エール取締役 篠田真貴子氏
エール取締役 篠田真貴子氏
  • ネガティブな感情は大切にしていることや価値観と強くリンクしている
  • 動機を育むには「話を聴かれて自分を表現する機会」が必要
  • 「ちょっとしたワガママ」を仕事に一さじ入れることはイノベーションにつながる

モチベーション高く、自律的に仕事を進めることはイノベーティブな発想につながる。書籍『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』の監訳者で、社外人材によるオンライン1on1サービスを展開するエール取締役の篠田真貴子氏が、モチベーションを生み出すための方法と「聴く力」の効用について、前・後編にわたって紹介。後編の今回は「内発的動機」の維持・向上に「聴く」「聴かれる」ことがどのようにつながるのか、さらに詳しく解説する。

ネガティブな感情は大切にしていることや価値観と強くリンクしている

傾聴のプロセスの中では、「情報が豊かな言葉」を重視するようにします。情報豊かな言葉というのは、たとえば「好き」「嫌い」「むかつく」「めっちゃアガる」といった、その人の感情を示す言葉です。そうした言葉に注意を向けてみて、「そういう気持ちになるのは、どういう状況なのか」ともう少し詳しく聴いていきます。

このときにネガティブな感情が出てくることも当然あります。私たちには、コミュニケーションをスムーズにしたい、人間関係を変に波立たせたくないという動機から、ネガティブな感情を表現することはよくないことだという刷り込みがあります。しかし、そうしたネガティブな感情を表に出せるということは、実はとても大事なことです。

外発的動機付けの自律化に向けた他者からのサポート

ネガティブな感情を聴くと、聴き手の側が動揺してしまうこともあるのですが、「聴く」ということに慣れていくと、それも感情の1つであって、話し手の嫌な気持ちやつらさを事実としていったん受け止めることができるようになります。ネガティブな感情は特に、その人がとても大切にしていることとリンクしています。ですから、ネガティブな感情の発露は、その人の価値観がわかるチャンスでもあります。

「それほどむかつくと口にするのは、何かすごく大事にしていることがあるのでしょうか」「ここで涙が出てくるって、この部分で大切に考えていることがあるのではないですか」と水を向けてみることで、ようやく本人が、自分自身の内面にある動機にたどり着くというような構造が、そこにはあります。

動機を育むには「話を聴かれて自分を表現する機会」が必要

内発的動機を本人が持てるようにするには、何が自分の動機の根源なのかに気づく必要があります。起業家のような人たちの中には、もともと自分の内発的動機の根源がわかっている人が多いのですが、これは、現在までの人生のどこかでじっくり話を聴かれて、自分を表現する機会があったからではないかと思います。しかし多くの普通の人にとっては、そうした動機を育む機会をあまり得られません。

特に、これまで学業や仕事をがんばってきた方は、自分の動機や快・不快は脇へ置いて、言われたことをきちんとやることにまい進してこられた方が多い傾向にあります。こうした方は、「自分が持つ内なる動機が実はわからない」ということもよくあります。そこでじっくり聴かれる機会があって初めて、内なる動機が言葉になる。言葉になると自分で自覚ができ、再現性が持てるようになります。

いつもやる気が出ないという人でも、何かしら「これさえ勝手にさせてくれればモチベーションが上がる」ということがあるはず。自由にしたい部分は人によって異なるでしょう。仕事のやり方の自由かもしれないし、場所の自由かもしれないし、時間の自由かもしれない。時間にしても、深夜に働けることがうれしいという人もいれば、働くのは日中がいいけれども好きなときに休憩できるのがいいという人もいる。あるいは、時間はむしろ決めてほしいけれども、場所はその時の気分でカフェに行ったり家でやったり、山や海辺の方がモチベーションが上がるという人もいます。

そういった動機の源になることが何なのかは、本人であっても「聴かれる」体験がないとなかなか自覚できないことなのではないかと思います。

エール取締役 篠田真貴子氏

「ちょっとしたワガママ」を仕事に一さじ入れることはイノベーションにつながる

先ほど「傾聴し、他者が自分のやり方で振る舞うことを許容する」「内面にある動機付けの源を育む」ことが、内発的動機によって仕事を自律的に進めることにつながるとお話ししました。この「仕事をより主体的に、自分らしくやるための考え方」は「ジョブクラフティング」という研究テーマとして、最近取り上げられるようになっています。比較的新しく、まださまざまな見解がある領域なのですが、その中でも私が大変わかりやすかった定義と整理は次のとおりです。

ジョブクラフティングの定義

ジョブクラフティングとは、仕事に自分らしさを「一さじ」入れること。そのとき、どこに変化を加えるのかには、3つのパターンがあります。1つ目は、「業務」のやり方で自分の味付けをする方法。2つ目は、誰とやるのかなど「関係性」で味付けをする方法。3つ目はこの仕事にどういう意味があるのかといった意味付け、「認知」の部分で自分らしさを加える方法です。

1つ目の業務によるジョブクラフティングの例で私が好きなエピソードは、現・楽天大学学長の仲山さん(仲山進也氏)が約20年前に楽天大学を創設した頃の話です。楽天大学は楽天市場に出店する事業者に向けて、マーケティングや店舗運営、経営に関する知識を提供するサービスです。普通に考えると、講師が教える研修スタイルのサービスを想像するところですが、当時の仲山さんは人前で話すのが大変苦手だったといいます。講師として研修をしなければならなくなった仲山さんは「講師が話さなくてもいい研修」を必死で考案し、それが独自の進化と成長を遂げた結果、現在の「アクティビティ中心の講座」や「店舗同士が学び会う場」などの楽天大学の個性となったのだそうです。

2つ目の関係性によるクラフティングは、もともと決まった人間関係で仕事が進んでいるところへ、違うところからの関係性を持ち込む方法です。たとえばマーケティングを担当している人はマーケティングチームに所属し、社外でもマーケティングのプロからの意見を聞くのが通常の仕事の進め方でしょう。それをガラッと変えて、高校時代の友達に意見を求めたり、専門外だけれども仲のいい人と話したりしているうちにヒントが得られたというようなケースが、関係性によるクラフティングにあたります。

3つ目の認知によるクラフティングは、意味がないと思っていた仕事を「よく考えればこの仕事は会社のミッションにすごくつながっている」と自分なりに道筋を見つけて、急に“やる気スイッチ”が入るような場合が挙げられます。ここでつながるのは「会社のミッション」などでなくともよく、たとえば「同僚にありがとうと言われるのがうれしい」という人なら「この仕事をありがとうと言われる仕事にしよう」といった気づきでもよいのです。

このように仕事をアレンジすることから内発的動機が育まれ、仕事を自律的に進めることにつながります。特にスタートアップでは、業務や関係性の領域で「個人の勝手さ」や「ちょっとしたワガママ」を発揮することは、結果としてイノベーションにつながる可能性が大きいと感じます。

記事の前半でもお伝えしたように、傾聴による他者からのサポートがあると、仕事の話だけをしていると忘れてしまうような、自分が本当に楽しいと感じること、好きなことを思い出すことができます。それが思い出せると、その「一さじ」を入れて仕事を主体的に自分らしく進めることにつながります。そのためには、フラットに話を聞いてもらえる時間を持つことが大切です。

若い頃、大人のいうことを聞いて勉強をし、良いとされる会社に入って良いとされる職業に就いたという方々は今、社会の中でイノベーションを起こさなければならない場にたくさんいらっしゃると思います。そうした方々が、知らず知らずのうちに身に付けてきた“がんばる”メンタリティやマインドは、がんばろうとすればするほど、イノベーションからは遠ざかってしまう。この記事を読んで、その構造に「あれ?」とちょっと気づいてもらえるなら、うれしいことです。