
年始からの米国テック企業の株価暴落を契機に、「スタートアップの冬の時代」という言葉もおどった2022年。米国の動きはそのまま日本市場のテック銘柄の低迷にもつながった。またロシアのウクライナ侵攻をはじめとした地政学リスクなども含めて、激動の1年だったといっても過言ではない。2023年、日本のスタートアップエコシステムはどう変化するのか。
DIAMOND SIGNAL編集部では、ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。2022年のふり返り、そして2023年の展望や注目スタートアップなどについて聞いた。今回はデライト・ベンチャーズ マネージングパートナーの渡辺大氏の回答を紹介する。なおその他の投資家の回答については連載「STARTUP TREND 2023」に掲載している。
デライト・ベンチャーズ マネージングパートナー 渡辺 大
2022年のスタートアップシーン・投資環境について教えてください。
何と言っても、上場株市場、特にテック株の総崩れによるレイターステージ市場の冷え込みです。振り返ると興味深いのですが、実は米国では2008年の金融危機から市場が回復してきた2011年から「またテックバブルがやってきた。あと1、2年ではじける」という声が起業家や投資家から聞こえはじめました。ですが予想は外れて、その翌年のスタートアップ投資額が急進する、ということが「毎年」繰り返されてきて今に至ります。
Uberの時価総額が、上場して利益を出している運輸企業(Fedexなど)を上まわった2015年には「これが限界、もうはじける!」と言われるも、2017年にビジョンファンドが到来し、さらに大量のマネーがシリコンバレーに降り注ぎます。2019年にWeWorkがスキャンダルで崩れた頃には「テックバブル、今度こそ本当にそろそろおしまい」と言われ、パンデミックが始まった2020年冬、ついにSequoia Capitalもそれを「Black Swan(あり得ないと思われた惨劇)of 2020」と宣言し投資先に冬の時代を警告しました。その後は、スタートアップ投資は逆にあり得ないような急進を見せたのです。バブル崩壊を10年以上予想し続けたVCや評論家がオオカミ少年になった頃に、今回のテックバブル崩壊が到来しました。バブルの神様さすがだな、と思います。
2022年前半、公開市場の総崩れの影響でスタートアップ投資のレイターステージでは時価総額が急激に調整されたものの、日米ともアーリーステージの調整には数カ月以上かかっています。世界的にVCのドライパウダー(投資余力)がそれまでの活況を経て史上最大に積み上がっているからです。ただ、いわゆるブリッツスケール型の(巨額の先行投資に依存した)ビジネスに対する投資は、ステージに関わらずかなり慎重になっていると言えるでしょう。
日本の2022年の投資環境について1つ特筆したいことは、スタートアップエコシステムのメインストリーム化です。エコシステムは毎年盛り上がってきているのですが、2022年は政府発表や報道から「スタートアップ」という言葉を聞くことが圧倒的に増えました。大手銀行がスタートアップに対する貸付で経営者保証を求めなくなったり、さらに身の回りでも「VCが人気の職業になってきた」という話をちらほら聞いたり(本当かどうかはわかりません……)、いろんな局面で潮目が変わってきたと感じる年でした。
2022年に注目した・盛り上がったと感じる領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。
・Web3に対する評価
FTXの破綻や暗号資産市場で起こっていることは一旦置いておいて、世界観としてのWeb3について。Web3は日本でも米国でも、2022年のテック業界では大きな注目トピックだったと言えるでしょう。ただ、日米比較で感じたのは、その表立った評価の多様性の違いでした。
米国では2022年初期から技術者を中心に、ブロックチェーンの技術的な限界について、むしろこの技術は「分散型社会」を実現するのには逆に不向きなのでは、という声がTwitterや主要メディアで発信されていて、熱く健全な議論が交わされていました。日本でも、注目トピックとしてのWeb3の存在感は米国同様に大きく、オフラインでは熱狂的な技術者と懐疑的な技術者の議論も、身の回りで交わされました。
ただ日本では、ブロックチェーンの得手不得手についてのオンラインでの発信や、米国のように切り込んだメディアはあまり目にしなかった、というのが印象です。メディアの性質の違いも含めて、テックトレンドについてオンラインの空気が日米で違うトピックの1つとして注目しました。
・Twitterとイーロン・マスク
これが象徴しているのは、10年以上続いたシリコンバレー文化に対する挑戦です。フリーランチやヨガクラス、働き方の多様化や従業員の人権運動を支援するなど、リベラルな若者をひきつけるのに欠かせないと多くのCEOが思っていた企業文化は、シリコンバレー外の、伝統的な企業にまで広がりました。
イーロン・マスクはテック市場が調整中のこのタイミングで、タブー視されていた悪ボスぶりを発揮(大量レイオフ、各種福利厚生の撤廃、猛烈労働の要求など)し、気が進まないままリベラル企業文化を押し進めていた一部のCEOに喝さいを浴びているとか。CEOとしてかオーナーとしてかに関わらず(執筆時点では辞めていませんが)、マスク配下のTwitterの行方に注目。
・ChatGPT
OpenAIが2022年11月にローンチしたチャットボット。これまでのチャットボット(少なくとも多くの人が抱くそのイメージ)とは、比べものにならない対話能力を持っています。7、8年前のAIバブルで語られたボットの世界観に近づいて来たのではと感じました。日本語と英語で能力に差がありますが、英語では私の高校生の息子の宿題はアウトソースできる気がします。このエリア、周辺プロダクトも含めてまた盛り上がるかもしれません。
2023年のスタートアップシーンや投資環境はどのように変化すると予想しますか。
世界的にはテック市況の状況を反映して、スタートアップの評価額や調達環境は厳しくなると思います。米国では2022年に起こったレイターステージでの評価額の調整が、2023年はシード含むアーリーステージにも、完全に反映されるようになる可能性は高いと思います。
ただマクロ市況は、米国はまだ(執筆時点では)揺れています。テック業界のレイオフのペースを見ていると想像しにくいのですが、米国経済全体では失業率は非常に低く所得も伸びており消費も堅調。このまま本格的な不況に入らず金融政策でインフレを抑えられるか否か、投資家間でも同意していません。マクロで長期的な不況に突入するかどうかで、2023年のスタートアップシーンは変わってくるでしょう。
それにも関わらず日本では、政府の5か年計画に代表されるように、スタートアップ経済が主流化する勢いが加速していて、ドライパウダーが増えてくるのは、ほぼ間違いないでしょう。スタートアップと投資家の需給関係から、米国のアーリーステージに比べて日本のアーリーステージのスタートアップの方が資金調達が行いやすく、高い評価額が付きやすい状況になるかもしれません。これが起こった場合は、投資家も起業家も注意が必要です。レイターステージの各国の市況は、より連動しているからです。スタートアップの成功確率にとってはもちろん、エコシステムの競争力にとっても適切な評価額は必要条件です。2023年は、日本のエコシステム参加者が国外の市況を敏感に観察することが、より大事になると思います。
2023年に注目する・盛り上がると考える領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。
・クライメートテック
具体的な脅威、各国政府のコミットメント、消費者行動の変化(特に欧米)の3つが揃い、産業としての主流化が確実です。その上、技術領域がカーボンキャプチャーからフードテック、核融合まで多岐に渡り、言うまでもなく非常に面白く重要な分野です。日本発のディープテックが、世界に羽ばたくチャンスが大きい分野でもあります。
・ディフェンステック
米国では軍事スタートアップは連邦政府による継続的な投資もあり、一定の存在感を見せてきましたが、昨今の残念な緊張の高まりを受け、さらに注目を高めています。日本の国防費も大幅増額の見込みです。デライト・ベンチャーズは兵器に類する技術には投資しませんが、ディフェンステックはシリコンバレーやインターネットを産んだように、平和目的に利用される技術を生む大きな土台であり、注目しています。
・Web3
NFTの暴落、暗号資産取引所の相次ぐスキャンダルを経て、ブロックチェーンの本質的なユースケースに対する追及が高まっており、さらにスタートアップ投資全体のバーも上がる中、2023年はWeb3が過去のお祭りになるか、本稼働の見込みを見せられるかが、見えてくる可能性が高いでしょう。今のところデライト・ベンチャーズの投資領域ではありませんが、動向には注目しています。