『ホグワーツ・レガシー』公式サイトのスクリーンショット
『ホグワーツ・レガシー』公式サイトのスクリーンショット
  • 2週間で世界合計1200万本の大ヒット
  • 品薄の影響で6万円弱のPS5が8~10万円で転売
  • 「すごさ」が伝わりづらいPS5
  • ソフトメーカーが演出した、ソフトの「プレミア感」
  • 「欲しければ買える」状態になったPS5の未来を変える『FF16』

2週間で世界合計1200万本の大ヒット

小説や映画で人気を誇る『ハリー・ポッター』シリーズをテーマとしたゲーム『ホグワーツ・レガシー』が2月10日に発売された。Warner Bros. Gamesの発表によると、同ソフトはわずか2週間で販売本数が世界合計1200万本(全プラットフォームのパッケージ版+ダウンロード(DL)版の合算)を突破する、ロケットスタートを記録したという。

日本国内でも1月末ごろには、ネットで注文できるゲーム販売店のほとんどでパッケージ版の予約が締め切られていた。そのためネット上では「初回出荷本数を絞ったのではないか?」とも噂されていたが、いざふたを開けてみれば、正真正銘の人気だったのだ。

ホグワーツ・レガシーがなぜここまで高評価を得ているのかを、簡単に説明しておこう。このゲームはハリー・ポッターの舞台となる、ホグワーツ魔法魔術学校で学生生活を体験できるアクションアドベンチャーゲームだ。

ただしハリー・ポッターでは1990年代を描いているのに対し、ホグワーツ・レガシーはその100年前が舞台となっている。ハリーはもちろん、ロンやハーマイオニーといったなじみの面々は生まれてすらおらず、ゲーム内に登場しない。しかし学校内や周辺の街、森といった世界は100年前でも変わらず、映画シリーズやUSJのアトラクション「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」で見た風景そのもの。近くを通りかかると話しかけてくる絵画や、眼の前で足場が積み上げられていく階段、隣同士で小競り合いをしている甲冑といった、魔法に満ちあふれた世界がディスプレイの向こう側にいぶいている。

その世界の構築には、PlayStation 5 (PS5)など最先端ゲーム機のグラフィック性能が貢献していることは間違いない。きめ細やかに描きこまれた背景グラフィックが驚くほど滑らかに、スムーズに動き回る世界。実写とも見間違えるほどのクオリティで世界が作り込まれている。

このゲームの特徴的なところは、他にもある。もともとPlayStation 4(PS4)やNintendo Switchなど現行の全ゲーム機およびPC向けに発売されることが決まっていながら、2月に発売されたのは最新のゲーム機であるPS5とXbox Series X|S、そしてPCの3機種だけだったことだ。MicrosoftがActivision Blizzardの買収を行うにあたって欧州委員会の公聴会で発表したデータによると、PlayStationシリーズとXboxシリーズのシェア比は世界で7:3。日本においては96:4と圧倒的な差がある。つまり世界単位でもPS4/5のシェアはXboxシリーズをダブルスコアでリードし、日本国内ではPS4/5が寡占状態という数値だ(あくまで両社の比較なので、Nintendo Switchは含まれていない)。

PS5、Xbox Series X|Sともに市場で品薄になっている状況は同じ。つまり発売元は“市場にあまり出回っていない”最新ゲーム機とPC(高性能なゲーミングPC)向けという、ハイエンド環境に限定して発売するというリスキーな販売方法を選び、それが大成功を収めたのである。

品薄の影響で6万円弱のPS5が8~10万円で転売

前述したホグワーツ・レガシーはXboxシリーズやPC向けにも発売されているが、説明をシンプルにするため、あえて話題をPS5に限定して説明しよう。

2020年11月に発売したPS5は、発売から約2年間に渡って品薄状態が続いていた。このため発売当初は税別4万9980円(税込5万4978円)で発売したにも関わらず、各種オークションサイトでは8万円から10万円ほどの価格で落札されていた。このため転売目的の購入も相次ぎ、小売店の店頭でPS5の姿を見ることはほとんどなかったのである。

PS5本体を欲しがるゲームファンは一定数いても、転売によりメーカー希望小売価格よりも高額になっているPS5には手を出さない。これにより、PS5のメーカーであるソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)がPS4を上回るペースでPS5を生産・出荷しても、ゲームファンの手になかなか届かないという状況が続いていた。

この影響は、PS5「専用」ソフトの売上にも影を落としている。移植や高解像度リマスター作品を除いたPS5専用ソフトは、2021年4月に発売した『Returnal』(世界合計56万本)。続いて6月に発売された『ラチェット&クランク パラレル・トラブル』は世界110万本を販売。しかし、翌2022年3月にPS5とPCで同時発売した『Ghostwire:Tokyo』と、9月に発売した『Steelrising』は販売本数を発表していない。

このラチェットの世界合計で110万本という本数も、決して喜べる数字ではない。PS4のヒット作では『アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝』が1600万本、『マーベル スパイダーマン』が1320万本、『ゴッド・オブ・ウォー』が1200万本売れている。PS5専用(または+PC)で発売したことが販売本数の足かせとなるなら、ゲームのグラフィックを少し下げてでもPS4用に発売し、「PS4のソフトですがPS5でも遊べます」または「PS4版購入者は、PS5版のダウンロード版を安価で販売します」という売り方をしたほうがローリスクなのは明らかだ。PS5本体を売り伸ばしたいはずのSIEですら、自社発売のソフトをPS5専用にはせず、前述した売り方を続けているというのが現状である。

魅力的な専用ソフトがけん引することもできないPS5は、どうやって売り伸ばしていけばいいのか──それは、PS5ビジネスに関わるハード&ソフトメーカーの誰もが頭を抱えてしまう問題だった。

「すごさ」が伝わりづらいPS5

PS5は自身のすごさや価値を伝えづらい商品であったことも、普及が思うように進まなかった原因の1つだった。任天堂のハードウェアであれば、WiiやNintendo 3DSとNintendo Switchとを比較すると「テレビにつないでも、携帯しても、どちらでも遊べる」というわかりやすさに加えて、『マリオカート』『どうぶつの森』『スプラトゥーン』などの新作がそのハードでしか発売されないという、強力な魅力がある。

それに比べてPS4ユーザーにPS5の魅力を伝えようとする要素は、以下のようになる。

・4K解像度でHDRカラー対応
・レイトレーシング(リアルな光源処理)に対応
・3Dサウンド
・L2/R2トリガーを引く負荷が変化
・ロード時間の高速化
・Wi-Fi6対応

PS5の本体価格が高額になった一番の要因は、高速なCPUやビデオボードを採用したことにある。そしてそのCPUやビデオボードを利用した画面の高画質化が、PS5の一番のセールスポイントだ。より細かく、より遠くの風景まで、リアルな陰影処理が施されたフォトリアルなグラフィック表示。これに対抗できるゲーミングPCを作るためには15万~20万円はかかるため、6万円で購入できるPS5のコストパフォーマンスがいかに高いかがわかるはずだ。

しかし、である。4K画質のゲームを求めている人が、どれほどいるのだろうか。

一般社団法人放送サービス高度化推進協会(A-PAB)が2022年4月に発表したデータによると、4K(または8K)テレビを所有している人は19.6%と、2割にも満たない。

4K解像度(水平3840×垂直2160画素)は2K解像度(水平1920×垂直1080画素)に比べてドット数が4倍あるため、美しいことは間違いない。しかし小さな画面サイズではドットが細かくなり過ぎてしまうのである。筆者の体感では、40型を下回るサイズでは4Kと2Kの区別が難しい。40型よりも小さな画面で4K解像度のテレビやディスプレイを選んでも、高解像度の恩恵を受けづらい。

ソフトメーカーが演出した、ソフトの「プレミア感」

前述したように、ハードとしての魅力を一般ユーザーには伝えきれていないPS5。そんな状況を変えるゲームチェンジャーとも呼べるソフトがホグワーツ・レガシーだ。

このソフトはハリー・ポッターの公式ゲームであるにも関わらず、作品内に登場する学校名(地名)をタイトルに採用するという大英断をした。しかも、(市場にあまり出回っていない)最新ゲーム機とPC向けにのみ出すという、大胆な販売戦略。

本サイトの過去記事「二極化を続けるゲーム産業」でも説明したが、ゲームのグラフィックが緻密さを増すほどグラフィック作成者の人件費が高騰し、損益分岐点は高くなるばかり。そこで発売元の多くはPS4/5だけでなくXboxやPCも含めた現行のゲーム機すべてで同じソフトを発売し、売上を少しでも増やそうとしている。その代わり、PS4版とPS5版を同時に制作することで、PS5ならではの「違い」がほとんど出せなくなっている。

ちなみにホグワーツ・レガシーも、2月にはPS5とXbox Series X|S、PCの3機種を先行発売したが、4月4日には前世代機のPS4とXbox One版を、そして7月25日には販売台数がもっとも多いNintendo Switchでも発売するという、機種別の段階的な発売日設定を行っている。

発売元がこうした販売スケジュールを選んだ理由はおそらく、最高峰のグラフィックを体験できるハードウェアで最初に発売することで動画などがYouTubeやSNSに投稿され、マジョリティである「PS5を持っていないユーザー」から羨望の眼差しを受けるとにらんだからだろう。PS5を持っていないユーザーは「2カ月待てば自分の自宅でも遊べる」という期待を抱き、発売日を待つ。高精細な画面がセールスポイントだとは言え、グラフィックの品質がPS5版に比べて落ちたとしても非難する声は皆無だろう。

さらに、現在もっとも普及しているプラットフォームであるNintendo Switch版は、PS4版からさらに後の7月に発売する。こちらもグラフィックの品質ダウンをネガティブには受け止められないだろう。これはホグワーツ・レガシーが大ヒット&ロングテールを見込める作品だったからこそ使えた手法であり、知名度の低いゲームソフトで同じことをしても、同様の効果は期待できない。

しかしこの「PS5先行発売」は業界にとっては大きな功績になるだろう。PS5を持っていれば、PS4ユーザーよりも「2カ月前にゲームが遊べる」だけでなく、「より美しいグラフィックでゲームを遊べる」という事実を作ることができたからだ。たとえPS4版が発売されたあとでも、「PS5であれば、現状最高峰のグラフィックで遊べる」という優越感は残る。

これはあくまでソフトの発売元の販売戦略ではあるが、結果的にPS5本体の訴求力を引き出す効果があったことは間違いない。

「欲しければ買える」状態になったPS5の未来を変える『FF16』

北米のブラックフライデーが終了した2022年末からは日本国内でもPS5本体の出荷量が大幅に増え、メーカー希望小売価格で買える機会が増えつつある。そのため、「PS5でしか遊べないタイトル」があればPS5を売り伸ばすチャンスとなる。

2月16日に発売したElectronic Arts の『WILD HEARTS』も、ホグワーツ・レガシーと同様にPS5とXbox Series X|S、そしてPCのみでの発売となった。こちらは他機種での発売予定はないため、日本の家庭用ゲーム機ファンにとっては「PS5または高性能ゲーミングPCでのみ遊べるゲーム」という受け止められ方をしている。つまり、このタイトルも「PS5を買ったこと」で得られる優越感を味わえるものの1つだ。

こうしたタイトルが今後増えていけば、PS4ユーザーの中にPS5への買い替えを検討しようとする人が増えていくのは間違いないし、PS5の発売元であるSIEも、こうした状況になることを切望しているに違いない。

そんなタイミングで2023年6月22日に発売されるスクウェア・エニックスの大型タイトル『ファイナルファンタジーXVI(FF16)』は、PS5“専用”タイトルだ。他機種どころか、PC版の発売予定すら発表されていない。

『ファイナルファンタジーXVI』公式サイトのスクリーンショット
『ファイナルファンタジーXVI』公式サイトのスクリーンショット

日本どころか世界レベルで最先端グラフィックを期待されている同作は、PS5を買わないとプレイできない。つまりSIEにとってPS5の今後を左右するだけのゲームチェンジャー的なソフトとして捉えているであろうことは想像にたやすい。

2023年2月28日にファミ通.com4Gamer.netなどに掲載されたFF16のプロデューサー・吉田直樹氏のインタビューによると、本作は「発売から半年間、PS5以外のプラットフォームでは発売しない」というSIEとの独占契約が結ばれている。加えて吉田氏は「契約的には半年後にPC版を発売できるが、調整を考えると事実上不可能」「PS5のエンジニア集団の皆さんから助言を頂き、PS5用に最適化した。PC版で同等の動作速度を得るには、30万円のゲーミングPCが必要」といった発言もしている。

吉田氏はこのほかにも「プロモーションもSIEさんの予算で、世界規模で行ってもらえる」ともコメントしている。こうした怒涛のPRを前に、我々は新ハードを欲しくなる「魅力」とは高解像度などの「スペック」ではなく、作り込まれた魅力的な「専用ソフト」だったということを思い知らされることになるに違いない。

20年以上前、ゲーム業界の覇権を争ったPlayStation(PS1)とセガサターン。しかし国内売上本数400万本、グローバルで1000万本を記録した『ファイナルファンタジーVII』の登場により両ハードのパワーバランスが崩れ、PS1の圧勝となったのは1997年1月のこと。そして今、2023年に起こるPS5の競争相手は、自社の前世代ハードであるPS4だ。我々は、あのパラダイムシフトを目の当たりにしようとしている。