
日本の大学に眠る“ディープテックの種”となる基礎技術を、適切な形で事業化するための支援をする──。2017年に東京大学を母体として始まった起業支援プログラム「1stRound」が、大学の輪を広げながら拡大している。
1stRoundはもともと東大と東大の子会社である東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)の共催プログラムとしてスタート。2021年より筑波大学、東京医科歯科大学、東京工業大学を加えた4大学の共催プログラムとなり、2022年には神戸大学、名古屋大学、一橋大学、北海道大学が加入し共催大学の数は8大学まで広がった。
そして2023年3月15日には新たに九州大学、慶應義塾大学、立命館大学、立命館アジア太平洋大学、早稲田大学の参画が発表され、“国内13大学”が共催する起業支援プログラムへと進化した。
1stRoundでは年に2回・各回8チーム程度を採択し、事業資金の提供や事業開発の支援、大企業との協業のサポートなどを行う。1stRoundのディレクターを務める東大IPCの長坂英樹氏によると、年間の応募チーム数は260〜300程度。採択チームを決める最終審査には同社が関わらず、コーポレートパートナーの大手企業や外部のVCが「マーケットの目線から審査をする」形式を採っている。
支援内容の特徴の1つが最大1000万円の「Non-equity型の資金(株式を取得しないかたちでの資金提供)」の提供だ。初期の事業開発にあたって幅広い用途で使える資金を供給するとともに、採択チームの技術を社会課題の解決に結びつけるために大手企業との協業も後押しする。6カ月の支援期間で事業化の芽が出れば、その後の成長を支えるVCや金融機関などにつなげる役割も担う。
「1stRoundでやっていることは、大学の基礎技術が(ビジネスとして)どんな課題解決に使えるかを発見した上で事業化するためのサポートです。大事にしているのは、自分たちだけで囲い込まないこと。プログラム終了後に(東大IPCのファンドから)採択企業へ出資することはありますが、採択時には株式を取得せず、第三者に近い立場から関係企業につなげられるからこそ、一緒にやりたいと思ってもらえる。この取り組みは東大IPCが東大子会社という公共性を持つ機関だからこそ実現できるものだと考えています」(長坂氏)
過去6年半で累計68チームを採択しており、採択チームの90%以上が1年以内に資金調達を実施した。実際にほとんどのケースでは他大学の関連VCを含めた投資家が資金を提供しており、東大IPCのファンドが出資したのは10%ほどにとどまる。
大手企業とのコラボレーションも進んでいて、68社中31社で協業が実現。第7回目となる前回のプログラムでは8社全てが期間中に大手企業との協業に至った。
大学としては基礎技術を活用したイノベーションの創出が求められる一方で、スタートアップの支援体制が十分ではなかったり、研究開発型スタートアップの成功事例が少なかったりする場合も多い。1stRoundへの参画はその成功例を増やすきっかけになりうる。
また長坂氏によると1stRoundでは応募チームの同意を得られた場合、各チームの関連する大学の支援担当者へプレゼン資料や事業概要を共有する取り組みも実施している。こうすることで自分たちの大学にルーツを持つディープテック企業を見落とすことなく、支援の幅を広げられる効果も期待できるという。
4月10日よりエントリーを開始する9回目からは、共催大学の幅が13大学まで広がった。東大IPCでは自社で運用してきた人材支援の取り組みなどを応用し、ユニークな基礎技術を有するチームを人材採用や組織づくりの面からもサポートする方針だ。
基礎技術を「事業価値が算定可能なスタートアップ」へと変える
近年は大学や研究機関の基礎技術を用いて社会課題の解決を目指すディープテック企業に対する注目度が世界的にも高まっている。
背景にあるのは気候変動や人口減少を始めとした社会課題だ。「地球に持続的に人類が生きていけなくなるような時代が近づいてきているから」(長坂氏)こそ、EVやフードテック、宇宙、AIといった領域で挑戦する企業に関心が集まる。
また、こうしたディープテック企業を後押しするための環境が整い始めていることも影響していると長坂氏は話す。
日本でも研究開発型のスタートアップを長期間に渡って支援することを目的として、従来よりも期限を長く設定したファンドが増え始めている。事業会社や関連するCVCなどにおいても、短期的な金銭リターンを求めるのではなく、中長期的に基礎技術を用いて共同で事業を作っていくことを見据えたプレーヤーが出てきた。
一方で日本から有望なディープテック企業を輩出していく上では課題もあるという。
「日本は世界で戦える基礎技術をたくさん持っているけれど、本来はディープテックの種となる基礎技術が(事業ではなく)技術のままで活かされずにいるケースも多いと思うんです。少なくとも、その意思がある研究者や起業家に対しては、基礎技術を『事業価値が算定可能なスタートアップ』へと変える仕組みを提供する必要があります」(長坂氏)
特に創業初期のディープテック企業は、投資家目線では判断要素が少なく、投資対象にならないケースも多い。こうしたスタートアップをゼロから支援することを得意とするVCも一部では存在する一方で「正当なバリュエーションで評価されず、結果としてその後の成長を阻害する格好になってしまう」(長坂氏)こともあるという。
だからこそ、創業期においては、VCによる資金だけではなく「Non-equity型の資金」が重要になるというのが長坂氏の考えだ。
「1番最初のPMF(プロダクトマーケットフィット)に至るまでの過程を、いかにNon-equity資金で支援できるか。基礎研究の層の厚みは日本の大きな武器です。世界で見ても勝てる基礎技術がいくつも存在するからこそ、さまざまなステークホルダーにつなぎながら、事業価値が算定可能なスタートアップへ押し上げていく仕組みを広げていきたいと考えています」(長坂氏)