
M&A(合併と買収)と資金調達のプラットフォームを運営するスタートアップ・M&Aクラウド代表取締役CEOの及川厚博氏が、M&Aを経験したスタートアップ、事業会社、VCへ「M&Aは『グロース』と『ハピネス』をデザインできるか?」をテーマに話を聞く本連載。第2回は、ソフトウェアテスト・品質保証サービスを主軸にM&Aを駆使して事業領域を広げ業績を伸ばす、SHIFT代表取締役社長の丹下大氏との対談の内容をお送りする。(前編はこちら)
4年がかりのPMIで、グループ会社経営陣の「本気」を引き出す
及川:PMI(Post Merger Integration、M&A後の経営統合のプロセス)の秘訣を伺いたいです。
丹下:グループ内では(M&Aクラウド経由でグループインした)「A-STARさん」など、さん付けで呼ぶし、もちろん社名は変えません。「買収」「子会社」とかの表現も一切禁止していて、「グループ会社さん」と言っています。
SHIFTグループの場合、グループ会社の経営者は4割が続投。6割は引退されますけど、その場合もSHIFTから後任を派遣するのではなく、先方のナンバー2だった方や、創業者自身がバトンを渡したいと思われている方と我々が共に経営をしていきます。
PMIにはだいたい4年かかるんですけど、それは先方の経営陣にも社員にも、SHIFTのやり方に完全に慣れてもらうために必要な時間だと思っています。製造業であれば、PMIの肝は「コスト削減をどれだけ緻密にやるか」ですよね。一方でSHIFTは、完全に人を主体とした仕事です。特にいま、DX人材は引く手あまたな状況です。なので、あくまで人を大切に、先方の意向を極力尊重しながら導いていきます。
グループ会社の社長と仲よくなれば、次のM&A先を紹介してもらえるようにもなります。最近はM&Aのソーシングをエージェントにもお願いしていますが、初期はほぼリファラルでした。「SHIFTグループにいると楽しい」と心から思ってくれた社長は、友達を紹介してくれます。そうすると、どんどん自分たちの能力を超えたソーシングができるようになっていく。そっちのほうが絶対いいのではないでしょうか。
及川:丹下さんは、M&Aの交渉過程でもかなり早くから社長同士での面談をされます。やったほうが絶対に好印象を与えると思いますが、それができる会社は少ないと思います。PMIの話に戻って、グループ会社とのコミュニケーションはどのくらいの頻度で取っていますか。
丹下:先方の規模や経営レベルによって、必要なコミュニケーションの密度も違うので、3グループに分けて管理しています。Aグループはそれなりの規模感があって、SHIFTのアセットを一番活用できるグループ。このグループとのミーティングは月1くらい。Bグループは、規模は大きくないけれどもひとり立ちができているグループで、ここだと3カ月に1回くらいかな。Cグループはまだまだ手厚くフォローしたほうがいいグループで、ここはもう毎週数字を確認しています。
SHIFTの場合、PMIの主役はあくまでグループ会社の経営陣で、要は彼らの意識がどう変わっていくか。先方がSHIFTのやり方を本気で採り入れたいと思ってくれた瞬間から、どんどん伸びていきますよ。ただ、それには本人たちの心の準備が必要な場合もあります。
2022年にSHIFTグロース・キャピタルを設立した理由の1つもそこにあります。もちろん、最も大きな理由は取締役会のタイミングを待たずに、スピーディに意思決定できる仕組みをつくるためですが。M&Aで大手SIerと戦っていくためには、スピード感は不可欠です。
もう1つの理由が、先ほど言った「心の準備」をしてもらうための“箱”としての機能を持たせること。グロース・キャピタルのM&A先には、比較的自由な経営を続けてもらいつつ、SHIFT本体のPMIのやり方を外から眺めてもらえばいいと思っています。
そのときに、「こういうやり方をするのか。うちはまだそこまで管理されたくないな」と感じる人たちもいれば、「これだけ急成長できるなら、自分たちも同じようにやってみたい」と思ってくれる人たちもいる。後者であれば、あらためてSHIFT本体のグループ会社になってもらうことも検討していきます。
SHIFTグループは「合衆国」。カルチャーではなく、上位概念を共有する
及川:グロース・キャピタルを経てSHIFTグループに加わることで、よりSHIFTカラーの強い関係性へと移行するわけですね。
丹下:事業面に関してはそうです。一方で、カルチャー面に関しては、もともとSHIFTカラーに染めるつもりはないですね。というか、カルチャーって基本的に融合できないものだと思っています。
及川:そもそもカルチャーフィットは求めていない、と。
丹下:グループ各社がそれぞれのドメインで、独自のフィロソフィーを軸にまとまっているほうがむしろいいと思っています。「1法人1人格」って言っているんですが、そのほうがグループ内で転籍して、キャリアの幅を広げたい社員にとっても、自分がどこに行くのがベストかわかりやすいでしょう。
例えて言うと、グループ各社は自治州で、SHIFTグループは合衆国。そうすると、アメリカ合衆国にとっての「正義」「自由」のように、グループとしての上位概念が必要になる。SHIFTの場合は、そこで「多重下請け構造をなくす」という想いを共有しているかたちですね。
及川:「1法人1人格」ということは、グループ内でドメインが重ならないようにM&Aしているわけですね。

丹下:だから、どこをM&Aするかはすごく大事です。M&Aの目的は基本「時間を買う」ことですが、それにプラスして「タレントを買う」というケースもありますよね。例えば、SHIFTにとってセキュリティ領域は知見もなかったし、そもそもセキュリティ関連のビジネスをやりたいと思うような原体験もなかった。M&Aしたからこそ、カバーできた領域だと思っています。
及川:M&A先の選定に関して、PMI中の会社からよく聞く悩みとして「クロスセルがうまくいかず、思ったようなシナジーが得られていない」という話があります。クロスセルに関しても、SHIFTさんはうまく進められている印象がありますが、悩んでいる会社へのアドバイスがあれば。
丹下:これは僕も他社から相談を受けることがあるんですが……クロスセルを狙うんだったら、ユーザーを人レベルで共有しているサービス同士じゃないと、まずうまくいかないですよね。顧客側の担当者が一緒じゃないと。
例えば自分たちの祖業が広告ビジネスで、主なユーザーはCMO(Chief Marketing Officer)だとしたら、CMOが他に求めているサービスは何か。SHIFTの場合はCIO(Chief Information Officer)になりますけど、そこを起点に考えていくのが一番の近道。先方の担当部門が変われば、それだけこっちの営業コストもかかるわけですから。
ちなみに「シナジー」というのも、ファジーな言葉ですよね。SHIFTではなるべく使わないようにしているし、実現可能性が高い内容であれば、もっと明確な言葉に落とし込めるはずです。あまりふわっとした言葉で未来を描かないほうがお互いのためかなと思います。
及川:最後に、これからM&Aに取り組みたいと考えている会社に向けてメッセージをいただけますか。
丹下:自社ではリーチしづらい領域に仲間とアセットを獲得できる、これがM&Aの一番の魅力だと思います。先ほどの上位概念というか、想いが近いもの同士だったら、M&Aで一緒になってしまったほうが絶対に強い。日本の中に似たようなサービスがたくさんあっても、結局世界では勝てないですから。M&Aを戦略的に活用して、国際競争力を高めていくことが今後ますます重要になると思っています。