
- 改正道交法施行で「16歳以上免許不要」になるのは電動キックボードだけではない
- モビリティシェアサービス、すでに「自転車」だけの戦いではない
- カギになるのはスーパーアプリ「PayPay」
東京の都心部の限られたエリアではあるが、シェアモビリティ「LUUP」のキックボードを見かけるのも、ある意味「日常茶飯事」の光景となりつつある。2020年5月のサービス開始当初、約50カ所だったポート数は今や千数百カ所以上にまで拡大している。
だが、シェアモビリティのサービスで活躍するのは何もキックボードだけではない。新しい電動モビリティのシェアサービス提供を目指し、和歌山県発のモビリティ開発スタートアップと国内最大級シェアモビリティサービス事業者が手を組んだ。
電動マイクロモビリティを開発するglafitと、シェアサイクルサービス「HELLO CYCLING」を提供するOpenStreetが業務提携を発表した。2024年春までに施行される改正道路交通法(道交法)に合わせて、新車両区分である「特定小型原動機付自転車(特定小型原付)」に適合したモビリティを共同開発し、シェアサービスを展開する予定だ。
改正道交法施行で「16歳以上免許不要」になるのは電動キックボードだけではない
DIAMOND SIGNALではこれまでLUUPをはじめとした電動キックボード(およびそのシェアサービス)について何度も取り上げてきた。そんな電動キックボードも改正道路交通法では特定小型原付に当てはまる。
この特定小型原付とは、(1)電動車(出力600W以下)、(2)最高時速20km以下、(3)長さ190cm×幅60cm以内(普通自転車相当)、(4)「識別点滅灯火」など必要な保安部品を装着──これらを満たすモビリティを指す新たな車両区分を指す。特定小型原付は、免許証不要で16歳以上が利用可能。ヘルメットの着用も「努力義務」となる。また、車道以外に自転車道や歩道(制限速度はシニアカー同等の時速6km)などの走行も可能になる。
現状シェアリングサービスなどで提供されている電動キックボードは特例的に「小型特殊自動車(小型特殊)」として扱うことでヘルメット着用任意、時速15km以下で運用しているが、改正道交法が施行されれば要件を満たす車体は特定小型原付扱いとなり、免許の有無を含めてより柔軟な利用が実現すると言える。
これまでの「特定小型原付」は「電動キックボード」とほぼ同義で論じられてきたケースがほとんどだ。だがglafitでは今後、特定小型原付に適合する新たなモビリティを開発することで、「自転車のように手軽に、バイクのように遠くへ楽しく移動ができる世界の実現を目指す」(glafit代表取締役社長の鳴海禎造氏)と語る。デザインなどは現時点で公開していないが、同社の電動バイク・自転車切り替え機構を持つモビリティ「GFR」シリーズをベースにした、座席つきの二輪の電動車両になるもようだ。
現状で特定小型原付車両について語ると、ほぼイコールで「電動キックボード」と言われますが実はそうではありません。
特定小型原付の区分が発表されてから、提携の打診を多くいただきます。免許不要でヘルメットの着用が努力義務となると、シェアリングでのニーズが高いからです。観光地のシェアサイクルの代替としても、都市部での移動でも、相談が来ます。ですが皆さん、電動キックボードありきの話でした。そんな中、電動キックボードではなく新しい車体でのシェアリングサービスの話をいただいたのがOpenStreet社でした。
とはいえ、私たちは決してキックボードタイプの車両を否定しているわけではありません。glafitも立ち乗り型の電動スクーター「X-Scooter LOM(LOM)」を提供しています。ですが「みんな」に楽しく移動してもらうためには、キックボードタイプではなくて、椅子のついたスクータータイプの車両をベースにするのがいいだろうと考えています。glafit 鳴海禎造氏
鳴海氏が語る「みんな」とは、高齢者などを含めた言葉だ。現状、免許を返納した高齢者がラストワンマイルを移動するには、徒歩を除けば自転車か時速6kmしか出せないシニアカーしか選択肢がない。スクータータイプと比較してタイヤ径が小さく、振動に弱いキックボードでは、幅広い層の“足”になることが難しいと指摘する。

また、これまでglafitはモビリティとセットでソフトウェアの開発も進めてきた。だがスタートアップでもある同社がハードとソフトの両面を開発することは難しい。そこでシェアリングのプラットフォームを展開するOpenStreetと組むことで、ハードとプラットフォームを含めたソフトの開発を分業する。当初から数千台単位の車両を用意してサービス展開を目指す。すでに約1年間提携に向けた話し合いを進めてきたという。
さらに、新車両はシェアリングサービスで利用するだけでなく、販売も視野に入れる。
自分の所有していないものを使うことはあり得ないと考える人も、身の回りのものはすべてシェアリングエコノミーの恩恵を受ければいいと考える人もいます。でも大多数の人は所有もするし、場合によってはシェアも利用するはずなんです。
私自身も和歌山にはマイカーもあって、glafitの車両にも乗りますが、東京であれば車をレンタルするし、タクシーにも乗ります。シェアサイクルも利用します。それらの融合はどういうかたちがあるかを模索しています。マイクロモビリティでもCASE(Connected:コネクテッド、Autonomous:自動化、Shared:シェアリング、Electric:電動)を考えないといけません。鳴海氏
モビリティシェアサービス、すでに「自転車」だけの戦いではない
OpenStreetは、ソフトバンクの新規事業提案コンテストから生まれた社内ベンチャーで、現在は東日本旅客鉄道などソフトバンク以外の資本も入っている。
同社が提供するシェアサイクル事業「HELLO CYCLING」は都心部こそ競合であるNTTドコモ傘下の「ドコモ・バイクシェア」にポート数で劣るが、自治体や地域ごとの事業者と連携して全国5700ポート以上を展開する国内最大級のシェアサイクル事業者。自転車だけでなく、電気自動車や電動スクーターのシェアサービスなども展開する。
OpenStreet代表取締役社長の工藤智彰氏は、もはやシェアサイクル──つまり自転車だけではなく、さまざまなモビリティを含めたシェアサービスを展開するプラットフォームが求められると判断した。今回の道交法改正で特定小型原付の領域を拡大することで、総合的なモビリティのシェアリングプラットフォーム作りを目指すと語る。
市場としては私たちとドコモの「シェアサイクル」だけの戦いではなくなってきています。
道路にモビリティを置くという点ではLUUPもドコモも一緒なのです。特定小型原付でどれだけ(シェアを)大きく広げられるのかが課題です。OpenStreet 工藤智彰氏

では特定小型原付の領域でのシェアサービスとして電動キックボードを選ばず、新車両の開発でglafitと手を組んだ理由はどこにあるのか。
今回の法改正は“キックボード改正”と言われていますが、実は特定小型原付のサイズは自転車と同じです。なので、そこを狙うべきではないかと考えました。glafitとは以前から話をしていましたが、法改正に対する考え方が一緒だったのです。キックボードもあるけれども、一番いいのは自転車(タイプの特定小型原付車両)。
ターゲットとしては首都圏1都3県の市街地や人口集積地。それと同時にスポットで観光地も狙っていく。こういったところで新車両が使えるようになると、移動の概念が変わると思います。
今(のシェアサイクル)も公共交通機関の補完をしている。例えば1本の電車が通っていれば、その周辺の道をまるで毛細血管のように細かく動くときに使われることが多い。そこにglafitの車体が加われば、さらに移動は広がります。工藤氏
カギになるのはスーパーアプリ「PayPay」
OpenStreetにはソフトバンク傘下ならではの強みもある。それはスーパーアプリである「PayPay」との連携だ。実はHELLO CYCLINGはPayPayアプリ内からも利用が可能。PayPayのIDを利用できるため新規登録の手間もかからず、初期ユーザーの心理的ハードルも低い。工藤氏によると、新規会員登録するユーザーの多くが、出先、つまりポートの前で登録していることが分かっているため、PayPayはHELLO CYCLINGの動線として大きな役割を果たしているのだという。
冒頭にも書いたとおり、特定小型原付の区分ができる改正道路交通法は2024年春までに施行される予定だ。1年半後には、両社が手がける新車両や、電動キックボードが走り回り、日本のラストワンマイル移動の姿が大きく変わっているかも知れない。