
米国の工学専攻の学生を対象に行った「理想の就職先ランキング」(2021年10月から2022年4月にかけて採用・就職のコンサルティング会社Universumが調査を実施)では、1位スペースX、2位テスラ、3位アメリカ航空宇宙局(NASA)という結果が出た。日本でも、宇宙開発への関心は高まっている。2022年には宇宙関連予算が2年連続2桁パーセントの増加となり、初めて年間5000億円の大台に乗った。
宇宙開発が加速する中で、今年に入り、東京大学出身者によるスペーステックのスタートアップが話題だ。先日、宇宙空間に放出された超小型人工衛星「OPTIMAL-1」を開発するアークエッジ・スペースと、その超小型人工衛星を推進させる「水エンジン」を開発するPale Blue(ペールブルー)である。
2022年11月に米国から打ち上げられ、国際宇宙ステーションに輸送されていた「OPTIMAL-1」は、2023年1月、宇宙空間へと放出され、無事に地球周回軌道への投入に成功。試験電波による地上との通信を確認し、画像撮影にも成功したという。今後、さらに高度な実証実験に挑んでいく同衛星には、大きな期待が集まっている。
一見すると、この衛星に関わる両社の技術は「カーボンニュートラル」とは無縁に見えるが、切迫する地球の課題解決に大きな希望を見いだすキーとなり得る。アークエッジ・スペース代表取締役CEOの福代孝良氏と、Pale Blue代表取締役の浅川純氏に、宇宙から見たカーボンニュートラル、そして期待されるアカデミアとスタートアップの連携について、語り合ってもらった。
宇宙開発分野で注目される2つの大学発スタートアップ
──両社はともに東京大学発のスペーステックスタートアップとして注目を集めています。まず簡単に事業内容について教えてください。
Pale Blue 浅川純(以下、浅川):ロケットによって宇宙に打ち上げられた人工衛星は、切り離されて地球を周り始めます。その際、宇宙空間を自由に動くために推進機(エンジン)が必要となります。Pale Blueでは高圧ガスや有毒な原料ではなく、水を推進剤とする人工衛星搭載用の推進機を開発しています。大学時代から積み上げた研究成果を社会実装するため、私を含めた共同創業者4人で2020年4月に創業しました。
アークエッジ・スペース 福代孝良(以下、福代):アークエッジ・スペースは、3U(10cm×10cm×10cm)〜6U(10cm×20cm×30cm)サイズのキューブサット(小型人工衛星)を開発・運用している会社です。衛星そのものや搭載するペイロード(積荷)の輸送を、従来と比べて圧倒的に安価に実現したいという目標があります。また衛星コンステレーション(中・低軌道に打ち上げた多数の小型非静止衛星を連携させて一体的に運用する人工衛星システム)を形成し、地球観測や通信など幅広い用途に使用できるよう開発・運用を進めています。将来的に地球の周りだけでなく、月や、より遠方の宇宙空間に挑戦したいという動機も、小さくて安価な人工衛星を開発する理由につながっています。
──2人はどのような理由で創業を決心したのでしょうか。起業以前からの課題感なども併せて教えてください。
福代:私は衛星のエンジニアではなく、もともとは南米アマゾンの森林やバイオマスの研究に25年ほど携わっていました。その当時は携帯電話も普及しておらず、森のなかで大きなGPSを抱えて調査を行う日々を過ごしていました。その時に地上のインフラがない場所や未発達なエリアにおいて、人工衛星が非常に役に立つことを実感しました。安価かつ多様な用途に使える人工衛星が増えれば、森林はもちろん、海上や大災害が起きたエリア、また月や火星などにも人類の活動領域を広げていくことができます。
また国際協力分野で活動してきた経験から、宇宙分野の研究者と、環境保護や自然災害の現場に関わる方々との間には、埋めがたい認識の差があることも痛感していました。例えば宇宙研究の現場では、衛星を環境保護に役立てることは必ずしもメインの活用方法ではありません。しかし、環境保護を行う側からすれば、その活用には大きな可能性を秘めている。両者のニーズのミスマッチを解決して、人類により役立つインフラを構築したいというのが創業のきっかけとなりました。

浅川:私も最初から水を使った推進機を研究していたわけではなく、火薬やガスを使用した推進機やその打ち上げ・運用を研究していました。
研究を続ける中で、基礎研究と、実際に衛星に搭載する推進機に必要とされる要素にギャップがあると思うようになりました。基礎研究では「燃焼がどう起きるか」「ガスやプラズマがどう動くか」など物理現象をひたすら追っていきます。一方で衛星に推進機を載せる際には、物理現象の理解よりも、信頼性が高くトータルのシステムとしてしっかり稼働することが求められます。そのギャップが大きいあまり、実際に使える推進機がなかなか増えない。ひいては、小型衛星のミッションを阻害する要因になっていると感じていました。
また現在の日本の研究開発研究費の仕組みはどうしても、総予算は増えずに研究室で取り合いになってしまう──、ゼロサムゲームになりがちです。パイを広げていかないと、大学などで行われている基礎研究の成果を人類発展に結びつけることができません。研究成果をしっかり社会実装し、そこで得た収益を再び将来の研究や人材育成に再分配していく。民間企業でそんなサイクルをつくりたいと考えています。
カーボンニュートラル実現には宇宙からの“全球観測”が不可欠
──地球上では脱炭素に向けたさまざまな取り組みが進められています。宇宙領域における脱炭素化にはどのような可能性があるとお考えますか。
福代:脱炭素を実現するためには、地球全体(全球)を正確に観測する手段が必須となるでしょう。アマゾンの事例だと、ある国・ある州の森林破壊がなくなったとしても、伐採者たちがほかに移って破壊を続けるという連鎖が現れます。仮に2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにすることを目指すのであれば、日本や欧米、あるいは中国、インド、アフリカなど各地域の特定のポイントごとに観測するのではなく、地球全体として排出量を観測・削減しなければなりません。それを可能にする手段のひとつが宇宙空間の利活用だと思います。
全球観測には、時間頻度的にも優位性のある小型衛星を使用したコンステレーションなどが有効となるでしょう。小型衛星は、森林火災が起きた際にすぐに出火元を特定し被害・排出を抑えることにも使えます。また、森林はCO2を吸収しますが、その適切な管理や計測にも宇宙空間や人工衛星が威力を発揮するでしょう。全球レベルで排出量が可視化されれば解決のための技術も投入しやすくなりますし、ファイナンスも効果的になるはずです。
浅川:たしかに脱炭素に対するファイナンスは、どのような数値的根拠に基づいているのか不透明な状態。従来の財務指標にはない、SDGsやESGを定量化していく必要を感じます。そのためにも全球観測によるデータの可視化は有効な手段です。しっかりとした指標ができあがればこそ、脱炭素のための経済活動はより活発になるはずです。

──脱炭素のためには地球全体を見渡す“神の目”が必要であり、それは宇宙であればこそ実現できるということですね。全球でデータを定期的に取得するとなると、センサーを搭載した小型衛星がしっかり配備される必要があると思います。小型衛星はもちろんですが、宇宙の持続性を担保した新たな推進機の役割も高まりそうですね。
浅川:地球の低軌道上に配置できる衛星数の上限は見えてきています。今後はその上限に対して、宇宙空間にある衛星をどう整理していくかが重要課題となります。ここ1、2年で、軌道離脱やデブリ(宇宙ゴミ)と衝突する可能性を回避するための推進機が欲しいというニーズが着実に増えている状況です。
これまでの推進機にはキセノンという希少なガスがよく使われていました。酸素を生成するプロセスでわずかに得ることができるガスで、医療の現場なども使われているのですが、資源が限られていることが問題です。また製造に関してはロシアやウクライナに依存しており、価格が高騰していて入手が困難となっています。今後、脱炭素に向けて全球観測の実現を目指すのであれば、調達が簡単な水を推進剤として使うという観点はより重要になると思います。
インセンティブを得られる支援が大学発スタートアップの競争力を上げる
──2人は大学での研究から出発して起業しています。今後、アカデミアとビジネスが深くつながっていくために何が必要だと考えますか。
福代:私はアカデミアの世界からビジネスに飛び込む人材が増えるためには、何より産業自体が力をつけ人材の受け皿になる必要があると思います。世界で勝つためには競争力あるプロダクトを生み出さなければなりません。そのためには、政府の支援制度の在り方も変化すべきです。
日本の場合、支援のほとんどは公共事業のような受託形式です。つまり、使った分しか支援を受けることができません。一方で、余った財源がインセンティブになるという支援であればどうでしょう。支援を受けた産業はコストを下げる努力をするようになり、必然的に競争力のあるプロダクトが生まれるはずです。結果として国際競争力が磨かれ、もうかる企業も生まれる。そうなればアカデミアの世界からさらに人材が集まるはずです。
浅川:再現性のある成功体験は、アカデミアがビジネスに挑戦する上で確かに重要です。研究とビジネスは通ずるところも多く、課題を見つけてアプローチするという側面では同じです。一方で、研究であれば物理現象など誰も変えられないものが対象となりますが、ビジネスではそこに人がつくった仕組みや感情も含まれる複雑系を解くという点で異なります。
それでも、大学などで起業やスタートアップについて体系的に学べる機会は増えています。私自身も東京大学のアントレプレナーシップの授業で単位を取りながらビジネスについて学びました。全体のシステムを体系的に学べる機会が増えれば、アカデミアの世界からビジネスに挑戦する人も増えるのではないでしょうか。
──最後に今後の展望を聞かせください。
福代:宇宙からデータを取得するための技術開発が世界的に進んでいますが、私たちはその流れと並行して、地球から衛星に脱炭素などの環境に関するデータを飛ばすIoT技術も開発しています。すでに実証実験が進んでおり、2023年から世界各国でさらに実績を積み上げていく予定です。宇宙と地上のインフラを組み合わせることで、人類の新たな可能性を開いていきたいです。
浅川:私たちは水を推進剤とし使用する推進機が、将来的に人工衛星に標準的に搭載されるような世界観を実現したいと思っています。推進機の課題を“過去のもの”とすることで、宇宙開発の未来をさらに一歩進めて行きたいです。
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日本を代表する宇宙開発関連スタートアップとして、
福代孝良(ふくよ・たかよし)◎株式会社アークエッジ・スペース代表取締役CEO、東京大学空間情報研究センター特任准教授、内閣府宇宙政策委員会専門委員。東京大学大学院修了。JICA専門家、外務省、内閣府宇宙開発戦略事務局を経て、2018年に株式会社スペースエッジラボ(現株式会社アークエッジ・スペース)創業。アマゾン森林管理および南米における自然資源管理、アフリカ地域の開発問題等を中心に森林・海洋・自然管理等の国際協力業務に実績。内閣府において、アジア・南米・中東・アフリカと宇宙協力並びに宇宙技術を活用したSDGs協力等に携わってきた。現在は、6Uを中心とした衛星コンステレーション構築事業を開始し、コンステレーションを利用した新たな宇宙ビジネスの開拓から、月インフラ構築や深宇宙探査等への取り組みも進めている。
浅川純(あさかわ・じゅん)◎株式会社Pale Blue共同創業者/代表取締役。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了、博士(工学)。東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任助教として従事した後、2020年4月に株式会社Pale Blueを創業し代表取締役に就任。宇宙推進工学を専門とし、世界初の小型深宇宙探査機PROCYONや、水推進機実証衛星AQT-D、超小型深宇宙探査機EQUULEUS等、数々の小型衛星・探査機プロジェクトに従事。東京大学総長賞や日本航空宇宙学会 優秀発表賞、MITテクノロジーレビュー「Innovators Under 35 Japan 2020」、国際電気推進学会最優秀論文賞等を受賞。水を推進剤として用いた小型衛星用推進機を社会実装することで、宇宙空間における新たなモビリティインフラの構築を目指す。
特集:「脱炭素」を実現に導く日本発スタートアップ
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