
年始からの米国テック企業の株価暴落を契機に、「スタートアップの冬の時代」という言葉もおどった2022年。米国の動きはそのまま日本市場のテック銘柄の低迷にもつながった。またロシアのウクライナ侵攻をはじめとした地政学リスクなども含めて、激動の1年だったといっても過言ではない。2023年、日本のスタートアップエコシステムはどう変化するのか。
DIAMOND SIGNAL編集部では、ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。2022年の振り返り、そして2023年の展望や注目スタートアップなどについて聞いた。今回は、XTech Ventures代表パートナーの手嶋浩己氏による回答を紹介する。なおその他の投資家の回答については連載「STARTUP TREND 2023」に掲載している。
XTech Ventures 代表パートナー 手嶋浩己
2022年のスタートアップシーン・投資環境について教えてください。
投資環境については、夏頃までは2021年とあまり変わらなかったのではと考えています。「上場株の世界は大変だね」といった感じで他人事といえば他人事と感じたというか(もちろん、多少マインドが弱気になったりといった影響はあったと思いますが)。
本年の秋以降に上場する会社群の目論見書(未上場ラウンドからの大幅ダウンラウンド上場等)が世に出てから、ベンチャーキャピタルなどの未上場株投資家も、「自分ごと」としてより自覚を持って捉えることが増えたのではと思います。少なくとも私はそうでした。といっても、ベンチャーキャピタルとして実態の活動で「変えられること」「変えるべきこと」はそんなに多くはない印象ですが。
那須川天心 対 武尊のキックボクシングイベント「THE MATCH」をABEMAがPPV(ペイパービュー、有料の視聴権)で独占配信し(PPVを50万件販売して、米総合格闘技団体UFCのデイナ・ホワイト代表も驚いたそうです)、FIFAワールドカップではメディアのキング交代が名実ともに起きました。年末の大みそかに行われる格闘技大会もフジテレビではなくABEMAとU-NEXTで配信です。ボクシングも井上尚弥の試合はAmazon等での配信となり、地上波では観られなくなりました(地上波の提示金額ではファイトマネー支えられないのではないでしょうか)。スポーツや格闘技という分野からわかりやすく変化が起きましたが、来年以降は連ドラやバラエティでも起きていくでしょう。
ネット広告事業が成熟してきてインフルエンス力を高めたインフルエンサーが、タイアップ広告をとってきたりその延長で物販したりするだけでなく、事業を積極的に立ち上げようとしている様も印象的でした。(アマチュア総合格闘技の)ブレイキングダウンなどです。今後はインフルエンス力を高めるだけでなく、トラフィックや単価に依存する広告事業や物販だけではない、オリジナルな事業開発能力がインフルエンサービジネスには必要になってくるのでしょうか。
2022年に注目した・盛り上がったと感じる領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。
・クレジットカード
UPSIDERやバクラクビジネスカード、メルカードにPayPayカード/PayPayカード ゴールド、NudgeやB/43など、いろんな角度でクレジットカードビジネスに乗り出す企業が増えました。各社でのクレカ事業の位置付けはそれぞれ違いますが、雑にいえばクレジットカード全体が盛り上がったと思います。他の事業もやっている会社がエンベデッド・ファイナンスを展開するための基盤作りとして、わかりやすい方法の1つがクレカを発行するということなのだと捉えています。
・TikTok
TikTokの視聴時間の世界的な伸び、すごいですね。中毒性が怖いくらいです。私も投資家の端くれとしてこれを事業機会にどう活かすか考えることはありますが、イチ生活者や親の立場からすると、これが加速した社会の怖さも感じています(受け身でダラダラと一方的な動画を見続けて洗脳させるリスクなども)。
・Podcast
視聴時間の伸びとかデータはあまり出てないですが、私個人は隙間時間に聞くことがめちゃくちゃ増えました。今後も爆発的に伸びていくと思います。「スタートアップ オフレコ対談」という当社がやっている番組の視聴もおかげさまでかなり伸びました。スタートアップNo.1 Podcastにすべく、コツコツ継続的に、飽きずに、良質なコンテンツを「企画して」「制作して」「運用する」という3つを意識して実行していきたいと思います。
2023年のスタートアップシーンや投資環境はどのように変化すると予想しますか。
ベンチャーキャピタルにとって「変えられること」で「変えるべきこと」は、とはいえそんなに多くはない印象なので、各社マインド的には「やや厳選傾向」としながら、コツコツと投資実行を続けていく1年になるのではないでしょうか。少なくとも当社はそうです。レイターステージについての話は他の方も書くと思うので割愛します。
メディアのキングが変わる、インフルエンサービジネスの肝が変わる、クリエイターや演者が大移動する、その交差点で面白い、ユニークな取り組みが増えてくると思います。いろいろなエンターテインメントが生まれてくると思うと、個人としてもとても楽しみにしています。
2023年に注目する・盛り上がると考える領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。
・エンベデッド・ファイナンス
クレカがばら撒かれていき、エンベデッド・ファイナンスの基盤ができ上がってくると予想します。そのクレカそれぞれのインセンティブの仕組みを生かしたエンベデッド・ファイナンスのサービスが、各社・各事業で続々と社会実装されていくのではないでしょうか。生活者としては、「どの経済圏で生活をするか」というのを自覚的に選んでいくような感覚を持ち始める時期が来ているかも知れません。
・デジタル証券
LayerXと三井物産等の合弁会社の三井物産デジタル・アセットマネジメントの「ALTERNA」(個人向け)が本格展開する予定です。これまでデジタル証券は技術的な社会実装を「試す」位置付けの奇抜な金融商品の流通がメインだったのですが、従来の金融資産の文脈から見ても価値の保存性が高い商品が、デジタル証券の形で個人にも本格流通していくことが始まる1年になるのではないでしょうか。日本の課題として莫大に眠っている個人の金融資産が預金で塩漬けされていることもあり、デジタル証券という大量流通・低コストでガバナンスを効かせられる仕組みを生かして掘り起こして欲しいと思います。
・格闘エンターテインメント
格闘技ってやっぱり、世界中でわかりやすいエンターテインメントなんですよね。老若男女、誰でも取っ組み合っていることにエキサイトするというか。世界中で同時多発的にヘンテコな格闘エンターテインメントが出てきてますので(電話ボックスの中で殴り合うものとか、いろいろ(笑))、より盛り上がるのではないでしょうか。日本だとまずはブレイキングダウンが出てきてますが、同様のものがたくさん出てくると思います。私自身はガチの格闘技ファンなので、そういうのは視聴者としては見ずに、UFCやONE、RIZINあたりを見るのですが。「仕事」としてこういう流れあるよね、という感じには追っていきたいと思います。
2023年に注目すべきスタートアップについて教えてください。投資先の場合は、その点を明示してください。
・LayerX
黎明期から取締役をしています。ブロックチェーン受託開発から何か自社サービスをやろう、ということだけ決めてから2年半で今の状態まで持ってきたことは稀有な成長プロセスをたどっていると思います。一部では「レッドオーシャンぽい請求書のSaaSみたいなのやってるよね」という捉え方をされているとは思いますが、バクラク事業における矢継ぎ早でのプロダクトリリースと改善、それを支える開発組織とビジネス組織の拡充とクオリティー、持ち分法適用会社である三井物産デジタル・アセットマネジメントなど、色々なことが統合されて社会に認知され、「そういうことを目指していたのか」ということがスケール感と共に真の意味で認知されうる1年になるのではないかと考えています。
・Natee
XTech Venturesの投資先です。TikTokがめちゃくちゃ伸びている中で、YouTubeが伸びる過程でのUUUM、さらに大きく言えば、インターネット広告市場が伸びる過程のサイバーエージェント、みたいな立ち位置を取れている会社だと思います。これまでは広告代理店事業やマーケティング事業で着実に売り上げを伸ばし、稼いできましたが、これまで語ってきたようにTikTokやメディア環境の変化による事業機会は豊富なので、多角化を果たしながらGreat Companyになってくれる会社であると考えています。
・テックタッチ
井無田CEOと日比野CTOは、昔、私がユナイテッド社でスマートフォンアプリ事業の担当役員をしていた時のメンバーで、当時は非常に活躍してくれていたものの、起業したと聞いた時は今みたいに大きくなるとは予想していませんでした。少しずつ台頭しているようで個人的には嬉しく思っています。特に日比野CTOは叩き上げ中の叩き上げエンジニアですので、感慨深いものがあります。