
年始からの米国テック企業の株価暴落を契機に、「スタートアップの冬の時代」という言葉もおどった2022年。米国の動きはそのまま日本市場のテック銘柄の低迷にもつながった。またロシアのウクライナ侵攻をはじめとした地政学リスクなども含めて、激動の1年だったといっても過言ではない。2023年、日本のスタートアップエコシステムはどう変化するのか。
DIAMOND SIGNAL編集部では、ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。2022年の振り返り、そして2023年の展望や注目スタートアップなどについて聞いた。今回は、KUSABI 代表パートナーの渡邉佑規氏による回答を紹介する。なおその他の投資家の回答については連載「STARTUP TREND 2023」に掲載している。
KUSABI 代表パートナー 渡邉佑規
2022年のスタートアップシーン・投資環境について教えてください。
「激動」以外に思い当たらないです(笑)。15年にわたってVCの世界に身を置いていますが、株式・IPOマーケットの変化はもとよりダイナミックなテーマの浮き沈みも含めて、これまでに経験したことのないような変化に富む1年でした。
個人的に最も危惧しているのは、起業の数です。あくまで肌感覚ですが、昨年は新たに起業する方の数が減っているような気がしました。これだけ外部環境が変化すると、思い切って起業するハードルは上がりますよね。かく言う私も、VCの創業者という起業家の1人として気持ちはよくわかります。一方、私の経験上、外部環境が厳しいときに起業する方の成功確率は高いです。しっかり準備し、覚悟を持って臨む起業家には、この先の数年はむしろチャンスが大きいと思っています。私自身、2023年は積極的に起業支援をし、1人でも多くの起業家の船出を支援したいと思っています。
なお、宣伝になりますが、KUSABIアクセラレーションプログラム(原則プレシードを対象)を今年から本格稼働する予定です。ご興味ある方はお気軽にご連絡ください。
2022年に注目した・盛り上がったと感じる領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。
これは誰が何と言おうと、Web3ですよね(笑)。不確実性が大いにありますが、単なるテクノロジーの話に留まらず思想・価値観にまで及ぶテーマはなかなか出てこないので、2023年も注目せざるを得ないです。ちなみに、KUSABIからすでに3社のWeb3関連スタートアップへの投資を実行済みです。(なお、2022年のKUSABIの新規投資決定は14社でした。オールセクター・オールジャンル、Welcomeです!)
また、領域やテーマとはやや異なりますが、外国人起業家の台頭を感じる1年でもありました。これまでは外国人起業家と言うと、斜めから見られることが多かったはずですが、今後は日本のスタートアップのメインストリームに躍り出るポテンシャルを感じる外国人起業家が出てきそうな気がしています(希望的観測も含めて)。
2023年のスタートアップシーンや投資環境はどのように変化すると予想しますか。
2022年の国内スタートアップへの投資総額はおそらく2021年とほぼ横ばいであったと感じます。世界的に見るとかなり持ちこたえていると言えるのが日本のスタートアップファイナンスの現状ではないでしょうか。
では、2023年はどうか? かなり高い確率で2022年を下回ると予想しています。ご案内の通り、低空飛行だった2022年のIPOマーケット(特に価格面)の影響がボディブローのように効いてくると考えます。2020年から2021年にかけて強気なバリュエーションをつけてしまったスタートアップの、ダウンラウンドファイナンスが散見されるようになる可能性もあります。資金調達の難易度が比較的低かった環境を前提に、バーンレートが高止まっているスタートアップもよく目にしており、ハードランディングにならなければいいなと祈ることも増えています(苦笑)。
一方、悲観し過ぎる必要はありません。「スタートアップ冬の時代の到来」といった声をよく見聞きするようになった昨今ですが、「常夏の時代の終わり」というのが正確な表現だと思っています。IPOの件数自体が激減しているわけではありませんし、ANYCOLORのようなホームランディールも存在しています。また我々KUSABIファンドも含めて、VC業界のドライパウダー(=ファンドの投資余力)はまだ豊富にあるはずで、当面資金が枯渇することはありません。資金が確保されている以上、必ずどこかのスタートアップにお金はまわっていきます。淡々と事業の質を高め、成長ストーリーを磨き込むことで、次の資金調達につなげられるはずです。ただし、外部環境が不安定であることは事実のため、グロース一辺倒にならず、しっかりとバーンレートをコントロール下に置いていただくことを起業家には強くおすすめします。
なお、二極化の流れも不変だと思っており、お金が集まるところには集まり過ぎるほど集まり、お金が集まらないところには(ダウンラウンドでも)集まらないといった傾向も出てくると予想しています。よって、今まで以上にダイナミックな戦略をとるスタートアップと、そうではないスタートアップとの差が如実に出る可能性も念頭に置いておいて損はないと思います。地道にマイペースでやり過ぎて、遅きに失することのないように。慎重かつここぞというときには大胆に。
ちなみに、KUSABIが主な対象とするシード・アーリーステージは、比較的マーケットの影響を受けにくい投資領域です。(2023年に限らず)外部環境の変化に過度に惑わされず、粛々と投資を行っていく予定です。
2023年に注目する・盛り上がると考える領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。
まず、円安や日本の国際競争力の低下に対する危機感を強めており、月並みではありますが、ジャパニーズコンテンツ・クリエイターエコノミーをはじめとした外貨を稼ぎやすい領域には資金を投じていきたいと考えています。世界で勝てるスタートアップを世に送り出したい、というのがVCとしての思い(エゴ)です。
同じく日本における構造的な課題という意味で、労働力不足は確実にやってくる未来であり、それを解決するHR領域のスタートアップにも注目しています。ここ数年で数多くのHR領域のスタートアップが登場し、IPOを果たす企業も出ていますが、まだまだ多くの余白、課題が転がっていると認識しています。ちなみに、メンタルヘルスも隣接市場として注目しています。
そして、すっかり使い古されたワードになってしまいましたが、DXというテーマも不変です。ここ数年のPoC(Proof of Concept、概念実証)祭りは宴を迎え、各社、できることとできないことが明確になり、本格的な実装フェーズにこれから入るものと期待しています。また、例えばサイバーセキュリティなどのDXに伴う周辺課題でも、面白いスタートアップが出てくることを期待します。
加えて、2022年は苦難の1年となったSaaSにも目が離せないと思っています。バーティカルSaaSにはまだ大きな余白を感じますし、×DB+AI、×Fintechなど、2.0的な業界進化もあるのではないでしょうか。
最後に、これは投資テーマというくくりのものではありませんが、M&A・合従連衡の動きにも注目しています。日本においては、やや後ろ向きなイメージが強いと思いますが、世界で勝負するために、よりダイナミックに競争戦略・資本市場を活用できるスタートアップが出てくる節目のような1年になることを期待しています。
2023年に注目すべきスタートアップについて教えてください。投資先の場合は、その点を明示してください。
ポジショントークとなりますが、2社の投資先を紹介させてください(自分の投資先が好き過ぎて、盲目になりがちです)。
1社目は、TRiCERAです。現代アートのマーケットプレイスを展開しています。特に人気があるのは日本の若手アーティストの作品で、海外の方の購入割合が一定の小さくない水準で上がっているのもユニークな点です(しかも海外の方の購入単価は、国内と比較して大幅に高い傾向にあります)。なお、当社は単なる1次流通のマーケットプレイスではなく、2次流通(アートの世界はむしろこちらが本流)の取り込みや、インテリア市場・NFT市場の補足などを通じて、マーケットプレイスビジネスの進化の可能性および兆円単位の広大なTAM(Total Addressable Market、獲得可能性のある最大の市場規模)にアプローチ可能な点に大きな魅力を感じています。
2社目は、ストラーツです。「EventBASE」という、オンライン展示会を開催するためのSaaSを提供しています。コロナ禍により、イベント・展示会市場(国内市場は周辺も含めて1兆円前後)が激変しており、今後プレーヤーの入れ替え戦が起こる可能性を感じています。これからメインストリームとなるハイブリッド開催に適応したプロダクト・サービスはまだ世界的にも出てきておらず、当社はこの領域のリーディングカンパニーとなるべく、プロダクト・サービスの磨き込みを続けており、飛躍を期待しています。なお、イベント・展示会はリード獲得や顧客(見込み顧客)接点の玄関口であり、SFAやCRMといった領域との融合も想定され、この点に大きなスケーラビリティの可能性を感じています。