年始からの米国テック企業の株価暴落を契機に、「スタートアップの冬の時代」という言葉もおどった2022年。米国の動きはそのまま日本市場のテック銘柄の低迷にもつながった。またロシアのウクライナ侵攻をはじめとした地政学リスクなども含めて、激動の1年だったといっても過言ではない。2023年、日本のスタートアップエコシステムはどう変化するのか。

DIAMOND SIGNAL編集部では、ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。2022年の振り返り、そして2023年の展望や注目スタートアップなどについて聞いた。今回は、ジャフコグループ パートナーの坂祐太郎氏による回答を紹介する。なおその他の投資家の回答については連載「STARTUP TREND 2023」に掲載している。

ジャフコグループ パートナー 坂祐太郎

2022年のスタートアップシーン・投資環境について教えてください。

2022年は全世界的なハイテク株の下落の影響を大きく受けた半面、国内スタートアップ全体の資金調達額、調達企業数の大幅な減少は見られませんでした、また海外への展開を本格化させるスタートアップ企業も複数出てきており、日本国内におけるスタートアップエコシステムの成熟・今後のさらなる進化を感じさせる1年となりました。

資金調達環境については、今回の株価下落を受けてもなお、VC各社の投資意欲が衰えていないのはもちろんですが、特に事業会社・CVCの投資意欲も継続して高い印象を持っています。弊社で開催している事業会社・CVCの方に向けたスタートアップ投資に関する勉強会においても、参加人数も累計で100社200名を超え、回を重ねる毎に参加者は増加。事業会社、CVCからのスタートアップ企業への資金流入は、一過性のものではなく、文化として定着しつつあるのではないかと考えています。

一方でミドル・レイターステージのスタートアップ企業の大型資金調達については、今まで以上に緻密な調達戦略が求められるようになったと感じています。大型調達が可能な環境である中で、調達できる企業とできない企業の明暗がよりくっきり分かれてきているのも事実です。それに対応して、多くの企業で資金調達を完了した直後から、次回調達時までに目指したい姿を、具体的に、より解像度高く議論を始めている企業も多く、スタートアップ企業の経営が今まで以上に洗練されてきている印象を持っています。

また、早いタイミングで海外展開を模索、本格化させるスタートアップも出てきており、海外で戦うためのプロダクト・組織づくりの知見がエコシステムに蓄積し始め、スタートアップ企業のさらなる飛躍の可能性を感じています。

2022年に注目した・盛り上がったと感じる領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。

近年、SDGsが個人、法人の中で強く意識され、価値観や意思決定のための「モノサシ」の変化が起こっています。2022年は特に労働環境整備と脱炭素関連については明確に予算がつき、企業の行動、お金の流れが大きく変わってきていると感じています。

労働環境の整備の文脈で、時間外労働の上限規制や労働力不足の課題から、デジタルツールを活用した業務効率化への関心は今後も高まり続けることが間違いないことは皆さんも感じられているかと思います。それに加えて、従業員の身体的・精神的な健康管理に各企業が、力を入れ始めたことが2022年の1つの変化ではないかと考えています。

健康管理を「人事の一施策」ではなく、「不健康な状態による損失の可視化と、利益の最大化」という経営課題として捉えはじめている企業も多く、弊社でも2022年には日本、北米、アジアそれぞれの地域で従業員のメンタルヘルスケアをはじめとした健康管理支援のスタートアップに投資するなど、全世界的な変化を強く感じています。

脱炭素関連については、統合報告書でのTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に関する開示割合は大幅に増加。サプライチェーンにおける炭素量測定はもはや必須の企業活動になりました。北米、欧州でカーボン・クレジットの取引所が大型の資金調達を行い、国内でも経済産業省がカーボン・クレジット市場の実証を開始するなど、炭素排出の費用(課税等)、炭素削減分に利益(排出権等)という新しい経済価値が明確に意識されはじめ、今後の飛躍が期待されます。

また再生可能エネルギーが中心となる時代を見越して、エネルギーの需給調整ビジネスに参入するスタートアップもいくつか見られたのが、2022年の大きな変化の一つではないかと考えています。

上記をふまえ、キーワードとしては下記に注目しています。

・メンタルヘルスケア/健康経営
リモートワークが定着化し、コミュニケーション量が減る傾向にある中で課題感が鮮明になり、日本に限らず全世界的に注目されており、各国で大型の資金調達が起こっている領域です。

・製造業・建設業向けDX
時間外労働規制と労働力不足の深刻化もあいまって、今までデジタル化が遅れていた領域の急速なニーズの高まりを背景に、複数のスタートアップが出てきているという認識です。

・再生可能エネルギー/電力の需給調整ビジネス
再生可能エネルギー中心の社会の中で、電力の需給調整は必須な要素であり、各社さまざまなアプローチで需給調整ビジネスの展開を模索、いくつかの企業で立ち上がりを見せていた領域です。

2023年のスタートアップシーンや投資環境はどのように変化すると予想しますか。

「資金調達のさらなる大型化」「海外展開の本格化」「M&Aの活性化」が起こるのではないかと考えています。

先日発表された岸田総理による「スタートアップ育成5か年計画」にも見て取れるように、スタートアップ企業の存在感は日に日に増しており、今後の資金流入や人材流入の流れは止まらず、むしろ加速していくと感じています。大型の資金調達を実施し、より大きい規模の事業展開や海外展開に本格的にチャレンジしていくスタートアップ企業が増えてくると考えています。今まででは考えられない規模の金額の資金調達を実施するスタートアップ企業が、国内でも出てくるかもしれません。

また、マネーフォワードなど、数年前に上場したIT企業によるM&Aの事例も近年増えてきているように感じます。M&A以降、業績を順調に拡大させている事例も多く見られ、今後さらなる成長のための1つの選択肢としてM&Aが選ばれるケースも増えてくるのではないかと考えています。

2023年に注目する・盛り上がると考える領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。

下記の領域に注目しています。

1. コロナ禍を契機に生まれた可処分時間の奪い合い(副業など)
2. AI実装の本格化、データ統合・分析/高度なタスク自動化
3. 責任ある調達、サプライチェーンにおける人権尊重

1. コロナ禍を契機に生まれた可処分時間の奪い合い(副業など)
通勤時間の削減、残業時間の削減により、時間に一定の余裕が生まれたという人も多いのではないかと思います。今後の働き方のイメージがある程度固まってきた中で、空いた時間が生まれており、この時間をどこに投下していくことになるのか、この可処分時間にビジネスチャンスがあると思い注目しています。今まで、「やりたかったができていなかったこと」ができるようになった。そんな環境において、副業、資格学習、趣味、運動、資産運用、家族と過ごす時間の増加など、自分の理想像に近づくことを支援するようなサービスに注目していきたいと考えています。

2. AI実装の本格化、データ統合・分析/高度なタスク自動化
クラウド、SaaSの導入によりアナログデータのデジタル化、クラウドでのデータ管理がある程度進んだ国内においては、データ化したものを有効活用したい、より高いレベルの自動化を達成したいというニーズが生まれてきていると感じています。またAIの技術革新を元に、北米においてはZoomInfo(セールスプロセスの自動化)、AlphaSense(リサーチ業務の自動化)など、社内外のデータを統合・分析し、今まで人間が行っていたような高度なタスクの自動化を可能にするソリューションが数多く出てきている印象です。

デジタルへの抵抗感の薄れ、基盤となるデータ整備が少しづつ進んでいる国内においては、データ蓄積、クラウド上のデータ管理をStep 1としたときに、Step 2のデータ統合・データ分析、Step 3の高度なタスクの自動化まで可能というソリューションが出てくるのではないかと注目しています。

3. 責任ある調達、サプライチェーンにおける人権尊重
炭素量の可視化が企業活動として当たり前になってきた中で、次に注目しているのはサプライチェーンにおける、取引先への人権尊重です。炭素量可視化の契機になったのは2015年に設立されたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)です。そこから徐々に各プレイヤーの意思決定の「モノサシ」が変わり新しいビジネスが生まれてきています。

同様に人権尊重についてもヨーロッパを中心に各国が法律・ルールを制定、国内においても多くの上場企業が人権方針を制定し、「モノサシ」ができてきている状態です。ブロックチェーン技術やIoTを活用した労働契約内容の違反確認、労働環境・労働時間の可視化が、炭素量可視化の次に注目されるのではないかと考えています。

上記をふまえ、キーワードとしては下記に注目しています。

・AI実装の本格化、高度なタスク自動化
前述のとおり、AIの技術進化を背景に基盤となるデータの整備が少しづつ進んでいる国内においては、ZoomInfoやAlphaSenseなどの類似ソリューションが出てくるのではないかと考えています。

・SaaS同士のディープコラボレーション、ツール、予算最適化、SaaS管理SaaS
今後1社あたりのSaaS導入数が大きく増加する中で、何を使うべきか、どのツールと連携させるべきか知りたい、料金を最適化したいというニーズや、アカウント発行、削除の自動化ニーズは大きく高まると考えています。

・責任ある調達、サプライチェーンにおける人権尊重
炭素量可視化の次のテーマとして、サプライヤーの従業員の労働環境、法令遵守状況を追跡・検証するようなサービスの可能性を感じています。

・副業
アフターコロナの働き方がある程度見えてきた今、可処分時間の増加、自己実現の手段として、大きく動くのではないかと考えています。

・海外旅行の解禁
インバウンド、アウトバウンド問わず、今までに蓄積していた海外旅行ニーズ、訪日のニーズが2023年は一気に高まると考えています。

2023年に注目すべきスタートアップについて教えてください。投資先の場合は、その点を明示してください。

・ブリングアウト
投資先です。オンライン・対面での商談を録音、文字起こしするSaaS「Bring Out」を開発・提供しています。文字起こしの内容から商談相手の予算、課題、ネクストアクションなどの重要箇所を抽出し、日報作成、報告業務などを効率化。蓄積した音声データを元にしたセールスアクションの自動化を目指しており、セールス領域の本格的なDXを担う企業として期待しています。

・WAKAZE
投資先です。フランスに酒蔵を建築し清酒を製造、海外向けに販売を行っています。海外における日本食レストランの増加に伴い、日本酒市場も大きく増加。成長が期待される市場です。日本酒文化の定着を目指しており、今後、グローバルで戦える企業として成長を期待しています。

・バックテック
投資先です。従業員の健康管理に対する投資対効果を可視化、改善プログラムを提供しています。医学的なエビデンスに基づいた施策を提供でき、昨今注目されている健康経営実現の中核を担う企業として期待しています。