HonneWorksの創業メンバー。テリー・フィリップ・ドリュー氏(左)と代表取締役の冨成俊亮氏(右)
HonneWorks創業者のテリー・フィリップ・ドリュー氏(左)と代表取締役の冨成俊亮氏(右)
  • 同僚やIT業界で働くユーザーと匿名で議論
  • ベータ版には1300人が登録 「レイオフ」関連の投稿が3〜4割
  • エンジニア給与DBからのスタート、「給与以外の情報ギャップ」解消目指す

米国の大手テック企業を筆頭に、IT業界にレイオフの波が押し寄せている。次々と著名なメガベンチャーや有望なスタートアップの人員削減に関するニュースが報じられ、海外のテック系メディアではレイオフ関連の記事を見ない日の方が珍しいくらいだ。

レイオフに関する海外の記事をいくつか見ていくと、情報源として“あるサイト”の名前をたびたび目にする。「Blind(ブラインド)」という社会人向け匿名SNSだ。

Blindの特徴は実名制のSNSでは難しかったような、キャリアに関する“本音の議論”がしやすいこと。例えば実際の投稿の中には、「A社とB社からこの条件でオファーをもらったが、どちらを選ぶか」「今年の昇給額とボーナスの金額をみんなでシェアする」といったように、生々しいものも多い。直近ではまさにレイオフの情報が共有される場所として盛り上がっており、ユーザー数は700万人を超える。

そんなBlindの“日本版”とも言えるサービス「WorkCircle(ワークサークル)」が、3月8日に本格始動した。

WorkCircleはBlindと同様、企業で働くビジネスパーソンを対象とした匿名SNSだ。運営元のHonneWorksでは今回の正式リリースに先駆けて2022年12月から試験版を運用しており、すでに約250社・1300人以上のユーザーが登録している。

HonneWorks代表取締役の冨成俊亮氏によると、現在はGAFAを始めとした外資系IT企業や日本のメガベンチャー、IT系スタートアップで働くユーザーが中心。キャリアや年収、ライフイベントなど幅広いトピックに関して本音の議論が交わされるコミュニティが生まれ始めているという。

同僚やIT業界で働くユーザーと匿名で議論

WorkCircleの画面イメージ
WorkCircleの画面イメージ

WorkCircleでは、同僚や同じ業界で働く社員と匿名でコミュニケーションができる。

会員登録には「会社のメールアドレス」が必要で、投稿時にはユーザーID(変更可能)と会社名が表示される。この仕組みによって匿名ではあるものの「ユーザーがその会社に勤務していること」は保証されているかたちだ。

全ユーザーが参加対象となる「テックラウンジ」では、会社の枠を超えてIT企業で働く社員同士が自由に議論できる。またWorkCircleには“同僚専用”の「プライベートサークル」も用意されており、役職や勤務年数などを取っ払ってオープンに交流することも可能だ。なおプライベートサークルに関しては、匿名性を担保する観点から、同じ職場のユーザーが30人に達すると開設される。

SNSとしての機能自体はシンプルで、テキストベースのやりとりが基本。「AとBのどちらがいいか」といったように、Twitterなどでも実装されている投票機能も備える。

冨成氏がWorkCircleの特徴として挙げるのが「匿名性」「信頼性」「透明性」の3点だ。

「会社のメールアドレスが必要なため、どうしても登録時の心理的なハードルが上がるものの、同時に(ユーザーの所属企業に関する)信頼性も担保できます。また日本企業においては、お互いの役職や年次を気にして素直なコミュニケーションが取りづらい場合もある。匿名性にして(役職や年次を)マスキングすることによって、本音ベースで会話しやすくなると考えています」(冨成氏)

ベータ版には1300人が登録 「レイオフ」関連の投稿が3〜4割

2022年12月から提供してきたベータ版には1300人以上のユーザーが集まった。

大まかな内訳としては楽天やLINEなどメガベンチャーに務めるユーザーが全体の40%程度。次に多いのがGoogleやAmazonをはじめとした外資系IT企業の社員で30%ほどを占める。スタートアップや中小規模のIT企業で働くユーザーも少しずつ増えている状況だ。

投稿内容はキャリア系のトピックが中心で、冨成氏によると「約3〜4割がレイオフに関するもの」だという。例えばレイオフの対象となった社員が転職先の候補となるような企業について議論したり、外資系出身のメンバーが過去の体験を共有したりといった具合だ。

勤務先を確認済みで信頼性が担保されているため「海外で働きたいユーザーが現地企業の社員に質問する」「選考を受けている企業の“中の人”にアドバイスを求める」といった使い方もしやすい。「所属企業と勤続年数、職種、年収をひたすら投稿する」ような、生々しいスレッドも盛り上がっているという。

投稿されているコンテンツの例
投稿されているコンテンツのイメージ。実際に職場環境や就活、転職、キャリアアップ、恋愛、メンタルヘルスなど幅広いトピックに関する議論が生まれているという

社会人を対象としたキャリアSNSではあるものの、WorkCircleが目指している方向性は「匿名だからこそざっくばらんに相談できるコミュニティ」(冨成氏)だ。子どもの習い事や休日のリフレッシュの方法、恋の悩みなど投稿されるトピックの幅は広い。

「友人や同期には相談しにくい内容であっても、匿名であれば聞けることもある。現在はIT業界で働いている人をターゲットにしているので、自分と似たような環境にいるユーザーへ意見を求めたり、相談できたりする点は(社会人向けSNSとして)大きな武器になると考えています」(HonneWorks創業者のテリー・フィリップ・ドリュー氏)

エンジニア給与DBからのスタート、「給与以外の情報ギャップ」解消目指す

HonneWorksは2021年の設立。創業者のテリー氏と代表を務める冨成氏は複数のIT企業でキャリアを積んできており、リクルート在籍時に同じチームで働いていた間柄だ。

最初に開発した匿名性のエンジニア給与データベース「OpenSalary」は、自らの転職活動での経験がアイデアのもとになっている。

最初に立ち上げた「OpenSalary」はさまざまな企業で働くエンジニアの給与データを集めたデータベースだ
最初に立ち上げた「OpenSalary」はさまざまな企業で働くエンジニアの給与データを集めたデータベースだ

毎回のように「年収はいくらを想定していますか?」と聞かれたが、希望金額が妥当なのかが分からず「貴社の水準にお任せします」としか答えられなかった。会社や職種単位で給与水準をもっとオープンにできれば、同じ状況にいる人の役に立つかもしれない。そう考えて開発したOpenSalaryは公開から3日で3万PVを集め、想像以上の数の人たちから給与データが寄せられたという。

テリー氏たちはOpenSalaryの運営を通じて「匿名コミュニティ」の可能性を感じるとともに、「キャリアを考慮する上で給与が大事な情報であることは間違いないものの、給与以外の情報においてもギャップ(情報格差)が大きい」と考えるようになった。

特に日本ではジョブ型採用が広がり始め「何ができて、どのように会社に貢献できるのか」が今まで以上に求められる時代になりつつある。そんな環境だからこそ、キャリア構築のために語り合える場所が求められているのではないか──。WorkCircleはそのような背景から生まれた。

匿名性のSNSは一気に盛り上がることがある反面、コミュニティの質を担保しながらビジネスとしても持続できる仕組みを作ることは簡単ではない。過去にはDeNAが手がけていた「Flat」など同じ領域のサービスも存在していたが、現在はクローズされているものがほとんどだ。

WorkCircleではコミュニティガイドラインに基づいたモニタリングと、ユーザーからの通報による削除対応などを通じてコンテンツの質を保っていく計画。例えばインサイダー情報に当たるような投稿や特定の個人名を出した投稿、性的な表現の多い投稿などが、削除対象になりうるという。

収益化に関しては将来的に特定のユーザーとのマッチングなどユーザー向けの有料機能や、求人広告を含む企業向けのビジネスを検討するが、まずは基盤となるユーザーコミュニティ作りに力を入れる。

海外ではBlindのような先行サービスも存在するものの「米国市場の情報が中心で、必ずしも日本で働く人にとって直接役に立つ情報ばかりではない」ため、WorkCircleとしては日本市場にフォーカスして情報交換の文化を広げていきたいという。