を変えてこられた経験から、パターンも分かっていて、それを伝えていらっしゃるわけですね。政策起業道場は現在1期目だと思いますが、何人が参加しているのでしょうか。

駒崎:5人です。

馬田:道場に通う前と後では、やはり大きく違ってくるものですか。

駒崎:どうでしょう。まだ始まったばかりで、結果を語るには早すぎるのですが、政策起業道場にはそうそうたるメンバーが揃っています。例えば元横須賀市長であったり、有名なNPOですが、かものはしプロジェクトの代表だったり。みなさん一様に「どのようにすれば法律を変えられるかを、学ぶ機会がなかった」とおっしゃいます。

自治体の区議長さんであれば、私よりも行政に詳しいと思っていましたが、地方自治体と国では違っていて、国にどう意見を届けるかについては知見が乏しい。これには、なるほどなと思わされました。

地方行政というのは、国のメニューを利用して、市や区を運営することに特化しているので、その大元となる国のメニューを変えたり新たに作ったりということとは、全然違うのです。これは、自分が政策起業道場を通じて得た発見ですね。

馬田:その中で、先ほどお話が出た「交差点が危ないから直してください」という話は、民主主義の自治の観点から、誰もが知っておくべき知識だと思いますが、そこが欠けているのは、なぜなのでしょうか。

駒崎:民主主義にのっとったアクセス方法を、知らない理由ですね。まず基本的に、政治不信だと思います。例えば、お住まいの自治体の議員の名前を何人挙げることができますか。おそらく、自分たちの生活をよりよくしてくれるはずのエージェント機能を担う、議員の名前を知らない人がほとんどではないでしょうか。

しかしながら実は、生活の8割は基礎自治体がカバーしているので、基礎自治体が変わることは自分の生活が変わることなのです。こういったつながりを知らないというよりは、実感できないし、信じることができないということだと思います。

学校教育の中で地方分権という言葉を学んではいても、それは何の実感にもならない。例えば「校則を変えよう」として実際に変えることができたら、ルールは変えることができると信じられる。この信頼が大事だと思います。

私たちは、小さい頃からルールは守るものだと教え込まれて、ルールを守らなければ、怒られてきました。でも、本当はそうではないはずです。ルールは変えることができる。その変えられるという成功体験があれば、また別のルールも変えられるかもしれない、社会のルールも変えられる可能性があるという信頼につながっていきます。

この信頼を醸成する機会を得てこなかった私たちは、「世の中なんて変わらない、変えられない」と基本的に思ってしまっているのだろうと思います。そういう意味で、起業家というのは物を売ったり買ったりするだけではない。身の回りの環境を変えられるという確信を持ってもらう存在になることが大事です。

馬田:ルールメイキングですね。

駒崎:まさに、その通りですね。

大切なのは手法ではない。「誰が困っているのか」に目を向けること

馬田:政策起業家が増えれば、自分の生活がより良くなるだけではなく、周りの人たちの生活も良くなっていく。ビジネス的な起業家だけではなく、政策起業家のような起業家が増えることで、自分の身の回りを変えていくことができるという、自己効力感をもった人を増やすことにつながっていくのですね。

こういったアントレプレナーシップを持つ人を育てるために、学校で取り組むべき起業家教育とはどういうものでしょうか。駒崎さんのご意見をお聞きしたいです。

駒崎:馬田さんは起業家の種類を9つに整理されていると思いますが、実はこれを素晴らしいと思っていたのです。一般的に起業家とは、ビジネス起業家(商業起業家)のみを指す狭いワードだと思いますが、起業家はビジネスだけではない。

社会起業家や政策起業家といったように、バリエーションがある。それは、社会課題を解決し価値を創造するという手法の中で、ビジネスもあれば社会起業もあれば制度を変えるという方法もあるという分岐だと思います。

その上で、馬田さんのご質問にお答えしますが、「課題を発見し解決することを信じられる、かつ実践しようとする想い」が、起業家教育の核にあるべきではないかと考えます。その実現方法として、ビジネスもあれば市場を介さない社会起業もあれば、政策起業もある。どれを選んでもいいわけです。

「何が課題か」「何に困っているのか」に共感し、それを何とか解決したいという情熱が駆動され、そのための手段を最後に考える。そしてその手段を、仲間と共に実行していくという、チームメイキングやチームビルディング。チームによって一つのことを成すというサイクルこそが、起業家教育で求められていることだと思います。

つまり、最初にやるべきは「誰が困っているのか」に目を向けること。身の回りの負に目を向けて耳を傾けて、その事象に気づき何とかしたいと思う。何とかする方法を自分たちで考えてみる。これを小学校からやっていく。手法については、年齢が上がるごとに洗練されていくと思います。「はい、何か物を売りましょう」ということではなくて、やはり課題を発見することです。

課題を発見してそれを批評するのは、教育現場でありがちなアクションですが、大事なのは、実行です。課題発見となると、頭で考えることが多くなるけれど、起業家の仕事は「実行していくこと」だからこそ、現場に出ることが必要です。

画像提供:フローレンス
画像提供:フローレンス

現場で、困難を抱える家庭に出合うようなことがあれば、「何とかしなきゃいけない」という想いに打たれるかもしれません。それこそが、自分を駆動することへつながるので、教室の外へ出ることが求められると思います。

馬田:課題の発見と聞くと、例えば「デザイン思考」を思い浮かべるビジネスパーソンもいると思いますが、そういった手法は使えるのでしょうか。

駒崎:デザイン思考については専門ではないので詳しくはないですが、課題を起点にさまざまな事象をデザインしながら進めていくという意味では、デザイン思考的な側面はあるので、使えるのだと思います。ただし、起業で最も重要なのは「感情」です。左脳的にさまざまなフレームワークを使って課題を整理して解決に導くというよりは、「何とかしなければいけない」「実現させたい」という情熱がなければいけない。

情熱を抜きにしてしまったら、起業家教育ではなくてビジネス教育や経営教育になってしまうような気がします。とにかく起業家教育と言うならば、根底の課題に共感し困っている人たちに共感し、自分が何とかしたいという強い気持ち、情熱がないといけない。

なぜならば起業というのは、ある種の突破力を必要とするからです。人間の感情を無視することはできない。フレームワークのような道具も必要ですが、何よりも感情が起点になると思います。

馬田:起点となる自分の感情を見つけるためにも、現場に行くことが大事ということですか。

駒崎:そうですね。現場に出ることで新しい実相を理解することができます。

世界は、自分が思うよりも可能性に満ちている

馬田:2004年にフローレンスを設立してから18年が経ちます。改めて、現在のフローレンスの状況、そして今後の展望についても教えてください。

駒崎:フローレンスはこの18年間、目の前の一人に向き合うことを続けていくうちに、よりディープな社会課題が発見されていき、活動領域が年々広がってきました。最近は多様な親子に伴走するため、デジタルソーシャルワークや無園児家庭支援を独自に実践し政策提言を行い、骨太の方針にこれらが盛り込まれました。こういった活動をチームで行っており、実践を通じてスタッフからも、次の社会起業家・政策起業家が生まれています。

今後はさらに多くの人とともにアクションを起こしていきたいと考えています。社会変革の一歩目は知るところからです。SNSでシェアしたり、ふるさと納税の仕組みを使った応援アクションも政策起業家への第一歩につながると思っています。

馬田:ありがとうございます。最後にビジネス起業家ではなく社会起業家・政策起業家になったからこそ、駒崎さんが学べたことがあれば教えてください。

駒崎:ビジネスというのは、この世界の一部を切り取っているに過ぎないんです。私は、世の中には自分が見えていないさまざまな世界があるということを、社会起業や政策起業を通じて実感させてもらいました。同時に、人間というのはフィルターを通して物事を見てしまう生き物だなということも痛感します。

例えば政治家と聞いて「どうしようもない奴ばかりだろう」「平気で悪いことをやっているのだろう」と決めつけてかかる人がいる。しかし、実態はもっと豊かです。政治家といっても一人ひとり違って、魅力的な人もいるしどうしようもない人もいる。これは当然、政治の世界だけではなくて、ビジネスの世界も同じです。世界はもっと広く、もっと学ぶことがあって可能性に満ちている。

ビジネスセクターの起業家の人たちにも、社会起業や政策起業に興味を持ってもらって、ハイブリッドな起業家になってもらえたら嬉しいです。