Eco-Pork代表取締役 神林隆氏
Eco-Pork代表取締役 神林隆氏 写真提供:Eco-Pork
  • 野菜や養殖のようにデータドリブンな生産プラットフォームを養豚にも
  • 「原価割れ」の豚をなくす──AIブタカメラで豚の体重を把握
  • 「DX豚舎」から「肉を食べ続けられる世界」を目指す

紛争や感染症、気候変動などをきっかけに、食料危機は私たちの目にもまた、現実味を帯びてきている。昆虫食や大豆由来ミート、培養肉などで、この危機を解決しようと、各国でスタートアップも立ち上がっている。

しかし、そうした“代替”食ではない、従来の食肉文化をデータとテクノロジーの力で何とか残すことはできないか。考えた結果、養豚業のDXを起点にスタートアップを創業したのが、Eco-Pork代表取締役の神林隆氏だ。2017年(平成29年)11月29日、「ニク・イイニク」の日に同社を立ち上げ、クラウド型の養豚経営システムから事業を展開してきた神林氏が目指す、「サステナブルな養豚」とは、どういうものなのか。

野菜や養殖のようにデータドリブンな生産プラットフォームを養豚にも

世界で40兆円、国内だけでも6000億円と言われる養豚産業。これは生産者出荷時価格による算定額で、小売や加工品流通は含まない数字である。市場規模の大きさの割にデジタル化が進んでおらず、現場のペインは大きい。その上、産業自体が抱える課題もある。課題の1つは「タンパク質危機」、もう1つが「SDGsへの対応」だ。

1つ目のタンパク質危機は、中国や東南アジアなど、新興国の経済発展に伴って肉の消費が増えたことにより、肉の需要に供給が追いつかなくなる状態を指す。2021年からは世界的に豚肉の価格が上昇しており、実際に「ミートショックが始まっている」(神林氏)状況だ。

食肉の価格推移(輸入牛肉かたロース)

「今年に入って、飼料代も上がり、後継者不足の問題も顕在化しているので、さらに状況は悪化しています」(神林氏)

またSDGsへの対応に伴って、環境負荷の低い代替品市場が広がる一方、2030年ごろからは現在の畜産業は縮小していくとの予測が出ている。

世界の食肉消費量 2040年までに従来の食肉供給量は33%以上減少

「先進国では、2040年には細胞培養肉や植物由来代替肉への置き換えが進んで、日本から畜産業がなくなる恐れもあります」(神林氏)

最近、第一次産業である農業や水産業の領域においては、データドリブンな生産プラットフォームを立ち上げ、実用化する動きが進んでいる。都市の空きスペースに野菜工場を設ける試みもあり、またAI・IoT技術の活用が農業だけでなく水産養殖プラットフォームにも広がっているといった話は耳にするようになったが、畜産業ではどうか。

「世界40兆円の市場を持つ養豚産業ですが、養豚場に行っても、データを活用した生産プラットフォームはありません」(神林氏)

そこでEco-Porkは2017年の創業当初から、ICTとAI、IoTを活用し、データを集め、どう豚を育てるのが最適かを分析して、自動給餌や給水、温湿度管理を行うことで、生産量の50%アップ、エサの30%減を目標とした「養豚DX」を目指してきた。

「原価割れ」の豚をなくす──AIブタカメラで豚の体重を把握

「養豚というのは、1キログラムで生まれた豚を、半年で120キログラムにまでボディビルドする生産業です。ただ普通に育てていては最適には育ちません。ライザップでトレーナーを付けるのと同じように、豚の状況や飼育環境を監視・制御し、給餌や給水、環境の整備を自動化しようということが、我々が今やっていることです」(神林氏)

Eco-Porkではまず、2018年に養豚経営・生産管理クラウドの「Porker」をリリース。2020年にはIoTで豚舎の環境を遠隔測定、モニタリング可能なシステムの提供を開始した。そして2021年に、3Dカメラで豚をとらえて自動測定し、AIによって状態を把握するロボット「ABC(AI Buta Camera)」をプロダクトのラインアップに加えた。

ABCは豚舎の天井のレールに設置すると、豚舎の中を端から端まで自動的に移動して撮像。豚を3D測定することによって、個体ごとに全身960カ所の特徴量を取得する。また豚の姿勢や行動も検出できるため、カメラに映らない部分の情報も推定して復元。豚がどのような姿勢でどのような行動をしていても、また豚同士が重なっていても、豚の体重や心拍などのバイオロジカルデータを複数頭分、一括して取得することが可能だ。

ABCによる体重測定イメージ
ABCによる体重測定イメージ 画像提供:Eco-Pork

ABCで取得したデータはPorkerと連動しており、豚の成長状況や出荷日の予測、計画に対する成長の度合いなどを自動集計する。これにより、以前は生育状況が把握できないとされていた豚の状態を把握することができるようになった。

これがどのくらい重要なことなのか。半年育てた豚は、体重が96〜116キログラムの間に収まっていれば、1頭5万円ほどで売れる。ところがこの20キログラムに収まっていない豚は、4万2000円ほどに値が下がってしまうのだ。生産原価は現在では約4万8000円ほどかかるため、これでは確実に赤字になってしまう。

ところが、である。出荷時にこの20キログラムのレンジに入っている豚の割合は、平成から令和にかけての30年あまりの間、一度も50%を超えたことがないというのだ。

「(ABCの導入で)豚の体重がわかることで利益が出るというだけでなく、豚の状況に応じてエサや水、環境を整えることができるためエサの削減もでき、頭数を増やすこともできる、というところまで来ました」(神林氏)

2020年〜2021年には、農林水産省スマート農業実証プロジェクト「データ活用型スマート養豚モデルの実証」にPorkerが参加。導入費用年間36万円で売上高7980万円の向上をもたらすという実証結果を得ている。2022年〜2023年には引き続き農水省とともに、IoTとAIによる生産性やエサの改善効果を測定しているそうだ。

現在のPorkerの国内導入率は約10%。農水省との実証結果を踏まえて、タイやベトナムといった海外からの引き合いも増えた。タイ国農林水産省とのスマート農業プロジェクトやJETROのベトナムでのプロジェクトに参加するなど、海外展開も始めている。

「DX豚舎」から「肉を食べ続けられる世界」を目指す

経営クラウドのPorkerだけでなく、カメラやセンサー、AIといったプロダクトの布陣が一通りそろったことから、今後は豚の生産プラットフォームとして、世界へ展開していくところだと神林氏はいう。

短期的には野菜工場の畜産版にあたる「DX豚舎」を展開することで、生産性や資源効率、持続可能性の向上を図っていく。また、長期的には「養豚を科学することで、エサを私たちの食品の残りかすに切り替えることや、糞尿をコントロールしてそこからバイオマス(生物由来資源)の生産をするといったことも考えていきたい」と神林氏は語る。

1月11日にはアニマルウェルフェア(家畜のストレスや苦痛を減らし、快適性に配慮すること)に対応した、繁殖豚の飼養管理を行うAI技術を発表した。この技術はAIカメラを母豚に特化させ、母豚が自由に動ける「フリーストール」飼いの環境でも個体識別や発情検知を可能とするものだ。

発情判定と個体識別を同時に実行
発情判定と個体識別を同時に実行 画像提供:Eco-Pork

「人間と同じく豚も妊娠期間中は結構センシティブです。そこで、これまではおりに入れて、1頭ずつ飼養管理をしなければなりませんでしたが、それはアニマルウェルフェアの観点からあまりよくないと世界的には言われるようになっています。ただ、日本では8割ぐらいは、狭い柵に1頭ずつ区切って飼う方法を採るしかありませんでした。そこで、母豚に特化した個体識別機能をつくったのです」(神林氏)

新機能では、AIカメラが区画内にいる母豚を自動で見つけ、それぞれの豚の耳に取り付けたタグを検出し、個体を99.7%の精度で特定できる。また、母豚の生殖器の状態をAI技術により分析し、発情しているか否かを判別。98.3%の精度で状態を見極めることができる。

豚の飼い方における課題はもちろん、人がずっと豚の状況を見ていなければならなかった養豚場の見回り作業を自動化することで、負担を軽減することもできる。

「海外でも、ストールに入った豚の管理やRFIDタグを使ったDXツールはありましたが、大がかりな投資をせずにカメラ1台あれば実現するような、コスト面で人に優しく、動物に対しても負荷が少ない仕組みはなかったのではないかと思います」(神林氏)

今の養豚の課題をきちんと見据えなければ、農家自体ももうからない。そこを変えていかなければ、という神林氏。「肉を食べ続けられる世界」を実現するため、データとテクノロジーを活用して、サステナブルな「循環型豚肉経済圏」を目指す。