
- 複雑な課題では金銭的報酬で「モチベーション」は上がらない
- 自分らしいやり方を見つけて外発的動機を内発的動機へ変える
- やる気を上げるには「やり始める」「動機を伝染させる」のが有効
- 傾聴により内発的動機のオン・オフスイッチが表に出てくる
「がんばる」だけでは、新しい発想で自律的に仕事を進めることは難しい。モチベーション高く、自ら仕事を進めるにはどうすればよいのか。書籍『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』の監訳者で、社外人材によるオンライン1on1サービスを展開するエール取締役の篠田真貴子氏が、モチベーションを生み出すための方法や「聴く力」の使い方を前・後編にわたって紹介。前編の今回はモチベーションとは何か、そのメカニズムからやる気の上げ方を考察していく。
複雑な課題では金銭的報酬で「モチベーション」は上がらない
「スタートアップで働くならモチベーションがあることが前提だ」「大きな組織で働いているとモチベーションってなかなか湧かないよね」など、モチベーションにまつわる話は職場でもしばしば耳にします。私もチームリーダーの方から「部下のモチベーションが上がらない」といった悩みを聞くことがありますし、エールの1on1サービスの利用者の方が「モチベーションが上がってきた」と話されていることも多いと聞きます。
では、モチベーションというのはどういうもので、働く上でどのように役立つのでしょうか。気軽に使われる言葉の割に、モチベーションの正体についてはよく知られていません。私もさほど深く考えたことがありませんでしたが、数カ月前にセミナーを行う機会があり、あらためてそのメカニズムを理解しようと、自分なりに整理してみることにしました。
出発点にあったのは、私も大好きなビジネス書の著者であるダニエル・ピンク氏が「TED」の講演動画の中で話していた内容です。
彼の著書『モチベーション3.0』(講談社)にも同じことが紹介されていますが、シンプルでルールが決まった仕事では、金銭的報酬が意味を持ちます。こうした報酬や懲罰による動機付けを「外発的動機付け」と呼びます。外発的動機付けは、単純な課題に集中して取り組み、早く完成させたいという仕事にはフィットします。
ところが複雑で発想の転換が必要なタイプの課題には、外発的動機付けは効力を発揮しません。それどころか、邪魔になることさえあるということが、何十年にもわたる研究や実験の結果わかっているといいます。
スタートアップでは、モチベーション向上のためによくストックオプションによる報酬制度が取り入れられています。しかし、この動画を見る限り、まだ試行錯誤を繰り返さなければならないスタートアップには、こうした報酬が合わない可能性があるということになります。
では、より複雑な状況の中で、今までと違う発想であれこれ試すことが必要なときに、モチベーションを促すのは何でしょうか。それは金銭的報酬や懲罰のような外発的動機付けではなく、「内発的動機付け」だとダニエルは説明します。
外発的動機付けと内発的動機付けでは、何が違うのでしょうか。また、どうすれば内発的動機は高められるのでしょうか。
自分らしいやり方を見つけて外発的動機を内発的動機へ変える
人は「これをやればボーナスが上がる」「これをやれば給料が上がる」、あるいは「これをやらなかったら怒られる」という外発的動機付けだけで仕事をしていると、外発的な要因がなくなった途端に仕事が止まります。「ボーナスをくれない」「怒られない」となったらもう、それ以上は進まなくなるのです。
ところが、自分の内側からやりたいという内発的動機から仕事をしているときには、報酬がなくても、怒られなくても仕事を自ら進めるようになります。
文献を調べてみると、外発的動機と内発的動機とは二項対立するものではなく、グラデーション状だということがわかります。外発的動機と内発的動機の間には3段階ぐらいの段階があります。
下図は、ある講演のときの私の準備の流れと、外発的動機・内発的動機の持ち方の状況を表したものです。

「講演をこの日に実施する」というのは外発的動機付けに過ぎず、やらなければ怒られるので間に合うときから準備を始めることになります。この時点では「私らしいから」「夢中になっているから」といった内発的動機は全くありません。
講演の準備を進めていくと、テーマが決まります。企画者と話し合って決めるので私にも納得感はありますが、まだ企画者の意図に合わせている部分があるので、この時点でもまだまだ外側にある動機と言えるでしょう。
しかし資料を実際に作っていくと、だんだん面白くなってきて、そのうちに頼まれてもいないのに書籍や学術論文を詳しく調べるようになります。この時点までくると、自分でもかなり内発的に講演に関わろうとしています。最終的には、週末に4時間かけて講演には直接関係のない論文を調べて夢中になり、非常に楽しい時間を過ごすことになりました。
生産性という意味では、4時間もかけて講演に直接関係のない論文にあたるというのは無駄なことのように思えますし、それで報酬がアップするわけでもありません。しかし私にとっては、その時間があったからこそ、講演を準備して登壇するというプロジェクト全体が、大変楽しいものとなったのです。
私たちの仕事は、「完全にルーティンしかないもの」を除いて、細かく見ていくと動機を持てる箇所がどこかにあります。私の例で言えば講演を言われたとおりにやるだけであれば、外発的動機寄りのモチベーションしか喚起されず、「やらないと講演料がもらえないから、がんばろうか」というところで終わったかもしれません。ところが、自分らしいやり方を見つけ、少し脱線してでも夢中になる時間を取ったことで、モチベーションが上がり、「また次も講演を引き受けようかな」と思うまでに至っています。
「お金が欲しいからやっているわけではない」ということの裏側にあるのは、こういう背景です。もちろん、お金がもらえなければ仕事として成立しないので、外発的動機付けもなければいけません。ただ、そのうえに自分なりの動機を見つける余地があり、見つけ方を知っていれば、人は内発的なモチベーションも持てるのです。
仕事のやり方を箸の上げ下ろしに至るまで指摘するようなマイクロマネジメントでは、内発的動機付けをむしろ殺してしまうと言いますが、それもこうした背景から来ているのだと思います。

やる気を上げるには「やり始める」「動機を伝染させる」のが有効
ここまでは、モチベーション、動機付けとは何かを学術的に整理して見てきました。しかし私たちが仕事をするときには「急いでやらなければならない」「誰かがどうしてもやらなければいけない、やらされる仕事だってある」ということも、実際にはあります。そんなときに、どうやってモチベーションを維持・向上すればよいのでしょうか。その方法を2つほどご紹介したいと思います。
まず1つ目は、脳科学的にわかっていることなのですが、「やり始めなければ、やる気は出ない」ということ。「ブツブツ言っていないでやりなさい」なんて、ちょっと精神論、根性論的なアドバイスのようですが、これには一定の科学的な裏付けがあります。
やりはじめないとやる気は出ません。
脳の側坐核が活動するとやる気が出るのですが、
側坐核は、何かをやりはじめないと活動しないので。脳研究者・池谷裕二さん ほぼ日刊イトイ新聞より
やっていれば乗ってくる。だから勉強したくないな、仕事したくないなと思っても、まずはちゃんと机に座って教科書を広げてみる、パソコンを開いてみる、ということはやった方がいいらしいのです。
もう1つは、組織の中では「内発的動機はうつる、伝播する」ということです。
感情が伝染するということは、皆さんも経験しているはずです。もらい泣きや、みんなが笑っているとなんとなく楽しくなってしまうということは、よくあります。家で独りで映画を見るのと映画館で見るのとでは体験が違うというのは、感情が伝染して、増幅するからです。
これが感情だけではなく、内発的動機でも同じことが起こるということがわかっています。組織やチームの中で、何人か内発的動機を持って動けている人がいれば、まわりも内発的動機を持ちやすくなります。
組織を動かす上で、動機のやり取りや交換ができているかどうかということは、大切なポイントとなります。その伝播の仕方について、先生と教わる人という関係性での実験があります。
この実験では、教わる側の人に「この先生は高いフィーを払ったら教えるといって来た」と伝えたケースと、「この先生は情熱を持って教えたいといって来た」と伝えたケースとで、教える内容は全く同じであるにもかかわらず、後者の教わる人の内発的動機が圧倒的に上がることがわかりました。さらに、教わった人が持ち場に帰り、自分のチームに教わったことを伝えたときのチームの内発的動機も、後者のグループの方が高くなるといいます。
実際にスタートアップなど、創業者が内発的動機を高く持っている組織では、その動機が社内にうまく伝われば、全体の内発的動機付けにも影響しているケースもあります。
傾聴により内発的動機のオン・オフスイッチが表に出てくる
ここからはいよいよ、モチベーション、内発的動機付けと「聴く」ことの関係性について、説明していきたいと思います。
上述した私の講演の例でいうと、初めは「やらされ感」が高い状態です。エールはフラットな組織ですが、もう少し上下関係がハッキリした組織で私が部下の側であれば、「この日、このテーマでやってください」と言われて仕方なくやるモードになりかねないシチュエーションです。
それが「楽しかった」と私が感じられたのは、自由度が高かったことももちろんあります。ただし「自由である」というだけでは「自分は何が好きで、何を感じ考えているか」「自分が今、やる気があるのかどうか」は、まだわからない状態です。
人は外発的動機だけで自律的に仕事を進めることはありません。内発的動機に寄れば寄るほど、仕事を自分で進めようという気持ちになります。組織に属する人がそういう気持ちになるためには、第三者はどのように関わり、サポートすればよいのでしょうか。その方法についても、教育分野の研究でわかっていることがあります。

まずは傾聴。傾聴というのは、まだ言葉になっていない、しゃべっている本人もよくわからないけれども言葉にすることでだんだんわかってくるような考えや感情を、ただ聴くことです。解決策を考えたり手を打ったりするためにではなく、ありのままに相手が感じていることを聴き、話してもらうことそのものに意味があります。話すことで、本人が「自分はこういうことが面白いと感じるのか」「こうやられると、やる気がそがれるのか」とわかってくることが大事です。
聴いていくと「一生懸命にやっている時に『それ無駄じゃない?』とひと言言われると全部台無しになる」という人もいれば、「がんばってるねと言われると『アンタのためにがんばってるんじゃない』と感じてしまう」という人もいます。じっくりと聴かれているうちに、それぞれが少しずつ言語化できるのだと思います。
傾聴によって言語化が成されると、聴き手にも「なるほど、よかれと思って『がんばってるね』と言っていたことが逆効果だったんだな」と気づきになり、次からその人に対しては、そのようなコミュニケーションは取らなくなります。話し手のやる気、動機が持続するようになります。
つまり「傾聴すればすぐに答えが出る」とは期待せず、「話している本人も言葉にする機会があることでだんだんわかってくるんだな」という前提で聴くと、1人1人の内発的動機のスイッチや、動機が消えてしまうスイッチが少しずつ表に出てくるということです。それが結果として、その人の内面にある動機付けの源を育むことになります。
後編では、内発的動機の維持・向上に「聴く」「聴かれる」ことがどのようにつながるのか、さらに詳しく考えていきたいと思います。