• ユニコーン企業を生んだ、世界規模のスニーカーブーム
  • 買い手、売り手が希望の価格を指定できる「板寄せ方式」を採用
  • 「モノの株式化」で不平等を解消
  • 高騰するプレミアスニーカー市場、定価の30倍での取引も
  • 無料鑑定で「本物」を保証
  • 「定価」という概念をなくしたい

20年の時を経て再び起こったスニーカーブーム。時には定価の30倍以上で取引されることもあるため、偽造品が横行し、また売り手と買い手の双方が納得する価格を設定するのもひと苦労だ。スタートアップ企業のブライノが提供するスニーカー専門の個人間売買サービス「モノカブ」では、偽造品鑑定と、“板寄せ”での価格設定を導入することで、平等な取引を目指すという。(編集・ライター 野口直希)

ブライノ代表取締役の濱田航平氏 Photo by Yuhei Iwmaotoブライノ代表取締役の濱田航平氏 Photo by Yuhei Iwmaoto

ユニコーン企業を生んだ、世界規模のスニーカーブーム

 希少性の高さから、「エアマックス狩り」と呼ばれるような強奪事件が起きるなど、社会問題をも引き起こした90年代後半のスニーカーブーム。それから20年の時を経て、再びスニーカーブームが起こっている。

 腕時計やハンドバッグのように、定価をはるかに上回る額で取引されることが増えたスニーカー。ナイキやアディダスの新作発売日には、抽選券を求める人でショップの前には長蛇の列ができる。定価1、2万円のスニーカーが10万円以上のプレミア価格で転売されることも少なくない。

 今回のスニーカーブームは世界規模といっていい。米国ではスニーカーに特化した個人間売買サービス「StockX(ストックエックス)」が注目を集めている。2015年に創業したStockXは6月、シリーズCラウンドで1億1000万米ドルを調達。評価額10億ドル超の未上場企業を指す“ユニコーン”の仲間入りを果たした。

 この領域に挑戦する日本のスタートアップがブライノだ。同社が運営するスニーカー専用の個人間売買サービス「モノカブ」は、偽造品の鑑定と、株取引の仕組みをヒントにした売買手法を武器に、ユーザーを拡大している。

買い手、売り手が希望の価格を指定できる「板寄せ方式」を採用

 モノカブはスニーカーに特化したCtoCプラットフォーム。販売できるスニーカーは購入済みの新品のみ。中古品の販売は禁止している。

 売買には、購入者と出品者の双方が希望の価格を指定できる「板寄せ方式」を採用している。購入したいスニーカーが出品されている場合、出品者の希望する価格で入札すれば、すぐに売買が成立する。だが現在の価格が高いと感じた場合、購入者は希望の価格を指定して入札できる。その後、新たな出品者が入札価格以下で商品を出品すれば、その値段で売買が成立する。

 出品者は自分が販売したい金額を指定してスニーカーを出品する。もし高額で販売したい場合、希望の値段を指定して、落札を待つこともできる(筆者注:証券取引における「板寄せ方式」は、全ての売り注文と買い注文を記載し、数量的に合致する「約定価格」を決定している。モノカブでは売り希望者の中で最も安い指値額を「購入価格」、買い希望者の中で最も高い指値額を「販売価格」として板寄せ方式と呼んでいる)。

板寄せのイメージ(ブライノのプレスリリースより)板寄せのイメージ(ブライノのプレスリリースより)
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 エスクローサービスを採用しており、購入時のやり取りはモノカブが仲介するため、売り手と買い手が直接連絡を取ったり、個人情報を伝えあったりする必要はない。

 取引が成立したスニーカーはモノカブが鑑定。偽造品でないことが確認できれば、専用のタグを取り付けた上で購入者に送付する。入札や出品、鑑定の手数料は現在無料だ。

 現在ユーザーの約9割が男性で、年齢は18~40歳が中心。出品者の中には、人気スニーカーの抽選販売に当選したものの、自分の足に合ったサイズのものが売り切れていたため、やむなく別のサイズのスニーカーを購入したという人も多いという。売上をもとに、あらためて目当てのサイズのスニーカーを買うのだ。

 2018年5月にベータ版としてサービスをオープン。口コミやSNSで徐々に知名度を上げていった。11月に正式版をローンチしてからは、毎月平均40%のペースでユーザー数を増やしている。2019年5月には、ベンチャーキャピタルのW venturesやTLM、個人投資家でゲームエイト代表取締役の西尾健太郎氏、HEROZの伊藤久史氏から約5000万円の資金調達を実施した。

「モノの株式化」で不平等を解消

 ブライノ代表取締の濱田航平氏は、27歳で起業した。新卒で証券会社に勤めていた濱田氏が目指すのは、「株取引の仕組みを一般的な商売に転用するサービス」だという。

「『モノカブ』というサービス名は、『モノの株式化』に由来しています。一般的な買い物の場合、買い手は売り手が一方的に決めた値段に従うことがほとんど。一方、株取引では売り希望者と買い希望者がともに『指値』で注文します。この仕組みを上手く使えば、不平等を解消できると考えたんです」

 そこで注目したのが、冒頭でも紹介したStockXだ。実はStockXでも板寄せ方式を採用している。濱田氏はこのサービスを参考に、モノカブの売買モデルを構築。扱う商品も、StockX同様、スニーカーに決定した。

 ちなみに、濱田氏にStockXのサービスについて教えたのは、実兄の濱田優貴氏。サイブリッジの共同創業者・元副社長で、現在はメルカリでCPO(Chief Product Officer)を務める人物だ。

高騰するプレミアスニーカー市場、定価の30倍での取引も

 前述の通り、モノカブで扱うのは新品のスニーカーのみ。「スニーカーの個人間売買だけでビジネスが成立するのか?」と疑問に思う人もいるかもしれないが、実はプレミアスニーカーの市場規模は決して小さくない。

 2018年時点でStockXの日次流通総額は、ハンドバッグや腕時計も含めて約200万ドル(約2億1600万円)。濱田氏は、個人間のスニーカー売買での年間流通額は全世界で約1兆円、国内でも約1000億円程度と推測する。

「レアものスニーカーを入手するため、ファンは日夜、奮闘しています。ナイキやアディダスの新作発売日にはショップ前には行列ができ、公式サイトはサーバーダウンするのが当たり前。先日も原宿のショップに約3000人が集まりました」

 ここまで熱気が高い市場だからこそ、スニーカーは「板寄せ方式」と相性が良い。値段の変動幅が非常に大きく、定価2万円のスニーカーが当たり前のように10万円以上で取引される。高騰時には、定価の30倍で取引されることすらあるという。

プレミアのついたスニーカーが並ぶ「モノカブ」プレミアのついたスニーカーが並ぶ「モノカブ」

「あまりに変動幅が大きいため、不慣れな人が相場観を見極めるのは困難です。貴重な商品がオークションで安く買い取られ、2倍以上の値段で再び転売されてしまうケースも珍しくありません。だからこそ、売り手も買い手も希望の値段を指定できる仕組みづくりが大切。モノカブでは過去の取引額も確認できるので、相場感を把握しながら売買できます」(濱田氏)

無料鑑定で「本物」を保証

 スニーカーファンがモノカブを評価するもうひとつの理由が、全ての成約済み商品に対して行う無料鑑定だ。濱田氏も「騙された経験があります」と語るように、偽造品の流通量は決して少なくない。

「以前、ユーザーが所持しているスニーカーを無料で鑑定するサービスを実施しましたが、なんと約3割が偽造品でした。10万円超で購入したスニーカーが偽物だったという話も珍しくありません。スニーカーファンにとって大きなリスクです」

 モノカブでは前述のとおり、出品者から送られてくるスニーカーのすべてを鑑定し、本物だと判断したスニーカーだけにタグを付けた上で購入者に発送している。鑑定が間違っていた際の補償も行う。同様の鑑定はStockXでも行っている。

鑑定済みのスニーカーに付けられるタグ鑑定済みのスニーカーに付けられるタグ

 エスクローで同社に送られてきたスニーカーを、社内の鑑定士がチェック。独自に蓄積したデータをもとに、スニーカー本体や箱などさまざまな部分を確認する。濱田氏によると、偽造品も日々アップデートされており、中には「PK GOD」とファンの間で呼ばれる、精巧な偽造品もあるという。

 モノカブの鑑定精度はファンの間でも高評価。メルカリなどのフリマアプリで販売されるスニーカーの中には、偽造品でないことを示すためにモノカブのタグが添付されていることもあるそうだ。

「定価」という概念をなくしたい

 モノカブでは今後、サービスを充実させながら、徐々に有料化を進めるという。

「全ての取引に手数料を導入せずにオプションとして高精度の鑑定を追加するなど、収益化の方法も慎重に検討しています。また、今後は時計やアパレル、高級バッグやワインなど、取り扱う品目も増やしたいと考えています」

 長期的な施策としては、ビジョンの「モノの株式化」を進めていく。その一案として濱田氏は、「定価の撤廃」を目指すという。

「いま構想しているのは、『モノの上場』というアイデア。予め購入希望者に理想の値段をオファーしてもらうことで、販売前から市場の需要をもとに値段を決定するんです。『ギャザリング(共同購入)』に近い発想ですが、こうした仕組みが成立すれば、定価という概念は不要になりますよね。理想はあらゆる売買に板寄せを導入すること。売り手の都合で決められた値段に従うばかりでなく、誰もが当たり前のように値段交渉を持ちかけることができる世界を作りたい」