2022年は政府が掲げる成長戦略によって「スタートアップ創出元年」に位置付けられた年でもあった。国をあげて今後ますます大規模なスタートアップの創出に取り組んでいこうという中、2019年に鹿児島県鹿児島市に開設されたクリエイティブ産業創出拠点施設「mark MEIZAN(マークメイザン)」にはすでに、起業を目指す人や実際に新たなビジネスに取り組む人が集まり活気を見せている。

mark MEIZANはオフィスやイベントスペースを備えた“場所”として機能することはもちろん、経営相談や資金調達、販路開拓などに関する“支援”も行っている。さらに、第一線で活躍する起業家やベンチャーキャピタリストをゲスト審査員に迎えてビジネスプランコンテストを開催するなど、イベントも盛んだ。

mark MEIZANに拠点を置き、経済産業省がスタートアップ企業を支援する取り組み「J-Startup KYUSHU」にも選定されたBuddycare(バディケア)の原田和寿氏、鹿児島でスタートアップ支援ファンドを設立したチェンジ鹿児島の中垣雄氏、スタートアップサークルを立ち上げ学生たちの起業を支援している鹿児島大学大学院の村上将太郎氏、そしてmark MEIZANの運営主体である鹿児島市 産業局産業振興部産業創出課の上林嵩弘氏の4名に、鹿児島のスタートアップの現状をそれぞれの視点から語ってもらった。

mark MEIZANが行政と民間をつなぎ、鹿児島に新しいコミュニティを生んだ

鹿児島市 産業局産業振興部産業創出課産業創出係 主任 上林嵩弘氏

──mark MEIZANは設立から丸4年が経ち、目標であったクリエイティブ産業振興とスタートアップ支援の成果が徐々に生まれつつあると聞きます。まずは鹿児島市が2019年にmark MEIZANを設立した背景を改めてお聞かせください。

鹿児島市 上林嵩弘(以下、上林):もともとは2001年に鹿児島市が立ち上げた「ソフトプラザかごしま」が前身にあります。これは情報関連産業の育成支援や中小企業のIT化など、当時の情報関連産業の盛り上がりとともに生まれたビジネス・インキュベーション施設でした。ソフトプラザかごしまは地域経済の活性化に一定の役割を果たしつつも、時代の変化とともに入居者などが徐々に減少し、コミュニティ内での交流も生まれづらい状況になっていきました。

同時に鹿児島市が課題に感じていたのは、豊富な資源の付加価値を高める“クリエイティブの力”が不足していること。鹿児島は農畜産物の生産などに大きな強みがありますが、生産した商品を売るためのアイデアやデザイン、それを生み出す人材が足りないことに危機感を抱いていました。

──拠点の再編が求められていた時期だったと。

上林:はい。そうした課題を受けてリニューアルオープンしたのが、「クリエイティブ産業創出拠点」としてのmark MEIZANです。オフィスに加えコワーキングスペースなどの交流できる場を備えることで、コミュニティや事業者同士の交流を促し、さまざまな業種や業態が交わって新しい事業展開を誘発する。同時に「ゼロからの価値創出」にも目を向け、既存事業にとらわれない革新的なビジネスが生まれることを願って、スタートアップや起業家の支援にも力を入れてきました。

また、ソフトプラザかごしまの時代と異なり、mark MEIZANは、施設として目指すべき方向性は共有しつつ企画・運営は民間企業に任せています。コミュニティ形成や人材育成など、行政だけではなかなかできないことを民間のノウハウと自由な発想を生かして取り組んでいただくことにしました。

スタートアップの機運が高まる鹿児島だからこそ、起業する価値があった

Buddycare 代表取締役CEO 原田和寿氏

──Buddycareは2021年4月に、チェンジ鹿児島は2022年4月に鹿児島市で事業を開始されました。なぜこの場所を選んだのでしょうか?

Buddycare 原田和寿氏(以下、原田):Buddycareは、世界中の愛犬が1日でも長く健康に暮らせる社会を目指し、愛犬の生活習慣に関するデータの収集・分析や、安全性や栄養バランスにこだわった愛犬用フードの開発・製造・販売に取り組んでいる会社です。鹿児島県は、フードに必要な肉や魚、野菜等の生産量が豊富で、調達に最も適した県だと考えました。調達を鹿児島でやるなら製造も近くで行うべきですし、また、自らが鹿児島に拠点を置くことで、食品製造において最も重要な安全性の確保や製品開発をスピードアップできます。さらに、起業前から鹿児島大学共同獣医学部とノウハウ提供契約を締結していたこともあり、私たちにとって、鹿児島が最適な選択でした。

──鹿児島で起業することで得られたメリットはありましたか。

原田:たくさんあります。その中で、「今だからこそ得られているメリット」も感じています。鹿児島はmark MEIZANのように新規産業を支援する機運は高まっていますが、まだプレイヤーが少ないため、その支援を勝ち取る競争倍率が相対的に低い、いわばスタートアップエコシステムの黎明期。そのため、支援や資金に“先行者”としてアプローチしやすい時期だと感じています。ただ、今後、この黎明期を過ぎると鹿児島で起業するメリットがなくなるかというとそういうわけではなく、その時はすでにスタートアップの街として成熟・定着し、通常の支援やリソースを得られる次のステップに進むのだと思います。

鹿児島から世界へ羽ばたくビジネスを支援したい

チェンジ鹿児島 代表取締役社長 中垣雄氏

──中垣さんは鹿児島でスタートアップ支援ファンドを設立し、スタートアップ企業の事業成長を後押しする活動をされています。

チェンジ鹿児島 中垣雄(以下、中垣):私はもともと東京でIT企業を経営していて、それをチェンジという会社に売却しました。そのチェンジの福留大士社長が鹿児島出身だったというのが今、鹿児島にいる理由です。福留社長に「鹿児島を元気にする仕事をしてみないか」という提案をされて、それに心を動かされたのです。生まれも育ちも東京の自分にも、地域を拠点に何か事業を展開する可能性があるのではないかと。

──なぜ鹿児島で、「スタートアップ企業への投資」を選んだのでしょうか。

中垣:鹿児島に行くにあたって地方創生の本を読みあさってわかったのが、地方で起業をする人のビジネスの展望が小さいということでした。その起業家たちの考え方のスケールが小さいというわけでは決してありません。日本政策金融公庫や地域の金融機関から融資してもらえるのはせいぜい500万〜1000万円ですから、その額に見合った規模のビジネスをするしかない。つまり、大きな夢を描いて実現を目指そうと思える土壌がないことが問題なのです。そうした状況に課題感をもってファンドを設立しました。融資主体の既存金融機関にはできないような、リスクをとってでも支援をする投資家がいないと、起業家は地方から世界に羽ばたけないと思ったのです。

上林:中垣さんがお話されたことはまさにその通りですね。鹿児島市産業創出課では、mark MEIZANに加えて「ソーホーかごしま」という施設を運営しています。こちらはSOHO事業者や新規創業者を育成・支援するために設置した施設で、スモールビジネスの起業を目指す方の利用が比較的多い状況ですが、入居者同士が活発に交流するなど、地域経済を支える新規創業者の創出につながっており、今後も施設運営を通して支援を継続していく必要性を感じています。

一方で、スケールの大きいビジネスを夢見る起業家同士が意見交換できる場所はあまりなかったのが実情です。現在はmark MEIZANの施設や主催イベントがその役割を担っていて、中垣さんのような新しい考え方を提示してくれる方やベンチャーキャピタリストとの交流も増えている。徐々に起業家のビジネスモデルの幅や資金調達の手段も広がりつつあると思います。

大きな夢を掲げても、しっかり受け止めてくれる

鹿児島大学大学院 村上将太郎氏

──今回、学生の立場から座談会にご参加いただいている村上さんは、どのようにmark MEIZANを利用していますか。

鹿児島大学大学院 村上将太郎(以下、村上):中学生の頃から起業への思いがあったのですが、高専在学中の留学先での出会いもきっかけに、スタートアップを立ち上げたいと考えるようになりました。当初はmark MEIZANを、起業のためのアイデアを練る作業場所として活用していました。その中で、周囲の同世代にもスタートアップという選択肢があることを知ってもらいたいという思いが芽生え、福岡を拠点に活躍する起業家やベンチャーキャピタリストをゲストにむかえた若い世代向けのイベントを企画しました。

このイベントをmark MEIZANの企画担当の方が見つけてくださり、そこからmark MEIZANとの連携が始まりました。現在は鹿児島大学内でスタートアップサークルを立ち上げ、産学官の連携を意識しながら学生の起業を支援する活動をしています。また、mark MEIZANなどで開催されるイベントやセミナー、ビジネスプランコンテストに若い世代が一人でも多く参加・エントリーするように働き掛けています。

──これから起業を目指す学生の立場から見て、mark MEIZANにどのような魅力を感じていますか。

村上:学生が一から起業をしようと思ってもわからないことだらけなので、起業家やベンチャーキャピタリストの方と交流できる機会を提供してもらえることがありがたいです。先ほども話に出ていましたが、こうした機会ができる前は、起業するといってもスモールビジネスのイメージしか描けませんでした。起業の夢を周りに語っても笑われるばかりで、自分が世界を変えるなんて大きな目標は掲げづらかった。でもmark MEIZANを通じてさまざまなプレーヤーに事業の相談をすることで、実現可能性も考えながらスケールの大きいビジネスを志すことができるようになりました。方向性に難があった際には厳しくアドバイスしてくれる方もおられて、失敗から学ぶことが多くあります。

一度県外に出ても、再び戻って来られるような場所を創る

中垣:mark MEIZANが人と人をつなぐハブとして機能しているという話でいえば、私もこの場所を通じて人脈が広がったのはすごくありがたかったです。また、私のように県外から事業をしにきた人にとって、mark MEIZANに入居していると伝えることで、初めて会う方の安心感が高まるということも利点として大きいと思います。逆に私も東京の人脈をたどって紹介することができるので、交流することでお互いにメリットが生まれていると思います。

原田:産官学含めてさまざまな人が交流できるハブができることで、鹿児島全体としてスタートアップやクリエイティブ産業を後押しする空気感が醸成されている流れは感じますね。

上林:村上さんのようにセミナーに参加する若い方が増加しているのも実感しています。同時に、自身のキャリアプランの中で「起業」という選択肢もあるということを、もっと多くの人に知ってもらうことも、行政に求められる役割だと考えています。鹿児島の課題としては、18歳以上の人口減少が挙げられます。大学進学の時期に県外に出て、そのまま外で就職してしまう方が多いというのが実情です。ですから、一度鹿児島から出たとしても、成長したそれらの人材が再び帰りたいと思えるような魅力的な雇用や起業の選択肢を増やしていく必要があります。U・I・Jターンする人が増えることで、鹿児島でより大きな夢を見据えてチャレンジする人が増えていくことも期待しています。

原田:そこはぜひU・I・Jターンの就職先として、Buddycareも検討してほしいですね(笑)。

上林:Buddycareさんは、国のJ-Startup KYUSHUにも選定されていますが、この鹿児島で、そしてこのmark MEIZANで大きなチャレンジができるという良いモデルになっていただいていると思っています。mark MEIZANではオフィスへの入居者を随時募集しているので、ぜひもっと多くのみなさんに応募いただき、チャレンジの場として活用していただけるとうれしいです。

スタートアップのロールモデルがここから生まれる

──最後に、参加された4名それぞれの視点から、今後のmark MEIZANや鹿児島市のスタートアップシーンに期待することがあればお聞かせください。

村上:mark MEIZANは大学生からするとまだ「行政が管理している施設」という敷居の高いイメージもあると思うので、ここに足を運ぶきっかけを私自身も学生たちに与えていきたいなと思っています。交流する機会をつかめば、もっと挑戦できる土台になると思います。

中垣:mark MEIZANが主催するビジネスプランコンテストに期待しています。ビジコンの中には地域の特色を前面に出したスモールビジネス向けのものもありますが、mark MEIZANはITやDX関連を含め、短期間での成長を目指すプランを積極的に採用するなどして、差別化できているのがいいのではないでしょうか。すでにほかのビジコンとのすみ分けもできていると思いますが、市場の大きさや成長性、継続性などを指標にしてスケールの大きいビジネスを見据えることができるビジコンをどんどん開催していくと、鹿児島から世界に羽ばたくスタートアップが生まれてくると思います。

原田:まずはBuddycareとして、鹿児島のスタートアップ企業を代表するロールモデルになれるように使命感を持って取り組んでいきたいです。これから起業するの方の参考になるような事例を生み出していかなければいけないですし、ロールモデルとなるスタートアップ企業が増えれば、鹿児島のスタートアップ全体が盛り上がってくると思います。

上林:mark MEIZANは、オフィスやコワーキングスペースとしての機能をはじめとして、経営相談、クリエイティブ産業振興やスタートアップ支援関連のセミナーやイベントの開催など、多くの機能を併せ持った施設です。それぞれにまだ課題もありますが、今後も施設が持つ機能を最大限生かしながらコラボレーションを生み出し、チャレンジできる場としていくことで、そういったロールモデルの創出を促進し、地域の稼ぐ力の向上につなげていきたいと考えています。

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この座談会を開催した翌日には、mark MEIZAN主催のビジネスプランコンテストが開催され、大学生を含む若い起業家の卵たちがレベルの高いプレゼンテーションを披露していた。インキュベーションを兼ねたこのコンテストでは、ベンチャーキャピタリストがメンターとして1ヶ月半にわたって伴走し、参加者はアドバイスを受けながらビジネスプランを練り上げてきたという。その多くのプランに、データ分析やアプリ開発といったデジタル技術を活用した構想が盛り込まれていたことも印象的だった。地域性だけにとらわれることなく、“いま社会で求められているもの”や“解決すべき問題”に対しての最適なアプローチを模索する——こうした発想がmark MEIZANを中心に培われ、やがて鹿児島から世界へ向けた新たなビジネスを創出するのではないだろうか。

問い合わせ先
mark MEIZAN
〒892-0821 鹿児島県鹿児島市名山町9-15
電話:099-227-1214
メール:info@mark-meizan.io
https://mark-meizan.io/

鹿児島市 産業局産業振興部産業創出課
〒892-8677 鹿児島市山下町11-1
電話:099-216-1319