
AIやロボットなどのテクノロジーを活用することで「持続可能な農業へのシフトを加速する」──そんな目標のもと、農業ロボット「ティターン」を軸に有機農業の自動化に向けた研究開発に取り組むのが2021年設立のトクイテンだ。
農業ロボットを手がけているという観点では“ロボット関連スタートアップ”の1社だが、トクテンはロボットやシステムなどを販売しているわけではない。農業ロボットを用いて自社で生産した農作物を販売するのが同社の現在のビジネスモデルだ。愛知県に構える自社農場で収穫作業などを効率化する農業ロボットの研究を進めながら、そのロボットを用いて自らミニトマトの栽培をしている。
将来的にはロボットを含めた“有機農業の自動化パッケージ”を事業者に対して展開する計画ではあるものの、当面の収益源は農作物の販売によるもの。現時点ではロボットなどを活用した“先進的なトマト農家”とでもいうのがトクイテンの正しい説明かもしれない。
同社の代表取締役を務めるのは豊吉隆一郎氏。過去にはクラウド請求サービスを手がけるMisocaを創業し、オリックスグループ(弥生)への売却も経験した起業家だ。
なぜ新たな挑戦のテーマがロボット×農業だったのか。その領域の中でも「自社で農場を構えて農作物を生産・販売する」というアプローチを選んだ理由は何だったのか。豊吉氏と、トクイテンの共同創業者で取締役を務める森裕紀氏に聞いた。

豊吉氏と森氏は岐阜工業高等専門学校時代の同級生という間柄だ。在学中にはチームメイトとしてロボコンにも出場し、2年目には全国で準優勝にも輝いた。その後、豊吉氏はビジネスの道へ、森氏はロボット研究者の道へと進んだが、「一緒に何かやりたい」という話は以前からしていたという。
その領域として「農業」を選んだのは、豊吉氏が「たまたま農家をサポートする機会があった際に、IT活用の可能性を感じたこと」が大きい。
「ビニールハウスで観葉植物を育てていらっしゃる農家で、スプリンクラーでの水やりを自動化できないかと相談を受けました。農場が広いこともあって1回あたり30分から1時間ほどかかっていた作業を、スマホからボタンを押すだけで完結するようにして、ウェブカメラを通じて遠隔から確認できるようにしたところ、すごく喜んでもらえたんです。やっていて楽しかったのと同時に(この仕組み自体は既存の技術を組み合わせて実現したものだったため)まだまだIT化が進んでおらず、もっとITを活用できる余地があると感じたんです」(豊吉氏)
何度か農業の現場へ足を運んでいるうちに、植物や農業への興味が増していったという豊吉氏。トクイテンを立ち上げる前には自ら農業大学校に通って研修も受けた。
もっとも、ロボット×農業というテーマに決めた当初は、自分たちのバックグラウンドを活かしてロボットやシステムの開発に注力し、それを月額定額制で提供していくようなビジネスモデルを検討していたという。ただ農家にヒアリングを実施していく中で「(そのやり方では)必ずしも農家の為にもならないし、農業がよくなるイメージもあまり持てなかった」ことが、ビジネスの方向性を再考するきっかけとなった。
創業前にはロボットベンチャーを100社程度リサーチしたが「(実際に)売り出せる」状況まで進んでいる会社は少なかった。特に農業の現場でメンテナンスフリーでロボットを提供する難易度は高く、大手企業も含めて実現できている例はほとんどない状況だったという。
ロボット領域に長年携わってきた森氏によると「農家の収益構造」がネックの1つだ。ロボットを1台提供するとなった場合、「その年の利益で購入代金をまかなえるかどうか」という考え方をする農家が多く、売り方が難しいことがヒアリングを通じてわかった。
また「ロボットが配置される環境」の問題もある。ロボットをビジネスの課題解決につなげていく上では「(ロボット単体ではなく)ロボットが働く環境も含めて最適化し、その一部をロボットが担うという形式にしないと、継続的に使われるのが難しくなる」と森氏は話す。
たとえば工場などでロボットがうまく動けるのは「そのお膳立てがされているから」。一方で農業の現場ではこうした環境整備が十分には進んでいないこともあり、まずは“自分たちでハウスを構えて全部やってみる”という道を選んだ。
創業前からプロトタイプの開発に着手し、2021年8月に正式に会社を立ち上げた。2022年4月からはラボ農場でミニトマトの栽培をスタート。今夏には卸業者を介して県内のイオンなどへ出荷もした。11月には約2000平米のハウスが完成したところだ。
同社のキモとなる農業ロボットに関しては、特に人件費がかかる「ミニトマトの収穫」の効率化から始めている。
まずはトマトが収穫できそうな場所へロボットが自律的に移動し、3次元カメラで取得したトマトの画像をもとにAIで一粒一粒を検出する。現在は開発途上でもあるため、その映像を遠隔地にいるオペレーターが確認。どのトマトを収穫するかを指示すると、ロボットが収穫をするという流れだ。ゆくゆくは完全自動化を目指しているという。
「7月時点では大体半分くらいが収穫できるような状況でした。収穫率が半分と聞くとものすごく少ないと思われるかもしれませんが、私たちの場合はこのロボットをそのまま販売するわけではありません。(収穫作業の一部が)遠隔から働きやすい環境でできるようになったり、身体が不自由な方でもこなせるようになったりするだけでも価値があると考えています」(豊吉氏)


トクイテンではロボット開発と並行して、画像データをもとに将来の収量を予測してシフトや物流計画を最適化する仕組みや、病害虫の発生を早期に発見する仕組み、照度・温度・湿度などをもとにかん水量や温度制御を自動化する仕組みなど「スマート農業」の研究にも取り組む。ロボットに関しても収穫以外の管理や運搬などに対応領域を拡張していく計画だ。
「収穫作業や管理作業の自動化によって、人件費換算で3割程度の削減と収穫量の拡大」が当面の目標。2023年後半にはロボットを軸とした一連のシステムによって人件費換算で半分の削減を目指すとともに、同システムを「トクイテンパッケージ」として農業への新規参入を検討する企業などへ提供することも見据える。
温室効果ガス排出量の約11%を占める農業分野では、気候変動対策として欧米を中心に化学肥料や化学農薬を使用しない有機農業への転換が進んでいるが、有機農業は従来の慣行農業と比べて手間がかかる。特に日本では農業従事者の減少・高齢化が課題となっていることもあり、AIやロボットなどテクノロジーの活用に対する期待も大きい。