南知果・スタートアップ創出推進室総括企画調整官
南知果・スタートアップ創出推進室総括企画調整官

先日、経済産業省が公開した「スタートアップ育成に関する取り組み」の解説資料が話題だ。ポンチ絵(概念図)に加えて、文字がぎっしり詰まった“従来のような資料”ではなく、シンプルなデザインで見やすく、内容が分かりやすい資料になっている。良い意味で「省庁が作ったとは思えない資料」のため、SNSで「見やすい」といった声が多く聞かれる。

「スタートアップ育成に関する取り組み」の解説資料より
「スタートアップ育成に関する取り組み」の解説資料より

この資料の仕掛け人が、2022年11月に経済産業省に入省した南知果・スタートアップ創出推進室総括企画調整官だ。彼女はもともと、京都大学法科大学院修了後、西村あさひ法律事務所、法律事務所ZeLoで「弁護士」としてキャリアを積んだ人物。スタートアップが事業を立ち上げる際のルールメイキング・パブリックアフェアーズ(既存の法律や規制を変えるための活動)の支援にも携わっており、過去にはAzitがライドシェアサービス「CREW(クルー)」を展開していた際の、ルールメイキング・パブリックアフェアーズを担当した経験を持つ。

その後、客員研究員として米国カリフォルニア大学バークレー校に留学した後、経済産業省大臣官房スタートアップ創出推進室に任期付公務員として赴任することになった。「留学前に経済産業省に行くことは考えていなかった」と言うが、異国の地から日本のスタートアップ政策に関するニュースを見て、「自分がやらねば」という思いが芽生えたという。

「留学後は海外で働くことも含めてフラットな立場でキャリアについて考えていました。ただ、海外から日本がスタートアップ政策に本腰を入れて取り組んでいくニュースを見て、『今このタイミングで入らなければ意味がない。私が省庁の中に入ってやらなければいけない』という使命感を勝手に感じていました」

南氏はスタートアップを担当する経済産業省のポジションに応募。就任のオファーをもらい、2022年11月に入省することを決めた。

南氏が入省した同月末に、スタートアップへの投資額を2027年度には10兆円規模に引き上げるほか、スタートアップを10万社創出し、その中からユニコーン企業を100社創出することを目標に掲げた「スタートアップ育成5か年計画(以下、5か年計画)」を岸田内閣が発表した。

「スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」「スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化」「オープンイノベーションの推進」という3つの柱を軸に、合計で59個の取り組みを2027年度までに達成する計画となっている。

「省庁の中に入ってみて感じたのは、法改正や税制改正はすごく大変だということです。関係者も多く、その中でバランスを取りながら、スタートアップフレンドリーな内容にしていくのは簡単ではありません。そうした中、政府が『5か年計画』という大きい目標を掲げたことで、いろんな物事が進めやすくなりました。計画内にある59個の取り組みは、スタートアップ業界の有識者から実際に話を聞き、現場の課題をもとに制度の見直しを図るなど、だいぶ踏み込んだ内容になっています」

その一方で、5か年計画の内容について認知している人は多くない。当初、政府から発表された25ページにわたる資料を見た際、文字だらけで読む気を失ってしまった人も多いのではないだろうか。

2022年11月に政府が発表した「スタートアップ育成5か年計画(案)」
2022年11月に政府が発表した「スタートアップ育成5か年計画(案)」

「国や省庁が作成した資料は見づらいですし、内容も分かりにくい。また、ほとんどの人がどこに資料が掲載されているのかも分からないと思います。せっかく作った制度も使われなければ意味がありません。また5か年計画も発表して終わりではなく、今後見直しも行われていく予定です。そのときに、当事者であるスタートアップ側の人たちの声が入ってこなければ、方向性の違う見直しが行われる可能性もあります。それは非常にもったいないので、より多くのスタートアップ関係者に計画の内容を知ってもらえればと思います」

「スタートアップ育成に関する取り組み」の解説資料より
「スタートアップ育成に関する取り組み」の解説資料より

2週間後の4月からの施行に向けて、現在スタートアップへの再投資に係る非課税措置(エンジェル税制)の創設、パーシャルスピンオフ税制の創設、ストックオプション税制の拡充、自ら発行して保有する暗号資産に係る期末時価評価課税の見直し、オープンイノベーション促進税制でM&A促進、出国税の手続き簡素化など、6つの税制改正の審議が進んでいる。

これらの中でも、(スタートアップ業界にとって)メイントピックとなるのは「スタートアップへの再投資に係る非課税措置(エンジェル税制)の創設」「オープンイノベーション促進税制でM&A促進」「ストックオプション税制の拡充」のの3つだと南氏はいう。

スタートアップへの再投資に係る非課税措置(エンジェル税制)の創設については「創業間もないスタートアップ企業を支援したい」「株式の譲渡益を元手に起業したい」という人に向けた制度になっている、と南氏は言う。具体的には、株式譲渡益を元手とするプレシード・シード期のスタートアップ企業への投資および自己資金による起業を非課税化(上限20億円)、投資後に達成すべき外部資本比率を、6分の1以上からプレシード・シード期のスタートアップ企業への投資の場合は20分の1以上、起業の場合は100分の1以上に緩和するという内容となっている。個人からスタートアップ企業への投資を促し、資金供給を強化するとともに、起業を促進することが狙いだ。

オープンイノベーション促進税制でM&A促進については、スタートアップのM&Aを検討している事業会社、スタートアップと協業している事業会社を対象に、スタートアップをM&Aする場合、その発行済株式の取得金額の25%が所得控除されるという制度。所得控除額は最大で1件あたり50億円(取得金額ベースでは1件あたり200億円)となっている。スタートアップのM&AによるExitを促進し、出口戦略を多様化することが主な狙いとなっている。

ストックオプション税制の拡充については、優秀な人材を確保したいスタートアップ企業の経営者(設立から5年未満・未上場)を対象に、税制適格ストックオプションの権利行使期間が、設立から5年未満の未上場企業においては、付与決議から2~15年に延長(従前は2~10年)されるというもの。上場するまでの期間を長く取ることで、大きな成長を目指すスタートアップの人材獲得を支援するのが狙い。

「税制適格ストックオプションができてから、2019年に『社外高度人材にも付与できる』という内容の一部拡充はあったのですが、それ以外は大きくは制度が変わってきていません。今回、税制適格ストックオプションの制度が久しぶりに拡充されるということで、スタートアップ業界にはインパクトがあるものだと思います」

税制改正以外にも、ストックオプションの環境整備に関しては5か年計画でもRSU(事後交付型譲渡制限付株式)の活用などが触れられている。

「現在、有識者と一緒にストックオプションに関する研究会を開催しています。そこでの内容をもとに、スタートアップが成長するためにストックオプションをどう発行すべきか、発行時に気をつけるべきポイントなどをまとめたガイドラインを3月末にリリースする予定です。現状、日本におけるストックオプションは退職したら権利行使できなくなるのですが、それは法律で定められたものではなく、あくまで業界慣習でそうなっているだけ。それ以外の選択肢があることも周知していければと思います」

日本をスタートアップ大国へ──こんな言葉とともに締めくくられている「スタートアップ育成に関する取り組み」の解説資料。スタートアップ側の価値観を知る南氏のような存在が、政府のスタートアップ政策を推進していくカギになりそうだ。