スーパーやドラッグストア向けにECプラットフォームを展開する10X。これまでエクイティで二桁億円の資金を調達してきたが、今回デットファイナンスで新たに15億円を調達した
小売企業向けにECプラットフォームを展開する10X。エクイティで二桁億円の資金を調達してきたが、今回デットファイナンスで新たに15億円を調達した

スタートアップにおける資金調達手段の幅が広がってきている。エクイティファイナンス(株式の発行による資金調達)や銀行借入に加えて、スタートアップ向けに設計されたベンチャーデットやフィンテック企業が展開する新しい切り口の資金調達サービスなど、選択肢が増えてきた。

2022年は米国テック企業の株価暴落などの影響から資金調達環境が悪化し、スタートアップにとっては“冬の時代”とも言われた。以前に比べて企業価値もつきづらくなっていることから、エクイティのみではなく、複数の手法を組み合わせながら必要な資金を集める企業も目立つ。

小売企業向けのECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」を提供する10Xは、複数の金融機関から借入などを通じて新たに15億円を調達した。借入先は静岡銀行、三井住友銀行 、三菱UFJ銀行、山梨中央銀行、Fivot、SDFキャピタル、Yoii。メガバンクとベンチャーデットに取り組む地方銀行、そしてデットファンドやフィンテックサービスを運営する新興プレーヤーがそろったかたちだ。

10Xで取締役CFOを務める山田聡氏は「(エクイティの調達コストが市況により相対的に上がる中で)事業成長に向け、再現性が高くなってきている既存プロダクトの成長投資の原資として、リスクリターンのバランス的にデットが最適だと判断しました」と今回のファイナンスについて説明する。

Stailerはスーパーやドラッグストアなどのネットスーパー立ち上げを包括的に支援するサービスだ。エンドユーザー向けのネットスーパーアプリだけでなく、事業者向けのピックアップや配達管理のアプリ、受注管理システムなど、顧客の需要に合わせて必要なシステムを組み合わせて提供する。

顧客からは月額固定のサービス利用料と売上連動費(ネットスーパーの売上のレベニューシェア)を受け取るビジネスモデル。これまでにイトーヨーカドーやライフ、スギ薬局、薬王堂など複数の小売企業を支援してきた。

「(ビジネスモデルの特性上)『それぞれの契約から今後発生する売上』をある程度予測できます。将来の返済原資のようなものが一定程度確保されている状態なので、それを踏まえた上で借入金額や条件の話がしやすいです」(山田氏)

10Xの場合は特に大手食品スーパーであるライフとの取り組みが大きい。ライフと実績が作れれば、地方のスーパーでも同じような成果を期待できる。既存顧客との実績や満足度、その取り組みの再現性などは、デットファイナンスを進めるにあたっても評価のポイントになったという。

静岡銀行や山梨中央銀行とは「(Stailerが)地方企業に広がり始めている」点においても親和性が高い。現在、Stailerの導入先の約半数は都心以外で事業を展開するスーパーなどの小売店。すでに今年中のサービスローンチが決まっている5社のうち4社も都心以外の企業だという。

地銀にとってはStailerが地域の小売企業のDXを支援するツールにもなりうる。10Xとしても地銀と連携を深め、現地の企業との接点を増やしていく構えだ。

地銀や新興プレーヤーもベンチャーデットに進出、選択肢が広がる

デットファイナンスの選択肢が広がっている背景には、金融機関側とスタートアップ側のそれぞれでいくつかの要因が考えられる。

まずは資金の出し手となる金融機関側の変化だ。「徐々にではあるが、銀行や地銀などが新たな収益機会としてスタートアップへの融資を前向きに検討し始めている」(山田氏)ことに加え、新興のデットファンドやフィンテック企業も出てきた。

結果として競争環境が生まれつつあり、金融機関側のリスクの取り方やコミュニケーションも変わり始めているというのが山田氏の見解だ。

上述した静岡銀行は地銀の中でもデットファイナンスに積極的に取り組む。直近では山梨中央銀行らとコネクテッドロボティクスに対して融資を実行した。SDFキャピタルは2022年にスタートアップのみを対象にしたデットファンドを立ち上げ、約半年の間で10Xやテックタッチ、ペイトナーなど6社に資金を提供している。

同じく10Xに資金を提供したFivotではベンチャーデットのほか「レベニュー・ベースド・ファイナンス(RBF : 将来の売上を売却し、成長に必要な資金を確保できる仕組み)」と呼ばれる資金調達サービスを手がける。Yoiiも同様にRBFを展開するフィンテックスタートアップだ。

資金提供を受けるスタートアップ側のビジネスモデルや人材も変わってきた。近年増えているSaaS型のサービスは将来の売上が予測しやすく、金融機関も融資を検討しやすい。スタートアップであっても導入実績として大手企業を顧客に抱える例も増えてきた。

人材という観点では投資銀行やプライベート・エクイティ・ファンド出身者を始めとした「ファイナンス領域のプロ人材の流入が加速している」(山田氏)ことも、デットファイナンスが盛んになっている要因の1つと考えられる。

山田氏によると、スタートアップの経営者やCFOを話をしていても「エクイティ調達の難易度が上がっている中で、デットを織り交ぜていこうと考えている人は多い」そうで、実際に相談を受けて金融機関の担当者を紹介することもあるという。

2022年には融資枠の確保も含めてUPSIDERが467億円、タイミーが183億円のデットファイナンスを実施するなど大型の調達も見られた。今後もデットファイナンスの活用が加速していく可能性はありそうだ。