
- フィクションでも現実味のある事業計画を検証
- どん底から立ち上がる感情を丁寧に描く
- 1人の思いが周囲を巻き込んでいく
自称“人間投資家”の三星大陽(みほし・たいよう)が、生きづらさを抱えている人々に、「スタートアップ(起業)しよう!」と声を掛け、さまざまな人たちの持つ可能性を見いだしていく──そんな“人間再生”をテーマにしたフジテレビのドラマ『スタンドUPスタート』(毎週水曜日の22時から)が放送中だ。
※以下、ネタバレに関する記載も含まれているため、まだ作品を観ていない人、ストーリーの内容を知りたくない人はご注意ください。
竜星涼さんが主演を務める本作は、『週刊ヤングジャンプ』(集英社)にて連載中の人気漫画が原作。「資産は人なり」の信念を持つ主人公が、さまざまな事情を抱えた“訳アリ人材”へ投資するビジネスストーリーとなっている。
2022年に復活したフジテレビのドラマ枠「水10」は、過去に「普通の青春」を夢見る最強ヤンキー・難波剛が主人公の『ナンバMG5』、刹那的に生きてきた若者・国生宙(こくしょう・ひろし)が陸上自衛官へと成長していく『テッパチ!』が放送されるなど、「New Hero」がコンセプトとなっている。ドラマの登場人物は一般に認知されている職業の方が、理解や共感を得やすいが、多くの視聴者にはなじみの薄い「投資家」を主人公にしたのはなぜなのか。企画を担当したフジテレビ編成制作局の狩野雄太氏に話を聞いた。
フィクションでも現実味のある事業計画を検証
過去に『世にも奇妙な物語』シリーズや、『知ってるワイフ』『推しの王子様』などを手掛けてきた狩野氏。これまでスタートアップをテーマにしたドラマは、“中の人”である起業家の視点で語られることが多く、投資家目線でスタートアップの話が展開する点に新しさを感じたという。

「投資家が主人公で有名な映像作品は、『ハゲタカ』(NHK、後に映画化)くらいでしょうか。投資家という職業に対するパブリックイメージも、ビル・ゲイツ氏や孫正義氏などが、大きなお金を動かしている印象で、実態はよくわかりません。『スタンドUPスタート』は、問題を抱えていたり、社会でつまずいたりした人々が、1人の投資家と出会うことによって起業し、人生を変えていくところが、今までにありそうで実はなかったストーリーだと思いました」(狩野氏)
過去の栄光にすがる中年男性や、企業で働いたことのない専業主婦、、夢を語るだけで実際には踏み出せない若者、会社に切り捨てられたリストラ人材など、多くの登場人物が主人公・大陽との出会いによって、人生を再生させていく。

ドラマはあくまでフィクションであり、狩野氏自身も「実際には、必ずしも漫画のようにうまくはいかないでしょう。大陽のような“人間投資家”はファンタジーで、本来の投資家であれば、絶対に投資しないような人材に投資しますからね」と笑う。

「人は資産なり」の理念で、見方によっては荒唐無稽な投資をする展開もあるが、作品を観ている視聴者の反応には「地に足のついた事業計画」という評価が多い。原作者の福田秀氏、原作とドラマの監修を兼ねる上野豪氏との間で時に攻防はあるというが、原作の世界観を守りつつ、「成立しないビジネスプランはやらない」(狩野氏)スタンスだ。
スタートアップ業界や投資家については、上野氏の監修を軸に制作しているが、作中にはさまざまなビジネスが登場する。作中の事業計画に破綻がないかは、各業界の関係者に検証を確認するなど、物語の説得力を損なわないよう手間をかけている。
どん底から立ち上がる感情を丁寧に描く
ストーリーの基本構成は、事情やトラブルを抱えた“訳アリ人材”が大陽に出会い、起業(スタートアップ)していく展開。1話完結の要素もあり、どの回から観ても楽しめる構成となっている。
毎話、軸となる登場人物は、最初は置かれている状況や問題を直視できず、大陽の申し出を突っぱねる。しかし、それぞれがこれまでを振り返り、起業という再生への一歩を踏み出す決意をする。その決断のシーンには1つの“型”があり、雑踏の中で感情を爆発させ、切実な表情で叫ぶ心象風景の場面が印象的だ。
閉塞感や、一度失敗するとリカバリーできない雰囲気もある現代の社会。多様な方向性が存在する中で、起業も選択肢のひとつとして一般的になりつつある。例えば、第1話で人生を変えた林田利光(小手伸也さん)は、左遷されたとはいえ保険会社の部長職にいた。現状に甘んじていても、誰からも必要とされない。自分の存在価値に納得できていない気持ちを大陽に指摘され、逃避している問題を見つめ直す。

「登場人物がどん底の気持ちを味わい、感情を炸裂させる場面。初回の撮影で監督が出したアイデアが素晴らしく、すべての回ではないですが、雑踏で叫ぶシーンはかなりの頻度で取り入れています。『スタートアップ』や『投資家』というのが、特徴的なワーディングになっていますし、ある種、流行っぽい面もあります。ただ、実際の起業家のみなさんは、人生を賭けて事業に挑んでいますし、それだけの覚悟を決めるまでの心の動きを表現しています。感情のピークから逆算し、その過程を見せるだけでなく、気持ちの振り幅や角度を大きくつけることも、説得力の面では重要だと考えました」(狩野氏)

ストーリーの大枠は原作に沿ったものだが、ドラマだから表現できる手法や、生身の人間が演じるメリットもある。本作では主人公・大陽が尊敬する渋沢栄一の格言や、論語、韓非子の一節が出てくるが、時に登場人物のキャラクターが加味され、同じ意味でありながら、違った印象を与える場面があることも興味深い。
「初回に『四十、五十は洟垂れ(はなたれ)小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ』という、渋沢栄一の名言が登場します。日常で聞くような言葉ではないのに、竜星涼さんが絶妙なセリフ回しで違和感なく口にしてくれました。太陽の叔父・義知役は原作ではもっと年齢が上ですが、キーマンとして迫力のある人をと思い、反町隆史さんに演じていただいています。また、兄・大海(たいが)役の小泉孝太郎さんは最初から、原作からそのまま抜け出したかのようなキャラクターに仕上がっていたのは、すごいと思いました」(狩野氏)

第3話では正反対の性格の兄弟・大海と大陽が、別のシーンで韓非子の同じ一節を口にしたが、言葉に込められた温度感の差に、妙味を感じた人も多かっただろう。
1人の思いが周囲を巻き込んでいく
作品を通じて、スタートアップ業界との接点が増えたという狩野氏。「インキュベーション施設で、多くの起業家の卵たちが働く姿を見ました。『こうしたところから、将来、大きなことを成し遂げる人が生まれていくのか』と、非常に興味深かったですね」と語る。起業や出資について、詳しくなったわけではないと言いつつ、業種や初期投資の規模など、さまざまな世界があるスタートアップに大きな可能性を感じているという。
「きっかけはささいなことかもしれませんが、純粋な思いで何かを変えたいと考え、そのたった1人の思いの強さに、周囲の人間が巻き込まれ、やがて世の中を変えていく力になる。スタートアップには、そうした可能性があると実感しています。ドラマの中では、これから負け犬が王様に噛みつく、アリと象が逆転するような“胸熱”な展開を迎えますが、そこでキーマンになるのは投資家である大陽の存在。彼はトリックスターであり、このドラマ枠のコンセプトである『New Hero』にふさわしいキャラクター像だと思います」(狩野氏)

『スタンドUPスタート』という“人間再生ドラマ”の企画を担当した立場から、“人間投資家”というキャラクターを通じて、問いかけたいことや伝えたい強いメッセージがあるのかと 狩野氏に問うと、「どう受け取られるかは、ご覧になった方の思いなので、『こう見てほしい』なんてことはありませんよ」と笑顔で謙遜する。

その上で、狩野氏は「ただ、心の中で何かを思えるようなものは、作ったつもりです。それがどういう感情なのか、観た後に反芻してもらえると嬉しいですね。仮に『全然、刺さらなかったな』であれば、なぜ刺さらなかったのかを考えていただく。『良かった』と感じてもらえて、『明日、隣の人にちょっと優しくしよう』と思うとか……。観てくださった方が、何か一歩、変わるきっかけが作れたとしたら、ありがたいです」と控えめに語った。
1人の思いが、周囲を巻き込んで変化をもたらすように、1つのドラマが、新たな投資家のパブリックイメージを作り出すのかもしれない。